普通の冒険者

 ランクについての組合からの回答が出る数日の間、デミウルゴスはセバスと影の悪魔シャドウ・デーモンも使い自身も動いて情報収集に勤しんだ。この先の一手については既に考えてある、その為の準備である。
 幸い多額の報奨金が手に入ったので情報屋から情報を買う余裕も出来たし、あちこちでお節介をしているセバスになら喜んで知っている事を話してくれる者も多い。情報収集の幅が広がったのは喜ばしい事だ。
 調べたのは主に亜人の中の強者についてだ。大城壁に程近いカリンシャには亜人についての情報も多くある。”七色鱗”、”豪王”、”氷炎雷”、”獣王”、”灰王”、”螺旋槍”、”黒鋼”、”魔爪”、等々……二つ名を持つ有名な亜人についての評判や判明している能力等の情報はすぐに手に入った。
 その中でも特に興味深かったのは山羊人バフォルグの王、”豪王”バザーについての逸話だ。バザーは大城壁まで兵を率いて攻め込み、オルランド・カンパーノと戦ったのだという。バザーは武器破壊という恐るべき武技を持ち、破壊王という異名も持つ。バザーはオルランドの持つ武器全てを破壊しあわやという所まで追い込んだが砦からの援兵を見て撤退したという。オルランドは試合に勝って勝負に負けたといったところだろう。だがデミウルゴスにとっては問題はそこではない、重要なのは話を聞く限りではバザーがオルランドとどっこいの実力しかないという所である。わざと手を抜いて遊んでいたという可能性もゼロではないが、たかだか人間の兵士が援軍に来たからといって退く辺り、オルランドを殺しきれなかったと考える方が現実的だろう。
 異名持ちの亜人の長は亜人の中でも十傑と呼ばれる者らしいが、その中でバザーだけが弱いというのは考えづらい、恐らくはそれぞれの実力はそれなりに拮抗しているだろう。突出した実力を持つ者がいれば亜人同士の紛争が日夜続くアベリオン丘陵をその者が率いる部族が平定していてもおかしくはない。亜人の世界は力こそが正義というから尚更だ。それにしても力こそが正義というのはシンプルで実にいい、共感できる考え方だとデミウルゴスは思った。全てを腕力だけで決める脳の中身まで筋肉で出来ているような者達は論外だが、腕力が力なら魔力も智もまた力である。最後まで立っている者こそが勝者であるというのは覆せない真理だろう。
 評判としては十傑に対抗できるのは九色の中でも最強と名高い英雄の領域に達した聖騎士、レメディオス・カストディオが最右翼だろうというものだった。どれ程の実力の持ち主かは実際に見てみないことには分からないが、一応警戒はすべきかと頭に留め置く事にする。位階魔法は第五位階の使い手が英雄の領域とパヴェルが言っていた筈なので警戒しすぎる程の事もないかもしれないが気は抜かない方がいいだろう。
 アベリオン丘陵は人間にとっては極めて危険な未踏の地の為、どの部族がどこにいるのかなどの詳細は得られなかった。遊牧民のように様々な場所を移動する者達もいるというからどちらにしろ所在の情報は足で稼がねばならないようだった。それについては何もデミウルゴスが自分自身で行う必要はない、適当な悪魔でも召喚して探させればいい。
 金銭的に余裕が出来たので魔術師組合も訪れた。〈伝言メッセージ〉の巻物スクロールがあるかを問うとあるとすぐに答えが返ってきたが、何に使うのかと言いたげな怪訝そうな受付係の顔が気になり念の為デミウルゴスは詳細を問う事にした。
「確認の為なのですが、〈伝言メッセージ〉の巻物スクロールについて詳細を教えて頂けますか?」
「はい。〈伝言メッセージ〉は離れた者との交信を可能にする魔法ですが、距離が離れると会話が極めて聞き取りづらくなる為情報の信頼性には欠ける魔法です。会話が明瞭な状態で交信できる距離は術者の魔力によって左右されますが巻物スクロールですと……ここからですと精々首都辺りまででしょうか」
 やられた、とデミウルゴスは思った。まさかそんな制限がこの世界で〈伝言メッセージ〉にあろうとは考えてもいなかった。これではもしナザリックが遠い地にあった場合はこちらの所在を伝える事もナザリックの所在を確認する事も出来ない。だが、〈伝言メッセージ〉を使ってみることでもしかしたら未だ確認が取れていないこの世界にナザリックの者達が存在するかどうかを確認する事位は可能かもしれないし、付近に存在すれば交信する事も可能だろう。
