ワンドロ31 バンド

「なぁなぁフェンネル!」
 何かを思いついたのか目を輝かせわくわくした表情のブーケガルニに呼ばれ、フェンネルは嫌な予感を隠しきれずに微かに眉を顰めた。ブーケガルニがこういう顔をしている時は大抵碌でもない事を考えている時だ。そしてその思いつきは大抵の場合フェンネルやリンドウを巻き込んで実行される。
「……何?」
 声をかけられたのだから一応聞き返しておかなければ失礼かと思い聞いてみるが、声に警戒心が乗りすぎてしまっている。だがブーケガルニはそんな事など全く意に介する様子はなく、にっかりといい笑顔を見せた。
「バンドやろうぜ!」
「……は?」
 言われた言葉に何を言っているのかと思ってしまったのがありありと声音に現れてしまうが、それでもブーケガルニは全く気にする様子はなく言葉を続ける。
「マルシェも人数増えたろ? だからよ、楽器とかも増やして前よりバンドっぽくできると思うんだよな~!」
「君、確かランチに言われて音楽よりも料理で人の心を感動させるとか言ってなかったっけ?」
「それはそれ、これはこれだぜ~! バンドは趣味の活動としてやってくつもりだぜ!」
「はぁ……それで、なんで僕達が巻き込まれるの?」
「なぁなぁいいだろ~? 友達だろ俺達~?」
 唇を尖らせながら肩を組んでくるブーケガルニに対して、フェンネルは大きな溜息を一つ吐いた。リンドウもフェンネルも楽器が出来ない事は王都のマルシェの時で分かっているだろうに、また誘ってくるということはよほど一緒にやりたいのだろう。そしてそんなブーケガルニの天真爛漫さをどうにも無碍にしがたいと思ってしまう自分がフェンネルの中にいる。
「……まずは、ちゃんと楽器ができる人を探すところからだよ?」
「サンキューフェンネル! さっすが俺のマブダチだぜ~!」
 肩を組みつつ喜びの声を上げるブーケガルニに、そこまでの友達になったつもりはないのだけれどもと言うわけにもいかずフェンネルは苦笑を抑えるのでただ精一杯だった。そこからの流れで、楽器が出来る者がいないかどうかを二人で聞き回る事になった。
「楽器ですか……? わたしは心得がないですけど~……ネリネちゃんはどうですか?」
「わたしも楽器はちょっとなぁ。整備する方ならいけると思うけど」
 まずユーカリの所に聞きにいくが、二人とも楽器の心得は特にないという。答えた後でユーカリが首を捻る。
「でもどうしてそんな事を聞くんですか~?」
「王都のマルシェの頃俺様とフェンネルとリンドウでバンド組んだろ? またやりたいと思ってよ~!」
「まぁ~素敵ですね! ブーケガルニさんの歌はとってもお上手ですものね~! ライブの時は呼び込みしますから頑張ってくださいね~!」
「サンキューユーカリ!」
 ユーカリの(フェンネルにとってはいらぬ)応援を受けながら次はマジョラムとオレガノの元を訪ねる。
「楽器ねぇ……魔法で演奏するなら結構得意だけど、何で突然そんな事聞くの?」
 突然演奏できる楽器について聞かれたマジョラムはブーケガルニに話を振られた時のフェンネルと同様の気持ちなのだろう、非常に警戒している様子だった。
「それはモチロン! バンドすっからだよ! なぁなぁマジョラムも一緒にやろうぜ~!」
「あんたとなんか絶対やだ! オレガノも入れさせないからね!」
「ちぇ~マジョラムのケチ~、いいじゃねぇかよ~!」
「良くないわよ! 大体カスタネットと指揮者しかいないバンドやろうとしてた奴に誘われても全っ然嬉しくないし! それなら女の子だけでやるし!」
 拗ねるブーケガルニとけんもほろろの塩対応のマジョラムのテンポのいい言い合いを、オレガノはただ当惑しながら眺めている。彼も多分魔法での演奏は得意だろうけどこの分では誘うのは困難だろう。
 追い出されるようにして次はミツバとシオンの元を訪ねた。来歴に謎が多いシオンは分からないがミツバはお嬢様故各種習い事も嗜んでいるだろうから期待していいだろうと思っていたのだが。
「残念ですけどミツバはプロデューサー業に専念したいので……シオンちゃんは何か楽器できますか?」
