(10)愛に時間を
暫く走り続けると、道幅が広くなり街灯の数が段々と減っていった。
ガードチェイサーが走り、その後ろに尾上タクミのオートバジンが続く。
角を曲がる度に、知らない風景が広がる。
ここは何処なのだろう。夏海は今の己の立ち位置を、見失いそうになる。
既に目的地は告げてあり、ガードチェイサーにはその目的地を目指してのナビゲーション機能が働いている。
ヘッドライトが、闇に沈んだ路面を照らし出す。
夏海が分かるのは、耳をつんざくような風の唸りだけだった。
既に山道に入っている。カーブを曲がると、ヘッドライトの明かりが人の脚を照らし出した。
「……!」
ガードチェイサーが車体を横に逸らし、急停車する。反動で夏海は、ヘルメットをG3‐Xの背中にしたたかに打ち付けた。
後ろで急ブレーキの音がした。尾上タクミも、バイクを止めたようだった。
幸い、首は何ともないようだった。G3‐Xの背中から覗き見ると、その脚はシルバーと黒のプロテクターで覆われていた。
「……あなたは」
「ええと、夏ミカンだっけか。何処へ行く気だ? まあ、お前が何処へ行こうと、どうでもいいけどな」
声がした。その声に、G3‐Xも尾上タクミも、はっと顔を上げた。
「お前……門矢士?」
「そうだ、門矢士だ」
言われてG3‐Xは、ガードチェイサーのヘッドライトを門矢士を名乗る男へと向けた。
そこには、黄色いディケイドが立っていた。
「どうやら俺の知り合いとは違うようだな」
「そうだろうな、お前と知り合うつもりはない。今すぐ消えろ、ライダー共!」
言ってディケイドは歩き出した。G3‐Xはバイクから降りると、後部コンテナのスイッチを操作し、彼の武装――GX‐05ケルベロスを取り出しセットし、構えた。
夏海がバイクから降りると、尾上タクミが駆け寄ってきて、道脇まで誘導してくれた。その後彼は、持っていたアタッシュケースからベルトを取り出し、ファイズフォンにコードを入力した。
『Standing by』
「変身!」
そしてファイズフォンをファイズギアへとセットし、構える。
『Complete』
フォトンブラッドが流れを作り、スーツを形作っていく。そこに、仮面ライダーファイズが現れる。
「夏海さん、危ないからもっと離れて! いいね!」
夏海が頷いたのを確認するとファイズは、オートバジンへと駆け寄っていき、そのハンドルを引き抜いた。
「どうした、撃てよ」
裏返しにカードを左手で持ちながら、ディケイドはG3‐Xへと歩み寄っていた。
「撃たないんならこっちから行くぞ」
ディケイドは立ち止まり、ライドブッカーをソードモードに切り替え、右手に構えた。
「うおっ!」
そこへ、光弾が何発か、続けざまに撃ち込まれる。
ファイズが、フォンブラスターを構えてディケイドを撃っていた。
G3‐Xも、この隙に引鉄を引こうとしたその時。
『Form Ride Agito‐Storm』
コールが響き、ディケイドの姿が消えた。
「芦河さん、上っ!」
ファイズの声が響いた。見上げると、黄色いディケイドが、一体何処から取り出したのかハルバードを振り上げ、高く高く跳躍していた。
「くそっ!」
あの声はアギトストーム、とコールされた。それならば、奴の力は、超越精神の青のフォームのものになっている。
だが如何にスピードに優れたストームフォームでも、空中で自由落下中にケルベロスの射撃を躱せはしない。ショウイチはアギトだから分かる。
狙いを定めG3‐Xは引鉄を引いた。アンノウンを殲滅する力を秘めた弾丸が、毎秒三十発の猛烈なスピードでディケイドへと放たれる。
だが。
G3‐Xは射撃を止め、体を捻って倒れこみ、転がった。次の刹那、彼が立っていた地点を、ディケイドの振るうハルバードが抉った。
援護の為ファイズが走り込み、ファイズエッジでディケイドに斬りかかる。
信じられなかった。G3‐Xは、ケルベロスをその場に置いて、立ち上がった。
ディケイドは、ストームハルバードを高速で回転させる事で全ての弾丸を、弾いた。
そんな事が出来るとは、実際に目にした今でも信じられない。ショウイチは、自分がストームフォームになったからといって、それが出来るとは思えなかった。
「うおおおぉぉおっ!」
走りながら、左腕に格納されたGK‐06ユニコーンを取り出し構え、斬りかかる。
だがディケイドは構えていなかった。カードをドライバーにセットしていた。
『Attack Ride Ongekibou‐Rekka』
そのままディケイドが両腕を広げ上げると、ユニコーンと、その向かいから斬りかかっていたファイズエッジが、ディケイドの腕に握られた太鼓の撥のようなものに受け止められた。
「どうした、もうちょっとまともに戦ってみせろ」
「何を……!」
言うとディケイドは両手を一度軽く引き、振り上げた。斬りかかっていた二人の勢いは殺され、弾かれる。そこに、太鼓の撥の先から発生した火弾が飛来した。
「うおっ!」
「うわあっ!」
G3‐Xとファイズは火弾をまともに食らい、それぞれ別の方向へと吹っ飛ばされ、地面に転がった。
「何だ、もう終わりか。まあ、俺はライダーが消えればそれでいいけどな」
