乙女が犬で犬が乙女で

 そろそろ休憩の時間となる頃合い、フェンネルとバジルが二人してテーブルに今日のおやつのフルーツゼリーを人数分用意していた。
「よし、これでいいね。僕はアイスティーを淹れるから、バジルは皆を呼んできて」
「はい、分かったっす!」
 バジルが元気よく駆け出していき、しばらく背中を見送った後フェンネルもテーブルに背を向ける。誰の視線も向いていないテーブルに、羽音も静かに降り立った梟が一羽。
「ホッホ、このおいしくな~る薬をかけて、パラパラっとな」
 梟——チューベローズの分も合わせて十三個用意されたゼリーの内二つに何やら怪しげな粉を振りかけたチューベローズは、何食わぬ顔で静かに飛び去っていった。振りかけられた白い粉はゼリーの表面の水分に溶け、見る間に溶け去ってしまった。
 やがてバジルに呼び集められた面々が少しずつ集まり、アイスティーの準備を終えたフェンネルも戻ってきてグラスをそれぞれに渡していく。一度は去ったチューベローズもしれっと戻ってきてテーブルに陣取り薬のかかっていないゼリーをつつき始める。
「うーん、暑い日のゼリー最高! おいしいね!」
「うんうん、キラキラしてて超カワイイしサイコー! やっぱフェンネルってセンス良いよね!」
「はは、ありがと。一応試作品なんだけど評判が良いみたいでよかったよ」
 ランチとマジョラムが舌鼓を打ち、フェンネルが少し照れくさそうに微笑む。ここまではのどかな休憩の一時だったのだが。
 突然、ランチとディルの手の動きが止まった。
「え、あれ……おかしいな、なんで私が向かいにいるの……?」
 そう呟いたディルは喉から出た自分の声にも驚いたようでテーブルの上にからりとスプーンを取り落とす。ランチはといえば慌てた顔できょろきょろ辺りを見回している。
「……ランチ、ディル、二人ともどうかしたのか?」
「何だ何だ? 腹でも壊したか?」
 ブーケガルニの問いかけにランチとディルは首を横に振って否定した。お互いに目線を合わせ、信じられないものを見るようにまじまじと見つめ合う。
「こっ、この熱い視線……まさかランチさんがディルさんにこっ、こっ、恋を……!? そっそんな、ミツバはどうすれば~!!」
「おっ、落ち着いてくださいミツバ様、どうもそういう事ではないような気がします……」
 取り乱すミツバをシオンが宥める。どうも様子がおかしいが一体何が起こっているのか、先程のやけにかわいらしいディルの口調は何だったのか、謎は深まるばかりだったが、やがてディルが口を開いた。
「あの……ディルさん、ですよね?」
 ディルの問いかけに何故かランチが頷いた。一同が首を捻る中、二人の間では納得した空気が流れる。
「まさか……ランチ殿?」
「そうです……という事は…………私達……入れ替わって……?」
 呆然と互いを見つめ合う二人を見て、ようやく他の面々も何が起こったのかを理解する。ランチとディルの人格が、入れ替わっている。
 中身がディルのランチが席を立ち、そっと飛び立とうとしていたチューベローズの両羽をぐわしと掴む。
「どちらへおいでで、チューベローズ様」
「我輩はもうおやつを食べ終わったでな、昼寝をしようと」
「これは、チューベローズ様の仕業ですね?」
「何の事やらさっぱりじゃわい」
 冷たい視線で詰め寄る中身はディルのランチに対して、チューベローズはすっとぼけた態度で誤魔化そうとする。だがその状況も、次のマジョラムの一言で一変した。
「……そうか、イレカワリ草……? チューベローズ様あんな凄いもの持ってたの? 魔法の国の中でも海側の危険な断崖絶壁の途中にしか生えてないのに……」
「我輩は鳥じゃからの~、手に入れるのにそう苦労はせなんだよ」
「やっぱりチューベローズ様の仕業なんじゃないですか」
 思わず自慢してしまったチューベローズはしまったという顔をしたがもう遅い。中身がディルのランチの冷たい視線が鋭く突き刺さる。
「仕方ないじゃろ~! せっかく手に入れたんじゃから使ってみて効果を試したくなるじゃろ~! 実験は大成功じゃ!」
