プレゼント集め(ブケラン)

 現在南の島レヴンで営業中のまんぷくマルシェは今日は定休日で、普段忙しく働いているメンバー達もある者は海に入り、ある者は冒険と称して森に分け入り、ある者はパラソルの下で読書に耽ったり昼寝をしたりと、思い思いに過ごしていた。
 午前中を溜まっていた書類仕事で潰してしまったランチは、纏めた書類を船便で送るために封筒に入れて封をすると、ようやく仕事が終わった解放感から腕を上に伸ばし目一杯伸びをした。元とはいえばついつい好きではなくて気が乗らない書類仕事を後回しにして溜め込んでしまう自分が全面的に悪いのだが、この癖は当分治りそうにない。
 そろそろお腹も空いてきたしお昼どうしようかな、とぼんやりと考えていると、ノックもなく突然ドアが開いた。
「おーランチ、仕事終わったか?」
 ひょっこり顔を出したのはブーケガルニだった。ディルがオレガノやバジル、シオンと冒険に出ると朝言っていたので一緒に行ったものとばかり思っていたが、残っていたようだった。
「うん、今終わったとこ。どうしたの?」
「そっか、それなら丁度いいな。ほら、行こうぜ」
「行こうぜって、えっ、ブーケガルニ?」
 どかどかと足音大きく部屋の中に入り込んできたブーケガルニはランチの手を取ると立ち上がらせ、さっさと歩いていく。もう片方の手にはバスケットと水筒を提げていた。
「ちょ、ちょっと待って、どこ行くの? そろそろお昼の時間だし……」
「それなら心配ないぜ、ほら、弁当用意してきたからよ。さっ、とっとと行こうぜ!」
「だからどこに行くの、もうー!」
 ランチの質問には答えずにブーケガルニは大股でどんどん歩いていくため、着いていくのだけで必死でブーケガルニがようやく足を止めた時にはランチの息は完全に上がっていた。
「着いたぞランチー! 腹も減ったしまず昼メシにすっか!」
 肩を揺らして切らした息を整えるランチを尻目にブーケガルニは進んでいき、適当な場所に腰掛けた。周囲は見渡す限りの白い砂浜で、穏やかな波が寄せては返している。遠浅の海のようで明るいエメラルドグリーンの海面がかなり遠くまで広がっていた。来いよー! とブーケガルニが手招きするので、ようやく息の整ったランチはブーケガルニの側へと歩いていき、横に腰を下ろした。
「ほら、母ちゃん直伝サバサンドだ! パンはユーカリに焼いてもらったから美味いぜー!」
 ブーケガルニが二人の間に置いて開けたバスケットの中にはサンドイッチが詰まっていて、その上に紙コップが入っていた。普段なら少し量が多いのではないかと思うところだがブーケガルニも結構な大食漢なのでこの程度はぺろりと平らげてしまうだろう。紙コップを取り出したブーケガルニは水筒の中身を注ぎ、ランチに差し出す。
「やっぱ夏は麦茶だよなー! サバとも合うぜ!」
「ありがと」
「おー! さっ食おうぜ!」
 訳が分からないままに連れて来られたが景色は最高だし受け取った麦茶はよく冷えている、バスケットの中のサンドイッチも美味しそうだった。いただきますと小さく呟いてからサンドイッチを一つ手に取りかぶり付くと、生姜の効いた甘辛い味付けの汁がパンに程良く染みていて、挟まれたサバの身は脂がたっぷり乗っていて生臭さもなかった。
「これ、おいしい! 新しいメニューにしちゃってもいいかも!」
「だろー? 昔っから家族でどっか遊びに行く時は母ちゃんの作るこれを食べんのがすげえ楽しみでさ、めちゃくちゃ遊び回って必死になって腹減らしたんだぜ」
「あはは、確かにお腹空いてた方がおいしいけど。ブーケガルニらしいね!」
「でもよ、ランチと二人でこうやって食べんのが今までで一番美味いかもしんねぇな!」
 楽しそうに言うブーケガルニの満面の笑みには他意はなさそうだったが、内容にすこしだけどきりとしてしまってランチは前に向き直ってサバサンドを頬張った。サバの甘い脂と旨味がじわりと口の中に広がって美味しいけれども、それ以上にまるで読めないブーケガルニの胸の内の方が気になってしまって、どうにも上手く飲み込めずに麦茶を口にして喉に流し込む。結局三分の二程をブーケガルニが難なく平らげ、昼食は終わった。食後にもう一杯麦茶を飲みながら、何故ブーケガルニはここに自分を連れてきたのだろうと考える。だがいくら考えたところで元々何を言い出すか分からず行動の読めないところのあるブーケガルニの思惑など分かる筈もなく、直接聞くのが一番だろうという結論にすぐに至る。
「ねぇブーケガルニ、ここで何をするの? 泳ぐなら水着とかも要るし……」
「おう、今日はな、ランチのプレゼントを探しに来たんだ!」
「えっ……私に、くれるプレゼント?」
