ワンドロ29 お茶会

 今日も昼休憩の間女子たちが集まりテーブルを囲んでお茶会と称しておしゃべりを繰り広げる集まりをしていた。それを横目で眺めていたブーケガルニは、不思議そうに首を傾げた。
「女たちってなんかいっつもお茶会してる気がするけどよ、そんなに楽しいのか?」
「女の子にとっておしゃべりは日々欠かせない養分みたいなものさ。例えば……そうだなぁ、ブーケガルニにとっての冒険みたいな?」
 食後のお茶を飲みながらブーケガルニの疑問に答えたフェンネルの言葉を聞いても、尚ブーケガルニの疑問は消えないようだった。眉根を寄せ、首を傾げて考え込む。
「そう言われたらなんか分かるような気もするけどよ、イマイチぴんとこねーなぁ……あっそうだ!」
 突然高い声で叫ぶとブーケガルニは立ち上がった。周囲の視線が一斉にブーケガルニに集まる。
「やってみたら分かるんじゃねぇか? 気持ちがさ!」
「……やってみるって、何を?」
「お茶会だよお茶会! 男子会ってやつだ!」
 ブーケガルニの答えにフェンネルは何を言っているのかこいつはと顔に書いてある文字が読み取れそうな表情をし、他の男連中はぽかんと呆気にとられた。
「ちょっと……それ、やる前からやらない方がいいって分かってると思うんだけど」
「そんな事ねぇよ! 何事もやってみねぇと分かんねぇだろ~? やろうぜお茶会!」
 こうしてブーケガルニの強引な仕切りで男子会の日取りが決まっていく。男だけで集まって茶を飲んで何か楽しいのだろうかと疑問を胸に抱きながらも積極的に反対できる論拠のない他の面々は最高の名案を思いついたとすっかりご機嫌のブーケガルニに対して強く出る事も出来ずに全員参加が決まったのだった。

