人生は自分でつくるもの

 山越えが多かったので平地ばかりの王国の旅とは違い地図上の距離よりも踏破する時間がかかる、結局あれから一週間ほどもかかっただろうか、アーグランド評議国の首都へとモモンガ達はようやく到着した。
 途中の街や村も亜人ばかりで人間は少なく、話には聞いていたもののその事にモモンガは新鮮な驚きを抱いていたのだが、嬉しい誤算が一つあった。評議国に入ってから検問で止められていないのだ。どうやら亜人から見ると人間は仮面を付けていようがいまいが大して変わらないように見えるらしい、瑣末事なのだろう。紹介状を見せるまでもなくあっさりと通る事ができた。人間から見て亜人の個体判別が難しいのと同じ理由なのかもしれない。
 評議国の首都は今まで通った都市だとエ・ランテルのような賑わいだった。ただ違うのは通りを行き交うのがとにかく多種多様な亜人であるという点だ。人間であるクレマンティーヌとブレインが浮いて見える程の亜人率だ。ゴブリンやオーガなどの知能が低いとされ王国であれば人間と敵対している種族も何食わぬ顔で街中を闊歩している。クレマンティーヌは余裕そうだがブレインは多少緊張しているようだった。別に襲われたってどう考えてもお前負けないだろ、とモモンガは思ったが面白いのでそのままにしておく。
 街の中央に高く立派な尖塔が建っているのが街の外からでも見えていたが、あの辺りにおそらく議会などがありそこに行けば白金の竜王プラチナム・ドラゴンロードに会える手掛かりが得られるだろうと思われたのでとりあえず目指す。
 亜人種は基本的な身体能力が人間より格段に高い種が多い。そのせいか王国では二チームしかないアダマンタイト級冒険者チームも四チームあるのだという。後でマジックアイテム屋巡りもしたいしマーマンやシーリザードマンが住むという海も見てみたい、しばらくは評議国を観光するか、などとつらつらとモモンガは考えながら大通りを街の中央へ歩いていく。
「ブレインちょっと緊張しすぎ」
「仕方ねぇだろ……人間を喰う奴等がそこらを普通に歩いてんだぞ」
「襲ってこないから大丈夫だって言ってるのにねぇー。大体にして襲ってきてもズバッで終わりっしょ?」
「そりゃそうなんだけどよ……分かってても緊張するもんはするんだよ」
「二人は喰われるから大変だな。俺は喰われる所がないから安心だけど」
「そういう問題か……?」
 不穏な会話をしながら歩くのもいつも通りだ。小一時間ほども歩くと中央の尖塔を中心にした議会などの建物が眼前に見えてきた。
 入り口の衛兵(山羊人バフォルグだった)にイビルアイの紹介状を渡し、白金の竜王プラチナム・ドラゴンロードへの仲介を頼む。イビルアイの言葉通り事前に話が通っていたのだろう、あっさりとモモンガは通る事を許された。
「申し訳ございませんが、白金の竜王プラチナム・ドラゴンロードはモモンガ様と一対一でのお話をご希望です。お付きの方はご遠慮いただいてもよろしいでしょうか」
「それは勿論。二人は宿でもとっておいてよ、終わったら〈伝言メッセージ〉で連絡するから迎えに来て」
「分かりました、お気をつけて」
「くれぐれも穏便にな、忘れんじゃねぇぞ」
「心配性だなぁブレインは、お前は俺のおかんか」
「おかんって何だ……大体誰のせいでこうなったと思ってんだ、ったく……」
 クレマンティーヌとブレインは門で別れて道を戻っていく。衛兵に案内されモモンガは広大な敷地内を進んでいった。衛兵は敷地の中央に建った立派な尖塔の入り口で立ち止まる。
「この塔の最上階に白金の竜王プラチナム・ドラゴンロードがおられます。申し訳ございません、わたくしはこの塔への立ち入りを許可されていないのでここまでしかご案内できないのですが」
「いえ、ここまでご案内ありがとう。ではお邪魔させていただきます」
 ここまで案内してくれた山羊人バフォルグの衛兵に軽く頭を下げて塔の中へ入る。中は明かり取りの窓から入る陽光が照らすだけで薄暗く、右手の壁に塔の壁の内側に沿う形で登っていく螺旋階段があった。誰かがいる気配はない。最上階にいるという話なので階段を登っていく。
