その15

 町をふらついた後、矢車は弟の待つ寝ぐらへと舞い戻った。時刻は宵の口を回り、辺りは既に夜の闇に包まれていた。
 寝ぐらとは言っても、床はコンクリートに埃塗れのビニールシートを引いてあるだけ。だが、屋根が付いていて雨を凌げるだけでも、地獄を這いずる定めの彼等兄弟には上等と言えた。
 だが今矢車は、屋根の下に踏み入らず、暗がりで満面の笑みを湛えた弟と知らない男を、さしたる感情もないような、死んだ魚のような目で、ぼんやりと眺めていた。
「兄貴、俺にもとうとう弟ができたんだよ!」
 満面に笑みを湛えて、影山が弾んだ声で告げた。神代剣が一時期弟になろうとした事は、悲しくなるほど美しくも華麗に、記憶から消去されているのだろう。仕方がない。影山は少々バカなのだ。
 影山の隣で、コンビニ前にたむろするヤンキーの座り方をしている「弟」は、現れた矢車に視線を移す事なく、左手に抱えたスチロール容器からカップ焼そばの麺を啜り上げた。
「……ほう、そりゃ良かったな。だがそいつは、地獄を這いずる苦しみに、耐えられるのか?」
 何の感慨もなく、適当さが際立つ口調で矢車が質問を口にすると、焼そばを啜っていた男が、顔を上げて矢車を、ぎらぎらと光る目で睨み付け、ソースのこびり付いた唇を、にたりと吊り上げた。
「こちとら生まれてこのかた地獄暮らしだ。お前、土を食った事はあるか……?」
 その視線に、矢車に対する興味など恐らく存在しない。ただぎらついた何かの欲望だけがたぎった視線を受けて、矢車はこくりと一度唾を飲んだ。

* * *

 新しい「弟」の名前は、浅倉威。殺人罪の容疑で刑務所に収監されていたが、とあるきっかけを得て脱獄、以来逃亡生活を続けているという。
「俺ぁとにかく暴れられればそれでいいんだ。こいつは、思う存分暴れられるような事を言ってたぞ。早く暴れさせろ」
 瞬きをしないで、ねとりとした口調で浅倉は、漸く屋根の下に入り定位置に腰を下ろした矢車に言った。
 それを聞いて、矢車はふん、と鼻を鳴らした。
「お前の望み通り、暴れるネタには事欠かないさ。逆に殺されなけりゃ、の話だがな」
 特に感情もなく、ぼそりと矢車が答えたが、浅倉の頬に貼りついた笑みは動かなかった。
「上等だ。死ぬか生きるか位の相手と殴り合うのが、一番面白いんじゃねえか。ああ、楽しみだなぁ、早く暴れてぇ……」
 浅倉は更に口の端を上げて、深く笑った。暴れる様子を夢想するだけで、楽しくてたまらなくなるのだろう。
 そこには、地獄の底を這いずる苦悩は微塵もない。
 だがこの男の見ている地獄が、影山と矢車を包むものと同等なのかそれとも、それ以上なのか以下なのかは、まだ分からない。
 死んだら死んだで仕方がない、それがこの男の天命だ。
「よし、じゃあ、新しい弟の歓迎も兼ねて、地獄でも見に行くか。兄弟」
「ああ、行こうぜ兄貴……」
 矢車がゆらりと立ち上がると影山もそれに続き、最後に浅倉が、のそりと体を起こした。
 三人は一様に背中を屈めてゆらりゆらりと足を動かして、寝ぐらを後にした。

