星をみるひと4.5

 ジュドーは無理をしている。
 ジュドーはすぐに無理をすると、イーノは思う。
 目の前の事を見過ごせないから、抱えきれないのに抱えようとする。
 リィナの事を忘れられずに無理をして押し込めていたのに、まだそれを消化する時間すらなく、プルの事を忘れられず無理をしている。
 それでも、それは、必要な事だった。
 無理をさせたいわけではない。本当は泣かなくてはならないし甘えたっていい筈だった。
 それでも、それでは、ここまで生き延びてくる事は出来なかった。
 本来の意味合いが違うにしろ、ジュドーが持っている飛び抜けて高いニュータイプとしての資質が発揮されて、強いパイロットであったから、ここまで自分達が生き延びてこられたのだろうという事は、ジュドーへの対抗心から一度はネオジオンに出奔したビーチャすら認めざるを得ない事実だった。
 イーノには、ジュドーを泣かせてやれる状況を作る力も、甘えさせてやる力もない。
 自分は冷たいのだとイーノは思う。頭のどこかでこうして冷静に状況を考えている余裕を持つ程度には冷たいのだと思う。
 それでも、それも、必要な事なのだと思う。
 死なない為に、皆でシャングリラに帰る為に、どうすればいいのかを考えて。
 その為に少しでも手助けをする事しか、出来る事をするしか。
 傷つく事を恐れる臆病さと、優しさは違うのだと知った。優しいから、傷つく事を選ぶのだ。
 本当はジュドーは、戦争なんて向いていない。どんな無茶をする時だって、人が怪我をしないか、悪い事をするというのにそんな事ばかり気にかけていた。そこに臆病さがなかったとは言えないけれども、見当外れだけれども、イーノは感じていたし知っている。
 それでも、優しすぎるから、目の前の事を見過ごせなくなって、戦うのだと思う。
 友達を見捨てない為に出来る事は、生き延びる為に出来る限りの事をする事だと、今は思う。
 泣いていれば、甘えていれば、死んでしまう。思っていたよりもずっと簡単に、人は、あっという間に沢山死んでしまうのだから。

 ジュドーの事は分かる。
 強い確信には根拠はなかった。
 ジュドーについて前々から感じていた事を、より明確に感じるようになっただけかもしれない。


 アーガマが月の裏側に補給に立ち寄った時だ。
 グラナダを襲撃したゴットン達エンドラの生き残りの乗った艦が突然爆発炎上した。おかしな偶然だったが、それでも何はともあれ目先の危険は去った事に、皆幸運だと明るく笑っていた。
 補給物資の搬入や整備で皆が忙しそうに動き回る中で、ジュドーだけが口数を減らして、黙々と整備を手伝っていた。
 気持ちが悪いくらい大人しいな、と漏らしたアストナージに、怒鳴られるのを覚悟で、少し外に行ってもいいですかと尋ねると、苦笑と共に意外にあっさりと、すぐ帰って来いよという答えが返ってきた。
 戦闘で開いた穴は応急処置が施されただけで、現在も復旧作業の続く街中は、開いている店もまばらだった。
 人通りも少ない閑散とした街中を、イーノとジュドーは二人で、何を話す事もなくショーウインドウを眺めながら歩いた。
 本当はもっと人が行き交い賑やかなのであろう、人気のない大通りの、灯りの点ったショーウインドウの前で、ジュドーが足を止めた。
 イーノも立ち止まりガラスの中を覗くと、そこにはネイビーブルーのワンピースを着た少女のマネキンが飾られていた。
「こういうの、リィナに似合いそうだなぁ」
 白い大きな襟と幅広のプリーツのスカート。リィナが着たらきっと似合う、イーノもそう思った。
「そうだね、きっとかわいいよ。リィナにぴったりだ」
 頷くと、ジュドーは嬉しそうに、へへ、と笑った。
 本当に嬉しそうな顔で笑う。リィナを学校にやって、服を買って、そんな事をしたい為に、ジュドーがどんな無茶をしてきたかをイーノは恐らく殆ど知っている。
 やり過ぎだと思えば釘を刺すのがイーノの役割だった。ジュドーはイーノの状況を分析する能力を頼りにしてくれていたし、イーノはジュドーの行動力を頼りにしていた。誰より信頼出来る、親友と呼べる友達だとイーノは思っている。
 ずっと一緒だった。だから、ジュドーがどれだけリィナの事を思っているか、良く知っている。
 確かに、リィナに心配をかけたり、危険な事をしてしまうのは、上手いやり方ではなかったけれども、やり方を選ぶような力や余裕がジュドーやイーノのような子供にある筈もなかった。
 それは、言い訳なのかもしれないけれども。イーノは、ジュドーのそんな不器用なまっすぐさが、好きだった。
「お金、持ってきてるんだろ、買ってやりなよ」
 少し眩しそうに目を細めてケースの中を眺めていたジュドーにそう言うと、ジュドーは、そうだな、と大きく頷いて、小走りに店の中に入っていった。
 リィナは戻ってくる。助けられる。その時この服を見せたら、きっと喜ぶ。
 そういう風に希望が見えるというのは、きっと良い事なのだと思った。

