いい夫婦の日2017
マジョラムが看板をデコる為の材料を買い出しに行くというので、広場の掃除が一通り終わり暇が出来ていたリンドウが荷物持ちのために同行することになった。広い王都の中に点在する目当ての店を一つずつ二人で回っていく。ランチは元々王都住まいだしリンドウも一通り王都の地理の勉強はしっかりしたものの、行ったことのない店を探し当てるのはなかなか骨が折れる作業だった。
そして残り一軒で終了まで来たのだが、その一軒がなかなか見つからない。周囲は入り組んだ細い路地が迷路のように広がっていて、どの道に入ればどこに出るのかを把握するのも難しく下手に動き回ると二人して迷子になってしまいそうだった。何千年もの昔からこの大地を見守ってきた世界樹と共に栄えた世界樹の国の王都は歴史も古く、継ぎ足し継ぎ足しの都市計画で大きくなってきたため区画によってはこういう迷ってしまいそうな道はそんなに珍しくない。
「この辺りなのは間違いないはずなんだが……」
「そうだ、誰かに道聞いてみよう! えーと……あっ、すいませーん!」
地図を見て首を捻るリンドウから地図を借りるとランチが軽く駆け出していって、近くを歩いていたおじいさんに声をかけた。
「なんだね?」
「えっと、すいません、このお店に行きたいんですけど、この辺りですよね? ちょっと道に迷っちゃって……」
後からゆったりとした足取りでリンドウも輪に加わり、ランチがおじいさんに差し出した地図を眺める。
「この店だね、それならここからそっちに三本目の路地を曲がって、次に一つ目の路地に入ればすぐだよ」
「ありがとうございます、助かります!」
ランチが大きくお辞儀をして、リンドウも合わせて軽く頭を下げる。おじいさんは何やらニコニコした嬉しそうな笑顔で二人を見た。
「けっこうな荷物みたいだけど、新居の支度かね?」
「……えっ?」
「新婚さんじゃろう、仲良く買い物とは仲がよくて羨ましいの、ははは」
「え、え、えええっ!?」
朗らかに笑ったおじいさんとは対極の様子で、ランチは顔を真赤にして狼狽しリンドウは言葉もなく目を剥いてその場に硬直した。
「いやいやいや、あの、その、違うんです! 彼は、仕事の仲間で……あっあの、私たち広場で王都のマルシェっていうのをやってて、キッチンカーで料理を売ってるんです! すごく美味しいですから、おじいさんも、もし良かったら買いに来てください!」
「おや、違うのかね。頼もしそうな落ち着いた青年だからてっきりそうかと思ってしまって、そりゃ済まんかったねぇ」
「いえ、いいんです! あっ、道を教えていただいてありがとうございました、そ、それじゃ!」
早口に言い切るとまだ顔が真っ赤なままのランチは、こちらも硬直したままのリンドウの手首を強引に引いてそそくさとその場を離れた。
歩いているうちにリンドウも落ち着きを取り戻し、おじいさんの案内通りに進むと目当ての店もようやく見つかったので、めでたしめでたしの結果に終わったのだった。
その筈、だったのだが。
マルシェに帰り着いた二人は荷物をマジョラムに渡すと、歩き回った疲れを癒そうと休憩スペースに腰を落ち着けた。そこにユーカリが紅茶を運んできた。
「ランチさんリンドウさん、買い出しお疲れ様でした~。紅茶が入ってますからどうぞ~」
「あっ、ありがとユーカリ、さすが気がきくね!」
「うふふ~、お疲れの二人を少しでも労いたくて。疲労回復には甘いものがいいですから、甘いパンもどうぞ~」
ドン! と音を立てて休憩スペースのテーブルに置かれたバスケットにははみ出しそうなほど山積みのパンが乗っていた。
「さ、さすがにこれは多すぎかな……? リンドウもこんなには入らないよね……?」
「あ、ああ……もちろんだ……」
「ええ~っ、いっぱい歩き回ってカロリーを使ったんですからちゃんと補給しないと、骨と皮だけのガリガリ人間になってしまいますよ~!?」
「そ、それは大丈夫だと思う……」
あまりのパンの量にリンドウは言葉もないようだがユーカリにとってはこれは食間につまむおやつだ。出してはもらったもののユーカリのパンはサイズが大きいから、ランチも一つ食べればお腹いっぱいになってしまうだろう。この大半はユーカリのおやつとして消費される筈だ。
