(13)やさしい思い出
栄次郎は、士と巡り合えた日の事を、決して忘れないだろう。
姿形は大分異なっていた。年齢も違う、だいぶ若い。顔も違えば身長も違う。彼の面影はない。
だが見間違える筈がない。その鮮やかなマゼンタの色をしたカメラは、元々は彼の娘が所有していたのだから。
いいカメラだね、と思わず声をかけていた。
娘は写真を撮るのが好きだった。
写真はもう、使い捨てカメラででも、何時でも誰でも、気軽に撮影できる時代になっていた。写真館でしか撮影できない写真があるという自負はあったが、あまり先行きの明るい商売でもない。
子供は娘一人だけ。妻は娘が高校生の時に亡くなった。自分の代で写真館を畳もうと栄次郎は考え、娘はごく一般的な会社勤めをしていた。
彼と初めて会ったのは、どの位前の事になるのだろう。栄次郎にとっては、過去現在未来という直線での時間把握は、感覚が曖昧になって久しい。
彼は写真を撮るのが、とても下手だった。
ピントが合わずぶれた写真、何を写したいのか被写体が明確でない風景写真。
娘は彼に、実に楽しそうに写真を教えていた。
その頃は、下手くそだねぇと苦笑するのが栄次郎で、でも好き、と言うのは娘だった。
彼はとある企業で研究職をしている、とだけ聞いていた。娘は彼の誕生日に、自分の持つカメラのうち、限定カラーのマゼンタの二眼レフを贈った。
「このカメラ、面白いの。上から覗き込んで、風景を切り取るのよ。まっすぐ覗くより、ファインダーを通じて世界を見てる、って気分になれる」
娘は彼に、確かそんな言葉を語った。
二人はカメラを持って、何度か日帰りの旅行にも行った。写真を自分で現像して、娘はそれを、幸せそうに眺めていた。
二人はきっと結婚するのだろう。
そう思って、栄次郎は嬉しいような寂しいような腹立たしいような、不思議な気持ちを噛み締めていたのに。
栄次郎は、今でも、何故自分がここでこうして、いや、様々な世界に自分が同時に存在しているのかが分からない。
彼は自分が本来は存在している筈のない人間である事を知っていた。
だが、娘に彼を会わせてやりたいとは思う。だから彼をずっと探し続けてきた。
もう娘は恐らく戻ってこないのだろうし、彼も違う人間だ。
それでも、夏海と彼は、きっと新しく始める事は出来る筈だ。
何度も何度も、世界は崩壊した。
夏海はその度に、彼を許さず拒絶した。
もうこんな繰り返しは終わりになればいい。そう思う。
もういない人間、あるはずのない世界。
どうすれば終わりになるんだい。娘に訊ねるが、答えは返ってきはしない。
***
「駄目です、士君!」
夏海の制止に耳を貸さないで、士はベッドから起き上がって靴を履いた。
「俺の体は何ともない。医者も言ってたんだろ?」
「それは、そうですけど……でも」
「でももへちまもない。鳴滝といい加減決着をつけてやる」
士は明らかに怒っていた。口調はいつも通り皮肉気でぶっきらぼうだが、目が据わっている。
隣でまだ目を覚まさないユウスケが、自分を庇って大怪我を負った事を知ったからだ。
「士君、無茶しちゃ駄目です! 目が覚めたばっかりなんですよ!」
「そんなのは関係ない。俺は俺のしたい事が、ようやく分かってきたんだ」
士は、夏海を見ないで前を見て呟いた。
「士君の、したい事、ですか」
「そうだ。俺は、自分にもお前にも恥ずかしくないように生きたい。お前がもし許してくれないんだとしても、最後まで、自分はお前達と仲間だった、って思いたいんだ」
「私が許すとか何とか……全然意味が分かりません」
夏海は不満げな声を漏らして、士の横顔を見た。
何故士が突然、そんな事を言い出すのかが、全く分からなかった。