「良くありません!」
高い声が響いた。ディケイドは、声の方向を見た。
考える前に体が動いていた。夏海は近くまで駆け寄って、体全体を使って、叫んでいた。
「やめて下さいこんな事! なんの意味があるんですか!」
「意味? そんなものは知らないな。俺の目的はライダーを全部消す事だ」
ディケイドの声は冷え冷えとしていた。感触はつるりとしていて、触れない。夏海は何度も首を横に振った。
「みんな……みんな、誰かを守りたくて、笑っていてほしいから戦ってるんです! それを、何の理由もなく壊すなんて、許せません!」
「……許せなかったら、どうするっていうんだ?」
ディケイドは歩き出した。夏海に向かってだ。夏海は二三歩後退ったが、何度も首を横に振る事は止めなかった。
「いけない……夏海、さんっ!」
夏海側に吹き飛ばされていたファイズが起き上がり掴みかかるが、ディケイドは最早彼を相手にしていないようだった。
ライドブッカーを袈裟懸けに振り下ろしてから水平に払うと、ファイズの腹目がけて蹴りを入れる。
先程のダメージが残り動きが覚束ないファイズは、攻撃を全て避けきれずに呆気無く吹き飛ばされ、その拍子にベルトが外れたのか、地面に叩きつけられて姿が尾上タクミへと戻った。
逃げなければいけないとは思った。だが夏海は、逃げたくないとも思った。
強く力を込めて睨みつけるが、ディケイドが歩み寄る速度は変わらなかった。
夏海が振り下ろしたままの両手を硬く握ると、ディケイドの向こうからエンジン音が近づいてきた。
それは、急激に大きくなり、そしてディケイドの後ろで、バイクが高く舞った。
「うおおおおおおりゃあああぁぁぁっ!」
「うおっ!」
ディケイドが横に転がって避け、今まで立っていた地点に、バイクが着地した。
「夏海ちゃん!」
「……ユウスケ!」
そしてすぐ後ろから、もう一台バイクが走ってくる。そのバイクは夏海の横を通りすぎると、暫く先で急停車し、こちらに向き直った。
「お前達、どけ!」
鋭い声に夏海は道の端まで走り寄った。彼女を追いかけるように、電子音声が響く。
『Thunder』
バイクを取り巻くように青い雷がスパークし、搭乗者――仮面ライダーブレイドを照らし出した。
バイクが高く飛び上がる。そのタイミングで、ディケイドの足元に、G3‐Xがケルベロスの弾丸を浴びせた。
脚を止めたディケイドを、雷の力を纏ったバイクが押し潰し、轢き倒した。ブルースペイダーは着地すると、暫く前に滑り、止まった。
倒れたディケイドを、ブレイドは無言で見守り、目は離さないまま、バイクから降りた。
「……おいおい、痛いだろうが……。ったく、あんたも懲りないな」
暫くの後、呟きながらディケイドは立ち上がった。多少ふらついてはいたが、しっかりと。
「ユウスケ!」
「はい!」
叫んでブレイドは左腕のアタッチメントのカードホルダーを展開し、答えたユウスケは構えを取った。
「変身!」
『Absorb Queen,Evolution King』
二人を包んだ光が、辺りの闇を一瞬明るく塗り替える。光が已むと、そこには赤のクウガと仮面ライダーブレイドキングフォームが立っている。
クウガは拳を、キングフォームはキングラウザーをそれぞれ構える。ディケイドは二人を順番に見ると肩を竦めて、両手を合わせてぱんぱんと払った。
「何回やっても同じ事だと思うがな。あんたは俺に勝てない。そっちの雑魚は言わずもがなだ」
「なっ……雑魚⁉」
「落ち着けユウスケ。あいつのペースに乗るな」
指さしで指名され、クウガがいきり立つが、制するブレイドの声は低く落ち着いていた。
「お前こそ、俺を殺す事はできない。それなら、最後に勝つのは俺だ」
「どうかな?」
答えないでブレイドはキングラウザーを下段に構えて駆け出した。ライドブッカーのソードモードはキングラウザーの斬撃を受け止めるには華奢すぎる。ディケイドはやや後方に跳び、続けざまの打ち込みを回避した。
構わずにブレイドは剣を振るい続ける。ディケイドは再度、やや後方に飛んだ。
「ユウスケ!」
「うおおおおおおりゃああああああっ!」
着地点を目掛け、駆け出したクウガのソバットが飛んだ。避け切れずディケイドは、左腕を上げて蹴りをガードし、そのまま大きく右へと吹っ飛ばされる。
そしてそこに、G3‐Xの銃撃が浴びせられようとする。
『Attack Ride Magnet』
「え、ええっ、うわあああぁぁっ!」
急に強い力に引っ張られ、クウガが宙を舞った。急停止すると、丁度G3‐Xに背中を向けてディケイドを庇う形になる。G3‐Xは慌てて手を止めた。
クウガは慌てて跳び退ろうとするが、体が何かに吸い付けられたように動かない。
ディケイドがクウガ目掛けライドブッカーを振り被るが、その斬撃は横合いからキングラウザーに阻まれる。
「ちまちまと小細工ばかり……小賢しい」
「ふん、頭を使ってると言え」
暫しの鍔迫り合いが続いた後、キングフォームの膝蹴りをディケイドがまたも後ろに飛んで躱す。
マグネットの効果が切れたのか、急に動けるようになったクウガは二三歩よろけて後退り、体勢を立て直してディケイドに向かい構えた。
