ワンドロ16 雪・オニオン

 革靴が新雪の積もった道を踏みしめるサクサクという音が微かに響き続ける。ボーダー山脈中腹にある小さな村まで行くには麓で馬車を降りその後は歩くしかない。その道程も全く苦にする事なく近くの村で雇った道案内の者に従ってオニオンは歩いていく。ゴーマンストアを新規出店する時は必ず自ら出店地の下見をし、輸送経路をどう確保するか検討する。世界一の大企業の社長がそんな地道な事を毎回自ら繰り返し確実に各店舗に商品が行き届くように気を配っているとは想像していなかった為、初めて知った時はジュリィは大いに面食らったものだった。社長室でふんぞり返っている嫌な奴だろうとばかり思っていたイメージは誤りで、人は自らを悪辣さという鎧で固めようとすることもあるのだと知った。
 小さい村へ至る道は人や馬が通れるだけの道幅があれば生活には事欠かないため細い事が多く、そうなるとゴーマン商事は周辺の道の整備から始めていた。世界樹の広場を賭けたまんぷくマルシェとのファン争奪バトルに敗れた後、オニオンがジュリィに語った言葉に嘘はなく、ただそれだけでもない野心の大きさがオニオンにはあるから、ランチや仲間たちとの道は交わらないのだろう。
 ランチには私心というものがなかった。あるとすればせいぜいが誰も食べたことのない美味しい物を食べたい、だ。それはランチの美点でもあるが、オニオンの世界を動かすほどの熱量を持った野心というものにもジュリィは大いに興味を惹かれていた。
「雪を見ていると嫌な事を思い出すな……あまり好きではない」
 オニオンの言葉は恐らく独り言だが、出来る限りオニオンと関わりを持って構い倒してやる為にジュリィはオニオンに同行している。人と違うものを見てしまったために一人でしか生きられなくなった男の孤独が少しでも癒える事を願って。
「嫌な事って、どんな事があったジュリィ?」
「ただの昔話だ、そんなに面白い話でもない」
「いいから話すジュリィ、ジュリィには隠し事はなしジュリィよ!」
 そうジュリィが告げるとオニオンは歩みを止めないままちらと横目でジュリィを見やって、呆れたような溜息を一つついた。
「私の故郷も、ボーダー山脈の麓にある。ボーダー山脈に雪雲が遮られるとはいえ冬になればそれなりに降る土地でな。ある年、作物が不作な上に例年にない大雪になった事があった。吹雪で何日も外に出られず、雪が止んだと思えば出入口が積もった雪に塞がれているようなひどい雪だった」
「それじゃ、他の村に行って買い物ができないジュリィね……」
「そうだ。そして不作の影響で食糧の蓄えも残り少なく、村人たちは食うや食わずやの日々を過ごし、ひたすら春の訪れを待ち続けた。年寄りや子供、弱い者の中には耐えきれずに衰弱して死んだ者もいた」
 オニオンの言葉は淡々と紡がれていたが、瞳には現実に世界の理不尽さがもたらす苦しみを味わった者の昏さがある。いつの間にかちらちらと雪が舞い始めていたが、まだ歩みを止めるような降り方ではない。どんな強い吹雪もオニオンという男の中に昏く燃え盛る炎を消し去る事はできないだろう。真逆の光を持つランチの輝きもその昏さを包み込めなかったように。
「ゴーマン商事を作った時から事業を大きくして道を造り橋を架けることは考えてきた。この村にも馬車が入れる道を作り、除雪が必要なら人手を集めて除雪する。国がやらないのならば私がやればいいだけの話だ」
「こんな事言うとオニオンは嫌がるかもしれないけど、それはとっても素敵な事ジュリィ。そうやって少しずつでも食糧の行き渡らない村がなくなっていけば、みんな笑顔になるジュリィ」
「ふん……私は別に誰かの笑顔など求めてはいない。感謝される気もない。私は私の為にやっているのだ」
「そうかもしれないけど、それで結果的にみんな幸せになったらそれはとっても素敵な事ジュリィ」
 ジュリィの言葉にオニオンはジュリィに顔を向けやや驚いた顔を見せたが、やはり呆れたような息をつき再び前に向き直った。
「……でもオニオン、オニオン一人で何でもかんでもやることはないジュリィ。オニオンはもう一人じゃないジュリィよ」
「お前が何か仕事をしてくれるわけでもないだろう」
「ジュリィだって役に立つジュリィよ! 色々お話したり、アドバイスしたりするジュリィ! いつでもオニオンと一緒にいるジュリィよ!」
「話にならんな」
 前を向いたままオニオンは吐き捨てたが、瞳の色はやや和らいだように見えて、ジュリィは機嫌よくにこりと笑った。雪はちらちらと降り続けてオニオンの足跡を少しずつ少しずつ消していくが、この男のこれから辿る足跡は誰にも消せぬものとなるだろう。そんな確信がジュリィの中にあった。

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