* * *

「警視庁から各局、指名手配中の脱獄犯・浅倉威と、ワームと呼称される未確認が出現したとの通報。付近を警邏中のPCは至急現場に急行せよ。未確認生命体対策班へ、G3システム出動を要請」
「G3OP了解、至急現場へ急行します」
 無線のスイッチを上げて応答して、すぐにスイッチを切り、小沢澄子はきびきびとした動作で振り向いた。
「Gトレーラー出動よ! 各員配置について!」
 鋭い号令に、未確認生命体対策班第一班の構成員――氷川誠と尾室隆広、そして照井竜は、表情を引き締めて頷いた。
 トレーラー後部格納庫へと移動した氷川は、小沢と照井に補助されて、G3‐Xのプロテクター装着を完了。跨ったガードチェイサーが後部ハッチから排出される。
「では、俺も行く」
「頼んだわよ」
『Accel』
「変……、身!」
 小沢の言葉に力強く頷いて、照井はガイアメモリを起動。予め腰に巻いていたベルトへとセットし、ハンドルを捻った。
『Accel』
 影が浮かんだ照井の全身を、炎にも似た光が包み、赤い仮面ライダー――アクセルが姿を現す。
 アクセルは開いたままの後部ハッチへと駆けながらその姿をバイクへと変形させ、体を横に倒しアスファルトにこすって、急角度のUターンに成功すると、猛スピードでGトレーラーを追い抜いて、ガードチェイサーを追っていった。
「何回見ても気持ち悪いわよねあれ……一体どういう仕組みになってんのかしら」
 閉じられていく後部ハッチの向こうを見つめながら、小沢が独りごちた。
 どうなっているのかを質問すれば「俺に質問をするな」と返され、変身した状態の体を調べるのも、あのガイアメモリとかいう物を調べるのも却下された。
 そもそも照井竜が、何故この未確認生命体対策班に配属されたのかが、全く分からない。G3システムは小沢・氷川・尾室の三人で十二分に運用できるし、小沢には何の相談もなく、唐突に決まった人事だった。
 結果として、照井が「仮面ライダーアクセル」なる戦士に変身可能で、G3‐Xとの協力により、未確認アンノウンその他の脅威に対抗する大きな力となっているため、結果オーライではあったのだが、釈然とはしなかった。
 何とも釈然としない。突然の決定に驚いた小沢が食って掛かると、その人事を承認した当の本人までもが釈然としない顔つきで、これはもう決定事項だから、と、半ば首を捻りながら告げた。
 考えようとしたところで、材料がないのだから何も検討出来ない。
 軽く息を吐くと、小沢はオペレーター席へと戻っていった。