「自分とランチ殿で実験ですか……中々面白い御冗談ですね?」
「ディッ、ディル、おヌシ何もそんなに本気で怒らんでもいいじゃろ~!」
「本気で怒らざるをえない状況です! 今怒らなかったら他にいつ怒るんですか!」
 羽を毟らんばかりに力を込める中身がディルのランチの怒りにさすがのチューベローズも戦慄した。これがもし肉体もディルだったとしたらチューベローズの羽は確実にもぎ取られている。
「困ったね……あの、その…………他はともかく、お風呂とか、トイレとか……」
 一方の中身がランチのディルは、肩を竦めもじもじとしながら頬を染め俯いて息をついた。
「ほら見てください、ランチ殿があんなに困惑されておられるのですよ? 今すぐ元に戻してください!」
「残念ながら解毒剤はないのじゃ。効果は二十四時間で切れるから、それまで我慢してもらうしかないのう」
「よくも解毒剤もない薬を我々で実験してくれましたね……今日という今日は勘弁なりません! 我々が元に戻るまでご飯は抜きです!」
 怒声を上げた中身はディルのランチを見て、しかしながらチューベローズは先程までの緊迫した表情を幾分緩めていた。どうやら冷たい視線よりは怒鳴られている方が怖くないらしい。
「ホッホッ、ランチは怒った顔も愛らしいのう~、残念じゃが全然怖くないぞい」
「……」
「やめんかその顔は! すっと真顔に戻るでない!! 目線が冷たいわい!!」
 半ばコントのようなやりとりを繰り広げる中身がディルのランチとチューベローズをよそに、中身がランチのディルはすっかり肩を落とし俯いていた。
「ねぇ……あのさ、男の人って……トイレで、その……立って、するんだよね?」
 中身がランチのディルのその発言にチューベローズ以外の者全てが凍り付いた。そう、小用は小用の便器で立って排尿するのがスタンダードだ。しかしそれは即ち、ランチがディルの恐らく一番触られたくないであろう部分を触らざるをえなくなるという事を意味する。
「まっ、ま……待って、待って、一旦落ち着こう。いいかいランチ、男性の中でも小の方も大用のトイレに座ってする人もいるんだ。それなら問題ないだろ? ねっ?」
 ナイスフォローフェンネル、心の中で皆がそうフェンネルを讃えた。だがランチの憂いはそれでも晴れないようだった。
「でも……終わった後に拭くよね……? その時、その……あの、触らないと…………拭けないよね?」
「……うん、そうだね…………。さて、どうしたものかな……ねぇ? チューベローズ様……」
 中身がディルのランチに加え今度はフェンネルの冷たい視線がチューベローズを鋭く射抜く。気付けば中身がランチのディル以外の他の者の冷たい視線もチューベローズに集中している。
「何じゃーっ!! ちょっとした好奇心と遊び心の結果ではないか!! おヌシらも少しは状況を楽しむ余裕というものをじゃな!!」
「いや……イレカワリ草は普通にやばいっしょチューベローズ様……手に入りにくいから誰も使わないけどこういう混乱を招くからって理由で元々魔法の国でも使うの禁止されてるし……」
 半ば呆れたようなマジョラムの指摘に中身がディルのランチが冷たい目のまま同意して頷く。
「そういう危険だから禁止という発想が魔法の発展を阻害しとるのじゃ! 魔法はもっと自由であるべきだとは思わんか? ほれほれ!」
「その意見は大体は賛成だけどイレカワリ草はないわ……ていうかこれ魔法の発展とか関係なく普通に悪戯っしょ」
「ぐぬぅ……!」
 マジョラムはあくまで冷静に切り返してくる。そうなると指摘通りに普通に悪戯をしただけのチューベローズに返す言葉はない。
「……とりあえず、チューベローズ様には少し反省していただかなくてはなりません。これから私とランチ殿が元に戻るまで鳥籠に入っていただきご飯は抜きにさせていただきますので」
「そんな殺生な~! ディル、ワシに死ねと申すか~!! おヌシという奴には血も涙もないのか~!!」
「一日食べないくらいで死にはしません。それに、こんな悪質な悪戯をされるチューベローズ様よりは人の心があるかと存じますが?」