「お前、俺の事、許してくれるか」
「えっ」
「俺のせいで世界はぐちゃぐちゃだし、ユウスケも大怪我した。いつもでかい事言ってる割に、俺はまだどうする事も出来てない。こんな俺を、許せるか」
士の質問に、夏海は困惑して押し黙った。
許すも何も、夏海は士が悪いとは思っていない。
原因が士にあるのは確かだが、それは士が望んだ結果ではない事も分かっている。
「……よく……分からないですけど。士君、私が見てない所で何か、私に言えないような悪い事したんですか」
「いや……してない。と思う」
「じゃあ、私には許さなきゃいけない事なんて何もないです。許せない事があるとしたらツケを払ってない事ですけど、それは絶対に払ってもらうからいいです。おかしいですよ士君、急に変な事言い出して」
夏海が笑ってみせると、つられて士も笑った。
やや、切なげに士は笑う。
「こんなのはもう、終わらせなきゃいけないんだ。今すぐにでもな」
言って士は立ち上がり歩きだした。夏海も立って士の腕を引き、引き留めようとしたが、軽く振り払われた。
「……待て、よ、士」
その声に、ドアを出ていこうとした士は足を止めて振り返った。
ユウスケが、体を起こして、厳しい顔つきで士を見ていた。
「ユウスケ! 寝てなきゃ駄目です!」
ユウスケは、夏海の言葉を聞いて、首をゆらりと何度か横に振った。顔色はやや青白いが、目の光ははっきりとしている。
「何の用だ。怪我人は大人しく寝てろ」
「俺も、行く……」
「ばっ……お前、何言ってるんだ?」
口をあんぐりと開けた士に向けて、ユウスケは左の腕を差し出してみせた。左手を何度か、開いて閉じる。
「確かに怪我はしたけど、この通り……ちゃんと動く。俺も、戦える」
「……ばっ……馬鹿かお前は! 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿だとは思わなかったぞ!」
「そう何遍も馬鹿って言うな。馬鹿は馬鹿なりに、一生懸命やってるんだ」
ユウスケが人懐っこく笑って、その顔を見た士は何も言えなくなった。
「お前が何て言っても俺は行く。でも、出来れば一緒に、行かせてくれ」
「駄目だ! お前は戦うな!」
「何で?」
ユウスケの質問に答えられず、士は息を喉に詰まらせて黙った。それを見てユウスケがまた、ふっと笑った。
「……何となく分かってるんだ。俺の力の代償が、黒いクウガのあの姿なんだって」
「……」
「心配してくれてるんだろ。何だか嬉しいな」
「……そんなんじゃない。大怪我をしてるお前の面倒なんか見てられない状況なんだ。お前はもう戦うな」
「今、戦わなかったら、いつ戦うんだ? 今戦わなかったら何の意味もないし、戦わなかった事を後悔するなんて嫌だ」
士はやはり答えられなかった。でもユウスケが戦う事はない。そんな事を言っても、このお節介で強情な男が納得する筈もない。
どうしたら止められるのだろう、どうしたら。
「…………とにかく、来るな」
「俺はお前の相棒だろ。そう思ってたのは俺だけで、ただの俺の勘違いなのか」
「……違う、けど来るな」
「士!」
怒鳴ってつい力が入ったのか、ユウスケが痛みに顔を顰めた。
そら見ろ、と呟いて士は息を吐いたが、ユウスケはすぐ歪んだ顔を引き戻して、士を見た。
「勘違いしてるみたいだけど、俺は、別に、死にたくて行くわけじゃない」
「じゃあ何で、俺を庇うなんて馬鹿な真似をする!」
「仕方ないだろ、体が勝手に動いてたんだから」
「駄目だ駄目だ、また体が勝手に動いて痛い目を見るような奴を連れて行けるか!」
「……分かった。もう聞かない」
低い声で告げてユウスケは、無言で腕のガーゼを剥ぎ取り、差し込まれていた点滴を引き抜いた。
