ワンドロ22 マフラー
工業の国の首都ルエラニを初めて訪れたまんぷくマルシェ一行は、広場での営業の許可を取るまでまずは休息ということになった。サフラン経由で既に申請は出されている手筈だが、許可の確認を取るためにランチと、元々はルエラニの住人だったリンドウが道案内の為付き添い二人で行くことになった。
役所へと向かう道すがらリンドウがランチをふと見ると、見覚えのあるマフラーを首に巻いていた。
「そのマフラー、まだ使っていたのか」
「えっ? うん、大事に使わせてもらってるよ。大切なものだけど、使わないともったいないし」
何の飾り気もない薄青色の、所々編み目が飛んだりしているそのマフラーは、王都のマルシェが解散になる前日の夜にリンドウがランチに渡したものだった。夜は冷え込むからと何の気なしに渡したものだったが、意外にもランチは気に入って愛用してくれている様子で、リンドウは面映ゆくなって目を逸らした。
「もっと、かわいいマフラーを使った方がいいんじゃないのか。その……それは元々俺が使っていたものだし、もっと女性に似合うようなデザインのものがあるだろう」
「これもかわいいよ、先っぽに付いてるボンボンとか。素朴なかわいさがリンドウって感じで好きだな……それとも、私には似合わないかな?」
こちらを伺うランチの視線を感じつつ、リンドウは視線を横に逸らしたまま首を横に振った。なんと言い表せばいいのかリンドウにはよく分からないが、女性が使うものにしては幾分太いマフラーを首に巻き付けたランチの姿は可愛らしかった。
だがそれを口に出す勇気がリンドウにはない。言おうと口を開いても、喉からはすかすかと空気が漏れるばかりで声にならない。心臓が早鐘を打って、平静な状態ではいられなくなる。
例えばフェンネルなら、こんな時はスマートに適切な言葉で女性を褒められるのだろう。今に限っては羨ましくて仕方がないが、どんなに願ったところでリンドウは不器用で奥手で、それをすぐに変えることはできない。
「似合っていないというわけではないんだ……ただ、その……」
「その、何?」
言い淀んだ言葉の先をランチに促され、リンドウは答えを何度か躊躇して言いかけてはやめ、やがて諦めて口を開いた。
「さっきも言ったが、もっとランチに似合うデザインのものがあると思うのだが……」
「うーん、そうかなぁ? 例えばどんなの?」
「例えば? ううむ……急に言われてもそうポンとは浮かばないが……」
眉根を寄せて考え込むと、横のランチがふふっと笑った。
「じゃあ、今度一緒に買いに行こう、それでリンドウが私のマフラーを選んで」
「俺でいいのか……?」
「うん、リンドウがかわいいと思ったやつがいいな。あっ、でも今してるこれもまだまだ使うからね?」
そう言いながらランチは首に巻いたマフラーを両手で押さえてみせる。新しいマフラーがあればもういらくなるのに何故だろう、そう思ったリンドウが首を傾げるとランチはリンドウを見て、ふふっとまた笑ってみせた。
「だってこれは、リンドウからのプレゼントだもの、すごく大事だし思い出もあるから」
「しかし、それは俺の使い古しだし、やはりプレゼントするならちゃんとしたものにしたい」
「ありがとう、でも、リンドウがこれを巻いてくれた時、私本当に嬉しかったの……このマフラーには、王都のマルシェの思い出が一杯詰まってる気がして、だからこのマフラーは、一生大事にしたいなって思ってて」
はにかんで目線を落とし、ゆっくりとランチは言葉を紡いだ。王都のマルシェで過ごした日々はリンドウにとっても宝となっている、掛け替えのないものだ。ランチがその思い出をそんなにも大切に思ってくれているということに胸が熱くなる。
過ぎ去った日々は二度と戻ってはこないけれども、心の中に確実に残されるものがある。何ということはない一日一日の積み重ねが、大切なものを胸に残していく。ランチや仲間と過ごす日々は、リンドウにとってはきらきらとした宝石箱のように思えた。
「もしそのマフラーがだめになっても、俺がまた新しいものを編もう。その時までにはもう少し上手に編めるようになっておく」
「ほんと? ありがとう、リンドウ!」
雪景色の中に大輪の花が咲いたような、そんなランチの笑顔がリンドウの目線を釘付けにしてしまう。また一つ約束が増えていく事がどことなく嬉しくて、リンドウは穏やかに笑んで頷いた。
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