 チューベローズ相手ならば簡単に破られてしまうかもしれないが念の為にとマジョラムとオレガノが結界魔法を張るためにチューベローズを取り押さえた中身がディルのランチに着いていき、残った面々の間には何とも言い難い空気が流れた。
「……そーだ! ランチ……ディル? どっちだ? あーもうややこしいなぁ、とにかくトイレに行く時はよ、俺様が着いていって終わったら拭いてやるよ! それならいいんじゃねーか!?」
 突然のブーケガルニの発言に中身がランチのディルを含めた面々に衝撃が走った。確かにそれなら中身がランチのディルは男性の恥ずかしい部分を触らずに済むのだが、トイレの介護をされる状況というのはそれはそれで同様かそれ以上に恥ずかしいだろう。
「ダメだよ、却下。いくら外見がディルとはいえ君がランチのトイレの様子を見守って終わった後の始末をするなんて耐えられないね」
「なんだよフェンネルー! いい考えだと思ったのによー! じゃあどうすんだよ」
 ではどうするのか、具体的な代案はフェンネルも勿論持っていない。ぐっと言葉に詰まり沈黙が落ちる。それを破ったのは気怠げなキキョウの欠伸だった。
「くぁ~……ハァ、心底どうでもいいぜ……別に減るもんじゃねぇんだし、そこのおぼこいアドバイザー様もいずれは見たり触ったりするんだから別にいいじゃねぇか。今見とけばいざって時にビビらずに済むってもんだろ、かえっていい経験になるんじゃねぇのか?」
「兄弟子! そういう問題ではありません!! 少しはランチの気持ちになって……」
「んなもん知るかよ、おやつも食ったしオレぁ寝るぜ」
 リンドウが嗜めるのを聞き流し捨て台詞を言い残してキキョウは立ち上がりさっさと歩き去って行ってしまった。打開策も見えないまま沈黙を場が支配する。だがやがて、中身がディルのランチがなにやらそわそわし始めた。
「ランチさん~? どうしたんですか~?」
「……えっと、あのね…………早速なんだけど……トイレ、行きたくなっちゃって…………」
 心配げなユーカリの問いに答えた中身がランチのディルの言葉に誰もが戦慄する。こんなにも早く問題に直面してしまう事になるとは誰もが予想していなかったのだ。しばらくの沈黙の後、すっと立ち上がったのはミツバだった。
「ミツバが……ミツバがランチさんの下のお世話をします! ランチさんの為だったら、ミツバ何だって出来ます!」
「えっ!? あっ、そのっ、ミツバ様、いけません!! それならわたくしが!」
 ミツバを何とか押し止めようとしながらシオンが中身がランチのディルに目配せを送る。そう、実はシオンが男であることをランチは知っている、男のシオンならばディルの逸物を見ても動揺は少ないだろうし、落ち着いて対処できるだろう。それに見た目が女の子ということもあり他の男性陣よりはランチの気も楽だ。確かにシオンがこの中では一番の適役だ。
「そ、そうだなー! 私も、シオンがいいかなー! お願いしちゃっていいかなシオンー!」
「そ……そんな、ミツバは、ミツバでは……ランチさんのお役には立てないんですか……?」
「えっ、いやあの、そういう事じゃなくって、ね? ミツバちゃんはいっつも私を助けてくれてるよ? 感謝してるよ? でもこの場合はシオンの方がいいかな……って……」
「ミツバ……少しでもランチさんのお役に立ちたくって……今がその時だって……思ったのに……ミツバではランチさんのお役には立てましぇんか……?」
 涙目に加え言葉の最後の方は涙声、今にもミツバは泣き出しそうだった。その様子を見てシオンも困りきった様子で青ざめて中身がランチのディルとミツバを交互に見つめる。
「わわ、分かったよ! じゃ、じゃあ、ミツバちゃんにお願いしちゃおうかな!! あはは…………」
 最早腹を括るしかない状況だった。誰もが心配そうな顔で中身がランチのディルとミツバを見つめる。果たして少し前まで男性が苦手で女性客しかまともに接客できなかったようなミツバが、ディルの下の部分を見て平常心を保てるのだろうか……と。