「おい、ユウスケお前……!」
「これだけはいくらお前や夏海ちゃんに言われたって譲らないぞ。俺は行く。絶対にだ」
「……この、分からず屋! 好きにしろ、もうどうなっても俺は知らんぞ!」
怒鳴りつけて士は部屋を出て早足で歩き出した。
夏海は困りきった様子で、士の背中とユウスケを交互に見る。
「ユウスケ、そんな怪我で行ったら、ほんとに死んじゃいます! やめて下さい!」
実際に涙を堪えているのだろうか、泣きそうな声で夏海が叫んだが、ユウスケは夏海に笑ってみせた。
「大丈夫だって。俺、負けたりしないよ」
「……だって」
「俺、クウガだからさ。夏海ちゃんがそんな顔しなくていいように、その為に戦いたいんだ」
にっこりと笑われると、夏海はもう何も言えなくなった。
小野寺ユウスケの笑顔は不思議なのだ。底抜けに明るくて、見る人を安心させて、嬉しくさせる。
ユウスケは靴を履いて起き出して、ベッドの脇に備え付けられた棚を開けていた。服を探しているのだろうか。
「ユウスケ……服は、血まみれで破れちゃってるから捨てられちゃいました」
「えっ、そうなの? ……まあ、そりゃそうか」
困ったように頭を掻いて、困った顔のままユウスケは歩き出した。
「ま、いいかこれで。夏だし。じゃあ俺、行ってくる」
軽く言ってユウスケは駆け出した。止める間もなく夏海の横を通り過ぎる。
「ちょっと、ユウスケ!」
夏海が慌てて後を追うが、ユウスケは立ち止まらない。
「夏海ちゃんは危ないから待ってて!」
「ユウスケ!」
BOARD職員が、患者衣のままで素足にスニーカーを履いたユウスケを、すれ違いざまに不思議そうな目で見つめるが、ユウスケは立ち止まらなかった。
「待って、待ってくださいユウスケ!」
待っていろと言われて夏海が大人しく待っている筈がない。彼女もまたユウスケを追って外へと駆け出していった。
***
「よう、さっきぶりだな」
BOARD正門前で、士は足を止めた。人気はなく、車の往来もない。周囲は先程の戦いや、魔化魍が暴れた痕跡で荒れ果てている。
道の先に、鳴滝が立っていた。
「丁度いい、あんたに聞きたい事が出来たところだったんだ。あんた、鎌田を連れてきたのは実験だって言ってたよな。あれは、イレギュラー要素を突っ込んで結果を変える為の実験か」
士の質問に、鳴滝は軽く首を縦に振って答えた。
「そうだ。ディケイドが滅びるという結果を生み出す為の実験だよ」
「ま、そんなとこか。もう一つ。夏海は、のか」
次の質問を耳にした途端、鳴滝は目を見開いて、士を睨みつけたが、ややあって口を開いた。
「彼女はああしてしっかりと、生きて存在している」
「それは分かってる、そういう話をしてるんじゃない。生まれてくる筈だったのに、生まれてこられなかったんじゃないかと聞いてる」
遠目に見ても分かるほど、鳴滝の顔色はさっと変わった。眼だけは、相も変わらぬ憎しみを込めて士に向けられている。
「……黙れ。貴様などに何が分かる」
「分からないな。俺はあんたじゃない、分かる筈がない」
「貴様は私から全てを奪って、大ショッカーの手先と化して、彼女に間違いを続けさせている!」
「あんたの婚約者は死んだんだろう」
「違う、まだ、そこにいる!」
息を切らせ、拳を握りしめて、鳴滝は叫んでいた。
「……もう、終わらせたいんだ。ディケイド、お前さえいなくなれば、全て終わるんだ……」
「終わりゃしないだろう」
やや目を細めて鳴滝を見つめる士を、鳴滝は必死の形相で睨み返した。
暫く睨み合っていると、後ろからユウスケが士の横に駆け込んできた。
「士!」
「……お前なあ……。まあいい、どうせ引っ込んでろって言ったって聞きゃしないんだろ」
