三度目の正直(R18/キキョラン)

 まんぷくマルシェがゴーマン商事とのファン争奪バトルで勝利を収め三ヶ月ほどが経過していた。王宮の一室で書類仕事をこなしながら、ランチの思考は目の前の書類ではなく他の事で占められていた。
 苦楽を共にしたマルシェの皆との別れの夜、今でも思い出すだけで恥ずかしさに顔が上げられなくなり顔が熱くなるが、ランチはキキョウに自分の想いを告げた。
 口が悪くて態度が大きくて暇があれば昼寝をして仕事をサボってやる気がなくて、でもそんなキキョウの触れれば壊れてしまいそうなほど繊細で優しい内面を少しずつ知って、少しずつ心を開いてくれたキキョウの照れ隠しのような憎まれ口を受け取って、この人を放ってはおけないと思い始めて、気付けばすっかり心の内を占領されていた。
 キキョウが自分のような色気のない女に興味がないであろう事は分かっていたけれども、もう会えなくなってしまうと思うと恥も外聞もなくなってしまって、ないに等しい可能性に賭けてみたくなっていた。
 私キキョウさんの事が好きなんです。そう告げると、キキョウは驚いたのか目を丸くしてランチを見つめ、数瞬後にいつもの気怠げな眼に戻ると右の口の端を吊り上げ笑った。
「お前、オレの女になるってんならそれなりの覚悟はできてんだろうな」
 その返事にランチは咄嗟に返答を返せずきょとんとした顔をしてしまった。お前みたいな小便臭いガキ、くらいの事は言われるだろうと腹を括って来たというのに予想外の答えが返ってきて頭の中が真っ白になってしまった。その様子を見てキキョウは怪訝そうに眉を顰めた。
「んだよ、なるのかならねぇのかどっちなんだよ」
「……えっ、いやあの、気持ちを伝えておきたかっただけっていうか……その、まさかオーケーが出るとは思ってなくて……」
「来るものは拒まねぇんだよオレは。んで、どうすんだ?」
 余裕綽々といった様子でにやついたキキョウを前に、ランチの中には妙な逡巡が生まれてしまっていた。こんなすんなり受け入れられてしまっていいのだろうかという理由の分からない不安がどんどん湧き上がってくる。しかしやっぱりやめますなどとここで言うのも妙な話だし望んだ結果でもない。もう一度腹を括り直しランチは口を開いた。
「あのっ……キキョウさんがいいなら……お付き合い、したいです」
「いいぜ、じゃあお前は今からオレの女だ」
 そう言うとキキョウは歩み寄ってきてランチの顎に手をかけ上向かせ、そっと唇を塞いだ。何をされたのか理解するのに少しの時間を要し、理解すればしたで今度は頭に血が上り顔がかぁっと熱くなる。角度を変え幾度か柔らかく唇を合わせると、顔を離して何事もなかったかのような涼しい顔をキキョウはしてみせた。
「き……ききっ……なっ、いきなりっ!」
「これくらい挨拶みたいなもんだろ、これでもお前はどうせ経験もねぇんじゃねぇかと思って控えめにしてやったんだぜ? 感謝しとけよ」
 耳まで真っ赤になったランチの叫びも馬耳東風といった趣でキキョウは嘯いた。
「それとも、こういう事はしたくねぇのか?」
「それはその……なんていうか……もっと順序ってものがあるじゃないですか!」
「だから最初に聞いたろうが、オレの女になるってんならまずそれなりの覚悟しとけよ。まぁ他の奴らに見られでもしたらお前が気まずいだろうから今日はもう何もしやしねぇよ。だがな」
 最初に聞かれたのは確かだったがそういう意味だとは思わなかった、というかその質問自体が頭から抜け落ちていた。この場合はキキョウの言う事の方が正しい、言い返す言葉はランチにはなかった。
「いいか、次会う時までにゃちゃんと覚悟固めとけよ。お前がオレの女ってんならそれなりの事はさせてもらうからな」
 その言葉にランチは渋々ながらも頷いた。こういった経験のないランチ相手でも順番などすっ飛ばしてしまうようなこういう人を好きになってしまったのは他ならぬランチなのだし、出来る限り希望に沿いたい、いずれはそういう関係になるのだしそれが少し早まるだけなのだ、そう思った。

 思ったのだが。キキョウと次に会ったのは一ヶ月ほど経った後のカムイでキキョウが逗留している宿だった。和菓子のコンテストがあるらしく連絡を貰ったランチは休暇を取ってカムイに向かった。手回し良くキキョウは二人部屋をとっていて、しかしながら布団は一つだった。未知の体験に対する緊張に強張ったランチの身体を緩めるようにキキョウは想像していたよりずっと優しくランチに触れてきた。頬を包んで優しい口付けを幾度も繰り返し、緩く開いたランチの唇を舌先で湿らせて、浅い息を吐くランチの目を見つめる。
「かわいい顔すんじゃねぇか」
「そんなに見たら、恥ずかしい、です……」
 目を合わせていられなくなって視線を逸らせたランチを見てキキョウはくっと息を吐いて笑った。
「そういう反応もなかなかそそるぜ」
 低く甘い声で囁くとキキョウはランチの頬にそっと口付け、そのまま頬を辿って耳を唇で撫ぜ、首筋へと降りていく。産毛をそっと撫でるような優しい触れ方がくすぐったいようでどこか甘い感覚を触れられた場所にもたらす。
 ぴくりと肩が跳ね、鼻から短い声が漏れてしまう。気付かぬ内にいつしかベストとシャツのボタンは外されていて前がくつろげられていた。
「ちょ、ちょっと……キキョウさんっ……!」
「んだよ」
「あの、その……見られるの、恥ずかしい……です」
 腕で胸の辺りを覆い隠し、ぎゅっと目を瞑ってどうにかそれだけをランチは口にした。頭上からキキョウが深く息を吐く音がする。
「わーったよ。別に無理矢理しようってわけじゃねぇから安心しな。早くボタンかけろ」
 特に不機嫌さも滲ませない普通の声色でキキョウはそう告げてふいと後ろを向いた。その気配を感じてランチはようやく身体を起こし外されたボタンをかけ直した。
「あの……私、ごめんなさい、ちゃんと覚悟してきたつもりだったんですけど……」
 服のボタンはかけたというのに気恥ずかしさが抜けなくて肩を抱いて胸の辺りを隠しながら俯いてランチが詫びると、キキョウはランチの方に向き直った。
「そういう手のかかる女も嫌いじゃねぇよ、ゆっくり身体を開いてやる楽しみがあるからな」
「かっ……からっ……ひら……!」
 言われたあけすけな言葉にランチが顔を真赤にして目を白黒させていると、すっとキキョウが立ち上がる。