 デミウルゴスは結局〈伝言メッセージ〉の巻物スクロールを二本買った。交信相手はモモンガ様とアルベドの予定だ。最も優先して交信すべきはモモンガ様なのは言うまでもないが、モモンガ様はもしかしたらりあるに既にお隠れになられているかもしれない。その辺りも含めた状況をアルベドならばナザリックの面々の中では一番把握しているだろうという理由での人選だ。宿の部屋に帰るとセバスも既に戻っていた。
「〈伝言メッセージ〉の巻物スクロールがあったので買ってきたよ」
「本当ですか、それでしたらナザリックとすぐにでも連絡が付くのでは」
「それが、残念な事にこの辺りで使われている〈伝言メッセージ〉は距離によって減衰して遠くなればなるほど交信が困難になるらしい。ナザリックが近くにあればいいが、遠い地にある場合は交信できないかもしれない」
 デミウルゴスのその言葉に、セバスは僅かに俯き目線を伏せ、明らかに落ち込んだ。期待が大きかったせいもあるのかもしれないが相当気落ちしたらしい。さすがに哀れになりデミウルゴスは言葉を続けた。
「そう気落ちする事はないよ。モモンガ様とアルベドに交信を試みてみようと思うのだがね、〈伝言メッセージ〉が繋がれば例え話す事は出来なくても存在は確認できるだろう? それならば我々が名声を高めれば我々の存在は必ず届く、という事さ。モモンガ様がそのような情報を見逃す筈がないからね」
「……そうですね、お近くにおられるという可能性もございますし」
「とりあえずは使ってみよう、その結果によって今後どうするかを考えればいい」
 言いながらデミウルゴスは巻物スクロールを開き〈伝言メッセージ〉の魔法を発動させた。交信相手はまずはモモンガ様だ。糸のようなものがデミウルゴスから伸びて何かを探る感覚があり、それはどこにも届かずにやがて〈伝言メッセージ〉の効果時間が過ぎ去り糸は切れた。無言のままデミウルゴスは二枚目の〈伝言メッセージ〉の巻物スクロールを発動させる。アルベドを探す糸もどこにも届かずにやがて切れた。
 セバスが結果を聞きたそうにこちらを窺っているがあまり話したい結果ではない。この結果もナザリックがこの世界には存在しないという事を立証するものではないとデミウルゴスは考えていたが、セバスに話すにはその可能性はあまりにも不確実なものだ。
 デミウルゴスの中では既に確信だがこの世界はユグドラシルとは全く異なる世界であるという可能性。〈伝言メッセージ〉の魔法が届かなかったのはこの世界ではまだモモンガ様ともアルベドとも顔を合わせていないから、という可能性だってなくはない。何せ距離によって減衰するなどという制限がこの世界の〈伝言メッセージ〉にあった位なのだ、それにそう考えればモモンガ様や他の者から〈伝言メッセージ〉での連絡がない事にも説明が付く。だがそれをどうセバスに説明するか、それをデミウルゴスは今考えていた。
「まず結論から言おう、〈伝言メッセージ〉はモモンガ様にもアルベドにも繋がらなかった。だがそれで絶望するにはあたらないと私は考えるよ」
「……何故ですか? 〈伝言メッセージ〉が繋がらないという事は相手がログアウト状態、つまり存在しないからなのでは?」
「可能性についてずっと考えていたのだが、余りに荒唐無稽すぎるので君に信じてもらえるかどうか分からなくて話していなかった事がある。私は、我々二人がユグドラシルではない別の世界に飛ばされたのではないか、と考えている」
 そのデミウルゴスの言葉に、セバスは怪訝そうに眉根を寄せ正気かと言いたげな目でデミウルゴスを見た。デミウルゴスにとっては想定内の反応だ、デミウルゴス自身も出来れば信じたくなかった可能性なのだから仕方のない話だろう。
「ナザリック一の智者の言葉とは思われませんね、何を根拠にそのような事を」