 おう、と元気よくブーケガルニは頷いた。ランチへ渡すプレゼントを探しにランチを連れてくるのもよく分からないし、この砂浜に一体何があるというのだろう。ブーケガルニはすぐ目線を手元に落とし、そこらの砂を掘り始めた。
「おっ、あった、見ろ見ろ、ほらこれ!」
 ブーケガルニが指先で摘んでランチに見せたのは小さな桜色の貝殻だった。
「わぁ、綺麗!」
「だろー。これにな、穴を開けてネックレスとかブレスレットにすんだ。近所のニーチャンに頼めば上手くやってくれっからよ、材料集めようと思って」
「……でも、何で私も一緒なの?」
「そりゃあれだよホラ、二人で探した方が早いし楽しいし、いい思い出になるじゃねーか!」
「うん……そうだけど」
 ブーケガルニの笑顔はいつも通りにからりと明るかったが、ブーケガルニが口にした思い出という言葉にランチは多少の引っ掛かりを覚えていた。毎日毎日今日という日を精一杯楽しんで生きているようなブーケガルニに思い出だなんてそんな言葉を言われるのは初めてだし、先日の夜漂着してきた海賊達に魔王の座を譲った事も気にかかっていた。あれほど強いこだわりを見せていた魔王の座をあっさり他人に譲り渡して、思い出作りだなんてらしくない事を急に言い出す。そこには何か強い決意のようなものがあるのではないかと予感のような不安のようなものを感じていた。ブーケガルニは一体何を考えているんだろう。マジョラムに言わせれば単純バカの一言で片付けられてしまうけれども、ランチにはブーケガルニの考えている事はあまり分からない。表面に見える太陽のような明るさの裏で、もっと沢山の色々な事を考えているけれどもそれを口にしていないだけなのではないか、そんな気がした。
「ここら辺は浅瀬だから船が着けらんねぇからよ、あんまり人が来ねぇんだ。二人っきりで貸し切りだぜ、貝殻一杯集めような!」
「うん!」
 楽しげなブーケガルニの笑顔に釣られてランチもなんだか楽しくなってしまい満面の笑顔で答える。それからは二人してそこらの砂を掘り、ひたすら貝殻を探した。桜色や薄いエメラルドグリーンの美しい貝殻を指先が探し当てると思わず頬がほころぶ。見つけた貝殻をブーケガルニが用意していた袋に入れて、その袋が八割ほど埋まった頃には陽は西に傾きかけていた。ブーケガルニがどかりと座り込みランチもその横に膝を抱えて座り込んで、水平線の彼方へ沈んでゆこうとする大きな夕陽を眺める。
「これだけ集まればネックレスとブレスレットには充分だなー。イヤリングも作ってもらうか」
「ありがとうブーケガルニ。でもさ……思い出なんて言われるとなんだか、ブーケガルニが遠くに行っちゃうみたいな感じがして、寂しいな……」
 ランチの言葉を聞くと横のランチに笑顔を向けていたブーケガルニは前に向き直り、ふっと何かを考え込むような表情を見せた。
「んー……ちょっとな。考えてる事があってよ。でもよ、ゴーマン商事をやっつけるまでは一緒だぜ。それに……」
「それに……?」
 言葉を切ったブーケガルニは僅かに俯いた。ブーケガルニの言葉の続きをランチはただ静かに待った。橙色の夕陽の光がブーケガルニを赤く染め、明るい赤毛は美しく艶めいて輝いた。
「この前思ったんだけどよ、いつの間にかランチが一緒にいるのが当たり前になってて、そうじゃない俺様が想像できねぇんだよな……ずーっと今みたいに一緒にいられるような気がしちまって。変かな」
 思いの外真剣な目線を暮れ行く海に向けて、独り言のようにブーケガルニはそう呟いた。ブーケガルニはずるいな、そんな感想がふっと浮かぶ。楽しい事が大好きでいつも賑やかで明るいのに、今のようにふっと真剣な眼差しを見せることがあって、そんな時ランチは自分の心がよく分からなくなって何も言えなくなってしまう。
「……変じゃないよ。いつかは終わるしみんなとだって別れるんだって分かってる筈なんだけど、私も今みたいにずっと一緒にいられるんじゃないかってつい思っちゃってるから」
「そっかー!」
 ようやくブーケガルニはランチに向き直ると、にかりといつもの笑顔になった。
「ゴーマン商事は早くぶっ潰してやりたいけどよ、でもできるだけ一緒にいられたらいいな!」
「うん、そうだね。そろそろ夕飯だし、帰ろっか」
「おー、そうだな! そういや腹減ったなー、今日の賄い当番誰だったかなー」
 ブーケガルニとランチは立ち上がり、橙色に染まる砂浜に点々と足跡を残しながら、二人並んでゆっくりと歩き帰路を辿っていった。夕焼け空の暮れ行く色の寂しさも二人でいるなら気にはならない、そんな空気を纏いながら。

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