南瓜よりは甘くない(R18/ブケマジョ)

 十月も終わりのこの時期は、ハロウィンの季節ということもあり南瓜料理を中心にしたフェアを開こうということになっていた。かぼボールやマッシュカボローストなどレパートリーの中の南瓜料理をマジョラムが仕込んでいると、どたどたと駆け寄ってくる音が響いてきた。こんなやかましい走り方をする奴はこのマルシェに一人しかいない。
「おーいマジョラム!」
 声に振り向けば予想に相違なくブーケガルニが目の前に立っていた。そんなに大声を張り上げなくても聞こえるほどの距離にいるというのにとにかく声が大きい。
「何よ、今忙しいんだけど」
「とり……なんだっけ? オッそうだそうだあれだ、とりっくおあとりーとだマジョラム!」
 覚えづらい横文字をブーケガルニが正確に思い出せる事は極めて稀だ。よく思い出せたなと少しばかり感心してしまったが次の瞬間にははっとしてマジョラムはしっしっと手を振って追い返す身振りを見せた。
「今仕込みしてんの、あんたに構ってる暇はないのよ。あんただって自分の料理の仕込みがあるでしょ。大体にしてそういうのはなんか仮装してやるもんなのに普段通りの格好だし……何がしたいんだか全然分かんない」
「準備ならもう終わらせてきたぜ! それに俺様は元々魔王の衣装を着てるんだから仮装も必要ない! さあマジョラム、トリックオアトリート、どっちだ!」
「……あんたそれ意味分かって言ってる?」
 呆れた様子で聞くマジョラムにブーケガルニが不満げな顔を見せる。この手の横文字をブーケガルニが正しく意味を把握して使っていることはあまりないのだから疑念を持たれるのが当然だというのにどうやら自覚がないらしい。
「なんだよ~、それくらい俺様だって知ってるぜ! お菓子をくれなかったらイタズラしてもいいやつだろ!」
「それが許されんのは子供だけだしなんで二歳も上のあんたにお菓子あげなきゃいけないのよ。さっさと仕事戻んなさいよ」
「お菓子はねーのかよ」
「ないわよ」
「よーし、じゃあ、イタズラだな!」
 楽しげに笑ったブーケガルニが身体を少し屈めて顔の横で手をわきわき動かす。嫌な予感しかしない。包丁をまな板の上に置いてマジョラムはじりじりと後退った。
「とりゃーっ!」
「ちょっ、あんたっ、やめなさいよっ……! ひゃはは、あっははははははははははは!」
 咄嗟に飛び退くがブーケガルニの追い縋る手が早く、脇腹をくすぐられたマジョラムはあまりのくすぐったさに心ならずも大きな笑い声を上げてしまう。
「あんたっ、ひゃはははははは、やめっ、あはははははははは!」
「うりうりうりうり~!」
 かわいい悪戯といえばそうだが、される方のマジョラムにとってはたまったものではない。延々とくすぐられ続け笑いが止まらず、苦しさのあまり思わず何の力の加減もなしにグーで思い切りブーケガルニの頭を殴り付けた。
「いってえええぇぇぇぇ!」
「はーっ……はーっ…………あんた、ほんっとに怒るわよ……」
 拳骨の痛みにさしものブーケガルニも殴られた箇所を押さえて顔を歪めた。責め苦からようやく解放されたマジョラムは大きく肩で息を吐いた。
「ちぇー、何も殴る事ねぇだろー!」
「うるさいバカ! あっち行け!」
「まだだめだ、イタズラはまだ終わってねぇぞ」
 すっと真顔になりブーケガルニが静かな声でそう呟く。二三歩歩み寄られて距離を詰められるが、普段とはどうにも違う様子のブーケガルニに気を取られたマジョラムは逃げ出す事を忘れていた。動かないマジョラムの脇腹を、ブーケガルニの指先がそっと撫でる。
「んっ!」
「すげぇ……柔らかくてスベスベしてんな、それに吸い付いてくるみたいで、いくらでも触ってたい」
「もうやめなさいよ! これ以上やったら冗談じゃ済まさないわよ!」
「俺様はいつだって本気だぜ? 他のとこも、こんな触り心地いいのか……?」
 指の腹をマジョラムの脇腹に滑らせながら、ブーケガルニはマジョラムの首元に顔を寄せてきた。そのままくんくんと鼻を動かし首筋と髪の匂いを嗅ぐ。
「すげえ、いい匂いすんな……ダメだマジョラム、俺様もうガマンできねーぜ……」
「は? え? なんなのちょっと、どいて!」