* * *

 地獄の兄弟達、三人の眼前には、十数体のワームの群れがあった。
「ッチ……また蛹共か」
 矢車が舌打ちをする。言葉通り、暗闇で蠢くワームはいずれも蛹だった。
「祭りの、場所は、ここかぁっ!」
 やや後ろにいた浅倉が突然叫び、どこから調達したのか鉄パイプを手に飛び出した。
 走り込むうちに、眼前のワーム達の姿が歪み始める。
「祭りの、場所はっ!」
「ここか、祭りの場所は!」
「ここが、祭りの場所かっ!」
 やがてワーム達の姿が定まる。その光景は、ワームと戦い続けてきた矢車と影山でさえ、驚き言葉を失うのに十分な異様さを帯びていた。
「……俺の弟が、十人……?」
 目の前では、見た目には区別のつかない、ワームが擬態した浅倉と本物の浅倉、総勢十人強が入り乱れ、敵味方など関係なく、最高にハッピーそうな表情で、殴りあっていた。
「ハッハハ、強いなぁ、俺は!」
「うらあぁっ!」
「こうしてんのが一番楽しいよなぁ、そうだろ俺!」
 歓声と怒号が入り混じる。鼻を突く鉄の匂い。どの浅倉の物かは分からないが、血飛沫が砂利道に飛んだ。
 全ての浅倉は共通して、わくわくした子供の様な顔をして、手近な浅倉へ殴りかかる。
「兄貴……これって一体」
「あいつの強烈な破壊衝動に、ワーム共が引き摺られ飲み込まれた……そんな所か」
 矢車は興味の薄そうな口調で、推測を口にした。実際浅倉がどうなろうと矢車の感知する所ではないし、今はワームと本物を見分ける手段もない。矢車はただ、気怠そうに浅倉たちが殴りあう様を眺めていた。
 やがて、浅倉が三人ほど脱落して砂利道に転がった頃。けたたましいサイレンと、バイクのエンジン音が猛スピードで近づいてきた。
「浅倉威、拘束……す…………えっ……」
 停車したバイクから降りながら青いプロテクターが叫んだが、その勢いは途中で急激に失速した。
「おい氷川、何だこれは! 何で浅倉がこんなにいるんだ!」
「……分かりません」
 いつの間にか赤いプロテクターも現れて、青いプロテクターに疑問を投げるが、当然答えられる筈がない。
 浅倉が一人で楽しそうに暴れまくるのを見て、興が削がれた。矢車は一つ息を吐くと、二人のプロテクターへと呼び掛けた。
「おい、いい事を教えてやる。お前等サーモグラフは使えるか? 体温が異様に低いのがワームだ」
 その言葉に、警察と思しき二人連れは浅倉の群れに向き直って、暫く観察をする。
「……本当だ、一人だけ正常な体温。ご協力感謝します!」
 青いプロテクターが律儀に矢車に頭を下げて、二人のプロテクターは浅倉の群れ目がけて駆け出した。
「いいの? 兄貴……サツなんかに教えてやって……」
「いいんだよ……俺達と地獄に堕ちるのは、あいつらじゃあ、ない……」
 言って矢車は踵を返したが、そこにパトカーが幾台も到着し、車の壁が作られる。
「浅倉威、お前は完全に包囲されている! 大人しく武器を捨てて投降しろ!」
 ハンディスピーカーから割れた濁声が響いた。矢車と影山は無関係だが、無関係ですと言ったところでそうですかと通してもらえそうには思えない。

