ワンドロ13 リンドウ
王都のマルシェも昼の繁忙期を抜けて、午後の落ち着いた雰囲気が出てきた。そろそろ休憩にしようとランチがシェフたちに声をかけて回っていたが、看板を持って広場を歩き回り呼び込みをしていたリンドウの姿を見たランチは、思わず足を止めてしまった。
(リンドウ、顔、顔~~~!)
あまりにも必死の形相のリンドウは正面から歩いてきたランチにもまだ気付いていないらしい。呼び込み中の筈だが通行人は遠巻きにリンドウを眺めながら通り過ぎるだけだった。当たり前の結果だ、リンドウの顔はあまりに怖すぎた。
「あ、あの……リンドウ?」
正面に立ち肩をぽんと叩くとリンドウはようやく正面に立つランチの存在を知覚した様子だった。同時に表情も和らぎいつものリンドウが戻ってくる。
「ランチか、どうした」
「リンドウ……もしかして、笑顔の事考えてた?」
「む……何故分かる? すごいなランチは」
「あはは……そんなことないよ」
リンドウがあんな怖い顔をして仁王立ちしている理由として今一番可能性が高いのは、リンドウが今最も悩んでいる「どうしたら自然な笑顔で接客できるのか」という事を考えているからだろうというのは自明の理だったからランチは別にすごくはない。リンドウは笑顔の事を考えれば考える程真剣になり表情が固くなっていくのだ。理屈ではなく感覚で物事を捉えるのがあまり得手ではないらしいリンドウは、それでも感情表現は分かりやすいと言っていい。笑顔の裏にどんな思惑を隠しているのか未だ読みきれないフェンネルなどに比べれば素直に分かりやすい。
「今日はどんなこと考えてたの? 悩んでるなら相談に乗れるかもしれないし」
「うむ……例えばユーカリはいつもニコニコ笑顔を絶やさないが、それはユーカリの人柄の良さだというのが伝わってくる。人柄を真似するのは時間がかかるし難しいかもしれない。しかしブーケガルニもいつも鼻歌など歌って笑っていない時がないように思うが、それは何故なのかと思ってな……俺もブーケガルニのようになれば笑顔を絶やさずにいられるような気がするんだ」
リンドウがブーケガルニのようになる……ランチには想像もつかなかったがリンドウは至極真剣だ。ブーケガルニは一人で十分だから二人はいらないし、リンドウはリンドウらしい笑顔を探し出せればいいと思うのだが、どう伝えれば意図がより明確に伝わるだろうか。返す言葉にしばし迷う。
「うーん……ブーケガルニはね、多分生きてる事そのものが楽しいんだと思うな」
「……生きている事が、楽しい?」
「うん。わたしもご飯が美味しいだけで毎日生きてて良かったって思うしすごく幸せだからなんとなく分かる気がするんだけど、ブーケガルニはもうこの世界に生まれてきた事自体がすごく幸せだと思ってるんじゃないかなって。でもそういうのってすごく素敵だけどなかなか難しいから、真似するのは難しいかも……」
ランチがそう答えるとリンドウは目を伏せて考え込んだ。リンドウは全く笑わないわけではない。みんなでいる時の、ふとした時にそっと微笑んでいることがあり、そんな時の笑顔をとても素敵だとランチは思っていた。あんな笑顔をいつでも自然に出せればいいと思うのだけれども、それを言ってもリンドウは意識して理屈で考えようとしてしまい上手くいかないだろう。どう伝えるのが正解なのかはランチにもまだよく分からない。
「産んでくれた父母への感謝はあったが、生きている事自体が楽しいというのは考えたこともなかった……ブーケガルニはすごいな」
「うん、そうだね。さすが魔王、スケールが違うっていうか、ちょっと真似できないかも」
「でも、そうだな……師匠の和菓子と出会って、雪と氷ばかりの国を出て緑豊かな他の国々を知って、チューブに入った味気ない食事ではない美味しい食事の数々を知って……俺も、少しずつ生きている事の楽しさというか、そういうものは分かるようになってきた気がする。世界はこんなにも色鮮やかで美しかったのだと、教えてくれたのは師匠の和菓子だが、実際に世界を見る事でより実感できたと思う」
世界は美しい。今まで目に焼き付けてきた光景を思い浮かべているのかリンドウの表情は和らいで、固く引き結ばれていた口元も綻んで薄く笑みを浮かべていた。
「それってすごく素敵な事だよ。リンドウはもう生きてる事の楽しさを知ってるんだから、ブーケガルニみたいには無理でもリンドウなりにそういう美しさとか、大切にしたいものを思い浮かべたら、今みたいに素敵に笑えるよ!」
ランチがそう告げると、リンドウは不思議そうに首をやや傾げてランチを見た。
「俺は今、笑っていたのか……?」
「うん、すっごく素敵な笑顔だった! もっとリンドウの笑ってるところ見たいな!」
笑顔で答えると、リンドウはぐっ、と呻いて喉を鳴らし二三歩後退った。不思議に思い一歩歩み寄るとリンドウはまた一歩下がる。
「……リンドウ?」
「そっ、そうだランチ、何か用事があったのではないのか!!」
「あっ、そうだ、そろそろ休憩にしようと思ってたんだった! もう他の皆は集まってる筈だから、リンドウも行こう?」
にこりと笑ってみせて手を差し出すと、リンドウはふいと後ろを向き先に歩き始めた。
「あっ、ちょっと待ってよ、リンドウー!」
「手は繋がなくても行ける! 先に行っている!!」
大股の早足でリンドウは休憩スペースへと歩いていく。必死に後を追いながらランチは、これからもっとあんなリンドウの笑顔が見られるようになるといいなと、そっと胸の中でだけ思った。
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