「可能性、と言ったろう。逆に問いたいのだが君はおかしいとは思わなかったのかね。ユグドラシルには存在しなかった文字、存在しなかった魔法や魔法の制限、武技なる特殊技能スキルとは異なる体系の技、冒険者なる職業の存在、暮らす人間の脆弱さ……我々の知るユグドラシルとは余りに違いすぎる。それにここがユグドラシルだとしてモモンガ様がログアウトされている可能性は十分にあるが、NPCであるアルベドがログアウト状態というのはユグドラシルでは絶対に有り得ない事だ」
「それは……アルベドがログアウト状態なのは何故なのかは分かりませんが……そのような場所もユグドラシル内には存在している、と考える方が自然では? 位階魔法が使われているという事はユグドラシルであると考える方が自然かと」
「私はそうは思わないね。ここはユグドラシルのどこかと考えるにはユグドラシルとの相違点が多すぎる、別の世界にユグドラシルの存在から位階魔法が持ち込まれた、と考えた方が自然だよ。ダンデライオンという英語を遺した四大神という存在は我々のようにこの世界に迷い込んだユグドラシルの存在だったのではないかと私は考えている。もし過去に他にも我々のような存在がいたとしたら、その者が位階魔法を広めたとしても不思議ではないだろう」
 推論でしかないがそうでも考えなければ辻褄が合わないのだ。デミウルゴスの推論を聞いたセバスの目線は険しくなったが、それ以上の反論をしてこようとはしなかった。
「……もし、そうだったとしましょう。それと〈伝言メッセージ〉が繋がらなかった事にどのような関係があるというのです?」
「この世界では我々はモモンガ様ともアルベドともまだ顔を合わせていない、だから繋がらなかった、という事は考えられないかい? 勿論ナザリックが今もヘルヘイムにあるという可能性が一番高いだろう、別々の世界にいるからNPCであるアルベドとも交信出来ない、と考えるのが最も可能性が高い。だが我々がこの未知の現象に巻き込まれたようにナザリックもまたこの世界のどこかに飛ばされている、という可能性だってまだ完全には否定出来ない。絶望するのは考え得る手段を全て講じて世界中を探し尽くしてからでも遅くはないと思うがね?」
 諭すようなデミウルゴスの言葉にセバスは視線を和らげ少しだけ俯く。少し考え込んでからセバスは顔を上げ、真っ直ぐにデミウルゴスを見据えた。
「絶望するのにはまだ早いしまだまだ全ての手段を講じたわけではない、というのには同意いたします。あなたの言葉を全て受け入れた訳ではありませんが」
「それだけ分かって貰えれば十分だよ。私の言っている事は推論に過ぎない、何も確証はないのだしね。ただ、様々な可能性を考慮すべきだ、という話さ」
「それにしてももし……あなたの言う事が正しかったとして……ナザリックが未だヘルヘイムにあるのだとしたら、我々はどうやって帰ればいいというのでしょう……」
 そう呟いたセバスの面に浮かんだ苦悩の色は、デミウルゴスも抱くものと同じものだ。至高の御方々にお仕えする事が二度ともう叶わないのではないか、という考えの端に浮かべるのもおぞましい恐ろしい可能性。デミウルゴスとセバスの存在意義や存在価値を根本から否定するその可能性だって、決して無視できない。
 デミウルゴスはセバスの事を相容れない存在だと思ってはいるが、ナザリックと至高の四十一人に対するセバスの忠誠心は微塵も疑っていないし己と同じものを抱いていると考えている。だから、ナザリックに帰還出来ない可能性について感じる底知れぬ恐ろしさもよく分かる。セバスについて他の点はまるで理解出来ないがデミウルゴスにとって最も重要である至高の四十一人及びナザリックへの忠誠についてだけは共感出来るから二人でやっていこうと何とか思えているし可能な限りの譲歩もしている、というのが正確だろう。
「帰れない可能性も確かにないわけではないが、その事を考えるのは打てる手を全て打ってからでも遅くはないだろう。今は為すべき事を考えよう」
 デミウルゴスのその言葉は、セバスだけではなく自分に向けたものでもあった。もしナザリックもなくヘルヘイムへと還る道も見つからず寿命のない異形種である二人がこの世界に取り残されたとしたら、長い長い年月をどう生きていけばいい。何の意味も価値もない生を生きる事など一秒たりとも耐えられそうもなかった。だがそれを考えるのは世界中を隈無く探し尽くしてもナザリックもヘルヘイムへ帰還する手段も見つからなかった時まで先延ばしにしてもいい筈だ。今は全力でナザリックを探す、それだけを考えればいい。改めてデミウルゴスは自分にそう言い聞かせた。