「当たり前だ」
笑ってユウスケは言うが、顔色は青ざめているし、息は荒い。誰がどう見ても、相当無理をしている。
それでも、今ここで退けば、ユウスケはきっと自分で自分を許せなくなってしまうのだろう。
この、目の前の男のように。
「鳴滝、あんたはやり方を間違えたんだ」
「……何だと?」
「あんたは自分で戦うべきだった、自分が仮面ライダーになるべきだったんだ。それなのに、他人がつける為のベルトを作って、自分の戦いを門矢士に預けちまった。だから、ディケイドが滅ぼうが何が起ころうが、あんたにとっては何も終わらない。あんたは、許してもらえないと思っているからだ」
まっすぐに前を見て、士はゆっくりと言葉を発した。
「……私には、戦う力などなかった。私は私の、出来ることをしただけだ」
「あんたは、根本的な勘違いをしている。戦う力さえあればライダーって訳じゃない。笑顔を居場所を夢を守りたい。戦えない人の代わりに戦う。人を、思い出を、人の祈りを、大切なものを守りたい。そういう気持ちがあるから強くなれる。そして、時には間違って悩みながら、自分と戦い続けている。理想なんて綺麗なもんじゃない、戦う気持ちを、あんたが持てば、それで良かったんだ」
「私には、そんなものはなかった!」
「でも生まれたんだろう、人を好きになって」
暫しの無言の後、答えの代わりに、鳴滝の背後に銀のオーロラが出現しすぐに消えた。
黒いクウガは、先程見た時と同じように、誰に向けているのか分からない殺気を漲らせて仁王立ちしていた。
「俺も、俺自身の戦いをしなくちゃならないんだ。もう通りすがりはやめだ。行くぞユウスケ」
「おうっ」
士はディケイドライバーを腰に当て、カードをセットする。ユウスケは構えをとる。
「変身!」
二人は同時に叫ぶ。次元を超え体を包む幻。体を変質させ戦う為の武器と化す。
彼等がその力を得たのは偶然にすぎなかったのかもしれない。だが、その力を使い戦い続けてこられたのは、彼等の持つ弱さと強さゆえだった。
ディケイドはライドブッカーをガンモードに構え、クウガは腰を落としてファイティングポーズをとる。
「今日こそ、今日こそ本当に終わりだ。ここでお前を滅ぼして、決着をつける、ディケイド!」
「こっちもいい加減、あんたの逆恨みの相手はうんざりだ。これで終りにしようぜ」
***
意気込んではみた、負ける気はない。だが、我彼の実力差は圧倒的だった。
あんな重く速い攻撃を繰り出す相手など、敵味方問わずいなかったし、離れていればいたで、恐らくクウガの能力によるのだろう、燃やされる。
そして黒いクウガには躊躇や迷いはない。
まさに最強。戦う為だけにある存在だった。
同じ攻め方を繰り返した所で、恐らく結果は同じ。ならばとにかく手の内にあるものを、何でも試してみるしかない。
「おいユウスケ、あれをやるぞ」
「あれ……って?」
答えずにディケイドはカードを取り出しドライバーにセット、ドライバーをクローズした。
『Final Form Ride Ku‐Ku‐Ku‐Kuuga』
「あれって、それか、うおっ!」
途端にクウガは浮き上がり、まるで機械のように複雑に変形をし、化身する。
クウガゴウラムの上に飛び乗ったディケイドは、もう一枚カードをドライバーにセットした。
『Attack Ride Blast』
黒いクウガの周囲を縦横無尽に、超高速でクウガゴウラムが飛び交い、そこから黒いクウガに向けてライドブッカーガンモードのエネルギー弾が幾筋も飛んだ。
一発一発はそんなにはダメージを与えられていない様子だったが、自在に空を行き交うクウガゴウラムを、黒いクウガは捕捉し切れないようだった。攻撃は確実にヒットしている。
