ワンドロ11 髪型変更・上目遣い
「ランチさぁ~ん」
そろそろお昼になろうかという頃、王都の広場で客寄せをしていたランチのところへユーカリが駆けてきた。
走りながらもユーカリはいつもの笑顔だしあまり急いでいる風でもないが何かあったのだろうか。人並みをかき分けて駆けてきたユーカリはランチの前にたどり着くと上がる息を少しの間整えて、満面の笑みを作ってこう言った。
「イメージチェンジ大会、しません?」
「……えっ?」
大会? 何の? イメージチェンジとは言ってるけど……。ユーカリの発言の意図が汲み取りきれずぽかんとしたままのランチに、ユーカリが慌てて言葉を継ぎ足す。
「あのですね、さっきマジョちゃんとミツバちゃんと仕込みしながらランチさんがどうすればもっとかわいくなるかについて話してたんですよ~! でも意見がまとまらなくて……だから、今日マルシェが終わった後私たち三人のコーディネートでランチさんを変身させて、それを男子に採点してもらったらいいんじゃないかって!」
女三人寄れば姦しいとは言うが、まさかそんな話をしていたとは。だが正直なところ自身のイメージチェンジの必要性について懐疑的なところがランチにはあった。
確かにかわいいお洒落ができれば気持ちも華やぐし楽しいだろう。だけれどもランチは今の制服とポニーテールの組み合わせが一番動きやすく仕事もしやすくて気に入っている。そしてユーカリもマジョラムもミツバも、いつまでも一緒にいてくれるわけではないのだ。お洒落に興味が出たところでみんなとの別れの後に残されるのは服を選ぶセンスが壊滅的にない自分だけだ。
「えっと……私があんまりお洒落に気を使わないからみんなが考えてくれるのは嬉しいんだけど、でもいいよ。この制服ならとりあえずサフランにも怒られないし……明日も早いのにみんなを付き合わせちゃうのは悪いよ」
「違いますよランチさん、わたしたちがランチさんを付き合わせるんですよ~! 他の人のお洒落を考えるのってすっごく楽しいですし、それがランチさんならなおさらですから!」
そう言い切ってユーカリがにっこり微笑む。無頓着なランチには他人のファッションを考えることの楽しさが今ひとつ理解できないけれども、女子三人で話題にしてランチを着せ替えて楽しもうというのだから本当なのだろう。
でもなぁ、と戸惑いを隠せずにいると、ユーカリが少し膝を曲げて屈んで下からランチを見上げる格好になった。
「ダメ……ですか……?」
やや潤んだ目のユーカリがややトーンの下がった声で上目遣いにそう聞いてくるものだから、同性のはずのランチでも心を揺り動かされてしまう力があった。ユーカリは強い。勝てない。心からランチはそう思った。
「……わ、分かった、分かったから、ユーカリ」
「ホントですか~!? じゃあ皆さんにもお知らせして来ますね~!! また後で~!!」
ランチの了承の返事を聞くなりユーカリはすっくと立ち上がり、元気に駆け出していった。乗せられてしまった……とやや後悔するものの、ユーカリが嬉しそうだからいいかという気持ちの方が勝つ。気を取り直してランチは再びマルシェへの客の呼び込みを再開した。
そして、マルシェの営業が終了した夕刻の頃。ユーカリとランチを除いた全員がキッチンカー付近に集合し、キッチンカーの中でユーカリにコーディネートされているランチが現れるのを待っていた。
「まぁあたしのコーディネートの方がかわいいだろうけど、ユーもなかなか油断ならないからね……」
「コーディー……ネット? 新しい投網か何かか?」
「あんたは黙ってて!」
仁王立ちに腕組みでユーカリとランチを待ち受けるマジョラムの言葉にブーケガルニが(本人は至って真面目だが)とぼけた返しをして怒られるいつもの図式が行われていた。大して気にもしていない風を見せていたフェンネルがキッチンカーの方からの物音に気付いて顔を上げる。
「終わったんじゃないかな?」
フェンネルが告げてからそう時を置かずにユーカリに手を引かれたランチが現れる。編み込みハーフアップの髪型、胸元の開いた柔らかそうな布地の淡いピンクの花柄のワンピースにそれよりはやや濃いピンクのニットカーディガンを合わせている。気にならないほどの化粧もしているようで、頬の血色がふわりと明るくなっていて、いつものランチとは見違える格好になっていた。
「おー、いつもの格好もかわいいけどこれもいいな! かわいいぞランチ!」
「ブッ、ブーケガルニ……恥ずかしいよ」
「いいじゃねーか、かわいいもんはかわいいんだから!」
いつもの調子のブーケガルニにかわいいと言われるのは(いつもの事だし)まだ良かったのだが。
「へぇ……いいんじゃない? 僕は好きだな」
顎に手を当てて隅から隅までランチを眺め回したフェンネルがぼそりと呟くと、ますます居たたまれなくなったのかランチは頬を赤くして俯いた。
下を見たまま横目でリンドウの様子を伺うと、リンドウは眼鏡の下に手を入れて横を向いてた。リンドウにとってランチのこの格好はそんなに見るに耐えないものだったのだろうか。ユーカリのチョイスに間違いはないし、自分でもけっこうかわいくなれたのではないかと思っていただけに少し気にかかったので、顔を上げてリンドウの前に立ち、その目を見上げた。
「あの、リンドウ……変、かな?」
その声を聞いたリンドウが目を覆っていた右手を下ろしてランチをちらと見る。紅潮していた顔は次の瞬間茹でダコのようになってしまい、挙句リンドウはわなわなと震え出した。
「いかん……いかんぞ……!! 修行が足りんぞリンドウ!! 今から滝に行って打たれてくる!!」
「えっ? なんで?」
「修行だ!!」
そう叫びながらリンドウはそっぽを向いて歩き出そうとするので、それをマジョラムが腕を掴んで引き止める。
「ちょっと待ってよリンドウさん、これで終わりじゃないんだから、アタシのめちゃヤバコーデでかわいくなったランチも見てもらわないと!!」
「うおーっ!! やめてくれーっ!! 乱されるな俺の心!!」
リンドウの反応がどういう感情に起因するものだったのか結局分からずじまいのランチはやや落ち込んだが、ユーカリとミツバはランチの姿を見つめて満足気に微笑んでいるのだった。
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