「お前は空っぽのくせに、いきなり大きな力を与えられて、それを面白がっているだけだ。おもちゃではしゃいでる子供のようなものだ」
「おもちゃか、それはそうかもしれないな。お前等は弱すぎて、そうやって遊ぶ以外使い道が無い」
ブレイドの指摘にも、ディケイドは全く動揺の色を見せなかった。
「俺達は……お前の、おもちゃなんかじゃない!」
「ディケイドに作られて、もうすぐ世界と一緒に消える運命のお前が、ディケイドのおもちゃじゃなくて何だと言うんだ」
「うるさい……違う、士の声で、そんな事を言うなっ!」
クウガは駆け出して、闇雲にディケイドを殴りつけようとした。
だがそんな攻撃が当たる筈もなかった。拳はディケイドのガードに阻まれて届かず、がら空きになった胴にミドルキックが入る。
ディケイドの追撃は、ブレイドに阻まれる。キングラウザーの中段からの突きを、ディケイドは横に跳んで躱した。
「あんたの相手も面倒になってきたな、さっさと終わらせるとするか」
「……何だと?」
「あんたは切り札を使えない、このままじゃ戦いが終わらないだろう?」
ディケイドの言葉に、クウガはブレイドを見た。
言われてみれば、ブレイドは融合したアンデッドの力を使った、通常フォームのカードをラウズするに当たる攻撃を使用していない。
確実に当てる事を期してかと思っていたが、他の理由があるというのだろうか。
「……あいつは、俺の攻撃を無効にするカードを持っている」
「えっ」
「お前の力がどうしても必要だ。いいか、奴の攻撃は俺が防ぐ、お前は封印の力を込めたキックを、確実に奴に叩き込む機会を伺うんだ」
低く小さな声でブレイドがクウガに告げる。
「さて、この前のお返しといこうか」
『Kamen Ride Faiz‐Blaster』
ディケイドがまた一枚カードをドライバーにセットすると、ディケイドの横に、一人のライダーが現れる。
ファイズブラスターフォームが、ファイズブラスターを右脇に抱え、ディケイドの脇に控える。
「それ、コンプリートフォームの……!」
「このドライバーは、ケータッチとかいうあの使い辛いツールの開発データを元に作られたんだ、別に驚く事じゃないだろう」
驚くクウガにディケイドは平然と言い放ち、もう一枚カードをドライバーへとセットする。
『Final Attack Ride Fa‐Fa‐Fa‐Faiz』
「逃げろ!」
『Metal』
ブレイドが叫ぶのと、彼の右膝が輝くのは同時だった。クウガが横に飛び、ディケイドの構えたライドブッカーとその後ろのファイズブラスターから、高出力のエネルギー砲が放たれる。
光はブレイドの立っていた地点で滞留し、膨らんで広がる。強い爆風が起こり、やや離れた場所に退避していた夏海も風に煽られ、小さく飛ばされる。
やがて光が収束し消え、抉り取られ割れ飛び散ったアスファルトが姿を見せた。
その向こうに、変身を解除された剣崎一真が倒れ込んでいた。
それを満足そうに眺めてディケイドは、一枚のカードを取り出して、彼に歩み寄っていった。
「おい、これが分かるか。懐かしいだろ?」
言ってディケイドは、そのカードを剣崎一真に示してみせた。剣崎は頭を上げたが、ダメージが大きすぎるのか、立ち上がれない様子だった。
「それを…………何故、お前が!」
「あまり大ショッカーを舐めない方がいい。こんなものを用意するのは訳ない事だ」
ディケイドの手にあったのは、コモンブランクと呼ばれる、鎖が描かれた、トランプほどの大きさのカードだった。
クウガもそれをブレイドの世界で見た事がある。そのカードをブレイドが投げると、アンデッドが吸い込まれ封印されて……。
「別に殺さなくたって、あんたを黙らせる方法はあるんだぜ?」
驚きに目を見開いたまま、剣崎は体を後ろに引こうとするが、力が上手く入らないのか体を支えた肘を滑らせ、倒れ込んだ。
「さて、あんたはどんなカードになるんだ?」
言ってディケイドは、右頬の横にカードを構え、投げようとした。
その瞬間だった。何もない虚空に、紅い円錐形のポインターが出現した。
「何……!」
「やあああぁぁぁああっ!」
「うおおおおおぉぉぉっ!」
闇を切り裂いてファイズが跳躍する。やや離れた山側でG3‐XがケルベロスとGM‐01 サラマンダーを連結したランチャーを構え、引鉄を引いた。そしてファイズと別の方向から、ファイズと同じようにクウガがディケイドに狙いを定め、跳んだ。
『Attack Ride ClockUp』
クリムゾンスマッシュとクウガのキックが炸裂するその刹那、ディケイドの姿は掻き消えた。
標的を失ったファイズとクウガの元に、GXランチャーの弾丸が迫り、炸裂した。
大きな爆発が起きる。横跳びにそれを逃れたファイズは、着地する前に吹き飛ばされた。攻撃をした者の姿は全く見えない。
「お、おい、うわあっ!」
続いてクウガ、G3‐Xも、見えない力に吹き飛ばされる。
剣崎の前に、再び、ディケイドが現れる。
「さっさとしないとあんたがまた起きたら面倒だからな。これでさよならだ」
