登録と初依頼
予め場所を調べてあった冒険者組合に二人で朝向かう。デミウルゴスもセバスもお互いに雑談したい相手ではないので無言のまま歩を進める。ポーカーフェイスともいえる人好きのする笑みを薄く浮かべてはいるが、デミウルゴスの心中は重い。セバスと協力はしなければならないが別に仲良くなりたい訳ではないのでデミウルゴスとしても今の関係を改善しようという気にはならない、だがこの状況はどうにも気詰まりだ。隣にいるのがもし他の者であればデミウルゴスは心から喜んで楽しい話題を提供しているところだ。
何でよりにもよってこの男が一緒に来てしまったのだろう、その思いが強くなる。
デミウルゴスが守護者の中では非力であるという事を考えれば、格闘戦ではナザリック最強のセバスは戦力的には心強いといえる。互いに補い合えれば彼我の戦力差が余程開いている状況でない限りは切り抜けられるだろう。だがそれは、補い合えればである。デミウルゴスが我慢して合わせるとしてもセバスがデミウルゴスに合わせるというのはいかにも考えづらい。どれだけの強者がいるかもまだ分からないこの未知の世界で補い合う事が期待出来ないのは頭の痛い問題なのだが、期待するだけ無駄というものだろう。補い合わない事を前提に物事を考えるしかない。
数日街を歩き観察した様子ではデミウルゴスとセバスが警戒すべき存在はいないといえるが、モンスターにしろ人間にしろ亜人にしろまだ見ぬ強者への警戒は怠るべきではない。至高の御方々に匹敵するプレイヤーのような強さを持った者もいないとは限らないのだ。例えば情報を得た聖王国の九色、それらの者達はこの国でトップクラスの力を持つと考えられるから強さを計る基準になるだろう、力を見極める機会を持ちたいところである。
もしナザリックがどこかにある場合連絡を取る手段についても考えていたが、初日にアイテムボックスを見て〈伝言〉のスクロールがない事は確認済みである。セバスも持っていなかった。それなりの纏まった金を得てからになるだろうが、この世界の魔法について調べてもし〈伝言〉に相当する魔法があるのであればそれを試してみるしかないだろう。
冒険者組合のドアを開き中に入ると、中にいた冒険者たちに困惑の空気が漂った。魔法詠唱者に見えるデミウルゴスはともかく、(執事姿では余りにも冒険者らしくない為日雇いの賃金で用立てた)旅人用のマントを羽織っているとはいえ白髪の老人に見えるセバスが入ってきた事に戸惑いを隠しきれないのだろう。勿論周囲の空気などデミウルゴスにとっては至極どうでもいい事だ、真っ直ぐにカウンターへと進む。
「失礼、冒険者の登録をしたいのですがこちらでよろしいでしょうか?」
「はい、こちらで承っております」
デミウルゴスが声をかけるとカウンターの向こうに座った受付の女性は営業スマイルと思われる笑顔を浮かべてそう答えた。
「お二人様ですか? まず組合に加入するのに必要書類料としてお一人様五銀貨を頂きたいのですが」
「問題ありません。セバス」
呼びかけるとセバスは前に進み出てきて、革袋から銀貨十枚を出しカウンターに置きすぐに一歩下がった。受付嬢が置かれた銀貨を確認してからカウンターの下へと移す。
「銀貨十枚、確かに確認いたしました。ではまず書類を書いて頂きたいのですが、代筆にいたしますか? その場合は代筆料として銅貨五枚を頂きます」
「自筆で問題ありません」
「かしこまりました、ではこちらの書類に記入をお願いします」
書類とペンが差し出されたので、デミウルゴスは淀みなく書類に必要事項を記入していった。程なく記入が終わったので書類を受付嬢へと渡す。
「デミウルゴス様とセバス様の二人組、チーム名は堕落の果実でよろしいですね?」
「はい、結構です」
誰が見ても好感を抱くであろう穏やかな笑みをにっこりと浮かべてデミウルゴスは受付嬢の確認に了承を返したのだが、斜め後ろからは強烈な殺気が漂ってきていた。
「デミウルゴス」
「何だいセバス」
