ワンドロ14 見つめ合う

 夕方になり王都のマルシェが営業を終えて後片付けも済んだ頃、キッチンカーの側に佇み顎に手を当てて何事か考え込んでいるリンドウの姿をランチは見かけた。
 何事においても深く考えすぎてしまう悪癖のあるリンドウが考え事をしているのは珍しい事ではないが、今日は何を考えているのだろう。
「リンドウ?」
 声をかけるとリンドウは近くまで歩み寄ってきたランチに顔を向けた。逆光とキッチンカーの影でリンドウの表情ははっきり伺えないが、少なくとも明るい色ではなさそうだ。
「ランチか。どうした?」
「リンドウこそこんな所で何をそんなに考えてたの? また何か悩んでるなら聞かせて!」
「うむ……」
 聞く気満々で胸の辺りで両拳を握ってみせると、リンドウは少し戸惑ったようで目を伏せた。
「前からなのだが……接客する時に客の顔を真正面から見るのがどうも苦手で……つい目を伏せてしまうんだ。それだと商品に自信がないように見えてしまうのではないかと思ってな……」
「うーん、そうだね……お客様の顔はまっすぐ見られた方がいいかも……」
 ランチもやや顔を伏せて、向かい合って二人して考え込む。しばらくしてランチが何か思いついたのかぱっと顔を上げた。
「でもリンドウ、マルシェの皆はちゃんと顔を見て話できてるよね?」
「もう顔馴染みだからな、緊張することもない。どうやら初対面だと思うとどうも緊張してしまうようだ……」
「そうだ、じゃあ練習しよ! にらめっこ!」
 思いつきでランチがそう提案すると、リンドウはきょとんとしてランチを見つめていたが、ややあって口を開いた。
「……それは、練習になるのか? ランチとは一応こうして顔を見て話をできるわけだし」
「でも長時間じーっと見てるのって案外恥ずかしいよ? ほら、物は試しって言うし、何でもチャレンジしてみなくちゃ」
「うむ……そうか、ではやってみるか」
 頷いたリンドウが背筋を伸ばし姿勢を正す。その様子を見て、ランチの背筋まで釣られてぴんと伸びる。出所不明の緊張感が辺りに漂うが、こくりと一度唾を飲むと口を開いた。
「睨み合って先に笑ったほうが負けだからね! よし、じゃあ行くよ……にーらめっこしーましょっ、あっぷっぷー!」
「あっぷっぷ……とは何だ?」
「えっ!? えっと……何かほら、そういう掛け声なの! ほらもう始まってるんだからちゃんと私の目を見て!」
「わ、分かった……」
 言われた通りにリンドウはランチの目を見つめ、ランチもまたリンドウの青い瞳を見つめ返した。緊張感から妙な力が入り息まで一緒に止めてしまう。途中で息はしていい事を思い出して鼻で呼吸するが、何秒もしない内にリンドウは頬を赤らめてぷいと横を向いてしまった。
「あっ、リンドウの負けー! 今のはちょっと短すぎだよ、もうちょっと頑張って!」
「むっ……無理だ! 練習というなら他の者とする……」
「……何で無理なの? 私の顔そんなに変かなぁ……」
「そうではなく……」
 横を向いたままリンドウは落ち着かない様子で口の辺りを手の甲で拭うが、笑うのを我慢できなくなるほど面白い顔を作っていたわけではなくごく普通の表情をしていただけのランチはリンドウが自分とはにらめっこできない理由がどうも得心いかない。
「じゃあもう一回、ちゃんと出来るまで私付き合うから!」
「ブ、ブーケガルニにでも頼むことにする……」
「どうして私だと駄目なの? 私の顔そんなに面白かったかな……」
「そうではなく…………分かった……もう一度だけ頑張ってみる」
 何やら覚悟を決めた様子のリンドウがランチの方に向き直ったが、顔が強張っていた。明らかに緊張している。
「リンドウ~! お客さんの対応の練習なんだからそんなに緊張した顔じゃ駄目だよ~!」
「む……す、すまん……努力する」
 ランチに言われ本来の目的を思い出したのかリンドウの強張っていた顔は幾分緩んだ。まだ怖い顔だが先程よりはましだし、これでは話が前に進まない。まずはリンドウが相手の目を見る事に慣れる練習が先だと思い、ランチは再び口を開いた。
「よし、じゃあもう一回行くよ……にーらめっこしーましょっ、あっぷっぷー」
 掛け声と共に眉と目を吊り上げ怒っているようにしか見えない顔のリンドウとランチの睨み合いが再開された。怒っているようにしか見えない顔を見続けるというのはなかなか怖いもので、ランチの方がつい先に目を背けてしまいそうになるがぐっと堪える。全てはリンドウが自信を持って接客できるようになるため、それは今回のプロジェクトのまとめ役である自身の責務だ。だがやはり十秒もしない内にリンドウは首の上を真っ赤に染めて顔を背けてしまった。
「リンドウ~!」
「いっ、いかん! やはり無理だ! ブーケガルニかフェンネルとなら出来るから代わってもらう!!」
「呼んだ?」
 突然後ろから声がして、振り向くとフェンネルがいた。微笑んでいるが目が全く笑っていないし声もどこか硬い。
「……ええと、フェンネル?」
「なんだい?」
「何か、機嫌悪い?」
「別に。ただ、ちょっと目を離すと熱烈に見つめ合ってるもんだから当てられちゃったかもね」
 甘い声でそう告げるとフェンネルはにこりと笑った。だがやはり目が全く笑っていない。理由は分からないが多分フェンネルはとても怒っている、確信に近いものがランチには感じられた。
「ちっ、違うよフェンネル、リンドウがお客さんと目を合わせて接客するのが苦手だからにらめっこで練習してただけだよ!」
「ふぅん、まぁ僕には関係ないけどね」
「ちょ、ちょっと待って! 何だかね、私の顔が面白すぎるみたいで私とじゃ練習にならないの……フェンネル、リンドウとにらめっこしてくれない?」
「……僕は男と熱く見つめ合う趣味はないよ。君となら別だけど」
「私の練習はいらないよ~! リンドウの為なんだってば~!」
 ランチとフェンネルが言い合う間もリンドウは顔を真赤にしたまま口に手を当て動かなかった。結局その後リンドウのにらめっこの練習相手はブーケガルニが引き受ける事になったのだが、集中力に欠けるブーケガルニは睨み合うのにもすぐ飽きてしまいキョロキョロしたり世間話を始めたりするため全く練習にならなかったという事である。

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