改めてディケイドはコモンブランクを構える。
「させる……かっ!」
その右手に、クウガが飛びつき押さえた。
「おま……邪魔だ、離せ!」
「誰が、離す、かっ!」
「ユウス……ケ、いい、離れ……ろっ!」
「嫌だ、絶対に、嫌だ!」
剣崎は怒りつけるように呻いたが、クウガは聞き入れなかった。ディケイドと尚も、その右手のカードを巡って揉み合いを続ける。
「離……せっ!」
焦れたようにディケイドがクウガの腹に膝を蹴り入れる。クウガは背中を丸めたが、ディケイドの右手を離そうとしなかった。
「うおおお、おおおおっ!」
体の中に眠る力を搾り出すように、クウガは呻いて、雄叫びを上げた。
ディケイドの右腕と左腕の距離が段々と離れていき、そして捩じ上げられた右手首から、コモンブランクが落ちた。
よろけながら剣崎は立ち上がり、ふらふらと脚を動かして、落ちたコモンブランクを拾い上げる。
「お前……このっ!」
「うおりゃあああぁぁぁっ!」
ディケイドが体勢を立て直そうとし、重心を動かしたところをクウガは見逃さず、力任せに投げ飛ばした。ディケイドが激しく、背中から地面に叩きつけられる。
「……嫌い、なんだ」
肩を揺らして大きく息をしながら、クウガが小さい声で漏らした。コモンブランクを手に持ったまま剣崎は、クウガを見た。
「あんたみたいに、自分を盾にしてとか、そういうの、大嫌いだ」
ブレイドは攻撃を避ける事も出来る筈だった。それなのに自分一人で全て受けようとしたのは、自分以外に攻撃が向かないようにしたかったからだ。その後に出来る隙をクウガに託したから、それ以外になかっただろう。
そんなのは嫌だ。ユウスケは、そう思った。
「あんたがいくら死なないからって、痛いだろう! そんなの嫌だろう!」
押さえた声で、クウガは搾り出すように声を出した。剣崎は緑色の血に塗れたままで、ふと優しい顔をして、にこりと笑うと、首を小さく横に振った。
ディケイドがゆらりと立ち上がる。クウガは向き直り、構えを取った。
「……ふざけるなよ、この、紛い物が!」
「お前だって、本物じゃないだろう」
「何だと!」
「門矢士は、俺を助けてくれて、俺が一緒に旅してきた、たった一人だけだ。士と一緒に旅した俺も、何処を探したって俺たった一人だ。俺はクウガの紛い物かもしれないけど、小野寺ユウスケは俺だけだ。だから俺は、俺の理由で戦うし、お前には負けない」
クウガの声はしっかりと、凛としていた。
「お前の理由、だと?」
「みんなの笑顔を守る」
「そりゃいいな。じゃあ俺をもっと楽しませろ」
はん、とディケイドは鼻で笑いながら、そう言った。
それにクウガはいきり立たなかった。構えた腕をやや開いて腰を落とし、右足に意識を集中させる。
「駄目だユウスケ……そのやり方では、また返される……!」
剣崎の言葉が届く前にクウガは駆け出していた。
「うおおおおおおりゃああああああっ!」
気合と共に高く高く飛び上がり、ディケイド目がけて飛び込む。だがディケイドは冷静だった。
「全く、馬鹿の一つ覚えだな」
『Form Ride Faiz‐Accel』
『Final Attack Ride Fa‐Fa‐Fa‐Faiz』
続けざまに二枚のカードをドライバーに装填すると、ディケイドの姿はまたもや掻き消え、代わりにクウガの動きが空中で急停止した。
「な……何だ!」
クウガの周囲を、巨大な紅い円錐が五、六個でもって取り囲む。
ポインターにロックオンされたのだ、と気付いた時にはもうどうする事もできなかった。身動きが取れない。
ユウスケは防ぐ体勢を取り、仮面の奥で目を固く瞑った。
すると、不思議な事に、自分が落ちているのを感じた。目を開けるが、すぐに地面に叩きつけられ、背中をしたたかに打った。
「え……」
空には大きな閃光があった。そこには、見覚えのある怪物がいた。
「グゥオオオゥゥゥアアアアアアア!」
ジョーカーと呼ばれていたその怪物は、鎌を手に持ち、それを振るった。そこに閃光が生まれて、ポインターはその力に呑まれ消滅していった。
「…………どういう……事だ」
考える間もなく、ジョーカーは淡い緑色の光に包まれ、そのうち光そのものとなって、ふっと消えた。空から、一枚のカードが落ちてきた。
クウガはそのカードを拾い上げた。緑色の紋章がそこには描かれていて、横に、JOKERと書かれている。
「お前のお陰で一番厄介な奴を片付けられた、礼を言うぜ」
ディケイドがいつの間にか、やや距離を置いてクウガを見下ろしていた。
「流石の俺でも、死なないで何度も蘇られるのは少々厄介だ。お前がいなかったら、封印するのももっと骨が折れたろうな」
「…………貴様」
「何だ、封印の為のカードは一枚だけだとでも思ったのか?」
クウガの手から、カードがひらりと零れ落ちた。刹那、クウガは距離を一気に詰め、ディケイドに左フックを叩き込んでいた。
「許さない、絶対に許さない!」
当たろうが当たるまいが関係はなかった。闇雲にクウガはディケイドを殴りつけ続けた。
ガードを無理やり押し切りこじ開け、殴り続けた。
やがて当たった右の拳で、ディケイドは大きく後ろへ吹っ飛んだ。クウガは何も考えられず、肩で大きく息をしながらそれを見下ろした。