「そのチーム名は一体どういう事なのでしょう。そういった物は普通チームで相談して決めるのでは?」
「チーム名の記入欄があるとは事前に知らなかったのでね、とりあえず相応しいものを記入しておいたまでだよ」
「それのどこが相応しいのですか、冒険者に相応しいとはこれっぽっちも思えませんね」
「サタンの化身した白い蛇から知恵の実を受け取ってしまいアダムとイヴは楽園を逐われた……知恵を得るというのは人間にとっては堕落の始まりだった、含蓄の深いチーム名だと思うがね?」
「チーム名に含蓄など不要ですし、あなたはともかく私は堕落とは無縁です」
「人聞きの悪い事を言ってもらっては困るね、私は堕落させる側だよ? 私自身は堕落などしない」
「ならば尚の事チーム名としては相応しくないのでは?」
「即興の割にはかなりいい名前を付けられたと思うのだがそんなに不満かね。では聞こうセバス、この名前以上にいい名前の案が君にあるのかな?」
そのデミウルゴスの問いにぐっとセバスは答えに詰まった。しばらくの沈黙の後、ようやく悔しげに口を開く。
「……ありません。ですがその名前はお断りです」
「まるで話にならないな、代案のない反対意見など聞くに値しないよ。文句を付けるなら代案を用意してからにするのだね。ああ、連れがごねてしまってすまないね、その名前で問題ないよ。話を進めてくれたまえ」
そう受付嬢に声をかけたものの、鋭い眼光だけでデミウルゴスを射殺しそうなセバスの強烈な殺気にあてられ可哀想に受付嬢はすっかり怯えきっていた。所構わずそんな殺気を放つとはセバスにも困りものである。そもそもの原因が自分にある事は棚上げしてデミウルゴスは深い溜息をついた。
「セバス、殺気を収めたまえ。お嬢さんが怯えてしまって登録が進まない」
「……失礼いたしました。デミウルゴス、後でじっくりと話し合う必要があります」
「私の方はその必要を感じないね。大丈夫ですかお嬢さん、連れが失礼をいたしました」
セバスが殺気を収めた後も受付嬢が落ち着くのにしばらくの時間を要した。その後、冒険者の基本的な心得や依頼の仕組み、冒険者の等級や昇給試験などの知識についての基礎講習が行われた。
「以上ですが、何かご質問はございますか?」
「……そうですね、基本的には組合が調査した依頼を引き受け達成し金銭を稼ぐという仕組みについては理解しましたが、依頼の中で倒したモンスターは該当部位を組合に提出する事によって報奨金が出るということでしたね?」
「はい、そうです」
「では例えば、依頼ではなくてもモンスターを狩って部位を提出して金銭を得る、という事は可能なのでしょうか」
「可能です。依頼のない時にモンスター討伐を行う事で糊口をしのぐ冒険者の方もおられます」
「成程、了解しました。では、各モンスターや亜人の提出部位を教えていただけますか?」
そうデミウルゴスが質問すると、受付嬢は動揺を隠しきれず少しぎょっとした顔をしてみせた。
「今ここでですか? モンスターや亜人の種類はかなり多いですが……よろしければ明日までに冒険者プレートと一緒に提出部位を記載した紙をご用意しますよ」
「問題ありません、記憶力には自信がございますので今ここでお教えください。ですが念の為紙でも頂けると助かります」
微笑みを浮かべてみせると受付嬢は大丈夫かと言いたげな半信半疑の面持ちながらもモンスターや亜人の提出部位を教えてくれた。この程度の数の事柄を暗記するなどデミウルゴスにとっては造作もない。完璧に頭に入ったが、備えは大事だから紙でも持っておいた方がいいだろう。
冒険者の身分証となる冒険者プレートは明日までに用意してくれるとのことで、明日また冒険者組合に来る事になった。組合を出る前にどのような依頼があるのか把握する為に依頼の書かれた羊皮紙が貼られたボードを見ておく事にする。
「ふむ……銅級の仕事というのはどれもつまらないものばかりだね。子供の使いではあるまいし」
「どのような仕事があるのですか」
