ワンドロ12 ミツバ

「それじゃ、明日もまたよろしく」
「はい、ありがとうございます」
 王都で米を取り扱っている卸商が明日使う分の米を持ってきたので、ランチとミツバが立ち会って受け取った。しかし、保管場所に運ぼうにも今は男手が空いていない様子で、ゆうに二十キロはあろうかという米の袋はランチやミツバでは持ち上げられるはずもないため後で頼むことにしようとランチが振り向くと、ミツバがその持ち上がりそうにない米の袋を持ち上げようとしているところだった。
「ちょっ、ちょっとミツバちゃん、それは無理だよ! 後でブーケガルニに運んでもらうから!」
「だ、大丈夫、です……ミツバは、おねぃさん……だからっ!!」
 ミツバは耳まで真っ赤にして米の袋を持ち上げようとするが、浮く気配すらない。ランチにだって持ち上げられないものなのだからまだ体格も小さくほっそりしたお嬢様らしい腕のミツバでは無理なのは誰が見ても明らかだった。
「……どうした?」
 そこに、備品の買い出しから帰ってきたリンドウが姿を見せた。リンドウの声に振り返ったランチを荷物を抱えて不思議そうな目で見ていたが、後ろでまだ奮闘を続けるミツバに気付くと、表情を硬くしてつかつかとランチの横を通り過ぎミツバの前に歩いていった。
「ミツバ、お前にはまだ無理だ、俺が運ぶからこれを運んでおいてくれないか」
 リンドウは持っていた袋をミツバに差し出すが、ミツバはきゅっと口元を引き結んでリンドウを睨みつけた。
「むっ、無理じゃありません! どうしてリンドウさんはそうやって決めつけるんですか! ミツバにだってこれくらいできます!」
「事実としてどれだけ頑張っても袋は全然動いていないだろう! お前はまだ幼いのだからそんな重い物が運べなくても当然だ、運べる者に任せればいい!」
 売り言葉に買い言葉になってしまったようで、互いの語気が荒くなる。
「ちょっとリンドウ、言い過ぎだよ……」
「ランチは口を出さないでくれ、これは俺とミツバの問題だ!」
 さすがにまずいと思ったランチが口を挟むが、振り返りざまのリンドウの恐ろしい形相を見せつけられると黙らざるをえなかった。
「なんで……なんでそうやってリンドウさんはミツバを子供扱いするんですか……ミツバはもう立派な大人です、一人でなんだって出来ます!」
「出来る事と出来ない事の区別がつかないのがまだ子供だというんだ! 出来ない事は素直に誰かを頼れるのが大人というものだろう!」
 いくらミツバが心配とはいえ、ムキになって声を荒げて言い返すリンドウも相当子供っぽいが、それはさておき。言い返す言葉がなくなったらしきミツバは目尻に涙を一杯に溜めて、ふぐ……と微かに呻いて、米の袋から手を離して後ろを向いた。
「リンドウさんなんか大っ嫌いです!!!」
 声の限りに叫んで駆け出していったミツバの姿を、リンドウは呆然として見送っていた。その様子も気にならないではなかったが今はミツバの方が心配だ。お米お願いねと言い残してランチはミツバの後を追って走り出した。
 しばらく走って王都広場近くの公園に入ると、ミツバは小さな池のほとりのベンチに腰掛けて泣いている様子だった。ランチはゆっくりと物音を立てないように歩いていって、ミツバの横にそっと腰掛けた。
「ねえ、ミツバちゃん。今のはリンドウが言い過ぎだったけど、でもリンドウの言ってる事も当たってたと思うな」
「……ランチ、しゃん……ひっぐ……」
「はい、これで拭いて」
 手の甲で涙を拭いながら顔を上げてランチの方を見たミツバに、ランチは微笑みながらハンカチを差し出した。受け取ったミツバはランチのハンカチで涙をそっと拭いながら、時折しゃくり上げている。
「ランチしゃん……ミツバ、ちゃんとマルシェの役に立ててるのかなって思って……ちゃんと大人だったら役に立てるはずなのに、自信がなくって……だから……」
「リンドウやユーカリとか、他のメンバーも同じだけど、ミツバちゃんが居てくれないと王都のマルシェはやっていけないよ。欠かせないメンバーだって私は思ってる」
「……でも」
 納得できない様子のミツバに、ランチは穏やかな声で言葉を続けた。
「リンドウ、出来る事と出来ない事の区別がつかないのが子供だって言ってたでしょ。わたしも王宮に入ったばっかりの頃は分からなくて、自分一人でなんでもしようとして失敗ばっかりですごく怒られてたんだ」
「ランチしゃんも……?」
「うん。今でも報告書苦手だからサフランに怒られてばっかりだけどね。でも、自分には出来ない事……というか、やるのが難しい事があるんだなって分かって、出来る人を頼れるようになったらすごく楽になったんだ。私達が一人じゃなくて七人なのは、誰かの苦手が誰かの得意で、そうやってお互いの得意な事で助け合うことで仕事もうまくいくし、みんなが一つになれるからじゃないかな? ミツバちゃんはあんなにおいしいお米料理が作れるんだから、それだけで十分誇っていいんだよ。仕込みも早いし、お皿洗いも頑張ってくれてるし」
 いつしかミツバのしゃくり上げる声は止んでいて、ミツバは目を伏せてランチの言葉について考えているようだった。
「私もまだまだ立派な大人とはいえないけど、一つ一つ経験を積み重ねていって、そうやって人は大人になっていくんだと思うな。ミツバちゃんはもう立派なレディだけど、人って大人になったらそれで終わりっていうわけじゃなくて、それからもずっと成長していくんだと思うんだ。だから焦らないで、一歩ずつ一緒に進んでいこ?」
 緩い風が木陰を抜けていって、ミツバの長い髪がふわりと揺れた。ハンカチを持った手を膝に下ろして、ミツバはランチへと向き直った。
「一緒に……ランチさんと一緒に、なら……なるべく焦らないように、頑張ります……」
「うん! ミツバちゃんならきっとできるよ! 私も頑張るね!」
「ランチさんと一緒……ふふ、嬉しいです」
 ようやくいつもの様ににこりと笑顔を見せたミツバを見て、ランチも安心して頬を緩める。
「さっ、マルシェに戻ろう? あと一緒にリンドウと仲直りしに行こう!」
「はい……」
 ランチが先に立って手を差し出し、ミツバがその手を取って、お互いの温かさを手のひらで確かめるように二人は仲間の待つマルシェに向かって帰り道を歩いていった。

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