永遠の都1
一緒に住もう、と持ちかけたのはカミーユの方からだった。
大学を一年飛び級で卒業したリィナが決めた就職先は、コロニー公社だった。赴任先は、シャングリラ。
リィナはかなり優秀な生徒だったらしく、就職活動らしきものを始めてそう経たないうちにあっさりと話が決まっていた。
不平不満ばっかり言ってないで、自分達で出来る所から良くしないとね。
その話を聞いて驚いたジュドーにそう言って向けた明るい笑顔のパワフルさは確かにジュドーの妹なのだと思わされる。
兄妹二人で住む為に借りた部屋は余裕が出来るのならば、同居させて貰って家賃を折半できれば節約になる。そんな深い考えはない、軽い気持ちから出た言葉だった。
ジュドーを一人にさせるとどんな生活をするのかと心配していたリィナは、その案に一も二もなく賛成の意を示した。
実際、男二人になったからといってきちんとした生活が営まれるのかというとそれには疑問が残ったが、少なくとも食事はきちんとしてくれるのではないか、という希望的な観測をリィナは述べた。一緒に暮らしている人がいれば、一人ならば面倒さから適当に済ませてしまったりしない事もやるようにもなるのは確かだった。
ジュドーとはそういう同居をしても不自然はないような気安い友人と、誰が見ても思われるような関係でもあった。
しかしジュドーは、眉根を少しだけ寄せて眉間に軽い皺を作ると、鼻で一つ軽く息をした。
「どっちにしろ、引っ越したいとは思ってた、んだけど」
ジュドーのたった一つの具体的な希望は、『海の見える部屋に住みたい』というものだった。
兄を一人にするのがどうにも不安らしいリィナが、希望に沿う部屋を探し出してきた。
そうして話が具体的になってくると、カミーユは、何故こんな事を口にしてしまったのだろうと後悔を覚え始めた。
リィナは、男二人だから何の問題もないと思っているのだ。
彼女に、彼女の兄と自分の間に恋愛感情が介在しているなどとは、とても口に出す事が出来ずにいた。ジュドーも話したそぶりはなかった。
話して理解して貰えるのかどうか分からなかったし、口に出してしまう事自体に恐れがあった。
よく、キスをするようになった。
ジュドーはキスが好きだった。いつでもしたい、という言葉にきっと嘘はないのだろう。
拒めない。違和感なく受け入れられてしまうようになってしまった事が、怖かった。
当たる唇や肌の感触、温度、手を添えた腰の硬さ、もうすっかり覚えてしまった。
胸が熱くなる。それを求めているのを感じるのが、怖かった。
いつかキスだけでは済まなくなるのだろうか。どうして、このままではいられないのだろう。
一歩を踏み出すきっかけを、与えてしまったような気がした。
今更リィナに説明する言葉を見つける事も出来ず、不動産管理会社との契約も転居の手続きも全てが滞りなく進んだ。
そうこうしている内に、リィナが宇宙に上がる日が来てしまった。
ファにも連絡を取り、レンタカーを借りて空港まで三人で見送る事になった。
平気そうな顔をしていたジュドーは運転をしながら普通に喋っていたが、空港が近付くに従って分かりやすく口数を減らして、眩しそうに眼を細めて黙って、ミラー越しにリィナを見つめていた。
そんなに寂しいんなら、一緒に行けばいいじゃないか。
言おうとして、やめた。
目に見える距離に捕らわれてしまった。その手が、腕が、届かない所に行ってしまう、そう考えただけで、喉の奥が鈍く痛んだ。
触れられなくなるのは、嫌だ。
いつの間に、こんな気持ちを抱くようになってしまっていたのだろう。
「実はね、あたしも、アフリカに行こうかって思ってるの」
「えっ」
唐突にファが口にした言葉に、カミーユも他の二人も、驚いてファを見た。
「どうしてそんな所行くの」
「前から誘われていたのよ。派遣される医師団で人手が足りないって。あそこらへんから中東のあたりって、まだ内戦が酷いでしょう、医者も看護士もいくら居ても足りないのよ」
「そんな所行ったら、危ないじゃないか、駄目だよ」
ジュドーが慌てふためいた様子で早口に捲し立てるのを、カミーユは不思議と平穏な心持ちで聞いていた。
ファに、腰を落ち着けるに足る平穏と幸福を感じさせることが出来なかったのは、誰あろう自分だった。
きっと、何かを探さないと、自分が生きていると感じられない、そんな風にさせてしまった。
愛していたと自分では思う。愛していたつもりだったから、今でも何故ファが離れる事を選んだのかは分からない。
本当に穏やかに暮らせていたから、これからもずっと二人でそうしていきたいと思い、結婚をもちかけた途端に、ファは泣き出した。
あなたは何も話してくれない、そう言いながら。
何を話せばよかったのだろう。何でもよかったのだろうか。どんなつまらない事でも、話す必要もないような事でも、ファは聞きたかったのだろうか。
もう、分からなくなってしまった事だ。
「何とか言ってよ、ファさんそんな所に行っちゃっていいの?」
ジュドーの苛ついた声にそう呼びかけられて、カミーユはようやくぼんやりとファを見た。
歳を重ねて、ずっとずっと綺麗になってしまったけれども、少し上目遣いに茶目っ気の強そうな微かな笑みだけは、昔から変わらない。
きっと、自分で決めてしまった事はどうあっても曲げない所も、変わってはいない。
パイロットなど、やって欲しくはなかったのに、それを選んで曲げはしなかった。
「もう、決めたんだろう」
「ええ」
「いっぺんに寂しくなる」
苦く笑ったカミーユは、視線を感じてジュドーの目を見た。ジュドーはすぐにばつが悪そうに目線を外して、軽く唇を尖らせた。
そんなに寂しいなら、一緒に行けばいい。そう言いたかったのか。
ふと、そう感じた。
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