 案の定、その後すぐにミツバの絶叫がトイレから甲高く響き渡ったのだった。気絶したミツバを運んできた中身がランチのディルは仕方なく自分で後の処理をしたらしい。一度触っちゃえばば平気になるもんだね、と笑ってはいたもののその笑顔がどこか硬いのを誰もが気付いていた。強制的にランチが大人の階段を一歩登らされてしまった、その事実にただ胸が痛む。
 だがそれ以上に問題なのは逆パターンだ。中身がディルのランチがトイレに行き、用を足して拭く。その一連の動作を想像しただけでフェンネルからはどす黒い気が発しリンドウは頭を抱え俯いた。
「ランチと入れ替わったのが僕だったら良かったのに……」
「えっ、何言ってるのフェンネル! それはそれで困るよ~!」
 完全にランチと同じ口調でランチが言うような台詞をディルに返されても違和感しか湧かない。中身はランチだと分かってはいてもディルの体と声なのだ。フェンネルの心は最早チューベローズに対する漆黒の復讐心に占められていた。
 気絶したミツバをキッチンカーのベッドに運び終えて戻ってきた頃には、中身がディルのランチとマジョラムにオレガノも戻ってきていた。
「お風呂のお世話はわたくしがいたしますね」
「うん……そうだね、お願いねシオン」
「じゃあランチさん……の見た目をしたディルさんのお風呂のお世話はわたしがしますね~、ディルさんは目を瞑っててくれれば全部ピカピカに洗っちゃいますから~!」
「申し訳ない……よろしくお願いします、ユーカリ殿」
 風呂の問題は目を瞑ってそれぞれシオンとユーカリに洗ってもらうという事で解決したが、そろそろ各自の仕事に戻らなければならない時間になっていた。だがまたここで問題が勃発する。
「あのよ……これから結構重い荷物運ばなきゃいけなくってよ……ディルがいねぇとちょっと困っちまうんだけど……ランチも忙しいよな?」
「えっ、うん……そうだね…………今日の伝票の処理と明日の仕入れ発注と報告書とか色々まだあるけど……」
「うーん、困ったなぁ~、ディルに運んでもらうにもランチの体じゃ重すぎて持ち上がらねぇだろうし……」
 頭を掻いてブーケガルニが思案顔をする。だが、何を思ったのか中身がディルのランチはぱっと顔を輝かせた。
「やっぱりディルさんの体がないと困るよね!? うん、私そっちに行くよ! ディルさん代わりに私の仕事お願いね! ブーケガルニ、早く行こ!」
「おっ、おう……いいのか? ……まいっか」
「全っ然良くないわよ! ちょっと待ちなさい、ランチ、ブーケガルニ!」
 ブーケガルニの背中を押し早足で中身がランチのディルが去っていく。書類仕事がしたくなくて逃げたな、いち早く察したマジョラムが呼び止めるが何せ今のランチの体は怪力のディルだ、ブーケガルニの背中を押してあっという間に走り去っていってしまった。
「参りましたね……私ではランチ殿の仕事などとても務まりません……何をすればいいのかすら皆目見当も付きませんし……」
「それは俺がやっておこう。今出ている分の和菓子が切れてしまったら……兄弟子は頼りにできないな、負担を増やして済まないが何か他のメニューを出してくれ」
「リンドウ殿……!」
 差し伸べられた救いの手にランチの見た目をしたディルは感激の涙を目に浮かべリンドウを見つめた。熱い視線を受けて思わずリンドウは耳まで真っ赤にして固まってしまう。
「いっ……いい、業務が滞ると……その、マルシェの運営にも関わる、からだな……」
「じゃあディルは……そうだな、掃除とか何かしてて。もしトイレに行きたくなったらユーカリと一緒に行って。見たり触ったりしたら……何をしてしまうか僕もちょっと自分でも分からないな……」
「ヒィッ! 見ません、見ませんから! そもそもとても恥ずかしくて自分はそんな事は出来ませんから!」