「荷物運搬、薬草採取の手伝い、引越の手伝い、ペンキ塗り、人探し……取るに足りない仕事ばかりだ。だが、そうだね……」
言いながらデミウルゴスは一枚の羊皮紙を剥がし取った。
「実際の冒険者の仕事がどのようなものか知っておく必要もあるだろうし、この中ではこれが最適だろう」
「どのような内容で?」
「商人の護衛任務に当たる上級冒険者の荷物運びの仕事さ。これなら先輩冒険者から知識を仕入れられるかもしれないし、上手くいけば繋がりも作れるかもしれない。そうすればそこからこの街や冒険者同士の情報網に辿り着く事もできるだろう」
「成程、請ける事に異存はございません」
セバスも素直に頷いたのでデミウルゴスは羊皮紙を先程登録を行ってくれた受付嬢の所へと持っていった。
「まだ冒険者プレートは出来ていませんが、この仕事を請ける事は可能でしょうか?」
受付嬢はデミウルゴスが差し出した羊皮紙の中身を確認すると、顔を上げ頷いた。
「はい、こちらの仕事は出発が明後日ですので請けて頂く事は可能です……ですが、その……荷物運びなのですが……冒険者の皆様の荷物はかなり重いですよ?」
気遣わしげな受付嬢の表情に、他人から見た自分達の姿が腕力に劣る筈の魔法詠唱者と老人である事をデミウルゴスは思い出した。
「問題ありません、体力と腕力には二人とも自信がございますので」
「一応念の為確認をさせて頂きたいのですが、お二人であそこにある袋を一つづつ持ち上げてみて頂けますか?」
受付嬢はホールの隅に置かれた中身の詰まった麻袋を指し示してみせた。
デミウルゴスとセバスはその言葉に従いホールの隅に向かうと、袋の結び目を掴み二人とも片手で持ち上げてみせた。もしかしたら人間にとっては片手では持てないようなかなり重い荷物かもしれない、だが力の証明にはなるだろう。これから最上級であるアダマンタイト級(随分柔らかい金属だがこの世界では最も硬い金属らしい)の冒険者になろうとしているのだ、この程度の力は示しておいて困る事はないとデミウルゴスは判断した。これを目撃した者から噂が流れ名が売れれば銅級のつまらない仕事よりはマシな仕事が入ってくるかもしれない。こんな軽い荷物小指の先でも持ち上げられるが手を使っているだけ遠慮していると言ってもいい。セバスは多分何も考えないで無造作に片手で持っただけだろう。
「……!」
「何か問題があったでしょうか?」
「いえ、あの、ないです……片手……あっ、もう降ろして下さって結構です、こちらへどうぞ」
受付嬢は明らかに狼狽えていた。やはり人間からすると片手では持ち上げられないような重さらしい。だが荷物持ちとしては合格点を貰える筈だ。袋を降ろして元の場所へと戻しセバスとカウンターへと戻る。
「引き受けて頂く事には問題はないようですので先方に受け手が見つかった事を連絡しておきます。事前の顔合わせと打ち合わせを兼ねてということで依頼者をお呼びしておきますので明日の朝十時に来て頂いてもよろしいですか? その際に冒険者プレートもお渡しします」
「問題ありません。ではそのようにお取り計らいどうぞよろしくお願いいたします、また明日伺います」
にこりと微笑んで一礼するとデミウルゴスは踵を返し、同じように一礼したセバスもそれに続いて冒険者組合を出た。
「デミウルゴス、宿に帰ったらチーム名についてじっくり話し合いたいと思います」
「君もしつこいね、代案のない反対意見など聞く気はないと言ったろう」
「案はこれから考えますがあなたにも変更する事を真剣に考えて頂かなくてはなりませんので話し合いは必要です」
「私としてはまるで必要を感じない、無駄な時間を使うのは真っ平ご免なのだが」
「無駄な時間とは何ですか、大体にしてあなたは――」
宿に帰るまでの道程は勿論の事、宿に帰り着いてからも夜まで止める者のいない口論が続いたのは言うまでもない。