「……ちっ、面白くないな。だが今日は、剣崎一真がいなくなっただけで充分か。潮時だな」
言い残してディケイドは後退り、駆けていった。
「待て!」
「おい、小野寺! お前こそ待て!」
クウガが振り向くと、そこには装甲が割れ、へこみ、ぼろぼろになったG3‐Xが立っていた。
「……あんた、芦河、ショウイチ?」
「そうだ。落ち着け、小野寺。お前は助けてもらった命をそうやって投げ捨ててどうするんだ」
「……!」
「まだ事情が分からんが、お前一人で奴に勝てるのか? 奴を倒さなくちゃならないんだろう? 冷静になれ!」
怒鳴られてクウガは、急にしゅんと肩を落とし、俯いた。
クウガは変身を解いて、姿は小野寺ユウスケへと戻った。ユウスケは、涙でぐちゃぐちゃになった顔を、左腕で拭った。
「小野寺、俺達も戦う。だから、門矢士に会わせろ」
ショウイチの言葉にユウスケは頷いたが、またすぐ下を向いた。
どうして、どうしてだ。
剣崎一真が最後に見せた笑顔が思い出されてならなかった。きっと、あんな人懐っこそうで、優しい顔で笑っている人だったのに、笑えなくなったんだ。そう思うと、たまらなく悲しかった。
ユウスケはまた、左腕で顔を拭った。戦いが終わったのを見て出てきた夏海が、落ちていたジョーカーのカードを拾い上げた。
***
テーブルを激しく拳で叩く、乾いた音が、大きく響いた。
乾巧がテーブルの横で握りしめた拳をテーブルに置いたまま、信じられない、と顔に書かれた言葉を読み上げられそうな表情をしていた。
「……あいつが、封印、だと? そんな馬鹿な話があるか!」
横で城戸真司が悔しそうに顔を歪めて俯いた。
長い夜は明け、朝の光が部屋には差し込んでいる。紅渡は厳しい顔のまま目を細めて、一枚のカードを乾巧が殴りつけたテーブルに置いた。
「剣崎さんを一人にすべきではなかった。僕の責任です」
「……どういう意味だ、そりゃ」
テーブルに置かれたカードは、ブレイドが使っていたラウズカードと呼ばれるカードによく似ていた。緑色の紋章が描かれ、カードの上下脇にはJOKERと記されている。
渡の言葉を受けて、巧は怪訝そうに渡を見た。
「あの人は命を投げ捨てる事なんて、何とも思っていなかった。いや、望んでさえいたのかもしれない。放っておけばこうなる事は分かっていた」
言いながら、渡の顔も悔しさからか歪んでいた。
「……何でそんな、そんな事するんだよ」
真司は俯いたままで、固く拳を握りしめて、そう吐き出した。
やりきれない気持ちを叩きつける場所は、今は何処にもない。
「人の事散々甘い甘い言っておいて、結局あいつが一番甘いんじゃねぇか」
「……僕も、そう思います」
巧の言葉に渡は頷いて、もう一度カードを手に取り、目を細めてそれを見つめた。
「剣崎さんは死んだわけじゃない……今の僕達には分からないけれども、もしかしたら、元に戻す方法があるかもしれません」
「……何で、そんな事が言える?」
「ブレイドのいた世界は、封印されていたアンデッドが人の力で解き放たれ戦いが起こった。それなら、封印されたアンデッドを解き放つ方法は、必ずある筈です」
渡の言葉に、真司も巧もはっと顔を上げた。
***
ユウスケは、窓際に置いてある椅子に腰掛けたまま、顔を上げない。
夏海は士が横たわるベッドの横に置いてある椅子に座って、無言で士を見ていた。
士はもう起き上がっていたが、やはり何も言わず、何かを考え込んでいる様子だった。
ユウスケも夏海も、一睡もしていない。とても眠る気分になれなかったし、眠気も起きなかった。
「士君……」
「何だ?」
声をかけると、士は夏海に振り向いて彼女を見つめた。
何も面白くなさそうな、何にも興味がないような、いつもの飄々とした士の顔だった。
「私、あの……起きてて、体、もう大丈夫なんですか?」
「お陰様でゆっくり休んですっきりした。もう何ともない」
「本当ですか、無理してないですか」
「本当だ。それに、いつまでも寝てられる状況じゃないだろ」
言って士は、夏海から視線を外して、ふっと窓の方を見た。夏海はその視線を追いかけなかったけれども、士がユウスケを見たのだろう事は分かった。
芦河ショウイチは一度警視庁に戻ると帰っていった。尾上タクミは手当を受けて、今は別の部屋で休んでいる。
あの後、四人はこの城に辿り着いた。士は眠っていたが、起きだして、芦河ショウイチと尾上タクミに、この混乱の元凶が己である事を告げた。
そしてそれは全て、大ショッカーという組織が企んだものであるという事、もう一人の門矢士の事を。
俄かには信じがたい話だったろうが、二人は既にもう一人のディケイドと遭遇していたから、信じると言ってくれた。全てを納得したわけではないのだろうけれども、確かに信じると。
何よりもあなたを信じるから一緒に戦いたい、と尾上タクミは言った。士は、本当に嬉しそうに笑っていた。
そして、来訪者を知って士の部屋を訪れた紅渡に、剣崎が封印された事実と経緯を告げた。
夏海が知っている紅渡はいつも超然とした顔をしていたから、彼のあんな愕然とした表情を見るのは初めてだった。