 リィナの為に、リィナを助け出したら。
 意味を失ったそんな言葉。
 あのワンピースを着たプルを見て、プルが着た方がいいと、それでも笑ったジュドー。
 プルには、プルの為に服を選びたかったんだよ。ジュドーは。
 そう思う。プルにだって似合っていたけれども、やっぱりリィナの方が似合っただろうと思う。
 だってあれは、リィナの為に選んだ服だったのだから。
 無理をして笑う。そんな顔を見るのは辛い。自分では無理をしているつもりがないのを感じるから、なお辛い。
 プルの為に服を選ぶ事はもう出来なくなったのに、それを胸の中に押し込めて。


「ジュドーは、おかしいよ」
 納得できない顔で、艦長席に収まったビーチャはぼそりと呟いた。
 もうすぐ暗礁空域を抜ける。予測される敵の襲撃に備え、トーレス、キースロン、イーノは全方位で索敵を続けていた。
「だから、疲れてるんだって。地球であんな事があって、宇宙に戻ってきたと思えばゴタゴタしっぱなしだもの」
「それでも、普通じゃないぜ、絶対」
 反論したイーノも、確かにおかしいとは感じていた。
 リィナは死んだ筈だった。ジュドーはリィナの死を感じて、ひどく心を乱したのに。
 どうして今更、突然生きているような口ぶりでリィナの事を話すのだろう。
「もしだぜ、もし、リィナが生きてるとして、そんな事ないだろうけどさ……」
 言葉を切り口ごもったビーチャに、軽く振り返って目線を向け、イーノは続きを促した。
 同じ事を感じているのではないか。そんな気がした。
「どこにいるかも分からないんだぜ、そんなの感じるなんて、そんなのまるで…………」

 まるで、プルみたいじゃないか。

 まるでプルの力を得たように。
 ジュドーの中でプルが生き続けている、そうだとしたら。
 ジュドーはプルを感じ続けながら生きていく。これから先もずっと。
 それは、美しい事だろう。しかし、目の前にはいないという事を、はっきりと抱え続けるという事なのかもしれない。

 暗礁空域を抜け、サイド3が視界に入る距離にまで近付きつつあった。
 敵の襲撃に危機に陥ったジュドーを助ける為に出撃してから、ビーチャはジュドーがおかしいとは言わなくなった。
 またいつ敵の襲撃があるとも知れない。急いで済ませなければならないモビルスーツの整備を手伝う為にモビルスーツデッキへと降りたイーノは、顎に右手を軽く副えて何かを考えるアストナージを見つけた。
「アストナージさん、まだ終わってないのどれですか」
 声を掛けられ、アストナージはようやくイーノに気付いたのか、振り返った。
「全部だよ。なぁ」
「何ですか?」
 いささか諦めの混じったため息を軽く漏らして、アストナージは目線を横に動かした。その先には、ジュドーがいた。モンドからスパナを受け取って礼を言う様子はいつもの彼だった。
「あいつ、変じゃないか」
「変って」
「落ち着きすぎてるっていうか」
 ええ、と、歯切れの悪い返事しかイーノの口からは漏れなかった。
 落ち着いて、戦うべき敵を見据える事が必要ならば、今のジュドーの状態は文句の付けようがないのだから、何も言う事はなかった。
 軽く眉を顰めて眉間に皺を刻んで、アストナージはイーノに再び向き直り、苦く笑った。
「落ち着いてたもんだから気付いてやれなかった奴がいたんでね、少し神経質に過ぎるかも知れん、あれ位の方がいいのかもな」
「カミーユ……ですか」
「ああ、でも落ち着き方も違うのかも知れんしな。俺には分からんよ」
 ニュータイプのお前さん方がきちんと気付いてやれよ、と笑って、アストナージは背を向けて歩き出した。
 カミーユ・ビダンについて、イーノは断片的な情報を持っているに過ぎない。
 過去にΖガンダムに乗り、ティターンズと戦って、心を閉ざした。その程度の事しか知らない。
 イーノの見たカミーユは、戦いをする人には見えなかった。
 線が細く、整った中性的な顔立ちに少々丸いふっくらとした頬。何処も見ていないのに哀しそうな眼。
 ジュドーとはまるで違う。
 だが、アストナージは両方を知っている。
 早く戦いを終わらせたらいい。出来るだけ早く、ジュドーがもうこれ以上、何かを胸の中に押し込んでしまわないうちに。
 それ以外に浮かばなかった。
 昔から、現実とは理不尽だった筈だ。今に始まった事ではない。だからイーノとジュドーは、学校にも行かずジャンクを漁っていたのではないか。
 それでも、こんな現実は、一刻も早く終わってほしかった。

 終わらせる為に、ジュドーは、胸の中に次々に痛みを押し込んで。
 それをイーノは是とするしかない。イーノに出来るのは、終わらせる為の手助け。
 ジュドーしか決着を付けられない。それをジュドーも知っている。
 イーノや、エルや、モンドやビーチャ、それにルーがいると、きちんと分かってくれている。ジュドーの事は、感じる。
 確信に根拠はないけれども感じる。おかしな話だったが、間違っているとは思えなかった。
 リィナもきっと本当に生きているのだ。また二人でつるんで学校をさぼって、リィナに怒鳴られて。早く、戻ろう。

 例えもう戻れないのだとしても。進むしかないのだとしても。
 そういう希望がなかったら、何の為に戦えばいいのか。
 もうすぐ終わる、終わらせる。サイド3のコロニー群が視界領域に入っていた。

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