「よし、決めるぞ!」
『Final Attack Ride Ku‐Ku‐Ku‐Kuuga』
クウガゴウラムが更に速度を増し、その鋸を標的に向け、一気に黒いクウガへと迫る。それを駆るディケイドは、空高く跳び上がり、黒いクウガに標的を定め、キックを放った。
クウガゴウラムの鋸が黒いクウガを捉えた、そう思った時。
黒いクウガは暫く後退った後止まった。その両手は、がっちりとクウガゴウラムの鋸を捕まえて押さえている。
そして捕まえたクウガゴウラムを、黒いクウガは力任せに斜め上へと押し返し放った。
「うわあああぁぁぁっ!」
ユウスケの叫び声が響いた。クウガゴウラムが飛んできたのは、ディケイドと黒いクウガを結ぶ直線上の軌道だった。
ディケイドは無理矢理にキックの構えを解き、空中で姿勢を崩して更にクウガゴウラムと衝突する。
二人はもんどり打って地上に叩きつけられ、その衝撃でクウガゴウラムもクウガへと姿を戻した。
「そんな小細工が、この”凄まじき戦士”に通用するとでも思っているのか、馬鹿共め」
心底嬉しそうに顔をほころばせ、鳴滝が嘲るようにディケイドに向かい言い放った。
それを聞いているのかいないのか、ディケイドは打った左肩を右手で押さえながら立ち上がった。
「おいユウスケ、あれが小細工だとよ……どうする?」
「考えんのは、士の仕事だろ。いつもの、調子で、任せておけって、言ってれば……いいんだよ」
「簡単に言うな」
クウガは起き上がれないのか、アスファルトに膝をついたまま悪態をついた。
聞けば、左胸に黒いクウガの手刀がめり込み、出血もひどかったという。今こうして、動いて変身しているのがおかしい位の状態な筈だ。
それにしても解せない。やや考え、士は黒いクウガを見た。
彼は、積極的に攻めこんでこない。殺気だけは満ちているのに、あまり動かない。ゆっくりと歩いてくる。
彼がもし、攻撃を捌くのと同じだけの素早さで駆け込んで攻撃を仕掛けたなら、今の状態ではディケイドもクウガも対処出来ない事は明らかなのに、だ。あの、離れた相手を燃やす攻撃も、最初に使ったきり使ってこない。
一度目の遭遇よりも、明らかに攻撃が緩やかになっている。
何が原因なのかは分からないが、本当に心がないのであれば、実力差から二人を侮り鷹揚に構える事は可能性として有り得ない。
――もしかして、あの黒いクウガの心は、まだ完全には消えてはいないのではないか? それが黒いクウガの動きを抑えているとすれば。
そうなれば、今二人が生き残る方策は、逃げるか、彼の心を何とかして取り戻すか、だ。
鳴滝とは何としてもこの場で決着をつけなければならないし、その為にはあの黒いクウガをどうにかしなければならない。逃げるという選択肢は有り得ない。
具体的にどうすればいいのかが全く分からない事が一番の難点だった。
とにかく、ユウスケから可能な限り離れて時間を稼ぎ、ユウスケを少しでも回復させる。今のところ、それしか思い浮かばなかった。
ディケイドはライドブッカーをソードモードに切り替え駆け出すと、三枚のカードを順に、続けざまにセットした。
『Kamen Ride Kiva』
『Form Ride Kiva‐Dogga』
『Final Attack Ride Ki‐Ki‐Ki‐Kiva』
「どの程度通用するか分からんが……効いてくれよ!」
キバ・ドッガフォームへと変化したディケイドは、その両手に握られた、巨大な拳の形をしたハンマー――ドッガハンマーを黒いクウガに向けた。
握り締められた拳がゆっくりと開かれ、その掌に隠された瞳から、魔皇力が開放される。
その魔力には、相手の行動を拘束し身動きを取れなくさせる効果がある。