受け取ったカードを苦しげに見つめて、そうですか分かりました、と短く言って、渡は部屋を出て行った。
ユウスケはあれから、一言も口をきいていない。何か問いかけても、首を縦か横に振って答えるだけだった。
ノックの音が二三度して、ドアが開いた。まずステンレスのワゴンが入ってきて、その後からワゴンを押した津上翔一が部屋に入ってきた。
「皆さん、おはようございます。門矢さん、もう起きて大丈夫なんですか?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「良かった。じゃあまずは、朝ご飯にしませんか」
二段になっているワゴンの上の段には、開いた焼き魚と玉子焼きに漬物の皿が、下の段には、おそらく味噌汁とご飯が入っていると思しき鍋とジャーが載っていた。
「そうだな、まずは飯だな。頂くとするか」
「そうそう、ご飯を食べないと力が出ないですからね。あ、俺も皆さんと一緒に食べてもいいですか?」
「構わん」
士が頷いて、翔一は嬉しそうに笑った。声も明るい。
そんな筈はないのだろうけれども、翔一だけが何も聞いていないのではないだろうかとさえ思えるような、陽気さだった。
翔一は、ベッドとドアの間に置かれたテーブルに、食事をセットしていく。夏海も立ち上がって、手伝い始めた。
「さあ食べましょう。ご飯も味噌汁もおかわりありますからね。あ、小野寺さん、ご飯ですよ」
翔一が席につこうとして、ユウスケに声をかけたが、ユウスケは答えなかった。
「おいユウスケ」
士も声を掛けるが、ユウスケは動かなかった。小さく、声だけが聞こえた。
「……らない」
「何だ、もっとはっきり言え」
「いらないって言ってるんだ!」
怒声を上げたユウスケの顔は、必死そうだった。必死に何かを探している、そうだ、自分が見つからないのだきっと。
どうしたらいいのか全く分からない。夏海はユウスケのこんな顔を前にも一度見た事があった。八代藍が倒れた時だ。
「……じゃあお前にはやらん。俺がお前の分も食ってやる。お前はいつまでもそうやってメソメソしてろ」
士はむっとしたようなびっくりしたような顔でユウスケを見ると、そう言って焼き魚に箸をつけ、口に運び始めた。
「士君、そんな言い方……」
「ああ美味い。津上の料理を食わないなんて、馬鹿のする事だ」
夏海が窘めるが士は全く聞いていない様子で、焼き魚とご飯を順に口に放り込んだ。
「……ねえ、小野寺さん、知ってます?」
再び俯いたユウスケは、翔一に声をかけられて、顔を上げた。何が、と言いたげな顔をしていた。
「剣崎さんってね、ああ見えて結構料理が得意なんですよ。意外でしょ? 皮剥きとか上手いから、よく手伝ってもらってました」
箸と茶碗を持ったまま翔一は呟いた。だから何だ、と言いたげなうざったそうな顔で、ユウスケは翔一を見つめていた。
「津上の料理は美味いから、皆を笑顔に出来ていいな、って言ってくれました。そういうのに憧れるけど、そんな特技が何もないって笑ってた。門矢さんを倒さなきゃいけないっていうのはどうしても納得出来なかったけど、俺は剣崎さんの事、好きでした」
翔一は箸と茶碗を置いて、まっすぐにユウスケを見た。嘘や同情などない、ただまっすぐな目だった。
ユウスケは戸惑ったように目線を泳がせて、下を見た。
「何か失ったって、俺達は戦わなくちゃいけないんです。それに剣崎さんは死んだわけじゃない。俺は諦めません。小野寺さんにも、諦めてほしくない」
翔一はきっぱりと言い切って、ユウスケを見ていた。ユウスケはしょんぼりとした顔をして、項垂れ、首を軽く横に二三度振った。
「……おいユウスケ」
味噌汁を啜って口の中のものを飲み込んでから、士が口を開いた。ユウスケも翔一も、士を見た。
「カズマに会ったんだったな」
「……会ったよ、それが」
「分からないか。あいつらは何らかの理由で解放されちまったアンデッドを封印してたんだぞ。つまり、あいつらの世界になら解放する手段が残っているかもしれないって事だ」
言われてユウスケは、はっとして士を見た。言われてみればそうだった、何故今まで気付かなかったのかが、寧ろ不思議な位だった。
「それなら……!」
「そういう事だ。飯を食ってカズマを探すぞ。うまくすればアンデッドを解放する装置か何かが、あの世界に残ってるだろ」
味噌汁の椀を持ったままにやっと士が笑うと、ユウスケは立ち上がって士の隣の空席に座り、手を合わせた。
「いただきます!」
「……本当に単純な奴だな」
士の皮肉げな言葉にも反応を見せず、ユウスケは無心に、勢いよく料理を口に運んでいた。
「元気が出たなら良かったじゃないですか。おかわりありますから、どんどん食べてくださいね」
喉にご飯を詰まらせるのではないかと心配になるほど必死に食べるユウスケの姿を見て、翔一はまた、曇りがない陽気な笑顔を浮かべた。
***
カズマを探して封印を解く方法を探す事を提案すると、紅渡は拍子抜けするほど簡単に、ジョーカーのカードを士に手渡した。