 延々と登り続けて、ようやく最上階と思しき階へと到達する。階段を登りきった先には短い廊下があり、その先には両開きの立派な扉があった。腹を割って話しに来たのだから姿は偽らない方がいいだろう、速攻着替えをして邪悪な魔法使い変装セットを外し死の支配者オーバーロードの姿を晒し、ついでに漆黒の後光も背負っておく。身支度が整ったところで廊下を進み扉を開けた。
 扉の先は広い空間になっていた。その中央に、巨大な竜が横たわっている。爬虫類を思わせる金色の竜の瞳がモモンガを捉えて細められた。
「まるで、もう二度と会えないと思っていた懐かしく親しい友に会えたような気持ちだよ」
 竜の声は優しげで穏やかだった。モモンガは足を踏み出し歩を進め竜の眼前へと歩いていった。
「よく間違われるんだ。俺の名はモモンガ、残念だがスルシャーナとは別人だ。面会を許可してくれた事を感謝する」
「ああ、挨拶の前に抑えきれない感動をつい言葉に出してしまったよ、すまないね。私はツァインドルクス=ヴァイシオン、君達が言うところの白金の竜王プラチナム・ドラゴンロードだよ」
 最上階は窓が多く室内を照らす光量は十分だった。陽光に煌めく白銀の鱗に全身を覆われた巨大な竜は、穏やかだが冷静な瞳で品定めするようにモモンガを見据えた。
「君の用件は事前に聞いてある程度把握しているけれども、その姿からも確かにぷれいやーなのだろうね」
「ああ、そうだ、プレイヤーだ。用件は二つある。といっても片方は今はもうあまり拘ることでもなくなってしまったんだけど。まず一つ目、俺が世界に害を為す存在ではないという事を知ってほしい。この通り俺はアンデッドだが生者を憎む気持ちはない。スルシャーナのように積極的に人類を救おうとも思っていないが。俺の目的はこの美しい世界を仲間達と隅々まで旅して回る事だ。決して八欲王のように支配を目論んだりはしない、その事を知ってほしい」
 そのモモンガの言葉を聞き、白金の竜王プラチナム・ドラゴンロードはゆっくりと幾度か瞬きをした。真贋を見定める鑑定士のような瞳で。
「私には君の本質は悪のように見えるけど、違うのかな」
「性質の話なら極悪だな、何せカルマ値がマイナス五百だ。人を殺す事も虫を潰すのと何ら変わらない気持ちでやれる。だけど必要もないのに殺すのは好きじゃないんだ。それに俺自身一人になるような生き方はもうしたくないと思っているし、人間ひとの中で生きてほしいってめちゃくちゃ面倒を見てくる奴がいてね、無茶をするとそいつに怒られる」
「君を怒れるのかい、それは凄い。それにしても悪側のアンデッドだというのに人間ひとの中で生きようだなんて、君はよくよく変わり者だね」
「ただの寂しがり屋だよ。独りにされるのがもう嫌なんだ」
 モモンガが苦笑しつつそう言うと、ふむ、と白金の竜王プラチナム・ドラゴンロードは軽く唸った。
「君の考えは分かったよ。君がただ旅をするだけだというなら干渉はしない事を私も約束しよう。ただ、あまり大きすぎる力の行使は必要がない限りくれぐれもやめてほしい。もしそんな事があったら、結果によっては私も君に注意か、それ以上の事をする必要が出てくるからね」
「分かったよ。元々そのつもりだしね。お陰様でいい案内役がいてどれ位がこの世界の普通かも大体分かったから、せいぜい目立たないようにするよ。あの魔樹みたいな敵でもなければ高位の魔法を使う必要もないし」
 魔樹という言葉を聞いた白金の竜王プラチナム・ドラゴンロードの瞼がぴくりと動く。
「魔樹……もしかして、トブの大森林の破滅の竜王カタストロフ・ドラゴンロードは……君の仕業かい?」
「えっ、うんそうだけど……何かまずかった?」
「いや……むしろ助かったと言えばいいのかな。あれが法国の手に落ちていたら大変な事になっていたからね」
「法国? そういえば予言がどうのって言ってたけど法国が退治するつもりだったんじゃないの?」
「いや、法国はケイ・セケ・コゥクというアイテムの力を使い魔樹を支配しようとしていたんだ。そして王国にけしかけて滅ぼすという筋書きだったんだよ」
「えげつな……とんでもないな法国……」
 やっぱり協力しなくて正解だった、と噛み締めつつモモンガは法国の手段を選ばないやり方にドン引きしていた。自分が漆黒聖典にそれ以上にえげつない宣告をした事は勿論棚に上げている。
「これからは出来れば君が力を出さなければならないような事態の時には先に一言相談してくれると助かるよ。私は事情があってここを動けなくてね。私から君に何か用事がある時は、あそこに飾ってある鎧を動かして会いに行くから覚えておいておくれ」