「風呂入って寝るぞ」
「えっ、あの……お風呂……?」
「まさかなんか変な想像でもしてんのか? 期待させちまったなら悪ぃが混浴じゃねぇぜ」
「期待なんてしません! もうっ!」
 半ば自棄気味に大声で反論したランチの様子を見てキキョウはさもおかしそうにくっくと笑いを漏らし、先に行ってるぜと言い残して部屋を出ていった。ランチも着替えを用意して宿の浴場へ向かい広々とした風呂を楽しんだ。だが湯船に浸かってぼんやりしていると浮かんでくるのは先程の光景で、頭が茹だってのぼせそうになる。
 触られるのに嫌悪感を覚えるというようなことはない。それどころか逆に触れられた所が甘く火照ってしまう感覚が今まで未知のものだったので、どうしていいか分からずに戸惑ってしまっていた。自分の身体が何か知らないものに変わっていってしまうようで空恐ろしさが勝ってしまって、固めてきた筈の覚悟は脆くも崩れ去ってしまった。
 口ではあんな事言ってたけどキキョウさんはやっぱり私みたいな子供っぽい女のこと、面倒臭いと思ってないかな。嫌になってないかな。
 不安で胸が一杯になりながら部屋に戻ると、キキョウは寝酒なのか徳利からお猪口に酒を注いでいるところだった。
「お前も一杯やるか?」
「お酒、あんまり強くなくて……」
「寝る前の一杯にと思って飲んでるだけだ、そんな飲ませやしねぇよ。一口くらい付き合えよ、おら」
 機嫌を害した様子もなくキキョウは手のついていなかったもう一つのお猪口に酒を注ぎ差し出してきた。ランチは酒器を乗せた膳を挟んでキキョウの向かいに座り、差し出されたお猪口を受け取った。
 やや躊躇いながらおずおずとお猪口を口に運び口を湿らせるほどの量を流し込む。想像していた酒の味とは違い、果実のような甘く爽やかな芳香と微かな甘味のある水のような飲み口の酒だった。
「おいしい……」
「だろ? ま、飲みやすいとはいってもそれなりに強ぇ酒だからそれだけにしときな」
 笑顔になったランチを見てキキョウは満足気に笑うとお猪口の中身をぐいと呷った。顎が上がって首筋のラインと喉仏が顕わになり、そんな様子に思わず胸がどきりとしてしまう。頬が暑くなったのを誤魔化すようにランチは俯いてお猪口の中の酒を飲み干した。
 仲居が膳を下げた後で灯りを落とし、一組しか敷かれていない布団に二人で入った。何もしないとはいってもこうして密着しているだけでランチの胸は早鐘を打つように高鳴ってしまうし、風呂上がりのキキョウの香りの立ち込める布団でどう眠りに就けばいいのか分からなかった。
「起きてるか」
「……はい」
「嫌なことはしねぇって言ったけどよ、口付けするくらいなら構わねぇか?」
 灯りのない部屋では暗くてキキョウの表情は分からなかったが、穏やかで優しい声色だった。頬を掌でそっと包まれて、寝酒の酔いのせいばかりではない頬の熱さを知られてしまうことに羞恥が募る。少しの躊躇の後、ランチは無言のままそっと頷いた。
 キキョウの顔が近付いてくる気配がして、そっと柔らかく唇が合わさる。合わされては離れてまた近づき、角度を変え幾度も短い口付けが繰り返される。感じる薄い唇の柔らかく温かい感触が心地よくて、漏れる吐息に熱が混ざり始める。
「口、ちょっとだけ開けてみな」
 やや熱を帯びた声で囁かれ、言われた通りにランチは唇を僅かに開いた。キキョウの舌先に緩く開いた唇をなぞられ熱く湿った感触にぴくりと身体が震える。やがてぬるりと厚みのある舌が唇の隙間から口内に忍び入ってきて、ランチの舌先をくすぐったかと思えば歯茎の裏を優しくなぞり、全体を舐め回すように口蓋を横切って逃げ場のないランチの舌に纏わり付いてくる。
「んっ……ん」
 鼻から漏れたのは自分でも驚いてしまうような高く甘い声音だった。口内への柔らかな刺激は甘く痺れるような感覚を生み出して、身体の奥、下腹部の辺りに未知のもどかしさが走る。
 ゆっくりとランチの口内を堪能すると、満足したのかキキョウは口を離しランチの唇を指先で拭った。
「続きはまた次な。まあでもいきなりってのは無理なのはよく分かったからよ、お前の言う順序とやらを踏もうじゃねぇか」
「……そうしてくれると、助かります」
「どうもオレぁそういう順序ってのに疎くてね。お前はどうしてぇんだ?」
「次会う時は、どこかに二人で出掛けませんか。そうだなぁ……食べ歩きとか」
「お前の頭の中は相変わらず食いもんの事しかねぇのかよ」
 くすりと息を漏らしてキキョウが笑った気配がした。
「食べ物の事はもちろんいつも考えてますけど……でも今は、キキョウさんの事でいっぱいです」
「そうかよ。じゃあ次はもう少し長めに休み取ってきな、どこでも付き合ってやるよ」
 言うだけ言うとキキョウはランチの返事を待たず、ランチの首に腕を回し抱き寄せた。ただでさえあんなキスをされた後なのにこんなに密着されてはランチは動揺と混乱があまりにも強すぎて眠気など吹き飛んでしまっていたが、しばらくすると側のキキョウからは規則正しい寝息が漏れ聞こえてきた。確かにキキョウにとってはこの程度のキスなど挨拶代わりのようなものなのかもしれない、とんでもない人を好きになってしまったのかもしれないと思ったけれども、不思議と後悔はランチの中には沸き起こらなかった。

 次に会ったのはまた一ヶ月ほど後のこと、今度はオルナイでキキョウは屋台を借り和菓子を出して小銭を稼いでいた。次に開催されるコンテストまでの繋ぎらしい。約束通りにランチは少し長めの休暇を取り、キキョウは屋台の営業を休んで街歩きに付き合ってくれた。
 朝方オルナイに着いたランチがキキョウと合流して食べ歩きの為に作った店のリストのメモを片手に歩き出そうとすると、キキョウは腕を差し出してきた。
「お前よくフラフラ歩き回ってどっかいなくなるっつってたな、はぐれちまうといけねぇだろ、腕組んどけ」
「あっ……はい」
 内心どきどきと鼓動のうるさい心臓の音が漏れ聞こえはしないかと意味もない心配をしながらキキョウの腕に腕を絡める。その様子を見届けるとキキョウは前に向き直って歩き出した。はぐれると厄介なのは本当は方向音痴のキキョウさんの方なのに、そう思うと少しおかしくもあったけれども手を繋いだ時よりもずっと密着した隣の身体の存在感に胸の高鳴りが止まない。すらりと見えるキキョウの腕は触ってみると男らしい筋肉の硬さと太さを感じて、細く見えていたのは手足が長いからなのだという事が分かる。腕を組むカップルなどそう珍しくもないからすれ違う人々は誰も気に留めたりはしないのに、気恥ずかしさからなんとはなしに顔を上げられずランチは俯き加減で足を前に踏み出す。