「是非お願いします、方法を探して下さい。剣崎さんはこの戦いに必要な人です。それに、もし方法がなかったとしても、それもラウズカードだ。僕がただ持っているよりも、ブレイドが持っていれば、何か役に立つ事があるかもしれません。渡してあげて下さい」
渡されたカードをしげしげと観察する士を、渡は何を考えているのか読めない静かな顔で、じっと眺めていた。
「……何だ、俺の顔に何かついてるか?」
「別に。あなたが、剣崎さんを助けようとするのが意外だっただけです。剣崎さんを解放すれば、いずれまたあなたの命を狙うかもしれないんですよ」
渡の口調は相変わらず淡々としていた。士は、にや、と不敵に笑った。
「そうかもしれないな。だが、この状況でユウスケがぐじぐじしているのはかなわん」
「なっ……、士、俺は別に……!」
「何言ってる、さっきまでこの世の終わりみたいなツラしてやがった癖に」
照れたように反論しようとするユウスケを、士がいなす。その様子を見て、渡はふっと微笑を見せた。
「そっちこそ、俺を簡単に信用していいのか? こんな大事なモンを預けて」
「確かに、僕はあなたの人格がどうあれ、いずれ倒さなければならないと思っている。だがそれとは別に、あなたの人格は信用しています。小野寺君も一緒だし、心配はしていませんよ」
紅渡はにこりと笑ってみせた。拍子抜けして士は、ふん、と答えた。
「この城は自由に使ってくれて構いません。次狼とラモンと力がいつでも居ますから、何か分からない事があれば彼等に聞いてください。尾上君も起きたようですし、僕は彼と一緒に戦いに出ますから、皆さんもお気をつけて」
「……えっ、だって紅さん、あんなに大怪我してたのに、大丈夫なんですか」
「こう見えて頑丈に出来ているんです。心配してくれてありがとう」
夏海の疑問に答えて、にこりと優しげな笑みを浮かべると、紅渡はドアを出て行った。
士達も、カズマの元へ向かうべくドアを出る。
「……おい、夏ミカン」
先頭に立って歩く士が、前を向いたままで呼びかけた。
「何ですか?」
「お前、俺に何か話があるんじゃないのか」
「……えっ」
「だから来たんだろう?」
士の問い掛けに、夏海は答えられなかった。
確かに聞きたい事は沢山あったが、夏海の中でもまだ整理が付いていない、何から聞けばいいのかが分からない。
「…………士君は、自分の世界が見つからなくって、寂しくないですか」
聞きたかった事とは全く別の質問が、思わず口から出ていた。士は脚を止めて、夏海に振り返った。
「今は、そうでもない。海東に昨日聞いた話だと、俺もディケイドライバーに作られたらしいからな。信じられん話だが、元々俺の世界なんてなかったんだろう。そう考えれば納得もいく」
いつもと変わらない様子で口調で、士はそう言った。夏海はその顔を見つめて、切なさを覚えた。
「それに、今の所俺には、居場所があるからな。故郷のない、流浪の民ってとこだが、これはこれで悪くない」
やや眩しそうに士が笑って、振り返ってまた歩き出した。
士は決して自分を孤独だとは考えていない。それが夏海には嬉しかった。
だが一つ、気がかりもあった。
――ディケイドが自らのあるべき世界を見出す事が出来れば、世界を作り続ける機能は止まる。
ディケイドが属するべき世界が最初からないのであれば、あの言葉はどういう意味を持っているのだろうか?
考え続けているが、一向に答えは出なかった。
外に出てからユウスケは携帯電話を取り出して電話をかけようとしたが、繋がらなかった。
カズマの連絡先は聞いていたが、今は携帯電話が通じなかった。基地局か中継局が破壊でもされたのだろう、通信を利用する機能は何も使えない状態だった。
「連絡がつかないなら、とりあえずあの世界でBORADがあった場所を目指すぞ」
「了解」
既にマシンディケイダーに跨り夏海を後ろに乗せた士は、エンジンをかけてアクセルを回した。後ろからユウスケも続く。
山道を降りる途中でも、街の所々から黒煙が上がっているのが見えた。
津上翔一と乾巧、城戸真司が戻ってきていたのは、カブトの世界のZECTが協力してくれる事になったからだという。夜半から朝までずっと戦い続けていた彼等は、少しの間だけ休息をとれるようになったから帰ってきたのだと、翔一が話していた。
どういう経緯なのかは謎だが、天道総司がZECTの指揮をとっているという。
そして何故か、時間が経つにつれ、ひっきりなしに増え続けていたはずの大ショッカー兵の増え方が鈍り始めたのだという。
街に入り走り続ける。破壊の跡があちこちに残っているが、大ショッカーの影は今は見当たらなかった。
角を曲がれば全く知らない風景、だがそれは、いつか何処かで見たような気もする。マシンディケイダーがナビゲーション機能で記録していた道筋を辿り、BORADがあった筈の場所へと向かった。
BORAD前には鉄条網でバリケードが張られ、ライフルを持った警備兵らしき男達が何人も立っていた。
あまりバイクで近付くと撃たれる危険性もある。三人は近くでバイクを降り、歩き始めた。
「BORADってあんなもんも持ってたのかよ……。四条ハジメは戦争でもする気だったのか?」