 ツアーの目線を追うと、壁の窪みに飾られた白銀の全身鎧が見えた。鎧の遠隔操作までできるなんて竜王ドラゴンロードカッケーとモモンガは心の中だけで感動する。
「分かった、覚えておくよ」
「それで、もう一つの用事というのは何なんだい?」
「プレイヤーの話だ。今回俺以外にこの世界に来たプレイヤーはいないのか、それを知りたい」
「君は確か、前の世界での仲間を探しているんだったね」
「そうだ。それはもう急がないけれども、もし何か情報があるなら教えてほしい」
 そのモモンガの問い掛けに白金の竜王プラチナム・ドラゴンロードは幾度か瞬きした後、そっと目を閉じた。
「いや、残念ながらと言えばいいのかな、君以外のぷれいやーの力の痕跡は今の所感知していない。力を使っていないだけなのか、本当に他に誰もいないのかは分からないけどね」
「そうか……まあ知らないなら仕方がない。これまで通り地道に足で情報を稼ぐとしよう」
「もし何か感じ取れたら君に知らせる事を約束しよう。複数の来訪者がある場合はそれぞれが現れる時期が多少ずれていた例もあったしね。さすがに年単位ではずれはしないとは思うけど」
「期待しないで待ってるよ、ありがとう」
 順調に話も済んだ事だし帰ろうかとモモンガが考えたところで、白金の竜王プラチナム・ドラゴンロードが何かを思い出したように、そうだ、と呟いた。
「君はインベルン……イビルアイと会ったんだったね。どんな印象を持ったんだい?」
「めちゃくちゃ疑り深いし血の気が多いね……でも、いいアドバイスを沢山もらったよ」
「そうか……。これは個人的なお願いなんだけど……」
「何かな? プレイヤーの事を教えてもらえる代わりに可能な事なら聞くよ」
「彼女は今冒険者をしているだろう? いつか、仲間達とは別れなくてはならないだろう。そうしたら彼女はまた独りになってしまう。その時に寂しくないように、たまに彼女と話してやってくれないだろうか。君も寿命がないのだろうから、そういう友達がいれば彼女も少しは寂しくないだろうと思うからね」
 その白金の竜王プラチナム・ドラゴンロードの言葉に、あの祝勝会の日屋根の上で二人で見上げた月の事をモモンガは思い出した。時の流れは悲しみや痛みを癒やしてくれるだろうけれども独りの寂しさを紛らせることはできないだろう。
「そうだね、俺も寿命のない友達は欲しいと思ってたところだし。それに、そうだな、もしイビルアイが冒険者をやめたら一緒に世界中を旅したって楽しそうだ。まあイビルアイの気持ち次第だけどね」
「それは楽しそうだね。私も参加したいものだよ」
「動けないんだろう? 仲間外れにして悪いな」
「あの鎧で行くのさ。十三英雄にもそうやって参加したんだ」
「へえ、十三英雄にいたんだ。今度、詳しく話聞きに来てもいいかな? この世界の英雄譚にもちょっと興味が湧いてきたんだ。六大神や八欲王の話も聞きたいし」
「いいとも、大体は暇にしているからね、いつでも来てくれ。私の事は気楽にツアーと呼んでくれると嬉しいよ」
「永久評議員っていうから仕事一杯してるのかと思ったら暇なのか……意外」
「永久評議員は名誉職みたいなものだからね、実務は若い者に任せているのさ」
 目を細めふふふと楽しげな笑いをツアーは漏らした。さすがに長い年月を生きているだけあって食わせ者の予感がする、などと思いつつモモンガは今度こそ帰ろうと口を開く。
「さて、とりあえず今回は顔見せっていうことで、話も済んだ事だし帰るよ」
「最後に一つ聞かせてくれないかな。世界を巡り尽くしたら、君はその時どうするんだい?」
「そうだな……もう一周するのかどこかに落ち着くのか、その時になってみないと分からないけど、でも……」
 そこで言葉を切ってモモンガはやや考え込んだ。やがてゆっくりと口を開く。
「自分で決断して選択して、そうやって自分の道を切り開いていくものなんだって。そんな当たり前のことに俺はようやく気付けた。だから、大切な人の思いを裏切らないように、自分自身に後悔がないように、選択したいと思っているよ」
「そうか。君の本質は紛れもなく残酷で無慈悲な悪なのだろうけれども、だからといって悪しき者、世界に害を為す者というわけではないのだろう。それが知れて良かった。会いに来てくれてありがとう」