***

 冒険者組合から呼び出しがかかり、デミウルゴスとセバスは組合へと向かった。受付に顔を出すと組合長から話があるという事で組合長の部屋へ再び通される。
「よく来てくれたね、掛けてくれたまえ」
「失礼いたします」
 デミウルゴスとセバスが一礼しソファに掛けると、組合長は二人へと白金のプレートを差し出した。
「協議の結果、君達の実力は下位のランクには相応しくないだろうという結論が出た。特例として白金プラチナランクへの昇格が認められた。これが新しいプレートだ」
「ありがとうございます」
 白金プラチナとは安く見られたものです、という内心はおくびにも出さずデミウルゴスは穏やかに笑んでプレートを受け取った。このカリンシャにいる冒険者の最高ランクはミスリルである事がセバスの情報収集で分かっている。恐らくは実績のない二人を一気にミスリル以上にしては他の冒険者からの反発を食らうという政治的配慮の末のランク付けだろう。デミウルゴスとて余計な厄介事はご免だから仕方ない側面もあると言える。
 それに実績がオーガやゴブリン、蛇身人スネークマンといった雑魚では数をどれだけ狩っても白金プラチナ止まりもやむを得ないともいえる。先の時点では情報を集める時間が不足していたのもあるしある程度は段階を踏んだ方がいいだろうと判断したのもあるが、ここから先は一気に行きたい。予め計画してあった通り、もっと分かりやすく、はっきりした形で実力を示す必要がありそうだった。
「君達も十分理解しているとは思うが今回は特例だ、今後は一切認めないので覚えておいてほしい」
「心得ております。白金プラチナ級ともなればさすがに子供の使いのような仕事はありませんでしょうし、わたくし共も不足はございません」
「……そうである事を心から願うよ」
 悄然とした様子で組合長はそう答えた。言葉通り心からの願いなのだろう。
 白金プラチナのプレートを付けてカッパーのプレートは返却し一階まで降りて、依頼の貼り出された掲示板をデミウルゴスは眺める事にした。セバスは意外そうな顔をして小さな声で尋ねてくる。
「普通の依頼をされるので?」
「どうやらアベリオン丘陵は大分広いようだし、必要な情報を得るまでには今しばらく時間がかかるからね。それに普通の冒険者の振りも多少はしないと組合長殿が余りに気の毒というものだろう。普通の依頼では君には不足かな?」
「いえ、そのような事はございません。階級に見合った仕事をするのは望ましい事であると考えます」
「そう答えるだろうと思ったよ。異論がないなら、この仕事はどうかな。死者の大魔法使いエルダーリッチが廃墟に出没しているという噂の真偽を確認し存在すれば討伐、だそうだ」
死者の大魔法使いエルダーリッチですか……」
 僅かに目を細めセバスは何とも微妙そうな感情の乗った声で呟いた。この程度だとはセバスは考えていなかったのだろうが、残念ながら階級に見合った仕事とはこの程度なのである。これでもデミウルゴスは白金プラチナ級が受けられる仕事の中では難易度の高いものを選んだのだ。
「不満かね?」
「いえ、そのような事はございません」
「ではこれにしよう」
 セバスの了承が得られたのでデミウルゴスはセバスに笑いかけると掲示板から羊皮紙を剥がし取り受付へと持っていく。この件は組合が依頼主の為前回のように依頼主との顔合わせなどはなく、その場で廃墟の場所などの説明が行われすぐに出発できる準備が整った。
 疲労もなく眠らないデミウルゴスとセバスに野営道具など不要の為、前回念の為に用意して使ったシュラフすら持たずに組合を出た足で二人は現地へと向かった。睡眠が必要な人間で二日ほどの道程というから、一日あれば着けるだろう。まずは街道沿いに北西へと進む。
「もし君の希望通り一階級ずつ地道に昇格していったとしたら、こんなつまらない仕事をいくつもこなさなければならなかった訳だが、分かってもらえたかね」