「じゃあわたしはフェンネルさんと店番を代わって来ますので、ごゆっくり~」
「ユーカリありがとう、頑張ってね」
手を振って見送ると、入れ替わりに呼び込みをしていたブーケガルニがやってきた。今日はずっと呼び込みをしていた筈だから、大方飽きてきたのだろう。
「どーした二人とも、なんか元気ねえぞ? それになんだこのパンの山……」
「あはは……ブーケガルニも食べる?」
「じゃあ一個食うかな~! ちょうどハラ減ってたんだ!」
にかっと笑うとブーケガルニは椅子にどかりと腰を下ろして、パンの山の頂上から一つパンを取り頬張り始めた。マジョラムが聞いたらご飯の前に間食するなと怒られてしまいそうだけど黙っておこうとランチは思った。
「今日はそういや二人ともいなかったけど、何してたんだ?」
「マジョラムの看板作りの買い出しだよ。色々歩き回って、最後は迷子になりそうになって道を聞いたらリンドウと夫婦に間違われたりして大変だったんだよ~」
「ふぅん……? 夫婦、そうなんだ……」
突然背後からブーケガルニでもリンドウでもない冷たい声がした。恐る恐る振り向くと、そこには満面の笑みを静かに湛えたフェンネルが立っていた。笑ってはいるけれども、目は一切笑っていない。
「あっ……フェンネル…………あの、何か怒ってる……?」
「ううん、別に何も。それより、もっと詳しく聞きたいな、その夫婦と間違われた話」
言いながらフェンネルは流れるような静かな動作で椅子に腰掛けた。物音が一切しない静けさが尚一層の恐ろしさを掻き立てた。
「そっ……そんな大した話じゃないよ……。リンドウが荷物持ちしてくれてて、若いのに落ち着いてて頼りがいがありそうだから新婚なのかって勘違いされただけだよ」
「ふぅん……」
目が笑っていない笑みの表情を一切崩さないまま、感情のこもっていない声でフェンネルが相槌をうつ。正直怖い、どう対応したらいいものか、フェンネルが一体何に怒っているのかランチには皆目見当がつかなかった。
「いいんじゃない? リンドウ、真面目で優しいし、おっちょこちょいの君とは相性いいかもね?」
だから目だけ笑ってない笑顔で感情がこもってない声で言われても怖いんだってば! と叫びそうになるのをランチはなんとかこらえた。どうすればフェンネルは機嫌を直して普通に話してくれるのだろうか。
「いや……俺は修行中の身だ、そんなに頼りがいもなかろう。あの御仁が俺たちをからかってみただけかもしれん」
「そんなことないよ! リンドウのこと私はすっごく頼りにしてるよ!」
リンドウが漏らした言葉に思わずランチは反射的に反応してしまったが、フェンネルは見なくても気配を感じるほど不機嫌さを醸し出し始めた。
「ふーん。そうだよねぇ、ランチはやっぱりリンドウが一番頼れるんだ」
「そうじゃなくって、みんな頼りにしてるよぉ!」
「いやいやちょっと待て、ランチは俺んとこに嫁に来るんだよな?」
突然ブーケガルニが言葉を発したかと思ったら思わぬ爆弾発言で、他の三人はぴきりと固まって動けなくなるほどの衝撃を受けた。
わたし、ブーケガルニとそんな約束いつしたっけ? あまりに何の疑問も抱いていないかのような表情のブーケガルニに、ランチは思わず記憶の糸を辿り始める。だが、そんな約束をした覚えは一切なかった。
「いやいやいやいや、ちょっと待ってブーケガルニ、何の話?」
「んあ? 将来は俺の島に来てくれるんだよな? トーチャンとカーチャンもちゃんと紹介するぞ? 子供はいっぱい作ろうな!」
「だから~! ブーケガルニの島には遊びに行くしお父さんとお母さんにもご挨拶するけど、結婚とかそんな将来の話はまだ考えてないよ~!!」
「ふーん、ブーケガルニのご両親にご挨拶に行くんだ、へぇー」
「だからフェンネル怖いってばー! 私はまだ結婚とかそんなの全然考えてないし!!」
「そうか……ランチが南の島で暮らす事を望むのなら、俺に言えることは何もない……」
「リンドウまで!! だから違うってば~!!」
この調子で日が落ちるまで四人の話は噛み合わず、パンをやけ食いしなければならないほどランチは疲弊したのだった。
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