***
ダンデライオンというチーム名の冒険者チームは、戦士二人と野伏と魔法詠唱者の構成の金級チームだった。たんぽぽ……? と不審に思って顔合わせの際にデミウルゴスはチーム名の由来を尋ねたのだが、何でもこの地で信仰されている四大神が遺した今では由来の分からない言葉の一つらしい。語感がかっこいいのでチーム名にした、という答えだった。隣のスレイン法国という国では四大神に光と闇を加えた六大神を信仰し、六大神信仰こそが正しいと主張しているのだという事も教えてもらった。
言葉一つだけでは確証とは到底言えないが、英語として意味の通る言葉が意味不明の言葉として残っているという事はその四大神或いは六大神は至高の御方々と同じ世界(りある、と御方々は言われていた)の住人だった、またはデミウルゴスやセバス同様にユグドラシルから飛ばされてきた存在という事も考えられる。可能性としては留意しておくべきだろうとデミウルゴスは考えた。
顔合わせの翌日朝六時、東門の前でダンデライオンと護衛対象の商人と合流しデミウルゴスとセバスは冒険者の野営道具などの荷物を背負子に負って出発となる。護衛は大城壁の砦までなので片道三日ほどの行程となる。魔法についての情報収集をしたいと考えデミウルゴスはダンデライオンの魔法詠唱者、パヴェルの横に並んだ。
「初依頼と聞きましたが、その荷物を背負って汗一つかかないとは魔法詠唱者としては驚異的な体力ですね……」
「鍛えておりますのでこの程度は造作もありません。これまで随分と遠くから旅をしてきましたから、旅人は体力勝負ですしね」
にこりと人好きのする穏やかな笑みを浮かべてデミウルゴスは答えた。旅などしていない、気が付いたら立っていただけなのだがそんな言っても信じてもらえないだろう荒唐無稽な話をわざわざする必要は特にない。パヴェルは特に疑いも抱かずに納得したようだった。
「この辺りは最近来たばかりで不案内なのですが、我々の故郷と使われている魔法が同じなのかどうかが知りたいのです。この辺りでも位階魔法は使われているのでしょうか?」
「ええ、勿論位階魔法が使われております」
軽く水を向けてみると、パヴェルはあっさりと頷いてみせた。答えによって対応を変えなければならないと様々に思いを巡らせていた為若干肩透かしを食らったような気になりつつもデミウルゴスは位階魔法が使われている事に安堵を覚えた。これならばデミウルゴスが魔法詠唱者として活動しても何ら問題はない。ならば次は金級の魔法詠唱者がどの程度の魔法を使えるかどうかを探るべきだろう。金級は冒険者としては中堅クラスだ、それなりの魔法が使えるとは思うが常識的な範囲を探っておきたい。
「パヴェル殿は何位階の使い手なのでしょう」
「私は第二位階の魔法が使えます。デミウルゴス殿は何位階まで使えるのですか?」
「わたくしは……第三位階までです。ちなみにお聞きしたいのですが、わたくしの故郷では第五位階の使い手も珍しくはなかったのですがこの辺りでは第二位階や第三位階の魔法詠唱者が一般的なのでしょうか」
せめて〈火球〉程度は遠慮せずに使えなくてはさすがに困る、咄嗟に第三位階だとでっち上げた答えを返しつつもデミウルゴスは内心驚愕していた。ゴミだゴミだとは思っていたがまさかここまでゴミとは。デミウルゴス自身も(数は少ないが)第十位階までの魔法が使えるしユグドラシルでは第五位階どころか第十位階やその上の超位魔法を使えるプレイヤーが圧倒的多数だがそんな事を言い出したらこのレベルの低さでは気違い扱いされてしまうかもしれない。
「第五位階の使い手が珍しくないとは凄い国があるのですね……第五位階はこの辺りでは人を超えた英雄の領域、使い手は片手で足りる程です。魔法詠唱者としては第二位階が使えれば一人前、才能があれば第三位階や第四位階にまで到達する者もおります」
「そうですか、それであればわたくしもこの辺りでは一端の魔法詠唱者を名乗れそうで安心いたしました、ありがとうございます」