「つまらない仕事というのは些か言い過ぎでは。あの街の人間にとっては死者の大魔法使いエルダーリッチでも大変な脅威でしょう。それを排除する事には意義があると考えますが」
「我々の実力に見合うかどうか、という話をしているのだよ。人間如きどうなろうが私の知ったことではない。白金プラチナだから死者の大魔法使いエルダーリッチ討伐の仕事があったが、下の階級の仕事ときたら更にレベルが低いのだよ? そんな下らない仕事を一つ一つこなしていく事を想像してみたまえ」
「仕事に貴賤はございません」
「私はそうは思わないね。貴賤はともかくとして、適材適所、各々の能力に見合った仕事をするべきだ。至高の御方々がナザリックの者達にそれぞれの能力を最大限活かせる役割を配置したように、とまでは言わないが人間ももう少しばかり頭を使ってほしいものだよ。どんな能力の者でも銅級カッパーから始めなければならないという冒険者のシステムは実に効率が悪い、事前に審査を行い能力を査定すれば解決する話だというのに」
「その方法では上位冒険者に慢心を生むことになるのでは? 叩き上げで経験を積めば戦いの恐ろしさも身に沁みるでしょう」
「慢心か、下らないね。それこそが人間の愚かしさの証だよ。自らの力に傲り必勝の場を用意する事を怠る、実に愚劣極まりない。君は随分と人間贔屓のようだが、あんな蒙昧な種族に肩入れする君の気が知れないね」
「人間と一括りにされますが、人間にも愚かな者もいれば賢い者もいますし、善き者も悪しき者もおります。十把一絡げに論じるのはデミウルゴスらしくもない乱暴な理屈では?」
「君の気にする程度の差など私にとっては気にかけるまでもない小さなものだ。稚拙な知恵の付いた中途半端な智者など愚者よりも読みやすいものだ。極少数の例外は確かにいるかもしれないが、人というものは総じて愚かだね」
「愚かだからといって見下しきるその態度の方が愚かでは? そのような考えではいずれ足元を掬われないとも限らないと考えますが」
「私が人間に足元を掬われる? どのような状況になればそんな石に花咲くような事が起こるのだろうね? 私は人間を愚かだと考えてはいるが、それは備えないという意味ではないよ。そんな慢心が私にあると君は考えているのかね?」
「時に人は想定外の力を出す事があるものです、人間を見下している限りその力を読み切る事は出来ないのでは」
 道中の会話は白金プラチナの仕事のつまらなさの話だったのにいつの間にか人間がいかに愚かしいかという事とデミウルゴスが万一足を掬われないかという話になっていた。道中一度デミウルゴスがアベリオン丘陵を探るための悪魔を放つため転移したので中断はしたものの、言い合いは結局目的の廃墟に着くまで双方一歩も退かずに続いた。奥に大きな館のある廃村が見え、ようやく二人は口を閉ざした。後で議論する必要があるというのは共通認識である。
「ふむ……死者の大魔法使いエルダーリッチが支配しているのであれば村にアンデッドが跋扈している可能性もあるが、アンデッド反応を探れる手駒はない。死者の大魔法使いエルダーリッチではなく我々では対抗が難しい相手という可能性もゼロではないですし、一応確認だけはしますか」
 呟いてデミウルゴスは飛行能力があり探知能力にある程度長けた悪魔を特殊技能スキルで一体召喚した。
「あの廃村の様子を探り何者かが潜んでいないか探してきなさい。奥の館は念入りに調べるように」
 命令に従い悪魔は村へと飛び立っていく。口を開けばどうせ不愉快な言い合いになる事は分かっているので、デミウルゴスもセバスも悪魔の帰還を無言で待った。
 帰ってきた悪魔の報告を聞き、ほう、と呟いてデミウルゴスは口元を緩めた。報告が本当ならばこれは白金プラチナ級の仕事ではない、また階級を上げるチャンスかもしれない。
「村には何者もいませんが奥の館はアンデッドの巣窟のようだね。動死体ゾンビやら黄光の屍ワイトやらの低級アンデッドばかりだそうだが。そして、それらを支配しているのは死者の大魔法使いエルダーリッチで間違いないようだ。但し三体」
「そうですか。それでしたら特に問題はございませんね」
「そうだね、何も問題はない、むしろ好都合だよ」
「では参りましょう」