 その頃、浅倉威に擬態したワームは、G3‐Xとアクセルの働きで、順調に数を減らしていた。
『Engine――Engine Maximum Drive』
「はあぁーっ!」
 アクセルの気合一閃剣一閃、放たれたエンジンの記憶は高エネルギーの衝撃波となり、三人の浅倉威に成り済ましたワームを一気に巻き込んで炎を上げた。
「……何だぁ、お前等、俺の邪魔をするのか? それともお前等が、今度は俺と遊んでくれるのか……?」
 一人の浅倉がゆらりと振り向いて、満面の笑みを湛えた。ぎょろりと剥かれた眼がぎらぎらと光っている。
 サーモグラフによると、人間と同様の体温を持つ、ただ一人の浅倉威だった。
 蛇柄のジャケットもその下の素肌も、返り血に塗れている。いくら人間の姿をしていてもワームはワーム、人間を遥かに超えた怪物の筈だったが、この浅倉は鉄パイプ一本で生き残っている。化け物じみているとしか言い様がない。
「浅倉威、あなたを拘束します! もう逃げられません、大人しく従って下さい!」
 青いプロテクターのその呼び掛けを、浅倉はふんと鼻でいなして、答えを返さなかった。
「囲まれるのは面倒臭ぇなぁ……全員潰すぞ?」
「抵抗すれば撃つ、脅しではないぞ!」
 今度は赤い方が浅倉へと呼び掛ける。彼の働きによって、既に他の浅倉は姿を消していた。
「ごちゃごちゃうるせぇなぁ……いいからお前等は、俺と遊べばいいんだ」
 ゆったりと低い声で呟きながら、浅倉は後向きに後退り、やがて、彼の背中がビルの窓へとぶつかった。
「周囲は完全に包囲した、逃げ場はないぞ!」
「ない……? 本当にそう思うか?」
 アクセルが剣先を向けて威嚇するのを意に介した様子もなく、浅倉は腰のポケットから何か取り出しながら振り向いて、窓ガラスへと向かった。
「変身」
 呟きは小さすぎて誰にも届かなかったが、その光景はその場の全員を驚愕させた。
 いつの間にか浅倉の腰に金属製らしきベルトが巻き付いて、何処からか虚像が飛んできて、浅倉に重なる。そして次の瞬間には、銀と紫の鎧に身を包んで、同じ色の錫杖のようなものを手にした、浅倉と思われる姿がそこに立っていた。
「何だと……⁉」
 さすがの照井も勿論氷川も、余りの事に反応が遅れる。
「おおい、兄弟、ズラかるぞ」
 浅倉が矢車と影山を手招きして、呼び掛けてみせる。
「待ちなさい!」
「おっと」
 浅倉を拘束しようと青い方が動いたが、浅倉はそれに気付くと一枚のカードを取り出し、手にした杖へとセットした。
『Advent』
 平坦な声が響いて、次の刹那、青い方は、飛び込んできた何かに吹き飛ばされていた。
「うわぁっ!」
「氷川! ……何だこれは……、エイか?」
 赤い方が呻く。エイによく似たミラーモンスター――エビルダイバーは、ひらりと空を切って、浅倉の側で滞空している。
 その隙に、矢車と影山は、浅倉の側へと移動を終えていた。
「ようし、掴まってろ兄弟共」
 言われた通りに矢車と影山が浅倉の腕にそれぞれ掴まると、浅倉は前を向いたままで、後ろへと飛んだ。
 ガラスを破ってビルの中に逃げ込んでも追い詰められるだけ、誰もがそう考えた。
 だが、ガラスが割れる甲高いけたたましい衝撃音は鳴らなかったし、そればかりか、浅倉と、兄弟と呼ばれた二人の黒コートが、まるで、ガラスに吸い込まれるようにふっと、消えた。
 周囲をびっちりと包囲した警官達も、勿論、眼前で目撃した氷川と照井も。
 残された者達は、何が起こったのかを一切把握できず、狐につままれたように、ぽかんと、浅倉が消えた窓ガラスを眺めた。

* * *

 無事脱出に成功した三人は、ミラーワールドを進んでいた。
「全てが鏡合わせか……」
 辺りを見回して矢車が呟く。浅倉は見慣れているのだろう、その言葉には反応を見せない。
「あ……あ、あ、兄貴っ!」
「どうした弟」
 あまりにも情けない声を上げるので振り向くと、影山は今にも泣き出しそうな様子で顔をくしゃっと歪めて、右手を矢車に突き出してみせた。
「なんか俺……溶けてる、気がするんだけど……!」
 突き出された右手からは、しゅうしゅうと何かの粒子が立ち上ぼり、空気へと溶けて消えていた。慌てて矢車は自分の右手を見た。同様に粒子が立ち上ぼり消えている。右手だけではない、全身から立ち上ぼり始めている。
「……そういや、ライダーは十分位大丈夫だとか、生身だとすぐ御陀仏とか、言われた気がするなぁ……」
「先に言え、先に!」
「誰だってど忘れくらいする」
 矢車の抗議を、浅倉は肩を竦めただけで流してしまう。
「兄貴……オーロラが……オーロラが見えるよ……ああ綺麗だなぁオーロラ」
「ちょっと待て、それは幻だから待て弟!」
 足をふらつかせて影山が力なく笑った。矢車が肩を支えて呼び掛けるが、浅倉は興味を失ったのか、一人でさっさと歩いていった。

 結局、二人はパンチ・キックホッパーに変身。クロックアップを発動して時間流を操作、事なきを得る。
 浅倉は何だかんだで、最高に楽しい殴り合いの場を提供してくれた二人を(彼なりに)気に入ったらしく、時々捕獲したヤモリやヘビを手土産に、地獄兄弟の寝ぐらへと遊びにいくようになったのだとさ。
 とっぴんぱらりのぷう。

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