 明らかに鋭い殺気のこもったフェンネルの視線に捉えられ、中身がディルのランチは青褪め後退る。返事に満足した様子でフェンネルは頷き、仕事に戻ろうと皆を促した。各々持ち場へと散っていき、残された中身がディルのランチもとりあえず言われた通り掃除などの雑用をこなす事にして掃除用具を取りに行く。ディルの取り柄といえば大きな体に見合う怪力だけで、それがなくなればただの何の取り柄もない人間になってしまう。ただ、それでも何もできないわけではない、掃除、食器洗い、買い出し、取り柄がなくてもこなせる雑務はいくらでもある。気持ちを切り替えようと中身がディルのランチはぱんと両頬を掌で叩いた。
 その後は順調に仕事が進み、無事に営業を終える事ができた。伝票や発注の処理、帳簿の整理と報告書の作成もリンドウがこなし、体がディルになっているランチはディルの体の怪力ぶりを体感して驚き興奮していた。目にしたもののショックがあまりに大きすぎたのかミツバは気分が悪いと夕食も食べられずに休んでいたが、その他には大きな問題はなかった。体がディルのランチがお粥を作りシオンがランチさんからですと言伝てて差し入れ、ランチさんがせっかくミツバの為に作ってくれたのだからと頑張って完食したので、明日になればショックも和らいで起きられるだろう。
 夕食が済み、風呂の問題も二人ともそれぞれ目を閉じたままでシオンとユーカリに洗ってもらうことで解決した。
「……で、寝る場所なんだけど…………今のままだと、中身がランチのディルがブーケガルニと同じ部屋で寝る事になるんだよね?」
 この点をフェンネルが見逃す筈がなかった。問題はないといえばないのだがあるといえばある。ランチが他の男と同じ部屋で寝る、それを考えただけでフェンネルの中の黒いものは抑えきれず溢れ出してきていた。
「……フェンネル怖っ…………じゃあさランチ、今日はアタシと一緒に寝よ? オレガノは今日はブーケガルニと寝る、ディルさんはランチの部屋で一人で寝る、これならいいっしょ? ランチもオレガノもそれでいい?」
「うん、いいよ! お泊まり会みたいで楽しみ!」
「うん、おれは構わないよ、アネキ」
「そうだね、それなら問題ないかな」
 マジョラムの申し出に、それならとフェンネルも頷く。それを聞いていたブーケガルニが不思議そうに首を傾げた。
「俺様は別に中身がランチでも構わねーぜ?」
「話が纏まったんだから蒸し返してややこしくしないでよ! アンタほんっとバカ! いいからアンタは今日は黙ってオレガノと寝てて!」
「ちぇー、バカバカ言うなよー! 別にオレガノが来るのはいいけどよー」
 不承不承といった様子でブーケガルニが唇を尖らせ面白くなさそうな顔をするが、フェンネルを満足させる案でなければ大変な事になってしまう。それにブーケガルニは構わないだろうがランチは気にするだろう。
「お泊まり会ですか~、いいですね~、じゃあ今日はわたしもマジョちゃんのお部屋にお邪魔しちゃおうかしら~」
「それいいね! でも、具合が悪くなかったらミツバちゃんも呼べたのにね……今私の事見たら思い出しちゃうかもしれないし……」
「気にしない気にしない! ランチは何も悪くないんだからさ、悪いのは度が過ぎた悪戯しちゃったチューベローズ様なんだから」
「うん……」
 しょんぼりとした中身がランチのディルは、マジョラムの励ましの言葉に顔を上げてそっと微笑んだ。表情がまるでランチのようなので、思わずときめいてしまいそうになりフェンネルとリンドウは複雑な思いを胸に抱えることになったのだった。
 翌日のおやつの刻限、薬の効果が切れたのかふっと二人の意識は元の体に戻り、ようやく鳥籠から出してもらえたチューベローズはすぐに賄いを要求したのだが、夕飯まではありませんとすげなくディルに断られ、懲りた様子も全く見せずに愚痴愚痴と文句を垂れたのだった。その他には、大きな事件もなくまんぷくマルシェの一日は至って平和に流れていくのだった。
 後日、他と比べてあまりにきっちりと体裁の整った詳細な報告書が一日分だけ入っていた事に不審を抱いたサフランがランチを詰問し叱責するのはまた別の話である。

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