 お茶会の当日、事情を知った女子達がその間の仕事を分担してくれる事になり、テーブルがセッティングされフェンネルとリンドウが用意した菓子が並ぶ。人数分のお茶を淹れればお茶会の始まりだ。
「……で、何を話すんだよ」
 団子を口に入れ噛みながらキキョウが疑問を口にしたが、答えられる者は誰もいない。女子たちの気持ちを知りたいのならば話題も女子たちが話しているようなものに合わせるべきだろうが、誰一人として興味を持ってその内容を知ろうとした者はいないから、誰にも分からない。
「うーん……ま、いつも通り喋りゃいいんじゃねーか? なあディル」
「えっ……あっ……はい、そうですね……」
「じゃあ何か最近あった面白い話とかしてくれよ!」
「ええっ!?」
 無茶振りにも程があるブーケガルニの要求にディルは困惑し、話題を必死に頭の中で探しているが見つからない様子だった。ついには頭を抱え俯いてしまう。
「こんな開けた場所じゃなかったら、女の子たちがいると話せないような事も話せたんだけどね……さすがにここは開放的すぎるでしょ」
 両肘をテーブルに着いたフェンネルが溜息をつく。確かにテーブルを置いているのは広場の一角で、周囲には普通に人通りもある。あまり人に話すのが憚られるような内容の話は出来ないだろう。目の前の菓子を食べ尽くしたキキョウはテーブルに突っ伏して寝始めてしまっている。
「うーん……女どもはいっつもどうしてんだろうな……やっぱり女はよく分かんねーぜ……」
 苦虫を噛み潰したような顔のブーケガルニの独白に答える者も最早いなかった。沈黙の中茶を啜る音が時々響く時間がしばらく過ぎた。
「あっ、オレガノ、ぼくそういえばオレガノの魔法がちょっと見てみたいっす!」
「えっ、魔法……? いいけど、どんなの?」
「なんかピカーってして、ドカーンでズドーンなやつとかないっすか!?」
 バジルの指定はあまりにも擬音が多すぎて具体性に欠けるため、頼まれたオレガノも対応に苦慮している様子だった。しかし、それを見てブーケガルニはまた何かを思いついたのかぱっと表情を明るくし二人を指さした。
「それだーっ!」
「……君、また何か変な事考えてない?」
「変じゃねぇよ! 話題がなければ作ればいーんだよ! 皆一人ずつ得意技を披露しようぜ!」
「…………は?」
 さも名案であるかのようにブーケガルニは提案したが、フェンネルの腹の底から出したような声には明らかに怒りが含まれている。二人を見比べてディルやリンドウはただオロオロするばかりだった。
「君それ、最早お茶会じゃなくて隠し芸大会でしょ」
「女子には女子に合ったお茶会のやり方があるように、俺たちは俺たちなりのお茶会を探せばいーんだよ!」
「だからって……特技?」
「何だよー、話のタネになるだろー?」
 言いながらブーケガルニは立ち上がった。最早お茶会の雰囲気はどこにもないが、ブーケガルニの言葉を借りるならばこれが彼なりのお茶会なのだろう。
「じゃあまずは俺様から特技を披露するぜ、ズバリ! 俺様の歌声に酔いしれろ!」
 そう宣言するとブーケガルニはアカペラで歌い始めた。ブーケガルニは確かに歌が上手い。それは分かる。だがそれを披露するのは今でなくてもいい筈だ。道行く人々も朗々と響き渡るブーケガルニの歌声に何事かと歩みを止め、近くに座っているマルシェの面々は(眠りっぱなしのキキョウ以外は)言い知れぬ居たたまれなさに俯くしかなかった。
 やがて歌が終わり、ギャラリーの歓声がブーケガルニを包んで、パフォーマンスか何かかと思われたのか小銭があちこちから投げ込まれてくる。満足気な笑顔でブーケガルニは小銭を拾い集めると席に戻り、満面の笑顔で他の面々を見渡した。
「どうだった俺様の歌は!」
「……あのさ、君が歌が上手いのは知ってるよ。今の歌も素晴らしかったと思うよ。でもそれ以上にここから消えてなくなりたかった……」
「えーっ!? なんでだよ!」
 ぐったりしたフェンネルの言葉にブーケガルニは納得できない様子でブーイングを飛ばしたが、それに反論する気力ももうフェンネルにはない。
「じゃあ次はえーっと……リンドウな!」
「えっ、お、俺!? 突然そんな事を言われても……俺にはそんな人に見せられる特技など……」
 突然ブーケガルニから指名されたリンドウは困り果てた様子で慌てるが、隣のキキョウがむくりとテーブルから顔を上げ、何か面白い事を思いついたような笑顔でリンドウを見た。
「お前、踊れ」
「えっ、ええっ! どうしてそうなるんですか兄弟子! というか寝ていたのでは!」
「お前が踊ってる間は起きててやるよ。面白ぇからな」
「あれはとても特技と呼べるようなものでは……人に披露などできません!」
「あぁ? お前オレの言いつけが守れねぇのか? 御託はいいからとっとと踊れ!」
 キキョウの行儀の悪い足に椅子を蹴られ、進退極まった様子で渋々リンドウは立ち上がった。先程ブーケガルニの歌を聞いていた聴衆にもまだその場に残っている者がいて、次はどんな素晴らしい芸が披露されるのかと固唾を飲んで見守っている。
 こんな大勢の前で自分の酷い踊りを披露したくはないがそれでは(他は納得しても)キキョウが納得しないだろう。ぐっと息を飲み込んで前に向き直り、決死の表情でリンドウはがくっ、がくっと関節が軋んでいるかのような謎の踊りを踊り始めた。
「ひーっひっひっひっ、ひーっ……何度見ても笑えんぜ! いいぞもっとやれ!」
 腹を抱えて大爆笑しているキキョウの他はその斬新な踊りを見て呆気にとられ、ギャラリーは一人去り二人去り、リンドウが席に戻る頃には全て消えていた。
「だ……だから、嫌だったんです……!」
「あー、いいもん見られたぜ。さて寝るか」
 キキョウは再びテーブルに突っ伏してしまい恥ずかしさのあまりリンドウは顔を手で覆って俯いてしまったが、リンドウにかける言葉はすぐには出てこなかった。
「……リンドウさんが蓄音機で踊らないの、理由が分かった気がする」
 オレガノが隣のバジルにだけ聞こえるよう小声で呟く。何を言ったらいいのか迷う面々の中で、ブーケガルニだけは何故か明るい表情だった。
「今の踊りかっこよかったなー! イカしてたぜ!」
「いい……ブーケガルニ、そんな慰めは余計にみじめになるだけだ……」
「俺様は正直者だぜー? リンドウにあんな才能があるとは知らなかったぜ! バンドの時も指揮者じゃなくてバックダンサーの方が良かったかもな!」
 一人で楽しげに笑うブーケガルニをよそに、他の面々は何とも言えない沈痛な表情を浮かべ、最早茶を飲むこともお菓子を口にすることも忘れていた。次は誰に指名が来るか分からないのだ。

 結局その後指名されたフェンネルが特技の披露を断固として拒否している間に休憩時間が終わり、初の男子会はお開きとなった。だが結局ブーケガルニはお茶会が楽しい女子の気持ちを理解できぬまま終わってしまい、またやろうぜという呼びかけに頷く者も一人もいなかったという。

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