ワンドロ19 あくび・キキョウ
「ふぁ~あ……眠ぃな……昼飯食って腹も一杯だしこんな昼寝日和だってのになんだってオレが仕事なんかしなきゃなんねぇんだよ全く……」
昼下がりの客足が緩やかになったキッチンカーの店番であくびを噛み殺しながらキキョウがぼやく。キキョウのこういったぼやきは昼下がりに限った事ではなくいつもの事なので隣のリンドウは特に反応しないが、たまたま前を通り掛かったランチが耳聡く反応しキキョウに向かって幾分眉を吊り上げて進んできた。
「キキョウさん! お客さんも見てるんですからそういうことは言わないで仕事してください!」
「あぁ? 今はおめぇに聞こえるように言ったが普段はこんな大声じゃぼやかねぇよ」
「そういう嫌味ったらしいの良くないと思います!」
「昼寝させてくれんなら言わねぇぜ」
「駄目です! ちゃんと仕事してください!」
「キーキーうるせぇ女だな全く、おい、おめぇこんな女のどこがいいんだよ、見る目なさすぎだろ」
ぽんぽんとテンポよく交わされるやりとりにキキョウの隣のリンドウは口を挟む間もなくやや気圧されていたのだが、突然話を振られたうえにその内容に対応しきれずにわたわたと慌て出す。
「え、あっ、ええっ、俺ですか!? いやランチとはそういう関係では……そうではなく、ランチは素敵な女性ですがその、だからといって俺とどうこうというわけではなくそのっ……だから……」
リンドウが首まで真っ赤になって慌てふためく様子を見てキキョウは殺しきれない笑いをくっくっと漏らしている。注意を受けているというのにこの期に及んでリンドウで遊ぶその肝の座り方はさすがと思わせるものがあるが、そういう問題ではない。
「分かりました。そっちがその気なら私にも考えがあります」
キッと厳しい表情でキキョウに向き直ったランチが静かな声で告げると、さすがのキキョウも笑うのをやめランチに向き直った。
「あ? どういう考えがあるっつうんだよ。オレはクビってか? 構わねぇぜそれでも、ゴーマン商事の方がオレの腕は高く買ってくれるだろうからな」
「そんな事しません。私はキキョウさんだって大事なマルシェの仲間だと思ってますから。でも仕事を真面目にやってくれないなら、今日は晩ご飯抜きです!!」
ぴしりとキキョウを指差して高らかにランチが宣言するが、キキョウは目を丸くして驚いたかと思うと次の瞬間にはカウンターに突っ伏して爆笑し始めた。
「くっくくく、はははははっ、ばっ、晩ご飯抜きって……」
「何が可笑しいんですか!」
「くくっ、おめぇはオレの母親かよ……ヒーッ、くくっ……」
「嫌じゃないんですか晩ご飯抜き! だってご飯が食べられないんですよ!?」
「嫌とかそういう問題かよ……料理バカのおめぇにゃ重大な問題かもしれねぇけどよ……くくくっ、フフッ、はぁっ……腹ぁ捩れそうだぜ……ヒヒヒッ」
カウンターに突っ伏したままキキョウは笑い止む様子がない。顔をぶぅっと膨れさせたランチはしばらく笑い続けるキキョウをじとりと見つめていたが、やがて諦めたのかリンドウに向き直って手招きした。何の用かとそっとキッチンカーから出てきたリンドウを連れて二人はキッチンカーの陰に入る。
「あのねリンドウ、キキョウさんの一番嫌がる事って何かな? いつも一緒だから何かヒントとかないかな」
「兄弟子の嫌がる事……多分昼寝ができない事だと思うんだが」
「それ以外で」
「む……俺はからかわれてばかりだから兄弟子の弱点をまだ見極められていないんだ……すまないランチ、こんな不甲斐ない俺はいっそ腹を切って詫びた方が……」
「そっ、それは今は思い止まってリンドウ! 何か、何か考えて!」
リンドウが刀に置いた手にランチがそっと手を添えて思いとどまらせようとする。その途端リンドウの動きは止まったのでどうにか止めることができたとほっと安堵したのも束の間、リンドウは後ろに二三歩ふらりとよろけた。
「だっ、大丈夫? リンドウ、どうかしたの?」
「い、いや、これは俺が未熟であるが故の……いやそうではなく今は兄弟子の事を考えなければ……兄弟子……兄弟子……」
顎に手を添えてしばらく考え込んだ後、リンドウがすっと顔を上げた。
「そういえば……客が心霊スポットの噂話をしていた時だったか……側で聞いていた兄弟子がそんな馬鹿な事があるかと言っていたんだがいつもと少し様子が違ったような……」
「それだ! ありがとうリンドウ!! 私ちょっと行ってくるから店番よろしく!」
リンドウの言葉を聞くなりランチはどこかへ駆け出して行って、今一つ事情の飲み込めていないリンドウは首を傾げつつもキッチンカーへと戻っていった。
結局その後の夕食もキキョウの分もきちんと用意されていて、口だけアドバイザーサマなどとキキョウに揶揄されたもののランチはそれを無視し続けた。明日の仕込みも終わり、後は寝るだけとなったところでリンドウのキッチンカーに思ってもみない来訪者がやって来た。
「ミツバとシオン……? どうした、もう寝る時間だろう」
「あひ……あの、ランチさんにちょっと頼まれて……中に入ってもいいですか?」
「ランチが? しかしむさ苦しいところだし、ミツバも仮にも女性だ、夜に招き入れるのは……」
明らかに戸惑うリンドウに、ミツバの後ろのシオンが口を開く。
「キッチンカーはすぐ側ですけど、夜道は危ないですのでわたくしは付き添いです。何事もないようわたくしも入らせていただきますのでどうかお許し願えませんか?」
「シオンも女性であることは変わりないだろう、男性の部屋にこんな時間に軽々と入るのはどうかと思うんだが……」
「んだ? 何ゴチャゴチャやってやがんだ……」
声を聞きつけたのか奥にいたキキョウが出入り口まで出てくる。それを見たミツバはリンドウにジェスチャーで横にどくように伝える。
「やっぱり……ランチさんが心配していた通りでした……」
「あ?」
「キキョウさんの体にいっぱいトモダチが寄りかかったりおぶさったりしてて……だからいつもだるくて眠いんですね……」
「……はぁ?」
キキョウが機嫌の悪そうな声で凄んでみせるがミツバは微動だにせずキキョウ……の後ろの空間を見つめ続けていた。
「みんな、キキョウさんがとても大好きだって言ってます……一緒に連れていきたいって……」
「ハッ、おめぇ何言って……」
「兄弟子……その、ミツバにはどうも本当にそういうものが、見えるらしくて……」
横に下がっていたリンドウがそっと耳打ちすると、キキョウの顔は夜目でも分かるほどにさっと青ざめた。
「ハッ、ハハ……そんな馬鹿な事あるわけねぇだろ……そんなもんいるわけねぇんだよ……」
「ミツバ、嘘はつきません」
ミツバの真剣な瞳に気圧されたように一歩二歩、キキョウが後ずさり、ごくりと唾を飲んだ。
「トモダチに好かれやすいんですね、そんなにいっぱいいるなんて賑やかで羨ましいです」
そう告げてにこりとミツバが微笑むと、キキョウは腰でも抜かしたようにへたりと座り込んだ。
実は事前にランチがミツバとリンドウに根回しをした狂言だったが、ミツバは本当にいっぱいいましたよとランチに話して密かにランチを恐怖の底に叩き落としていた。
それからキキョウが悪態をつく回数は幾分減った様子だったが、ミツバとは極力目を合わせないようになったそうな。
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