 一日に両手では足りないほどの店を回り料理を食べ歩くランチを呆れ気味に微笑んで見て、よくそんなに食えるなとか太っちまうぞとか他愛のない軽口をキキョウが叩く。それを聞いてランチは料理の美味しさからだけではなく満面の笑みを浮かべた。
「そんなに笑うほどうめぇのか」
「それもありますけど、なんか嬉しくなっちゃって」
「何がだよ」
「ふふ、秘密です」
 向かいの席に座り怪訝そうに目を眇めたキキョウは変な奴だなと呟いてコーヒーを一口飲んだ。何だかんだでキキョウも入った店ではデザートの類を注文し飾り付けや味を研究しているようだった。気乗りしない様子だった割には勉強熱心な辺りがいかにもキキョウらしくて、ランチはまた嬉しさを料理と一緒に噛みしめる。
 夕刻になりすっかりくちくなった胃袋と不思議と心地いい疲労感と共に宿へと向かう。宿への道では腕を組む事への緊張もすっかり和らいで、身体の左側に感じる温もりが心地よくなっていた。まんぷくマルシェで世界中を回っていた頃はあんなに面倒臭がって文句たらたらだったランチとの街歩きに文句一つ言わず付き合ってくれた事や傍らに感じる温もりに、はっきりと口には出さないキキョウの想いが詰まっているような気がして嬉しくなってランチは我知らず微笑んでいた。
 だがやはりベッドが一つだけの部屋に入って二人きりになってしまえばこれから先起こる事を想像せざるをえずどうしても緊張してしまう。椅子に座って腿の上に握った手を置き俯き加減に何を言うこともできなくなり黙り込んでしまう。
「晩飯はいらねぇな、もう入る気がしねぇ。お前風呂はどうすんだ?」
「えっ、あの……はい…………入ってきます」
 キキョウの言葉を渡りに船とばかりにランチは立ち上がり荷物から着替えを出すと部屋を出た。扉を閉めた瞬間ついほぅと溜息が漏れてしまう。この先の事を考えてしまうとどうしても居たたまれなさに苛まれてしまって、まともに顔を上げられない。
 嫌がる事はしないとキキョウは言ったし、事実前回はその通りランチが嫌がったらそれ以上の事をしようとはしなかった。その優しさは嬉しかったけれども、出来ればその優しさに応えてキキョウの望み通り受け入れたいという気持ちも強かった。今日こそは、決意を新たに固めてランチは共同浴場へ向けて足を踏み出した。
 浴場で身体を洗う間も、タオルを当てた場所にこれからここがキキョウに触れられるのかと想像が止まずどうにも落ち着かない。頭の中を埋め尽くす妄想を振り払おうと頭から湯桶に溜めた湯を被るがそんな事で気持ちが落ち着く筈もなかった。結局落ち着かないまま入浴を済ませ、足取り重く部屋へと戻る。ドアを開けると、キキョウも風呂に入ってきたのだろう着流し姿で椅子に座り、頭の上で髪を纏めていた紐を解いているところだった。普段は見えない項のラインや火照って僅かに赤みがかった眦の様子はやたらに艶かしく、普通は逆なんじゃと思いつつもどきりと心臓が跳ねるのをランチは止められなかった。
「……何突っ立ってんだ?」
「あっ、あのっ、あはは……何でもないです」
 誤魔化すように硬い笑いを浮かべてランチはキキョウの向かいの椅子に腰掛けた。肩にかけたタオルでまだ湿っている毛先を拭うがどうにも落ち着かない。髪を後ろで束ねていないキキョウの癖っ毛は四方に広がっている。髪を束ねていないキキョウの姿は初めて見るもので、他人はそう簡単に見られないであろうものを目にしているという一種の優越感のような気持ちを覚える。
 少しは特別だと思ってもらえてるのかな、私。それともキキョウさんこういう経験今まできっと一杯あっただろうし別に特別っていうわけじゃないのかな。
 思い当たると段々自信がなくなってきて、目線を伏せてテーブルの木目をじっと見つめ続けてしまう。はぁと長い息をキキョウが吐く音がした。
「……緊張してんのか?」
「それも、あるんですけど……」
「何か他にあんのか」
 キキョウの問い掛けにランチは続く言葉を口ごもり、しばらくしてようやくゆっくりと口を開いた。
「キキョウさんはその、こういう経験一杯あるんですよね……」
「ああ、まあ、それなりにはな」
「なんだか私だけ浮かれちゃってるのかなって思って……キキョウさんにとってはこんなの別に普通なのかなって」
「何だそりゃ、あのなぁお前……」
 あからさまに顔を顰めてキキョウは長い溜息をついた。何を言われるのか予想がつかず、もしこんなつまらない事を言う自分に呆れて見捨てられたならどうしようとランチの胸を不安が過る。
「そこら辺の一回寝れりゃそれでいい女なら一日中食べ歩きなんざ付き合わねぇし嫌がろうがそんなもん構わずヤッちまわぁ。お前全然分かってねぇな」
「……すいません」
 キキョウの声は不機嫌そうだったが、それは不用意な不安を抱いてしまった自分のせいだ。恐縮しきって肩を縮こませるとキキョウはふっと口の片端を上げて笑んだ。
「それでもいいって思っちまうのは惚れた弱みってやつかね……」
 口の中だけでぼそぼそと呟かれた言葉はランチにははっきりと届かず、何を言ったのかと首を傾げるとなんでもねぇよと返された。
「ふぅん……」
「……なんですか」
「なかなかかわいい所もあるんじゃねぇかと思ってな」
「なっ……! そっ、そういうの、やめてください! 恥ずかしいです……」
 真っ赤になってランチが目線を逸らすと、キキョウはさもおかしげにくっくと笑い声を漏らした。
「ところで今日はちゃんと覚悟してきたんだろうな?」
「は……はい…………多分」
「じゃあ試してみるか?」
 告げるとキキョウは椅子から立ち、ランチの横へと移動して手を取って立たせる。手を取ったままベッドの横まで移動するとランチの顎に手をかけ上向かせ、軽いキスを繰り返す。角度を変え時折舌先でランチの唇を湿らせながらパジャマの上着を滑らかな手慣れた動作で脱がせ、ブラジャーのホックも戸惑う様子もなく外してしまう。慣れてるんだな、と思う事に若干の胸の痛みは感じるし肌を晒す事に対する羞恥は消えたわけではないものの、キキョウをもっと感じたいと思う気持ちの方が今は大きく強かった。