予想通りといえば予想通りだが、その力は黒いクウガの動きを完全に止めるには至らなかった。
縛られた黒いクウガの手足が、考えられない事に、魔力を押し返すように少しずつ開く。押し返される反動が、ドッガハンマーにも伝わっていた。少しでも力を抜けば、魔力を跳ね返され吹き飛ばされる。
「規格外って……レベルじゃ、ないだろ!」
敵を容赦なく叩き潰す、ドッガハンマーの生み出すオーラが放つ攻撃がこの技の第二段階だが、それに移ろうにも、少しでも気を逸らせばたちまち技が跳ね返される。ディケイドも黒いクウガも身動きはとれず、均衡が崩れない。
耐え続けていたディケイドの後ろから、均衡を崩す者が駆けてくる足音が響いて、近づいてくる。
ディケイドの頭上を高く飛び越え、赤のクウガが空を舞った。そのままの勢いで、クウガの右足が黒いクウガの鳩尾辺りへと叩き込まれる。
反動を利用してクウガはディケイドの右横へと着地する。このチャンスを逃せば、後はないかもしれない。
ドッガハンマーの上に、巨大な拳の形をしたオーラが形成される。キバ・ドッガフォームの姿をしたディケイドは、ドッガハンマーを振るい、勢いを付けてオーラの拳を黒いクウガへと叩きつけた。
完全ではないとはいえ拘束され、クウガのキックを受けた黒いクウガは、その攻撃を避ける事ができなかった。大きく後ろへと吹っ飛び、仰向けに倒れた。
ディケイドのフォームライドも終了し、その姿はキバ・ドッガフォームから本来のマゼンタのディケイドへと戻った。
「くそ……予想通りだが、大して効いてない、か」
すぐに黒いクウガはゆらりと立ち上がる。しっかりと立ち上がったその脚に、ダメージは感じられなかった。
「いや士、俺、違うと思う」
「ん? どう違うんだ?」
「確かに回復力が凄いのもあるんだろうけど、もしかして、痛いとかそういうの自体がないんじゃないか」
クウガの言葉に、ディケイドはやや感心した様子でクウガを見た。
確かに治癒再生能力は高いのだろうが、それにしても効いていなさすぎる。クウガのキックにしろキバ・ドッガフォームの攻撃にしろ、並の怪人が喰らえば一撃で致命傷となる。
効いていないように見えて、その実ダメージが蓄積されているという事は、可能性として大いに考えられた。
「それなら、どんどん攻めてみるか」
言ってディケイドは、ケータッチを取り出し画面をタップする。
『Kuuga,Agito,Ryuki,Faiz,Blade,Hibiki,Kabuto,Den‐O,Kiva――Final Kamen Ride』
より基礎攻撃力の高いコンプリートフォームで一気呵成に攻め込む。タップしたケータッチをベルトにセットすれば、永遠に続いていくかにも思える繰り返しの中に、新しい姿があった。
ヒストリーオーナメントを肩に負い、ディケイドコンプリートフォームがそこに現れた。
ディケイドは駆け出し、ライドブッカーを再びソードモードに切り替えて構え、黒いクウガに挑みかかった。
間合いはもうだいたい分かっている。ぎりぎりのラインまでディケイドは踏み込み、斬撃が当たろうとも当たるまいとも、一つ剣を振るう度に下がり、また踏み込んだ。横合いからクウガも加わり、黒いクウガの攻撃の間合いまでは踏み込まないよう気を使いつつ、攻撃を繰り出していく。
黒いクウガの拳が鼻先を掠める。一発でも喰らえば、また立ち上がれないようなダメージを受ける事は目に見えていた。
だが、幸い、黒いクウガの動きは、先程よりも更に単調になってきていた。
もし本当に、霊石アマダムがアークルの使用者の体内を全て支配しているのであれば、もう手遅れだろう。書き換えられてしまったものを元に戻す方法など恐らくない。
