ワンドロ02 腕を組む
「リンドウ、調子はどう?」
午後になり世界樹のマルシェの客の入りも落ち着いた頃、ランチは最近世界樹のマルシェに戻ってきてくれたばかりの和菓子職人・リンドウのキッチンカーを訪れていた。
客足が途絶えていたからだろう、キッチンカーの脇に立ち遠くを見つめていたリンドウは、ランチの声に向き直ると「うむ」と軽く返事をして腕組みをした。
「客の入りはぼちぼちといったところだ。最近置き始めた草原ミルク大福が好評で、もう売り切れてしまったぞ。また仕入れにいかなくてはな」
「そうなんだ、評判が良くて良かった! 仕入れは後で時間を調整するね」
「よろしく頼む」
リンドウが頷いて話は終了となるが、ランチは立ち去ろうとせずにじっとリンドウを見つめ続けた。その視線にややたじろぎながらリンドウは胡乱げな目でランチを見つめ返した。
「……まだ、何か用事か? それとも俺に何か変なところでもあっただろうか……?」
「あっ、えっと、ごめんね、そうじゃないんだけど……」
ハキハキとものを言うランチにしては言いづらそうに視線を横に逸らしてしまい、しばらく黙り込んでしまった。リンドウが首を傾げると、ランチはちらとリンドウを見上げて、重い口を開き始めた。
「あのね、リンドウ、話してる時腕組みしてるなって思って……」
「む、これか? 気に障ったならすまん、癖のようなもので」
「ううん、気に障ったとかじゃないの! あのね、前に雑誌で、腕を組むのは警戒とか心を許してないサインだって見たことがあって……だからリンドウにまだ信頼されてないのかなってちょっと思っちゃって、それで」
そう言われては腕組みを続けるわけにもいかず、リンドウは戸惑いを見せつつも両腕を下ろした。言われてみると腕組みをせずにランチと相対するのはどうにも落ち着かないというか、心許ないような心持ちになった。
元々リンドウは感情表現があまり得意ではなく、故に内心の読めない奴と思われる事も多く人付き合いも自然と狭い範囲に留まった。表情筋を動かす事自体が苦手だから、笑顔を作らなければならない接客も得意ではない。笑うというのはどうすればいいのかと考え過ぎてしまうから自然な笑顔が作れないし、かといってそれを解決する方法は今のところ見つからない。八方塞がりだった。
和菓子というものは小さな菓子の細工の中に世界や心を表現するものであるから、その表現すべき感情や心を十分に理解できていない自分は未熟なのだという忸怩たる思いがずっとある。だがそんなものは教わって理解できるようなものではないということは自明の理だし、どうしたらいいのかという迷いは常に作る菓子に現れていたように思う。
それが少し変わったと思ったのが、王宮から来たという料理アドバイザーのランチに、リンドウではとても考えもつかないような自由な発想で組み合わされた和菓子のレシピを提案された時だった。初めて聞いた時にはなんと素っ頓狂なレシピだと半ば呆れていたが、試作してみると味は確かだった。見栄えがとんでもないことになることもあるが、和菓子はこうあらねばならないというのは単なる思い込みだし、もっと自由なものであっていいはずだとリンドウの考えも変わった。
リンドウが惚れ込んだ師匠の和菓子は繊細で美しい宝石のような出来栄えだったけれども、もっと楽しいものや愉快なもの、いろんな和菓子があってもいいのかもしれない。
両親や師匠ですら変えることができなかったリンドウの頑なさを、あっさりと解きほぐしてみせたこのランチという女性に、リンドウはただただ不思議さを感じていた。まるで魔法だけれども、マジョラムの魔法だってリンドウの生来の気質を変えてしまったりはしないだろう。
修行の旅で沢山の人と出会いなさいと言っていた師匠の言葉を思い出す。出会いの中には、こんな風に(ほんの少しでも)リンドウを本質から変えてしまうようなものもあるのだ。口下手で無表情のリンドウは出会いといってもお客と一言二言交わすようなものがせいぜいだったけれども、中にはこんな出会いもあるのだと妙に感心すらしていた。
ただ、本質が変わったといってもそれはほんの少しのこと。依然リンドウは口数が少なく無表情でお客の応対も上手くはない。そしてどうやら自分から警戒して壁を作ってしまっていたらしかった。
「それはすまなかった。ランチを信用していないとかそういうことではないのだが……上手く言えないが、人と話すのはあまり得意ではなくて、それで一歩引いてしまっていたのかもしれない」
「そっかー……でもせっかく会えたんだし、わたしは出来ればもっとリンドウと色々お話したり、もっと仲良くなりたい、かな?」
「なっ……!!」
ランチににこりと微笑まれて、リンドウはドギマギして慌てふためいた。外交官の勉強をしていた時にも同窓に女性はいたし、今だって女性客は多い。だがこうした個人的なやりとりでの女性への免疫はリンドウには皆無だった。どう対応していいか分からないから慌ててしまうし動揺してしまう。
「いっいかん、いかんぞランチ! そういう事にはしっかりとした順序というものがある!」
「えっ順序……? なんかあるっけ?」
「たた、例えば……まずはお互いの両親にしっかりと挨拶をして……」
「ええっ、ただお話するだけなのにご両親に挨拶するの? 工業の国って礼儀正しいんだね……」
「それは違ーう!! 俺は男女の付き合いの作法について言っているのだ!!」
「えっ、えっ? よく分からないけどなんかごめん……」
慌てたランチに平謝りされて、リンドウはようやく我に返った。なんで話をしたいと言われただけなのにいきなり男女の交際の順序に飛躍してしまったのか。自分でもよく分からなかったがこれは圧倒的に自分が悪い。
「謝るのはお前ではない……俺が何もかも悪かったんだ!! そうだ、この埋め合わせには腹を切るしか……!!」
「まっ、待ってリンドウ!! わーっ、刀を仕舞ってーっ!!」
俄然賑やかになったリンドウのキッチンカーに何事かと他のシェフも続々と集まってくる。この恥辱、もう死んで詫びるしかない。腹を切るとわめくリンドウとそれを阻止するランチ、そして他のシェフとの揉み合いはその後しばらく続き、よく分からない騒ぎで疲れたシェフたちとランチはその日世界樹のマルシェを早めに店じまいしたのだった。
コメントを送る