 軽く肩を押される力に逆らわずベッドの上に横たわる。この人はきっと酷い事はしないだろうと信じることができる。体の上に乗り上げてきたキキョウに深く口付けられ温かな舌が唇の隙間から挿し入れられてそろりと歯列をなぞる。その間にキキョウの片手はランチの胸元に伸びて、掌に程よく収まる柔らかな膨らみをそっと包んで軽く揉んだ。
「んっ……んんっ」
「丁度いい大きさだな。でかいのも悪くねぇがこれくらいが手に馴染んで好きだぜ」
「またそんなっ……恥ずかしい事、言って……」
「褒めてんじゃねぇか」
 ふっと薄く笑うとキキョウはまた深く唇を合わせてくる。深く舌を絡め取られてお互いの唾液が混じり合い、強弱を付けた不規則な動きで右の乳房が揉みしだかれる。二箇所から生まれる甘く走る電流のような刺激はランチの頭をぼうっとさせていくが、右手は安心させようとでもいうのかキキョウの左手に繋がれていた。心地良い重みと暖かさに包まれて、頭の芯が痺れて白く霞んで塗りつぶされていくような感覚に陥る。
 口内をたっぷり味わいつくされようやくキキョウの唇が離れる。粘度を増した唾液がつぅっと糸を引き切れて垂れ落ちた。鼻から小刻みにしかできなかった呼吸が口が開いたことで楽になり、ランチは弾む息を整えようと呼吸を繰り返した。
「かわいい顔してるぜ」
「だからっ……そんな、恥ずかしいこと、言わないでください……」
「もっと見てぇな、お前の乱れてる顔……」
 しっとりと熱を帯びたキキョウの囁きが耳に流れ込んできて、頬がかあっと熱くなる。首を振って目線を逸らすと、頬に口付けが落とされる。キキョウの唇は横に辿って短い口付けを繰り返していき、やがて耳に辿り着く。耳穴に熱い息がかかり、全身が総毛立つような快感と悪寒の紙一重の感覚が襲い来る。
「あっ……あ……」
 キキョウはランチの耳を舐め甘く食みながらずっと揉みしだき続けていた乳房から手を離し、刺激を与えられすっかり硬く形を持った乳首を摘まみ押し潰したり少し痛みを覚えるほど引っ張ったり弄び始めた。
「やっ、あ、ああっ……そんな、とこ……っ、恥ずかし……!」
「でも感じてんだろ? かわいい声出てるぜ?」
「やっ、は……あぁっ……」
 キキョウの言う通りランチの喉から漏れるのは本当に自分の声なのかと疑われるような高く甘ったるい声で、愛撫を受け続ける耳と乳首はじんと熱を帯びて刺激を受ける度に背筋を通り抜けて甘い痺れのようなものが下腹部を震わす。優しく触れてくるキキョウの手の温度は心地よくて、訳も分からぬ内にうっとりと陶酔してしまい甘やかな吐息が短い間隔で漏れていく。
 耳から首筋に降りたキキョウの舌はわざと音が立つようにしているのかじゅぷりと卑猥な水音を立ててランチの首筋を舐め上げる。たっぷりと首筋を舐め吸い甘く噛んだキキョウの口は鎖骨の窪みに辿り着いて形に沿わすように舌先が肌の上を這う。
「あっ、やだっ……は、あっ……」
「嫌じゃねぇだろ? 触ってもねぇのにこっちももう立ってるぜ」
 楽しげに言ってキキョウは今まで触れられていなかった左の乳首を舌を出しぺろりと舐めた。皮膚の薄い場所に感じる熱く湿った感触が予測できない快感を生み出して思わず腰が跳ね浮き上がってしまう。
「ああっ! だめ、です……そこっ」
「だめじゃねぇだろ、そんなよさそうな声出して」
 制止も虚しくキキョウは左の乳首を口に含み、舌先でころころと弄んだかと思えば甘く噛み強く吸い上げ、いつの間にか離していた右手でランチの左脇をそっと撫で擦る。与えられ続ける強い快感にランチは間断なく短い喘ぎを漏らして、息苦しさを逃がそうと必死に首を振ったが何の効果ももたらさなかった。
「感じてる顔、たまんねぇな……かわいいぜ」
 散々乳首を弄んだ後ようやくキキョウは顔を上げ、目が潤み視界がぼんやりしたランチの顔を覗き込んだ。もう恥ずかしいだとかやめてほしいといった類の事を口に出す気力も出ないほど身体は快楽に侵されてしまっていた。
「綺麗な身体だからよ、オレが貰っちまうのがなんか悪い気がしてきちまうな」
「……どうしてですか?」
「まぁ……色々な。ほんとに気付いてねぇなら大した大物だよなお前も」
 キキョウが何を言っているのか今一つぴんときていないランチに苦笑を向けると、キキョウは身体を下げて両手で乳房を優しく揉みながら腹の辺りに唇を落とし、壊れ物でも扱うように唇と舌先で優しい愛撫を繰り返していく。キキョウの頭は少しずつ下腹部へと下っていき、乳房を掴んでいた手が離れパジャマのズボンに手がかかった時、ランチは咄嗟に腕を動かしてズボンを引き上げ下げられないよう抵抗していた。
「いやっ!」
 ズボンからキキョウの手が離れ、頭を上げてやや驚いた様子でランチを見たキキョウの表情を見て、またやってしまった、とランチは後悔の念に捕らわれた。
「あの、その……なんていうか……ごめんなさい……」
「気にすんな、無理矢理する気はねぇっつったろ。こんな事くらいで嫌気差したりしねぇから安心しな。しかし……何か考えねぇと先に進めそうにねぇなこりゃ」
 キキョウは困ったように苦笑いをしてみせて、腕を伸ばしランチの頭をぽんぽんと二三度撫でた。その後ベッドから降り置き捨てられていたランチのパジャマと下着を拾って渡すと、ドアに向かって歩き出した。
「……どこ行くんですか?」
「汗かいちまったからもう一遍風呂入ってくる。先に寝とけ」
 不安げなランチの声に振り返って短く答えるとキキョウはすぐドアに向き直って部屋の外へと出ていった。とりあえず受け取った下着とパジャマを身に着けてみたもののとても先に寝ている気になどなれずランチは深く溜息を吐いた。
 嫌なのではない、と思う。ただ、どうしても怖くなってしまうのだ。触れ方は優しいけれどもキキョウの目線には機嫌の悪い時の険悪さとはまた違うどこかぎらついた獲物を狙うような光が感じられるし、自分の身体が思ってもみないような反応をして自分の中の知らない自分を見せられているようで怖くなる。何が起こってしまうのか自分がどうなってしまうのかが全く分からなくて、それが恐らく怖いのだと思う。