 慌ててマジョラムはブーケガルニの二の腕に手をかけ引き剥がそうとするがびくとも動きはしない。首筋に軽く口付けられると、先程くすぐられていたせいで敏感になっていた触覚が鋭敏に反応してぴくりと身体が震えてしまう。それに調子付いたのかブーケガルニの舌先が肌を舐め、軽く歯を立てられる。
「ちょっ、や、なにすんのよっ……!」
「はぁっ……な、もっと、していいだろ?」
「やっ……な、ダメに決まってんでしょ! とっとと離れてよ!」
 マジョラムの抗議も虚しく聞き入れられる事はなく、ブーケガルニはマジョラムの背中に手を回しがっちりと身体を掴むとキッチンカーの裏手の茂みの奥へとマジョラムを引き摺っていき、体重をかけてマジョラムの身体を地面へと引き倒す。
「ちょっ、あんた何盛りついてんのよ! どきなさいよ!」
「しょうがねぇだろ、マジョラムの肌がすべすべでいい匂いすんのが悪ぃんだよ」
「あんたの為に毎日お手入れしてるわけじゃないわよ! とにかくもう、んんっ!」
 尚も文句をがなり立てようとするマジョラムの口を覆い被さったブーケガルニの口が塞いでしまう。ばたつく手足の動きも押さえ付けられ封じられて、口腔内に入り込んだブーケガルニの舌が夢中で口の中を掻き回していくのを(まさか噛んでやるわけにもいかず)甘んじて受け入れるしかない。そろりと胸の膨らみに這い寄ってきた手を阻もうと手首を掴むが大した抵抗にはならず、掌に収まってしまう小振りな乳房を揉みしだかれると乳腺や乳首にも痛いほどの刺激がかかってきてびくびくと肩が跳ねる。
 ようやくブーケガルニが口を離すと、今まで頭の中を占めていた混乱よりも理不尽な状況への怒りの方が段々と湧き上がって勝ってくる。ブーケガルニの脚に押さえ付けられた右脚をどうにか引き抜いて腹を思い切り蹴ってやる。不意打ちを食らったブーケガルニは尻餅をついて蹴られた腹を押さえ蹲った。
「……もう、信じらんない……! あんた、ほんっと、サイテー!」
「なんだよ~、そんなに嫌がんなくたっていいだろ~」
「嫌がるわよ! 初めてだったのに……ムードも何もないこんなとこでよりにもよってあんたなんかと……ほんっとサイテー!」
 悔しくて目尻に涙を滲ませながら怒鳴りつけると、ブーケガルニはそっと顔を上げた。いつもの緊張感に欠けた緩んだ笑みは頬から消え、思いの外真剣な表情をしていた。思わず気圧されてごくりとマジョラムは息を呑んだ。
「なぁ、マジョラムはそんなに俺様の事が嫌か?」
「嫌とかいいとかそういう問題じゃないわよ! あんたの事なんてそういう対象だと思って見た事ないし……大体初めてなのにこんな場所で何のムードもないままがっつかれるなんて絶対無理だしありえないし……」
「うーん、分かった。じゃあ真剣に言うぞ」
 胸から離れたブーケガルニの手がマジョラムの両肩を掴まえて、まっすぐに顔を見据えられる。ブーケガルニにこんな真剣な顔で真っ直ぐに眼を見つめられた事はなく、そんな必要はないと思いながらもつい緊張してしまう。
「俺様は、マジョラムのことずっとそういう対象だと思って見てたぞ。もっとロマンチックな方がいいならそうする。でもそうだなぁ……ホントにもう我慢できねぇんだ、だからできれば今ここでさせてくれるとすげぇ助かる……」
「だからあんたね、もう少し言い方ってもんがあるでしょ……。あんたあたしのことちょっと頼み込めば身体を許すような軽い女だと思ってるわけ?」
「そんな事思ってねぇぞ! 俺様の惚れた女だからな!」
「……はぁ、なんか色々順番がおかしいんだけど、普通そっちを先に言わない? それにそういう事をするにしても物には色々順序ってものがあるでしょ! すっ飛ばしすぎなのよあんたは!」
 そう指摘すると、ブーケガルニは何とも納得いかないようなよく理解できていないような微妙な顔をして首を捻り軽く呻いた。
「だってよ、こういうのってその場のノリじゃねーか。そういう雰囲気にならねぇとできねぇだろ?」
「あたしは全っ然そういう雰囲気じゃなかったわよ、あんたが一人で盛ってただけでしょ!」
「じゃあ、マジョラムは嫌か? 俺とそういう事するの……俺はすっげーしたい」