「またすぐ来るよ、それじゃあ」
 ツアーに別れを告げ手を振ってモモンガは広間を後にした。階段を降りながらローブを着替え邪悪な魔法使い変装セットを装備し、クレマンティーヌに〈伝言メッセージ〉を送って迎えに来てくれるよう頼む。
 決断し選択し、人生の道筋を描いていく。踏みしだかれ描かれていく道筋がどんなものになるかは、全て自分次第なのだ。虐げられ耐え忍び流され生きていた中では発生しなかった責任がそこには生まれる。ましてや神に等しい力を持つモモンガが本気で力を振るったなら国だって滅ぶかもしれない、その責任を取れと言われてもモモンガにはとても無理だろう。選択するというのはそういう事なのだ。
 多数決で多かったから、なんてもう言えない。これからモモンガは自分の人生を自分の足で歩んでいくと決めたのだから、自分の意志で決断し選択しなくてはならない。悩んでも苦しんでも、そうして自分の人生の道筋を描いていきたいのだと心から願ったから。もう誰のせいにもしない、自分の人生を自分のものにするのだと、そう決めたから。
 その道筋はできれば穏やかで暖かで楽しいものであればいい、そうなるように選んでいこう。そう心から思う。それに、自分で選びはするけれどもそれを助けてくれる人もいるのだ。この世界に来た一ヶ月半程の間にも、モモンガは数多くの人に助けられ支えられた。
 これからも数多くの出会いがあり、そして別れがあるだろう。怯まずに進んでいけるだろうか、恐れはあるけれども怯みながらでも進みたいとそう思う。足はいつでも前へ、踏み出していきたい。
 「振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない」この言葉も確かやまいこさんが教えてくれた昔の文学者の言葉だ。夢なんてなかった鈴木悟にはよく分からない言葉だったけれども、今のモモンガならば分かる。後ろにはかつて夢だった思い出の宝石の煌めきが残されて、前に進まなければ新たな煌めきを手にすることはできないのだ。遠い日の煌めきを後生大事に抱えて生きていくそんな生き方もあるのかもしれないけれども、それはとても悲しい事なのだと思う。モモンガは、前に進みたい。
 あの日々の栄光は残骸ではない、いつでも胸の中に蘇る限り生きている。それは、モモンガの胸の中にさえ生きていればいいだけなのだ。決して忘れたりはしない、あの日々も仲間も、もうモモンガの一部なのだから。
 そうして積み重ねて、別れて出会って、人は己だけの道を切り拓いていくのだろう。
 これから作られていく道がどんなものになるのかは、モモンガにもまるで予測がつかない。でもだから、分からないからこそきっと面白い。何が起こるのか分からない事に胸が躍る。
 後悔だけは残さないように、己の気持ちを伝えていこう、選び取っていこう、そう思う。それは、経験という名の痛みから愚かなモモンガがようやく学べた事だ。
 門まで出るとクレマンティーヌとブレインが既に待っていた。表情筋があったなら微笑んでいたであろう心持ちでモモンガは二人の元へと向かう。
「お待たせ。話し合いは上手くいったよ。今度十三英雄の話聞かせてもらう約束しちゃった」
「そうかい。まあ無事に済んで何よりだ」
「宿に行きますか? それとも何か店でも見ていきますか?」
「そろそろ夕飯時か……どこかで食べてく?」
「美味しいお店が分かるといいんですけど……亜人と人間じゃ味覚も違うでしょうし」
「外れがあるから当たりの嬉しさが大きくなるんだろ?」
「お前なぁ、自分は食わないからって適当な事言ってんじゃねぇぞ……飯はいつでも美味い方がいいに決まってんだよ」
「それは食べたくても食べられない俺へのイジメ? うわぁひどいブレイン……」
「ちょっ、まっ、悪かったよ! そういうつもりじゃねぇよ!」
 西陽に向かって三人並んで歩いていく。どうせモモンガは食べられずに見ているだけなのだが、まずはどこの飯屋に入るのかを決める、それ次第で人生が変わるなんてことはないけれども、新しい道の第一歩はそこからになりそうだった。

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