 受け入れたい、繋がりたいという気持ちは確かにある。でも今の所恐怖が勝ってしまっている。気にするなとは言われたもののこれ以上キキョウを待たせるのも心苦しくて、かといって取り立てて有効な解決手段も思い浮かばず、ランチの思考は八方塞がりの中で堂々巡りを繰り返した。
 しばらくすると思っていたよりも早くキキョウは部屋に戻ってきて、考え込んでいる様子のランチを見ると側まで歩いてきて頭に手を置いた。
「気にすんなっつったろ。もう寝るぞ」
「……はい、すいません、ありがとうございます」
 ランチの謝罪にキキョウは薄く微笑んでランチの頭をそっと撫でることで応えて、灯りを落とし二人並んでベッドに入った。肩と腰に腕を回され密着した体勢で互いの温もりを感じながら眠りに落ちる間も、どうしたらうまくいくのだろうというランチの憂鬱が消えることはなかった。

 以上が今までの顛末だが、今日もランチはこの王都でキキョウと会う約束をしていた。なんでも年に一度の大きなコンテストが近々開催されるのだという。外泊の許可も取ってあるし、今日こそはという意気込みもある。だけどいざという時にまた反射的に拒否してしまうのではないかという不安も拭えなかった。酷い事はしないと信じている筈なのに自分がキキョウを信じきれていないようでもあってそれも心苦しい。
 王宮でランチが何か相談できる相手といえばサフランだが、知り合ってからこれまで男性と付き合っている気配の一切ないサフランにこんな相談をしてもいいものか判断に困るし、今抱えている問題はランチの意気地のなさが全ての原因なのは分かりきっているのだから相談するまでもないような気もしてしまう。
 あんなに優しく愛してくれるキキョウの気持ちにどうして応えることができないのだろう。ランチは今までこういった事とはまるで無縁で生きてきたから、気持ちが高まれば男女は自然に繋がるものなのだろうとぼんやりと思っていたくらいのもので、こんなに怖くなったり辛くなったり身の置き所のない気持ちになったりするなんて知りもしなかった。
 人を好きになるのって、楽しくて嬉しくて幸せなばっかりじゃないんだなぁ。ぼんやりと考える。呆れたような優しい笑みを浮かべたキキョウと一緒にいるのはとても楽しいし、関係が進めばきっともっと幸せな気持ちは強まるだろうと思う。それなのに自分でない自分になってしまうようなあの感覚がどうにも慣れなくて怖くて、先に進めない。
 でも今日こそはどんなに怖くても耐えよう、キキョウをきちんと信じているのだということを自分自身にもキキョウにも証明したい。もっとキキョウの事を知りたいし感じたい。そんな事を考えている内に勤務時間は終わり、王宮を辞すとキキョウが逗留している宿へとランチは向かった。
 ノックして返事を待ち部屋に入ると、キキョウは椅子に座り水の入ったコップが置いてあるテーブルに肘をついてドアを開けたランチをぼんやりと眺めていた。お久しぶりですと挨拶すると、おうと嬉しげな声が返ってくる。
「晩飯まだだろ、どっか食いにいくか?」
「そうですね、キキョウさん何か食べたいものありますか?」
「どうせお前は色々食いたいもんあんだろ、付き合ってやるよ」
「ほんとですか! ちょっと気になってたお店があるんです、そこ行きましょ!」
 ぱっと笑顔になったランチを見るとキキョウはしょうがねぇ奴だなと呟きながら立ち上がり、ランチの手首を軽く掴むと部屋を出る。強引なようにも見えるけど歩調はランチに合わせてくれているのが分かるからそれが嬉しくてランチの頬に自然と笑みが浮かぶ。
 この間用事の途中で見かけて気になっていたダイナーに入り食事をしながら近況を報告し合い他愛のない話に興じて笑うのはとても楽しくて、いつまでもこんな時間が続けばいいのになと思わされてしまう。キキョウの優しい視線も穏やかな微笑みも今は自分が独占している、その事が嬉しくてたまらない。
 そんな穏やかな関係に満足してしまっている自分がいて、でももっと先を望むキキョウの気持ちにも応えたい。そんな思考がランチの心にふと影を落とす。
 急に黙り込んだランチを見てもキキョウは何も言わずに料理を口に運んだ。ある程度キキョウが食べ進んだところで、早く食わねぇと冷めるぞと声をかけられランチははっと顔を上げて食事を再開した。
 デザートも食べ終わり店を後にするけれども、ランチの心を覆った憂鬱の影は晴れる気配がなかった。何もかもをさらけ出す勇気が足りない、信じている筈なのにできない。この一月の間だってキキョウの事が頭の中を離れたことはなかったしぼんやりできる時間にはずっと考えてさえいた。こんなに好きなのにどうしてだろう、そう思うと情けなくなってきて目尻に涙が滲んだ。涙を手の甲で擦ると隣のキキョウは何も言わずにランチの肩を抱いて引き寄せた。
 部屋に戻るとキキョウは上着を脱いで椅子に腰掛けたのでランチも向かい合わせに座る。キキョウは水の入ったコップを持ち上げるとランチの前にそっと置いた。
「今日こそちゃんと覚悟固めてきたならそれ飲みな」
「……お水、ですか?」
「お前さんをちっとばかり素直にしてくれる薬だよ」
 言われてランチはコップを手に取り中の液体の匂いを嗅いだ。無臭で透明の液体はどう見ても水にしか見えなかった。
「お薬にしては匂いとか全然ないですけど」
「普段使う時は味とか匂いでバレちまうとまずいからな……まぁそんな事ぁどうでもいいんだよ、飲むのか飲まねぇのかどっちだ」
 キキョウの言葉の内容は今一つ腑に落ちないものの、今日こそは覚悟を見せると決めたのだ、飲まないという選択肢はなかった。意を決してランチは唇に当てたコップを持ち上げ中の液体を一気に呷り飲み干した。ただの水の味しかしないのもどうにも不思議だったが、それよりも分からないのはランチが素直になるというキキョウの言葉の意味だった。空になったコップをテーブルに置くが、特に普段の自分と変わった様子はなく素直になったようにも思えなかった。
「あの……特に、何も変わらないみたいなんですけど……」
 ランチの疑問もキキョウは想定内の反応だとでも言わんばかりににやりと笑って見せた。
「そんなすぐ効くもんじゃねぇよ。もうちょっと待ってな」