「和太鼓でしたら少々心得がございます」
 指揮者とカスタネットと和太鼓。このままではリズム隊しかいないバンドになってしまう。
「おー和太鼓か~!! カムイで一遍見たけどよ、あれもカッコイイよな! なっフェンネル!」
 なっフェンネルと言われてもどう返していいものか分からず、とりあえず作り笑いでやり過ごす。
「でもミツバ、プロデューサーしながら楽器を担当してライブしてる人とかもいるじゃない? そういう方向を目指すのはどうかな?」
 恐らくミツバに断られたらメロディを奏でられる楽器の存在は絶望的になってしまう。この際バンドらしくない楽器でもいい。一縷の望みを賭けてフェンネルは話を振ってみるが、ミツバはゆっくりと静かに首を横に振った。
「いい音を生み出しアーティストを輝かせる……それがプロデューサーの使命なので。ミツバは両立できないと思います」
「そ、そう……」
 どうやらミツバには音楽に関してフェンネルには伺い知れない強いこだわりがあるらしい。内心がっくりと肩を落としながら、まるで堪えていない様子のブーケガルニの後に着いてディルとチューベローズの元を訪れる。
「楽器ですか……? すいません、心得がなくて」
「ホッホ、風流など解さぬこいつにできるのは遠吠えぐらいじゃろうて」
「あっ、それはひどくないですかチューベローズ様! チューベローズ様だって楽器など出来ないでしょう!」
「ワシは魔法で自由自在に演奏できるわい」
 チューベローズのその言葉に、フェンネルの心の中で一筋の光が生まれる。これでようやくリズム隊ではない、メロディを奏でられる楽器が参加してくれるのではないかという希望が見えてくる。だが。
「ダメです。魔法で楽器を演奏する梟なんて噂になって万一追手に知られたらどうするんですか」
 続いたディルの一言でその儚い希望は脆くも打ち砕かれた。
「なんじゃと~! 追手などいくらでも追い払ってやるわい! その代わり賄いは増量してもらうぞ~♪」
「ダメと言ったらダメです! 皆さんに迷惑がかかります!」
「……うーん、確かにディルや俺様はともかく他の奴に迷惑かけちまうのは良くないかもなぁ」
 ブーケガルニが諦めたためブチブチとディルに文句を言い続けるチューベローズを置いて、リンドウとキキョウの元へ向かう。楽器など習える経済状況の生まれではないバジルには何も期待できないし、最早望みはほとんどない。リンドウは楽器が出来ない事は分かっているし、キキョウが趣味のバンドなどというものに参加するとはとても思えない。
「俺は出来ないのは知っていると思うが……兄弟子は確か三線の心得がおありでは?」
「あ? まあ嗜む程度にはな」
「おっほんとかキキョウ! じゃあさ、バンドやろうぜ!」
 まさかのまさか、ここでメロディを奏でられる楽器が登場するとはフェンネルも思っていなかった。問題はキキョウがその気になってくれるかどうかだが、いっそはっきりと断ってくれた方がブーケガルニも諦めがつくだろう。いつものように面倒臭がってくれればそれでいい、祈る気持ちでフェンネルはキキョウの返答を待った。
「三線でバンドってどういうことだよ……他の楽器は何だ」
「カスタネットと指揮者と和太鼓だ! で俺様がボーカル!」
「指揮者は楽器じゃねぇしバンドにゃいらねぇだろそれ……まあいいぜ、たまにゃあ演奏しねぇと腕がなまるからな」
 どういう訳かあっさりとキキョウは了承して、バンドが成立してしまった。いらないと言われたリンドウは地味にショックを受けているらしく項垂れている。ブーケガルニの要望が達成されたのは喜ばしいのだがこれから先の事を考えてフェンネルも暗澹たる気持ちで項垂れた。

 こうして生まれた趣味のバンド(FeaturingミツバP)はマルシェ終了後に時折ライブを行ったが和の要素を取り入れた斬新さが受けたのか概ね好評で、話を振られなかったランチとバジルは少しだけ拗ねてしまったという。

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