 セバスが歩き出したのでデミウルゴスも後に続いた。村の最奥にある大きな館の前まで辿り着き、無造作にセバスはドアを開けた。玄関ホールは低位アンデッド達が数多く徘徊していた。
「私も一応仕事をするとしましょう。〈火球ファイアーボール〉」
 大体はセバスに任せるつもりだが全く何もしないというのも悪いだろうと思い初っ端にデミウルゴスは玄関ホールのど真ん中に火球を炸裂させた。轟と炎が燃え上がりそれを合図にセバスが中へと突入する。提出箇所に胴体が指定される事はないため胴体を狙うようセバスには予め言い置いてある。低位アンデッドの胴をセバスは的確に狙い次々その偽りの生命を狩っていった。
 一階にいたアンデッドが狩り尽くされた頃、ようやく階段を踊り場まで降り死者の大魔法使いエルダーリッチが姿を見せた。一体しか降りてこなかったがどちらにしろ二階も掃除するつもりなのでその点は問題ない。
 魔法を放つ暇も与えられず階段下から一気に跳躍したセバスの飛び蹴りに胴を貫かれ一体目の死者の大魔法使いエルダーリッチは灰と化した。掃除はセバスに任せる事にしてデミウルゴスは組合への提出部位を集める仕事に取り掛かった。ナイフも一応用意してはいるものの人間の作る刃物は切れ味が悪い、誰かが見ている時の為の用心で用意したに過ぎない。前回同様片手の指先を断爪に変え指定部位を切り取り集めていく。
 じきにセバスが降りてきた。掃除は終わったらしい。ナイフを渡し部位回収を手伝わせる。
「全く面白みのない仕事だ。これではただの単純作業だよ」
「人々をモンスターの脅威から守るという意味と価値がございます」
「その意味と価値には私は全く興味がないね。君の楽しみに付き合ってやるという酔狂もたまには悪くはないだろうが、それもたまにならだ」
「楽しみでやっている訳ではございません、誤解です」
「趣味のようなものだろう? 君の使命はナザリックに尽くす事、ナザリックに属さない人間を助けるなど趣味や酔狂の他にどのような言い方があるというのだね」
「確かにわたくしは至高の御方々とナザリックにこの身を捧げておりますしそれが最も優先されるべきものですが、それに関わりない範囲であれば善良な人々を守る事は十分に意味と価値がございます」
「善き者もいれば悪しき者もいるのだろう? 君の行いは悪人まで守っているように思うのだがね」
「悪しき者でも心を入れ替え善良になる事はできます、あなたの考えは人間の可能性を否定し考慮していないものです」
「人間が良くなろうが悪くなろうが興味がないのだが。私にとっては人間の価値というのはいかに私を楽しませてくれるかその一点のみしかない。人間の可能性などというどうでもいいものに何故考えを向けなければならないのかね? 大半の人間は精々が私の掌で踊って楽しませてくれるしか能がないというのに」
「あなたは人間の価値というものを正しく理解していません、だからそういう偏った見方が――」
 部位を回収し終わった後も口論は続き、今回もデミウルゴスのアベリオン丘陵への転移による中断はあったが結局カリンシャに戻るまで言い争いは続けられた。街が見えたので二人は口を閉ざしたが後で議論の必要があるというのは共通認識である。街に帰り着いたその足で冒険者組合へと報告に向かう。
「調査の結果ですが死者の大魔法使いエルダーリッチはおりましたので討伐して参りました、これが回収部位です」
 デミウルゴスから袋を受け取り受付嬢は部位の確認を始める。低位アンデッドばかりだから大した金にはならないだろうが細かい稼ぎも馬鹿には出来ない、小さな積み重ねも大事である。確認していた受付嬢の顔に疑問の色が浮かび、それが次第に驚愕へと変わっていった。
「あの……死者の大魔法使いエルダーリッチの部位が…………三つ、あるんですが」
「はい、三体おりましたので」
「三体、ですか……?」
「はい」
 受付嬢は信じられないものを見るような目でデミウルゴスとセバスを見、確認していた部位に目線を移してそれから再び二人を見た。この反応ならばミスリルへの昇格の話も近日中に来るかもしれないとデミウルゴスは機嫌よく微笑みを受付嬢に向けたのだった。

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