 納得できないながらも頷くと、キキョウは満足気に笑ってランチを見つめた。言葉もなく真っ直ぐに見つめられるのは少々居心地が悪く、ランチは目線を僅かに下に動かした。そのままじっとしていると、どういう訳か段々暑くなってきた。もう夜なのに室内の温度が上がるというのは考えづらい。汗が滲みそうなほど暑くなってきて、息苦しくなり襟元に指を差し込んで隙間を開こうとした際に肌に指が当たると、まるでベッドの上でキキョウに触れられた時のように甘い快感が走って肩がぴくりと揺れた。感じるこの暑さはどうやら身体の奥が疼いて生まれる熱からくるようで、次々に湧き出してくる熱はどんどん体温を上げていった。
「あ……っ」
「そろそろ効いてきたんじゃねぇか?」
「なんだか、変です……身体、おかしい……」
 腹の奥底が強く疼いてランチはテーブルの下の太腿をもぞもぞと動かし擦り合わせた。おかしな疼きを逃がそうととった行動なのに、過剰なほど敏感になった肌同士が擦れる刺激が逆に疼きを強めてしまう。
「あっ……は、ぁ……っ」
 快感が身体をびくつかせて思わず目をぎゅっと閉じてしまう。キキョウが椅子を立ち歩いてくる音が聞こえるが目を開けられない。首筋に手を添えられ耳に息遣いを感じただけでびくりと背中が撓る。
「やぁっ! あっ……さわら、ないで……くださ……っ!」
「ちっと効きすぎちまったかな? でもよ、ほんとはもっとこうして欲しいだろ?」
 首に添えられたキキョウの指先が首筋をそっと撫でる。それだけの動作も高まりすぎたランチの性感を煽り立て腰を浮き上がらせる。体重をかけていた椅子が動きに合わせてかたりと揺れて音を立てた。
「——……っ!」
「もっと気持ちしてよくやるから、こっち来い」
「立て……ない、です……」
「ククッ、しょうがねぇ奴だな」
 苦笑するとキキョウはランチの肩と膝裏に腕を回して軽々と持ち上げ、ベッドへとゆっくり横たえた。熱に浮かされたようにはっきりしないランチの視界に、近付いてくるキキョウの楽しげな瞳が映る。口付けられ柔らかな唇の感触を感じただけでもどうしようもない程の快感を感じてしまって身体を捩る。口内に割り込んできた舌先の熱さと感触が心地よくて、貪るように舌を絡め合う。そうしている間にも身体の奥底の疼きは強まるばかりで、軽く汗ばんだ首筋を指先で撫で回されると堪えきれず意味を成さない高い声が鼻から漏れ出る。
 長い口付けにうっとりと蕩かされて意識がそちらに向いている間に、上衣のボタンもブラジャーのホックも外されてしまっていた。一度唇を離したキキョウは手早く袖と肩紐をランチの腕から抜いて脱がせ、服を脇に放って鎖骨の辺りに口付けながらやわりと両の乳房を揉みしだいた。
「あっ、ああっ……や、そんなっ……だめっ、は、あっ……!」
 鎖骨の辺りから首筋へと感じる場所を探しながら辿るキキョウの唇は反応の大きかった場所を探し当てるとそこを軽く吸い、時には歯を立て舌先で舐め回す。薬の為に過敏になった肌を舌が這いずり乳房を揉みしだく手の親指がすっかり充血して硬くなった乳首を捏ねくり回す。休みなく快感を与えられ続けすっかり荒くなった息遣いの合間に鼻にかかって甘く上擦った喘ぎ声が漏れ続け、身体の隅々まで染み渡り侵してしまうような快楽と触れ合う肌の熱さしか分からなくなっていく。
「キキョ……さんっ…………やだ、も……っ、あぁんっ、やぁっ……やめ、て……っ」
「そんなかわいい声で言ってもやめる気になんぞちっともなんねぇぞ? 逆にもっと聞きたくなっちまうな」
 首を巡らし潤んでぼやけた視界でキキョウの姿を捉えると、ランチの顔を楽しげに眺めているキキョウの目線にはやはりぎらついた光が宿っていたが、不思議と今は背筋をぞくりと駆け抜ける甘やかな感覚の方がそれが怖いと思う気持ちよりも強かった。女を食ったなんてよく言うけど私本当にキキョウさんに食べられちゃうのかな、私も美味しい料理の前ではこんな目なのかな、他愛のない思考が過ぎってすぐに快感の渦に溶け消えていく。
「ひぁっ! あっ、あぁっ……やだぁ……っ」
 ランチの顔を眺めるのをやめたキキョウが充分に弄ばれぷくりと立ち上がった乳首を口に含み、舌でそろりと舐め回したかと思えば甘く歯を立てる。両手は腹の辺りを彷徨ってそろりと撫で回し、脇腹や臍の辺りを重点的に責め立てる。弱い場所ばかりを責められて、意識しない内に腰がくねり動いてしまっている。脚の間が熱く疼いて仕方がない、キキョウに触れられればそれだけ疼きは強くなっていって、もう耐え切れないと思うのに留まるところを知らずたまらないもどかしさが背筋を震わす。
 ふと太腿に重みがかかり布越しだというのに焼けるような熱く硬い感触が肌を襲う。キキョウが腰を落として腰の辺りを太腿に密着させたようだった。そのままキキョウは腰を前後に揺らし、硬さと熱さが腿を擦り焦がす。
「あつっ……やっ、あっ……それっ、熱い……っ!」
「悪ぃけどオレもちょっと余裕なくなってきちまった……早く、したくてたまんねぇ」
「んっ……ん」
 腰の動きは止めないまま切なげな目をしてキキョウが深く口付けてくる。下衣に手がかかってずり下げられてももう抵抗しようという気持ちは起こらなかった。絡み合う舌の温かさと唇の感触が不安を軽減してくれているのかもしれないし、下半身を苛んでやまない強い疼きが求めているものが何なのかを身体の方がよく知っているからかもしれなかった。
「触っていいか……?」
 低く囁くようなキキョウの問いに、ランチは小さく頷いた。キキョウの頭が離れて恥骨の辺りの膨らみに下着の上から指が添えられ、その指がゆっくりと内側へと降りていく。
「ああぁっ……あっ、や、あっ……!」
「すげえな……いい匂いするぜ」
 脚を割り開いてキキョウの頭は鼠径部へと近付き、最も隠し通したい部分に鼻先が寄せられる。その間も指は割れ目を沿って上下に動き、もどかしさばかりが募る緩やかな刺激を与えてくる。
「きっ、キキョウさ……っ! それっ、やだぁっ……!」
「なんでだよ」
「なんかそこっ……じんじんして……っ、おかしくっ……なりそ……」
 切羽詰まった様子のランチの声にキキョウは指の動きを止め頭を上げた。
「まああの薬飲んで焦らされたら辛くなっちまうよな、じゃあこれも脱がしちまうけど文句言うなよ」
「それはっ……その…………恥ずかしい、です……」
「お前のここも、全部見てぇんだけどな……駄目か?」