だが、どうもそうは思えない。もし本当にアマダムが彼の体を全て支配しているなら、こんなちんたらしたやりとりに付き合っている筈はない。戦うという目的の為だけに動いているのならば、持てる能力の全てで、ディケイドとクウガを叩き潰さなければおかしい。
彼がもし自分を取り戻せるのならば、その可能性がほんの少しでも残っているのならば。
だが方法は依然として見当もつかない。苛立って、ディケイドは声を荒らげ叫んだ。
「おいあんた! あんたクウガだろう! ならあんたが、そんな事したい筈ないんだ!」
ユウスケが振り向くが、違うお前じゃない、と短く言って、ディケイドは言葉を続けた。
「あんたが本当にしたかった事は何だ! それを思い出せ! あんたは、何かを守りたくて戦ってたんじゃないのか!」
ディケイドの声に反応したのか、黒いクウガは静止し、両手を胸まで上げて、俯いた。
『だってやるしかないだろ、俺、クウガだもん』
『理由なんてないよね。だから……殺させない』
『そうだよ、だからこそ現実にしたいじゃない。本当は綺麗事が一番いいんだもの』
――本当にしたかった事、守りたかったもの。
「そうだ、思い出せよ。俺はあんたに何があったのか知らないが、あんたがクウガなら、絶対思い出せる筈なんだ!」
『こんな奴等の為にこれ以上誰かの涙は見たくない! みんなに笑顔でいてほしいんです!』
絶叫が響き渡った。空気を震わせ、天に届き雲を突き破るかとも思われるような、低く太い、大きな声で。
刹那、ディケイドは右後方に吹き飛ばされていた。
今までディケイドが立っていた場所には、黒いクウガの姿があった。
クウガには全く見えなかった。一体黒いクウガは、いつの間に動きいつの間にディケイドを殴りつけていたのか。
「士っ!」
やはりクウガの体は、考える間もなく動き出して走り出していた。
誰もいない場所を殴りつけようとして、黒いクウガの拳は繰り返し、ただ空を切っていた。
駆け寄ってクウガは、後ろからそれを羽交い締めにし、抑えつけようとする。
「やめろよあんた! あんたは、人を傷つけたいのか! クウガは皆を守る戦士なんだろ、違うのかよ!」
黒いクウガは凄まじい力で暴れ続ける。もとより抑えられるような力ではなく、左腕を思うように動かせないクウガはたちまち振りほどかれる。だがクウガは、諦めないで再度、黒いクウガを抑えにかかる。
「ユウスケ、どいてろ!」
『Ryuki――Kamen Ride Ryuki‐Survive』
ふらつきながら何とか立ち上がったディケイドが、ケータッチの画面をタップしていた。
「駄目だ士、殺す気か!」
「他にどんな方法がある! そいつを黙らせないと、俺達は前に進めないんだ! お前はさっさとどけろ!」
言ってディケイドはケータッチをベルトに戻し、カードをドライバーにセットした。
『Final Attack Ride Ryu‐Ryu‐Ryu‐Ryuki』
ディケイドはソードモードのライドブッカーを構えた。後方に現れた物言わぬ龍騎サバイブが、その動きにシンクロする。
「どけろって言ってるんだ!」
「嫌だ、駄目だ士!」
ライドブッカーと、ドラグブレードから衝撃波が放たれる。クウガの拘束を黒いクウガは身を捩って振り解き、振り返った。
「……えっ」
目が、赤い。
思わず声を漏らした刹那、クウガは吹き飛ばされていた。だが、龍騎サバイブの必殺の衝撃波を喰らった、という痛みや衝撃はない。
すぐに身を起こすと、黒いクウガが赤い目をして、両手を広げて、立っていた。
「俺は…………俺……」
黒いクウガが呟いた。若い男の声だった。
広げた両手を、ゆっくりと引き戻して、黒いクウガは己の掌を見て、それを裏返し手の甲を眺めた。
