ワンドロ21 まだ少し遠い春・フェンネル
二月半ばのオルナイの街はうっすらと雪が積もり冬の最中にあった。広場で開催しているまんぷくマルシェでも温かい料理が人気で、身体の温まる料理を集めたアツホカフェアを開催し人気を博していた。
買い出しに出たフェンネル・ブーケガルニ・リンドウの三人は滑らないよう気を配りながら雪が踏み固められた道を歩いて行く。ブーケガルニが冬にも関わらず肌の露出が多い魔王ファッションなのはいつもの事だが、さすがに周囲の目線が集まり他の二人はいたたまれぬ気持ちで少し離れて歩く。
「しっかし寒ぃなぁ~、世界樹の辺りは冬っていってもそこまでは冷えなかっただろ、ここら辺まで来ると雪も降るんだなぁ」
「オルナイは北寄りに位置しているからな。だがあの木を見てみろ、もうじき冬も終わりだ」
ブーケガルニの何気ない一言に答えたリンドウの言葉に、フェンネルとブーケガルニはリンドウが指差した木を見上げた。葉が全て落ちた枝だけの木はまるで枯れてしまったようにも見えて、リンドウの言うような冬の終わりなどどこにも見いだせなかった。
「なぁなぁ、まだ全然冬じゃねーかあの木、何があるんだ?」
「枝の先をよく見てみると、芽が膨らみ始めているだろう? 春の訪れが近い証拠だ」
リンドウに言われ二人はもう一度木を見上げた。枝の先にはよく見るとリンドウの言うとおり芽が出ていて、心なしかぷくりと膨らんでいるようにも見えた。
「なるほど、雪国に住んでいると春の訪れに敏感になるっていうけどさすがだね。こういう見分け方があるんだ」
「そういうモンなのか? 俺様の島は年中夏だからよく分かんなくてよ」
「僕の村も冬は雪も積もるし寒いけど何せ植物がないから。だからこういう所で春の訪れを知るなんてなんだか風情があっていいなって思うよ」
「そういうものだろうか……当たり前だと思っていたので考えた事もなかったな。確かに春と夏はとても短いから貴重で、自然と敏感になってしまうのかもしれないな」
感心してみせるフェンネルとブーケガルニの言葉に、リンドウは少し戸惑いつつも頷いた。
「なんかよ、いいよな春が来るのって、ワクワクするっていうかよ~! 年中夏だとそういうのないからよ~、ちょっと羨ましいかもな!」
「雪が降れば雪かきもしなければならないし交通にも色々支障が出ることもあるから良い事よりもデメリットの方が多いが……確かに春を心待ちにするうきうきした気分は悪いものではないな」
「だろだろ? 俺様は自分の島を愛してるから雪が降って欲しいとかは思わないけどよ、そういうのはちょっといいな~って思うぜ!」
「フェンネルの村も山頂だから冬は厳しいだろう、やはり春は待ち遠しかったか?」
リンドウに問われて、フェンネルは少し考え込んだ後に困ったように微笑んだ。
「あまり、考えた事なかったな。僕にとって、あの村で暮らしてた時間はなんていうか……止まってたのと同じだったから」
「時間止められんのか! すげ~な!! 魔法か!?」
「ふふ、違うよブーケガルニ。自分の中の時間が止まって動いてなかったような気がするっていう、それだけさ」
「ふぇ……? フェンネルの言ってる事難しくてよく分かんねぇんだけど、リンドウ分かるか?」
ブーケガルニに問いかけられて、リンドウは困ったような笑みを讃えたフェンネルをちらと見てから、いいやと首を横に振った。
「冬の厳しい寒さの中でも春になれば楽しい事が待っているような気がして気分が浮き立ったものだ。フェンネルも今はそうだろう」
「……うん、そうだね」
困ったような笑顔のままでそれでもフェンネルは頷いた。
「フェンネルは春になったらどんな事がしたい?」
「そうだね、もし春が来るなら……店は一日休みにしてみんなでピクニックなんてどうかな。花が沢山咲いて綺麗な頃に。きっと賑やかで楽しいだろうね」
「お~、いいなピクニック! 俺様は刺し身を作るぜ!」
「刺し身は悪くなってしまうからちゃんと火を通したものにした方がいいぞ」
フェンネルの希望に、ああでもないこうでもないと会話を弾ませつつマルシェへの帰路を辿る。僕に春は来るのだろうか、正直なところそんな不安もフェンネルの胸の奥底にはある。だけど今は、まだ少し先の遠い春を、皆と一緒に迎えたいと心から願っている。ランチと二人きりのお出かけもいいけれども、皆でわいわい出かけるのもきっととても楽しいに違いない。ユーカリのサンドイッチやミツバのおにぎり、マジョラムやブーケガルニが用意したおかずを沢山持って、美しい花が咲き乱れる草原へ行きたい。そんな希望を、フェンネルも持つことができるようになった。
それだけで春の訪れを待つ間の冬の厳しさも悪いものではないような心持ちになって、二人には気付かれないようフェンネルはそっと微笑んだ。
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