 頭を上げると脚の間からこちらを覗くキキョウの思いの外真剣な目線と目が合う。穴があったら入りたいし何なら消え入りたいほど恥ずかしいのは確かだけれども、全身を苛み続けるこの疼きをどうにかする方法もキキョウは知っているのだろう。それにこんな風に訊いてくれているということはランチは、キキョウが言うところの一度寝ればいいだけの女ではないのだろう。その気持ちがとても嬉しかったし、薬のせいもあるのだろうけれどもこの人にならという気持ちも強くなっていた。
「その……あんまり、見ないなら……いいです」
「見なきゃできねぇだろうがよ」
「なるべく見ないようにしてください!」
「無茶言いやがるな……じゃあなるべく薄目にしとくからそれで我慢しとけ」
 このままでは言い合いはどこまでも平行線だろう、キキョウの提案に渋々ランチは頷いた。下着にキキョウの指がかかりゆっくり引き下ろされ、膝に引っかかっていた下衣と一緒に脚から抜かれる。膝にかかったキキョウの手が閉じかけたランチの脚を再び割り開いて、あまりの恥ずかしさにランチは顔を手で覆った。
「綺麗な色してるな……」
「だから……そういう事、言わないでください……」
「褒めてんだろうがよ」
 顔を覆って視界を隠している間に脚の間に熱い息がかかる。やっぱり見られている、そう思うと恥ずかしくてならず身を捩るが、膝を掴んだ手の力は思いの外強く大した抵抗にはならなかった。そうこうしている内に蜜をいっぱいに湛えた柔肉のあわいに舌先が挿し込まれ、じゅるりと音を立てて舐め上げられる。
「あっ、ああっ! や、あっ、だめっ……そんな、とこぉっ! きたな……」
「汚くねぇよ、いい匂いさせて誘ってるぜ」
 答えるキキョウの息も荒く、声は熱っぽい艶を帯びている。ずずずと聞えよがしな音を立てて蜜を啜り上げられ、複雑な形をした小陰唇を隈なく舌先が這い回る。既に充血してぷくりと膨らんだ花芯を舌が掠めると抑えきれない一際高い声と共に勝手に腰が浮き上がり、そこをすかさずキキョウの手が尻を捕らえ、感触を楽しむかのような動きの指に揉みしだかれる。動き回るキキョウの首から肩へかけてのラインが、敏感になった内腿を不規則に刺激して予測のつかない感覚をもたらす。
 与えられるのを今か今かと待ち侘びていた箇所への愛撫は強い快感と共に奇妙な充足感をもたらすけれども、それでも更に奥まったところの疼きは消えぬばかりかどんどん強まっていく。身体の奥底まで満たしてほしい、そんな欲求が強く強く湧き上がってくる。
「あ、あっ、は……あ……キキョ……さっ…………だめ、もうっ……!」
 堪えきれない気持ちが切羽詰った声色として表出してしまう。横隔膜が小刻みにびくつき腰が上下に揺れる。今まで想像にも登らなかったような淫らな痴態をキキョウの眼前に晒してしまっていると思うとただでさえ熱を持った頬がかあっと熱くなるが、足りない部分を埋めてほしいという強い欲求は既にその羞恥を上回っていた。顔を上げたキキョウはそっと身体のラインをなぞるように撫でながら顔を近付けてくる。
「どうしてほしい?」
 唇が吸い付くか付かないかというほどの至近距離まで顔を近付けて、目を細めたキキョウが尋ねてくる。口にだすのは憚られてしまうけれども、きっと言わなければ望みは叶わないだろう。ぼうっとして回らない頭で必死にランチは言葉を探した。
「そういう風に聞くの、ずるいです……恥ずかしがるの分かってて、からかってますよね?」
 キキョウの首に腕を絡め、ようやく思いついた文句をしどけない息の合間にランチは口にした。それを聞いてくっと短くキキョウは笑い声を漏らすと、軽い口付けを落としすぐに離れる。
「別にからかってるわけじゃねぇよ、言わねぇなら好きなようにやらせてもらうが、嫌ならちゃんと言えよ」
「はい……」
 ランチの返事を聞くとキキョウは上体を起こして開脚したランチの前に座り込む体勢になり、袂から何かを取り出した。見たところ塗り薬のチューブのようだったが、蓋を開け人差し指にたっぷりとクリーム状の中身を絞り出してその指を陰部へと近付けていく。
「ん、ふっ……あ……っ、そこっ……」
 じんと熱を持った入り口にひやりとしたクリームの温度が感じられ、指先は躊躇を見せずに挿し込まれていって内側でクリームを塗り広げるように蠢いた。
「つめた……あっ、ん……んんっ……」
「すぐにもっと熱くなってくるぜ、こんな……キツかったら入らねぇな……」
 きつく締め上げる内側で指先が折り曲げられ、狭い内部を押し広げようと動き回る。クリームの感触を感じた直後はひやりとした内部はクリームが塗られる前よりも段々と熱と疼きを増していって、また別の種類の薬が使われたのだという事を嫌でも知らせてくる。
「キキョウさっ……そこ……なんかおかし……っ! 熱くて……っ、あ、ああっ! あ、んっ!」
「最初はどうしても痛いのが多いらしいからな、なるべく痛くねぇ方がいいだろ? ちゃんと、解してやるから……」
 キキョウの言葉が終わるか終わらぬかの内に身体に内部に感じる圧迫感が増す。中に入り込んだ指の本数が増やされたようだった。二本の指は不規則に動き回りじんと痺れたように疼く膣壁を容赦なく刺激する。
「あっ、や、あぁっ、そん、なっ……だめっ、やぁっ……あぁっ!」
「どんどん溢れてきてるし大分柔らかくなってきたぜ、これならもう一本いけるんじゃねぇか?」
「そんなっ、こと……っ、言わないで……っ、ひぁっ!」
 人差し指と中指に続いて薬指も膣内に侵入を始め、満たされるようなまだ足りないような訳の分からない感覚を味わいながらランチは力ない腕でキキョウの頭を押さえた。焦らすような緩やかさではないが乱暴でもない力加減の指の動きは内側の疼きをどんどん高めていく。指を奥に引き込むようにはしたなく勝手に腰が揺れて、恥ずかしさともどかしさと切なさがごちゃごちゃに混ざり合って頭の中は混乱してしまい何も考えられなくなっていく。
「やっ……ぁ、あぁ……んっ、ききょ……さっ…………もっ、あぁっ、あっ……」
「色っぽい顔もちゃんとできるじゃねぇか。たまんねぇなその顔……」
 頭を上げ指を抜いたキキョウは、汚れていない左手をランチの首筋に当てて愛おしむような優しい口付けを幾度か繰り返した。大切に扱われているということが唇の温もりから伝わってきて、涙が溢れてしまいそうなほど胸が一杯になる。