「まあ、ブラックっぽかったからな、ライフル位あっても不思議じゃあるまい」
「士君、ブラック会社の用法が違いますよ。日本語に厳しい人に怒られちゃいます」
「だいたい合ってる、問題はない」
三人とも両手を上げ、害意がない事を示しながら近づく。
「お前等、何者だ! ここは立入禁止だ!」
警備兵の一人が大声で告げてきた。士がそれに答える。
「剣立カズマに用があって来た、チーフが来たと言え。もし今居ないなら、食堂の……何だったか、アイマイミーでも分かるはずだ!」
それを聞いて男達のうち一人が、胸に提げた通信機で通信を始めた。暫くして、通信をしていた男が左腕を上げて、差し招く仕草をした。
「確認出来た。三人とも入っていい!」
士達は両手を上げたままBORADの正門を潜る。玄関まで歩くと、入り口の自動ドアからカズマが出てきたところだった。
「チーーーーーズ‼」
感極まったカズマが諸手を上げて駆け寄り、熱い抱擁をかわそうとするが、進もうとする彼の額を士の右の掌が阻んで叶わなかった。
「よう、久しぶりだなカズマ。それと、何度も言わせるな。俺はチーズじゃないだ! そして更に言えば、今はもうチーフでも何でもない!」
「チーズはチーズじゃないか。さ、入って入って」
カズマと共に三人は中へ入り、二階にある応接室のような部屋に通された。
ソファとテーブルがあり、脇のサイドボードの上にはポットとコーヒー、紙コップが置かれている。後は白い壁に時計が掛かっているだけの簡素な部屋だった。
「でもチーズが元気になって良かった。この前は死んじゃうかと思ったよ。ホント心配したんだからな。今日は、わざわざ会いに来てくれたのか?」
カズマがうきうきとした様子でコーヒーを用意する。
一日中待ち続け、ようやく帰ってきた飼い主を見つけた犬のようなきらきらした目をして、カズマは早口で話していた。
「勿論お前に久しぶりに会いに来たのもあるが、今日は頼みがあって来た」
「何だ? 俺で力になれるんだったら何でも」
人数分の紙コップをテーブルに置き、士の向かい、夏海の隣に座ってカズマは満面の笑みを浮かべた。
「剣崎一真を知っているか」
「え、あああの、ちょっと感じ悪いけど反則じみて強いブレイド」
「知ってるなら話は早い。奴が封印された」
「……えっ」
一瞬カズマはまさか、と笑いかけて、その後に信じられないと言いたげに驚いた顔をして士を見た。
「あいつが、一体どうして⁉」
「話によるとお前も見たそうだが、黄色いディケイド、奴にやられた。俺達は剣崎一真を解放したい。アンデッドを解放する装置は残っているか」
士の質問に、カズマは目に見える様子で落ち込み、項垂れた。
「……あれは、アンデッドが解放された直後に廃棄された。アンデッドがまた解放される事がないように、設計図とかのデータも全部、消去されてる」
「……そうか。それならそれで仕方ない。アンデッドが解放されちゃいけないんだから当然だ。落ち込むな」
大して気にした様子もなく答えて士は、一枚のカードを取り出した。
「それは……」
「剣崎一真が封印されたカードだ」
受け取ったカードを見て、カズマの顔色がさっと変わった。真剣な目つきでそのカードを眺めている。
「……ジョーカー」
「剣崎の仲間から、お前が持ってた方が役に立つかもしれないから渡してくれと頼まれた。取っとけ」
カズマの世界では、ジョーカーは、全スートのカテゴリーエースの細胞と人間の細胞を組み合わせて作り出した改造実験体だった。
彼もまた改造実験体だったのだろうか、それとも正真正銘本物のアンデッドだったのだろうか。それは最早分からない。
「何で、封印なんかされちまったんだろうな……あの人。アンデッドを解放したいと思ったの、初めてだよ」
カードを見つめて、カズマは呟いた。カズマはやや目を眇めて、遠くを見ているような眼差しをしていた。
「全ての戦えない人の代わりに戦う、って言ったんだぜ。その誓いを忘れない限り、俺は仮面ライダーだって。それなら、戦い続けないと駄目だろ。まだ何も終わってないんだ」
「……お前が有益に役立てれば、多少戦ってる事になるだろ。どんな効果なのかは分からんが」
「…………四条が使った時は、ジョーカーに変身してたな。それはちょっと……」
話しているところで、突然カップの中のコーヒーが揺れ出し、その後にテーブルががたがたと動き出し、そして座っていてもバランスを崩すほど床が大きく揺さぶられ始めた。
「なっ……何だ! 地震か!」
ユウスケが叫ぶのを横目に、士は窓際まで四つん這いで移動し、窓から外を見た。
「ただの……地震じゃ、ないみたい、だな!」
二階の窓からは、周囲の建物に遮られ、街の全容を見渡す事はできない。
だが見える範囲だけでもあちこちに、あの銀のオーロラが、出現していた。
「また、始まりやがったか……融合が!」
揺れが弱まったのを見計らい、士はよろけつつ立ち上がって駆け出した。
「あっ、おい士! 待て!」
ユウスケと夏海、カズマも立ち上がり、士の後を追った。
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