にこやかに礼を告げるとパヴェルも和やかにいえいえと返してきた。その後(してもいない)旅の話になり、アベリオン丘陵の南にはエイヴァーシャー大森林というエルフの国がある森林地帯が存在する事、その先の遥か南方には大きな砂漠がある事などが新たに判明した。ナザリックを探すのに必要になるだろう、デミウルゴスとしてはどうにか地図を入手したいのだが書店などにはなく、一般的な店では取り扱っていない事が判明しているだけだった。それもついでに聞こうと思い立つ。
「しばらくはこの地に留まるつもりですが、この先の旅を円滑なものにする為にもこの辺りの地図を入手しておきたいと考えております。どうにか入手の伝手が欲しいのですが……」
「地図の入手は難しいでしょうね、冒険者組合や魔術師組合でも持ってはいるでしょうが外には出したがらないでしょう。地理情報は漏れると侵略に使われる恐れがありますからね。特にここはアベリオン丘陵がすぐ近くですから、万一にも亜人に情報が漏れたら大変な事になりますから」
成程、機密情報扱いだから一般的な店舗で取り扱いがないのか。理由に納得しデミウルゴスは頷いた。地図がない不便の方が大きいのではないかとデミウルゴスは思うのだが、この世界の人々の考えは違うようである。名声が高まれば入手の機会もあるかもしれない、地図についてはとりあえず後回しか、と考える。
「ところでデミウルゴス殿とセバス殿はどのような目的で旅をされているのですか?」
「わたくし共は、離れ離れになった同胞を探しているのです。今の所何の手掛かりも見つかっていないのですが、冒険者として名を馳せれば我々の名が仲間に届くやもと思いこうして登録したという次第です」
「成程、一日も早く見つかるといいですな」
気遣わしげなパヴェルの声には特段感情を動かされなかったが、パヴェルがお人好しであるという事は分かる。確かに嘘は言っていないがデミウルゴスは本当の事も話してはいない。世間話とはいえ情報は情報、事実今デミウルゴスは情報収集をしているのだ、このパヴェルという男は情報を精査し真偽を見極めるという発想を持たず他人の言葉を鵜呑みにする愚か者とデミウルゴスには映った。
幸い愚かな人間と話すのはそんなに嫌いではない。堕落させ破滅させる事が出来ればもっと楽しい、逃れられない状態で肉体的な苦痛を味合わせ怨嗟と悲嘆の呻き声を聞ければ更に楽しいだろうが、今は自分の楽しみを追求している時ではない。セバスも戦士二人と和やかに何かを話していた。セバスには前もって、今いる場所は色々とユグドラシルと勝手が違う為ユグドラシルと違う点について情報収集をするようにと言い含めてある。人当たりが良く善良なセバスは人と接触するのが上手いし、前もってきちんと言い聞かせておけば望んだ通りの情報を集めてくれる。精査は別とした情報収集役としては最適だろう。
もしナザリックがこの世界のどこかに来ているとすればモモンガ様は外界の情報も必ず怠りなく集めようとされるだろう。その時セバスがいないというのはさぞやご不便な思いをされているだろうと思われ側近くでお仕え出来ない事に忸怩たる思いが滲む。だがその思いは執事としてその生を定められ主人の側に侍る事を至上の使命とするセバスの方がデミウルゴスよりももしかしたら大きいのかもしれない。好かないとはいえ主人を思う気持ちにデミウルゴスとて共感出来ない訳ではない、決して焦って事を仕損じるようなことがあってはならないが、出来る限り早くナザリックを探し当て帰り着きたい。ナザリックはこの世界にはなくユグドラシルの世界へと帰還する方法もない、という最悪の可能性については探し尽くしてから考えればいい、今考えるべき事ではない。
聖王国領内は聖騎士と冒険者がモンスターを討伐している為危険度は然程高くないという。ただ森に潜むゴブリンやオーガ等の亜人やモンスターが全くいないわけではないので移動の際には商人は護衛を付けるのが一般的とはパヴェルの談だ。丘の点在する草原の中を通る街道を進み三日目。砦近くは軍士が巡回している為危険度は更に低くなるとのことだったが森も深くなってきたので気は抜けないだろう。ゴブリンやオーガ程度(高レベルの亜種でなければ)手を出すまでもなく苦もなく殺せるデミウルゴスにとっては何ら恐れる相手ではないが、商人やダンデライオンの面々が傷付いて依頼達成に支障が出るのは困る。彼等の安全が差し当たっては優先度が一番高いか、と考える。