「キキョウさん……その…………して、ください」
「……いいのか?」
 キキョウの声音には僅かな躊躇いの色があった。確かめるような口調に、ランチは僅かに微笑んでみせた。
「いっぱい、優しくしてくれたから……大丈夫です」
「……無理だと思ったらすぐ言えよ」
「分かってます」
 軽く頷くとキキョウは一つ息を吐いて着物の前をくつろげ下帯を解いた。窮屈な下帯からようやく解放され屹立したものが目に飛び込んでくる。初めて目にする男性器は思っていたよりも大きく生々しくてもっと言ってしまえばグロテスクで、あんなものが本当に身体の中に収まるのだろうかと思わずごくりと喉がなってしまうけれども、やると決めたのだからやるしかない。キキョウがまた袂から取り出した薄い飴色の袋状のものを男性器に被せる。あの袂には何でも入っているんだなぁと妙な感心が浮かぶ。
「挿れるぞ……」
 片手で腿の裏を掴み脚を開かせ、もう片方の手で挿入に適した角度に肉棒を下向かせながらキキョウが尋ねるように告げてくる。ランチが頷くと、キキョウは荒い息を逃しながらゆっくりと腰を前に進めてきた。内腿までぐっしょりと漏れ出した愛液の助けを借りて、想像していたよりもずっとスムーズに先端がランチの内側に収まる。
「はっ、あ……っ! あぁっ……」
「きつくねぇか……?」
「大丈夫……です……から、もっと……っ」
 灼けるように熱い温度を浅い位置に感じて、そこからじわりと熱が身体に広がっていく。もっと奥の方で温度を感じたくて浅ましく入り口をひくつかせてしまっているのを感じて、あまりの恥ずかしさにランチは目を固く閉じた。
「きつい、な……っ」
 恐らくはランチが痛みを覚えないようにと心配りしているのだろう、キキョウが侵入してくる速度はとても緩やかだった。少しずつ内側を侵し染み入ってくる熱と質量、存在感に身体が震える。
 さっき見たあれが、本当に身体の中に入っちゃってる。キキョウさんが、私の中にいる。そんな思いが内蔵を押し広げられる圧迫感や息苦しささえ愛おしいものに変えていく。あんなに恐ろしいと思っていたのは何だったのだろう、溢れるほどに胸の内が満たされていくのを感じてランチの瞳に涙が滲んだ。
 ゆっくりと時間をかけて挿し入れられた太く硬い楔が胎内を穿ち、キキョウの柔らかな恥毛が割れ目の外側にくすぐるように当たる。内側で脈打つものは時折ぴくりと跳ね、その存在を主張してくる。深く繋がった幸福感に恍惚としながらキキョウの肩に手をかけ引き寄せると、軽い力にも逆らわないでキキョウの上体が降りてきて唇がそっと重なる。
「痛くねぇか……?」
「大丈夫、です……すごく、気持ちいい……」
 まるで微睡んでいるようにうっとり笑んだランチの顔を見て、その言葉は強がりではないのだろうとキキョウにも伝わる。安心したように頬を緩めてキキョウも微笑むと、今度は深く口付けを交わす。どろりと溶け合うような熱を混ぜ合わせるのと同時に、緩やかな抽送が始まる。
「んんっ……んっ、ふ……んぁっ……」
 薬を塗られ敏感になった内壁が擦られ、奥底を突かれる度に他の場所で感じたのとは違うじんと深い快感を感じて、たまらなくなりランチはキキョウの背中に腕を回してしがみつく。
「はぁっ……もっ……我慢できねぇよ…………もっと、動いていいか?」
「んっ、もっと……してください……っ」
 もっと深く強く感じたい、そんな思いが溢れて止まらなくなる。少しずつ早くなる衝き上げの動きに合わせて引き入れるように腰を動かし、より奥底でキキョウを感じようとする。いつの間にかまた唇は深く重なり、体中を使って二人を一つにしようとするような交わりが続く。
「中、すげぇ……吸い付いてきて、きつくて……すぐ、イッちまいそうだ……」
「またっ……そんな、あぁ……っ、恥ずかしいこと……っ、やっ、あっ、あぁんっ!」
「お前も、いいんだろ……っ、なら、いいって、言えよ……っ」
 突かれる度にずくりと身体の奥底が震えて全身が総毛立つような気持ちよさに襲われる場所があって、ランチの反応からその事を察知したのであろうキキョウはそこばかりを狙って責め立ててくる。あられもない嬌声は最早止めようもなく、揺さぶられるままにランチは全てを飲み込む大波のような甘美な悦楽の流れに呑まれていく。
「んっ、もうっ……駄目だ……っ、出すぞ……っ」
「あっ、キキョ……さっ! あっ、ああっ、あ、あぁっ……キキョウ、さん……っ!」
 奥底を突き上げるキキョウの腰の動きはどんどん速まって、根元まで挿し込んだところでキキョウは感極まったような短い呻き声を上げた。中のものがびくびくと跳ね脈打つのを感じ、ランチも軽く身体を震わせ快感の余韻に身を委ねた。

「どうだ、素直になれたろ」
 ベッドに並んで寝転び、隣で枕に肘をついて頭を支えランチを見下ろしたキキョウは、得意げにそう言った。
「素直……っていうのとはちょっと違うと思うんですけど、あれ」
「そんな事ぁねぇだろ、自分の身体に素直になれたろ?」
「もう! そういう言い方なんかやらしいからやめてください!」
 言われた内容の恥ずかしさのあまり真っ赤になって頬を膨らますランチを見て、キキョウはますますおかしそうに笑う。
「ほんとはしたいと思ってたんだろ? こういう事」
「それは……その、いずれはって思ってましたけど……」
「オレぁ前からずっと抱きたいと思ってたぜ?」
 言われたランチが照れてまた怒るかと予想していたキキョウは、予想に反して怪訝そうな目で見つめられて微かに首を捻った。
「その割には、子供っぽいとか色気がないとか言ってませんでした?」
「そりゃ事実だからな。でも、好きな女を抱きたいと思ってたらそんな事ぁ問題にもならねぇよ」
 キキョウに真顔で返され、照れるやら焦るやら恥ずかしいやらでランチは真っ赤になった顔を布団で覆い隠した。
「隠れんなよ、隠れてると布団剥ぎ取ってもう一回やっちまうぞ」
「もう! 知りません! キキョウさんのバカ!」
「ふぅん、じゃあ嫌いか?」
「……好きです」
 布団を目の辺りまで下げてキキョウを覗き見て、ランチは小声で答えた。その様子をそうだろうなとでも言いたげな余裕たっぷりの表情で楽しそうにキキョウは眺めていた。

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