ワンドロ04 パジャマ(寝間着)・ブーケガルニ
昼下がりの王都広場では、王都のマルシェのシェフ・ブーケガルニとマジョラム、そして料理アドバイザーのランチの三人が昼食休憩に入ってユーカリの設えた一休みスペースで思い思いに昼食を摂っていた。
「おっマジョラムの肉うまそーだな! 一口くれ!!」
「げっ、嫌よ、あんたと間接キッスなんてお断り」
骨付き肉にかぶりついていたマジョラムに向かいに座ったブーケガルニが声をかけるが、マジョラムは心底嫌そうな顔をしてしっしっと手を振って追い払うポーズをとった。ちぇ~といじけ気味の声をあげたブーケガルニがぷいと横を向く。
「あっ私ナイフ取ってこようか? ユーカリのキッチンカーにあるよね?」
「いーのいーの、こいつのためにランチが働くなんてだめよそんなの」
「ぶぇっ……ぶぇっ…………」
ぶぇっ……? ブーケガルニの鼻にかかった妙な声にランチとマジョラムがブーケガルニへと視線を向けた次の瞬間だった。
「ぶえぇっくしょ~~~いっっっ!!」
「うわっやだっ食事中に何してんのあんた!! ばっちい!! 鼻水飛ぶ!!」
「しょうがねえだろ、出物腫れ物所嫌わずって言うじゃんかよ~」
「どうしたのブーケガルニ、風邪引いちゃった?」
心配げなランチの言葉に、ブーケガルニは暫し首を捻って考え込んだ。
「うーん、夜が最近冷えるだろ、そのせいかもしれねぇなぁ」
「ちゃんとあったかくして寝てんの? まさかあんた寝る時まで腹丸出しじゃないでしょうね」
マジョラムのもっともな言葉に、ブーケガルニは周囲に盛大に?を撒き散らしたような顔でぽかんとしてみせた。
「あったかく……? 野宿とか家の中なら火が焚けるけどよ、キッチンカーの中じゃ無理だろ」
「……は? あったかくするって言ったらあんた、ちゃんとあったかい服装で寝てるかって事よ?」
「えっ? なんで服着て寝るんだ?」
ブーケガルニとマジョラム二人の話が全く噛み合っていない。マジョラムがドン引きしているのが見なくてもランチには分かる。かくいうランチも相当驚いている。ということはブーケガルニは服を脱いで裸で寝ている、ということなのだ。
人それぞれ睡眠にもスタイルがあるだろう、裸で寝ている人だって世界にブーケガルニただ一人というわけではないだろうからそれは責められるべきことではない。料理が自由であるように睡眠だって自由なはずだ。でも、裸……。
元々ブーケガルニは昼間も上裸の上にコートを着ているので浅黒い肌やしっかりついた筋肉は否が応でも目に入ってしまうのだ。この体が、服を全て取り払って裸で……さすがに嫁入り前の(というか男性と交際した経験すらない)ランチには想像が追い付かない。
「逆に聞くけど、なんで着ないの」
「ほらマジョラム、ブーケガルニの島って南の国だからすごく暖かいじゃない? だから寝間着も着なくても大丈夫だったんだよきっと、ね、ブーケガルニ?」
「うーんそうだなぁ、裸で全然平気だったぞ。カーチャンとかは一応何か着てたけどよ、うちの兄弟は大体全裸だ!」
「そういう問題じゃない! ここはあんたの島じゃないのよ、夜は冷えるし季節によっては凍えんの!! ちゃんと着なさい!!」
一応フォローを入れてみたものの、マジョラムの言うことは一々もっともである。ランチにはこれ以上助けてあげられることが何もなかった。だが当の当人といえばマジョラムの怒りもどこ吹く風で全く堪えていない様子だった。
「だってよ~、寝間着着て寝るとなんかゴワゴワしねえ? 開放感がないっていうかよ。これでも海の男だからな、いつでも大海原のような開放感を大事にしてえんだ!」
「それで風邪引いてりゃ世話ないわよ……もっと包まれる安心感を知って。まあ確かに、着心地の悪い寝間着って嫌だもんね、そこは良く分かったわ」
腑には落ちないもののどうにか一部分だけでも納得した様子のマジョラムに、ランチもブーケガルニもほっと一息つく。
「ブーケガルニ、早く昼ご飯食べちゃって、あんま時間ないんだから」
「うぇ? 何のだ?」
「あんたの寝間着と毛布を買いに行く時間よ。安心しなさい、このあたしがサイッコーに着心地がいいやつ選んだげるから」
言い放ってマジョラムがにかっと笑った。これは本気の顔だ。ランチには止められない。
「うぇえぇ~!? いらねえよ~!!」
「つべこべ言わない! ランチも来るでしょ?」
「えっ、うん……」
その場の流れでランチも行くことになり、マジョラムに急かされて残りの昼食を片付けた三人はルームウェアやパジャマ、寝具などを扱う店へと急いだ。
「こんな店あったんだ、マジョラムいつの間にチェックしてたの? さすがだね」
「へへ~っ! 女子は寝る時だってかわいくしたいじゃん? 流行の最先端の王都の店となればチェックしないわけにはいかなくて」
店構えとディスプレイされたルームウェアを見たランチまでウキウキと気分が高揚してくるが、強引に引っ張られてきたブーケガルニは気乗りしない様子だった。
「なぁ~、俺様にはやっぱ必要ないぜ~~~……気合いでなんとかすっからよ~~~」
「せっかくここまで来たんだからいいから入るの! あたしが選んだの見たらあんただって考え変わるから、ほら」
言いつつマジョラムはブーケガルニの手首を掴んでもう片方の手でドアを開けブーケガルニを中に引きずり込んだ。苦笑しながらランチも後に続く。
「うわぁ、かわいいね! いいなぁ、私も買っちゃおうかな……」
「でしょでしょ、ランチにはあのチュニック長袖とかおすすめ! ほら、裏が毛になっててあったかいの」
「これからの季節いいね、うーんでもあっちのもかわいいし……」
ブーケガルニそっちのけで盛り上がる女子二人に、カワイイ空間の中に放り出されてただでさえ不安げなブーケガルニはついていけず疎外感を覚えるしかなかった。店に入ってすぐの場所には女性用のルームウェアが陳列されているのだ。なんだか女性の秘密を覗き見ているようで居心地が悪い。
「おっといけない、あのバカの寝間着だったわね。ちょっと見てくるからランチもじっくり悩んでて」
「うん、行ってらっしゃい~」
ブーケガルニが着いて行ったらいいものかと逡巡する暇もなくスッとマジョラムが店の奥に消えていった。下手に動くとまずいような気がしてブーケガルニはしばらくあっちを見たりこっちを見たり忙しないランチの様子を観察するしかなかった。
そして十分ほど経った後。
「お待たせ~、ほら、ちょっと触ってみて」
戻ってきたマジョラムが、手にした寝間着をブーケガルニの方に差し出した。生地はつるつるてらてらと光っていて、そこはブーケガルニ好みだった。
「おっ……おおっ!? なんだこれ、気持ちいいぞ……!?」
「でしょでしょ、まあちょっとお値段は張るんだけどさ、これなら絶対ゴワゴワしないから! これからはこれを着てこの毛布をかける! いい?」
「まさか奢ってくれんのか? マジョラムお前いいヤツだな~!!」
「そんなわけないでしょ、ばかーっ!!」
最後の最後までマジョラムが怒鳴りっぱなしだったような気がする昼下がりの小さな騒動はこうして収束して、ブーケガルニは(寒い季節の間は)開放感の代わりに包まれる幸せを知ることになったのだった。
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