ワンドロ23 かじかむ

 ルエラニの広場に停めたキッチンカーで、リンドウは店頭に出す追加の和菓子を用意していた。キキョウが恐らく昼寝の為にどこかに行ってしまっているのはいつもの事なので元々当てにはしていない。今日は朝方の冷え込みが厳しくて昼になっても気温が上がらず、温かいものや辛いものがよく出ている。粗方作業が終わるタイミングで、小走りのランチがキッチンカーへと近付いてくるのが見えた。
「リンドウ、追加分出来た?」
「ああ、今しがた終わったところだ。今運んでいく」
 キッチンカーの中を覗き込んだランチはしきりに手を擦り合わせ、息を吹きかけていた。ルエラニの寒さをよく知っているリンドウでも今日の冷え込みは厳しいと思うのだから、温暖な世界樹の国で生まれ育ったランチにとってはたまらない寒さだろう。
「時間があるようなら、火鉢に火が入っているから少し温まっていくといい」
 声をかけるとランチはほっとしたようにぱっと笑顔になった。
「じゃあ、お言葉に甘えて、お邪魔します」
 ランチがキッチンカーの中に入ってくる間に、火鉢の網の上に置いていた鉄瓶から急須に湯を注いで、茶を淹れて火鉢の側に屈み込んだランチに手渡した。
「ありがとうリンドウ、あったかーい……ね、リンドウも一緒にちょっとだけ休まない? 追加分は一緒に運ぶから」
「店の在庫は大丈夫なのか?」
「念の為に早めに準備してもらったからあと少しは大丈夫だと思うよ」
「そうか、それなら少し休憩にするか」
 それからしばらく二人は向かい合って特に会話もなく火鉢の側で暖を取った。時折、ランチが茶を啜る音が微かに聞こえるだけで、雑踏の音も今日は遠かった。
「なんか、ルエラニってすごく静かだよね。雪が降ると特に音がなくなっちゃう感じがして、どうしてなんだろうなってちょっと不思議だな」
「ルエラニでも工場の辺りはいつも騒がしいが、そうだな、言われてみれば住宅地辺りで夜に雪が降ると本当に何も音がしないような感じがするな。当たり前の事だったから考えたこともなかったが……」
「そういう環境で育つとリンドウみたいに落ち着いた感じに育つのかな?」
「それは人によると思うぞ。いつも賑やかで祭り好きの奴も多いしな」
 へぇ、と相槌を打ってランチはじっとリンドウの目を見つめた。まっすぐなランチの視線を受け止めるのがリンドウはあまり得意ではなかった。くりっとした青い目を正面から見ていると、顔が熱くなって段々頭の中が白くなっていき訳が分からなくなっていく。
「リンドウはお祭り好きなの? ルエラニってどんなお祭りがあるの?」
「俺は……あまり祭りだからと騒ぐのが得意ではないんだが……春になると大きな祭りがあって、この広場が歩く場所もないほど人でごった返してみんなで春が来たことを祝うんだ」
「へぇ、見てみたい! ねえ、春にまたここに来たら私リンドウにお祭り案内してもらいたいな!」
 いいことを思いついた、と読み取れるような上機嫌な顔でランチが笑う。
「えっ……そ、それは……二人で……という事か?」
「うーん、みんなで行くのも楽しそうだけどできればリンドウと二人がいいな。大人数だとはぐれないようにするの大変でしょ? だから二三人に分かれて見た方がいいかなって」
「そ……そうか、そうだな」
 ランチが自分と二人で見たいと言った事に他意はないのだと分かり、ほっとしたような残念なような複雑な気持ちを覚えてリンドウは俯き火鉢の中で燃える燠火を見つめた。もしランチが特別な意味で二人でと言ったとしてもそれを受け止められるような度量は今の自分にはない。軽い気持ちでとりあえず先の事はこれから考えればいい、と思えるような融通の利かなさは自覚しているもののどうしようもなかった。
「リンドウならお祭りの見どころとか一杯知ってるだろうし独り占めするのみんなに悪いかなぁってちょっと思うけど……でも、たまには独り占めしたいななんて思っちゃって……あれ、何言ってるんだろ私。ごめん、今の忘れて……?」
 口が滑ったことを恥ずかしがって頬を染めて俯いたランチを、顔を上げたリンドウは名状しがたい思いで見つめた。
 今、ランチは何と言った? 自分を、独り占めしたいと……?
 反芻すると言われた側のリンドウも照れ臭さの余りに顔が一気に熱くなるのを感じ再び俯いてしまう。
「ランチ……その…………俺は、お前さえ良ければ……いつでも、独り占めしてくれても……」
「その場合兄弟子としちゃあ空気読んでどっか行ってた方がいいかねぇ?」
 突然その場にいない筈の人間の声がしてランチとリンドウは同時にばっと顔を上げた。入り口の辺りで二人をにやにやとした顔で眺めるキキョウが立っていた。
「あっ……あ、あ、兄弟子っ!!??? あ、その、えっ、いつから……」
「雪が降ると音がしなくなる話くらいからか?」
「最初からではないですか! なんで声をかけてくれないんですか!」
「お邪魔かと思ってよ、これでも空気読んでたんだぜ」
 じゃあ後は若い二人で、とからかうような口調で言い残してキキョウはまたどこかへ去っていく。後に残されたのは呆然としたランチと完全に固まってしまったリンドウだった。

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