「何だと……どういう、事だ……」
「どういうも何も、クウガならどうせ、誰かが危なけりゃ考えるより先に体が勝手に動くんだろ。そこでぽかんとしてる馬鹿みたいに」
呆然とする鳴滝にディケイドは告げ、ライドブッカーの刃を右手で中段に構え、鳴滝へと向けた。
「さあ、どうする。あんたの邪魔もいい加減これで打ち止めだろう。大人しく諦めな」
「おのれ……おのれディケイド!」
「もうあんたに構ってる暇はないんだ。俺は、もう一人の俺を倒して、この世界を救ってやるんだからな」
「黙れ! ディケイド、私は貴様を決して許さない!」
尚も鳴滝は、変わらぬ憎しみを込めてディケイドを睨みつけていた。
ディケイドはそれを暫く眺めた後、変身を解除した。
「おい鳴滝。あんた、こう考えた事はないか。あんたが許してほしい人は、最初から憎んだり怒ったりしちゃいないから、許すことも最初から何もなかったのかもしれない、って」
「……何だと?」
「世界に拒絶されてんのは門矢士だ、あんたじゃない」
大して面白くもなさそうな顔で言って、士は鳴滝の顔をじっと見つめていた。
鳴滝は黙ったまま、現れたオーロラの中に消えた。
誰もいなくなった車道を眺めて一つ息を吐いて、士はクウガの方を見た。
クウガも黒いクウガも、既に変身は解除されていた。ユウスケは、悲しそうな顔で、黒いクウガだった青年が蹲っているのを見下ろしていた。
「一条さんが……一条さん…………俺が、俺が皆を…………俺が」
青年は、何度も何度も、素手でアスファルトを殴りつけていた。
呟きには嗚咽が混じっていた。
ユウスケは声を掛けあぐねているようだった。行くぞ、と首を動かして促し、士はまた青年を見た。
「おいあんた。何があったか知らないが、俺達はもう行かなきゃならん。もしあんたに、まだ守りたいものがあるなら、その為に戦えるなら、俺達と一緒に来るか」
「……戦うって、何とですか」
「詳しく話すと色々と説明が込みいるが……怪人と、この世界を滅ぼそうとしてる元凶だ」
青年は士の言葉を聞くと、何度か腕で顔を拭って、顔を上げた。
茫洋とした、どこか優しげで眠たげな顔つきをしていたが、士を見つめる眼の光は意志の強さを感じさせた。
「だってグロンギは……もう全部いない筈じゃ」
「どうせ信じられないだろうから話半分に聞いておけ。今あんたがいるのは、あんたがいた世界とは別の世界、パラレルワールドみたいなもんだ。ここに今、グロンギだけじゃない、色んな世界の怪人やら怪物が、あちこちのパラレルワールドから大集合してる。俺達はそれを止める為に戦う」
「……俺にはもう、守るものなんて、何も残ってませんけど……」
言って青年は、目を細めて遠くを見て口の端を上げて、寂しそうに笑った。
「そこの彼に言われた事、ぼんやり覚えてます。クウガの力は、皆の笑顔を守る為にある、って。俺も、そう思います。正直、今すごく混乱してて、どうすればいいのか分からないんですけど……もし誰か泣いてるんだったら、俺、戦わなきゃいけないんだって思います」
「……別に無理はしなくていいんだぞ。気持ちの整理なんかつかないだろ」
「大丈夫ですよ……だって、俺……やっぱり、クウガだから」
言うと青年はまた、ふっと寂しそうに笑った。
一度俯くと立ち上がってズボンの埃を払い、青年は士とユウスケを見る。
「俺、五代雄介っていいます。宜しくお願いします」
「門矢士だ」
「あ、小野寺ユウスケ、です。宜しく」
やはり薄い笑みをうかべたままで青年が己の名を告げて、士とユウスケもそれぞれに名乗りを上げた。
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