砦が近付く辺りは細い山道に差し掛かっている。見通しが悪く周囲の木々も密度が高い。狙われるとすればこの辺りだろうとダンデライオンの面々も警戒を強めていた。だが。
潜んでいたゴブリンとオーガは数が多かった。姿を表したのはゴブリン大凡二十体、オーガ五体。そして髑髏が天辺に付いた捻じくれた杖を持ちローブを纏ったゴブリンメイジが一体のオーガを盾にするようにこちらを窺っていた。
「ちゃんと狩っとけよな軍士!」
「愚痴っても仕方ないだろ、奴らときたらすぐ数が増えるしな」
「オーガは俺とレギス、他はゴブリン! くそっ数が多すぎる! レイモンドさん達は馬車に伏せて!」
リーダーが指示を飛ばす。こういう時デミウルゴスとセバスは安全な所で荷物を盾にして身を守っているように言われているのだが、状況が状況だ。全員の安全を優先すべきだろう。
「セバス、分かっているね。組合への提出箇所は耳なので頭は潰さないように」
「はい」
手短に返事をするとセバスは手近なゴブリンへと踏み込み腹に鋭い足蹴りを食らわせた。哀れなゴブリンの腸は水をぶち撒けたように背中を突き破り吹っ飛び辺りに四散する。そのまま流れるような動きで的確にセバスはゴブリンとオーガの腹を蹴り破っていった。デミウルゴス以外の全員が呆気に取られている間、全部を狩り尽くすまでに十秒程もかかったろうか、周囲は土手っ腹に大きな穴の開いた哀れなゴブリンとオーガの死体で埋め尽くされた。
「これでは準備運動にもなりませんね」
しれっとした顔と平時と変わらぬ口調でそう独りごちるセバスに何か言える者などその場にはいなかった。デミウルゴスは面倒なので無視をした。この程度セバスにとっては準備運動にもならないのは事実であるし、それについての感想も特に何もない。
「ナイフを貸して頂けますか? 今回は荷物運びの仕事だったのでまだ用意していなかったものですから」
「はっ! はいっ!」
デミウルゴスが頼むと、弾かれたようにリーダーが大声で返事をし泡を食ってナイフを取り出し渡してくれる。ついでに組合に提出する為の切り落とし方なども聞き、全ての耳の回収が終わる。
「死体はこのままでは通行の邪魔になるでしょうが普段はどうされているのでしょうか?」
「もももっ、森に投げ込んでおけば魔獣や野犬が始末してくれると! 思います!」
「成程。セバス」
「はい」
セバスが頷き無造作に死体の脚を掴んでは森に投げ込んでいく。巨体のオーガも背負子を負ったまま楽々持ち上げるその様子をダンデライオンの面々と商人はただ唖然として見守っていた。
その後街に帰り着くまでセバスに話しかけようとする豪の者はいなかった。デミウルゴスもセバスに命令をしていたからか敬語を使われ矢鱈と気を使われるようになった。力を持っているデミウルゴスに脆弱な人間が敬意を持って接するのは当然だからその事については特に感慨はないのだが、セバスは(いつもの無表情だが)少し寂しそうな顔をしていた。そんな顔をする位なら少しは力をセーブすればいいものを全力でやるからそういう事になる、というアドバイスはする気にならなかったのでデミウルゴスはしなかった。考えれば分かる当然の結果である、現時点でデミウルゴスは必要に迫られた時以外第四位階以上の魔法を使う予定はない。
荷物運びの仕事を請けた筈が大量のゴブリンとオーガの耳を提出され組合の受付嬢も極めて困惑していた。ゴミしかいないのだからすぐに上に行けるだろうとは思っていたものの予想以上のカスしかいないらしい。これはもう少し力を示せばすぐにも上の階級に登れるだろうと、デミウルゴスは既に考えてある手段について明日にでも着手するかと考えたのだった。
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