 思いの外真剣な眼差しで見つめられて問われ、答えに詰まってマジョラムは眉根を寄せた。改めてそう問われると、どう答えればいいのかがよく分からなかった。そもそもブーケガルニはあくまで騒々しくて時々迷惑だけどどこか憎めない仕事仲間で、性的対象として認識したことが今までなかったのに急にそんな事を聞かれても困る。困惑した視線をブーケガルニに向けると、ブーケガルニは普段見せないような肚の底が見えない薄い笑みを浮かべた。
「もっかいキスしてみたら、分かるんじゃねぇか?」
「は? え、ちょっと、何言ってんのよあんた……」
「嫌ならちゃんと嫌がれよ? でないと分かんないからな」
 肩を掴んでいたブーケガルニの両手が頬を包み、何を考えているのか分からない薄い笑みを浮かべたままの顔が段々近付いてくる。望んではいない筈なのに嫌だとも言い切れない。迷いあぐねている内に唇が重なって、啄むような短いキスが幾度も繰り返される。ブーケガルニの視線が孕んだ熱がこちらに伝わってくるようで、感じる唇の弾力と柔らかさに少しずつ鼓動が高鳴っていく。ブーケガルニの舌先に唇をなぞられると、思わず肩が跳ねた。
「ほら、ここももう、こんなに熱くなってるぜ……」
「ひゃうっ……! バカ……っ、そんなとこ、触んないで……!」
 いつの間にか脚の間に入り込んだブーケガルニの右手の指先がホットパンツの上から熱のこもった陰部をなぞる。指摘されるまでもなくそこが熱を帯びてきていたのは感じていたが、触られ知られると穴を掘って埋まりたいような羞恥に駆られる。咄嗟に脚を閉じようとするがブーケガルニの手はマジョラムの内腿に挟み込まれたまま指先がそろそろと陰部を刺激していく。
「エッチな気分になってきたんだろ? かわいいな、マジョラム」
「バ、バカっ! 違……ん、んんっ……」
 反論しようと口を開いた所に唇が深く重ねられ容易く侵入を許したブーケガルニの舌が口内を舐り回す。他人と唾液を交わすだなんてこんな行為はもっと嫌悪感が湧くだろうと思っていたのにそれよりは体の芯を疼かせる快感の方が強く、絡め取られた舌から痺れに似て違う甘やかな感覚が全身に広がっていく。いつの間にか頬を離れたブーケガルニの左手は服の隙間から入り込んで慎ましいマジョラムの胸をそっと揉みしだいている。
「はっ……あ……マジョラム、すっげーかわいい……」
「バカ……! もう、やめ……あ、あぁっ!」
「やめちゃってもいいのか? もっと、気持ちよくなろうぜ、一緒に……」
 耳許で囁かれ熱い息が外耳にかかり、少し強めに耳朶を食まれて背筋が跳ねる。悔しいが事実として感じさせられてしまっている。それは確かに事実なのだが、このまま流されてしまってはいけない、そう思い直してブーケガルニの肩と額を手で押して遠ざけようとする。
「あんたとアタシは……そういう関係じゃ、ないでしょ! 何なし崩しに既成事実作ろうとしてんのよ!」
「じゃあ、ちゃんと言えばいいか? 好きだぜ、マジョラム。お前はどうだ?」
「こういう状況でそんな事言う? 信じらんない、あんたのそういうとこがやなの!」
「……俺様嫌われちまってんのか…………そっか」
 マジョラムの手を押しのけ前に出ようとするブーケガルニの力がふっと抜け、ブーケガルニはマジョラムの上からどきどかりと胡座を組んで後ろに座り込んだ。しょんぼりと肩を落としいかにも深刻そうな表情で地面を見つめている。
「な……何もそんなに落ち込まなくたっていいじゃない……いつももっとサイテーとか言っても全然気にもしないくせに……」
「俺様だって本気の告白で振られたらさすがに落ち込むぜ……」
「バッカ……だから! そういう事を言うなら時と場所を選びなさいって言ってんのよ!」
「んなこと言ったって、マジョラムいっつも俺様の話なんかろくに聞かねぇだろ」
「……真剣な話ならちゃんと聞くわよ。だからなし崩しに言うのはやめなさいよ」
「ほんとか?」
 おずおずと顔を上げたブーケガルニに頷いてみせると、ブーケガルニの顔が分かりやすくぱっと輝く。こういう所は憎めないので嫌いになれない。嫌いどころかきっと料理に対する真摯さや仲間を思う気持ちなんかは。それ以上先に思考を進めたくなくてマジョラムはぷいと横を向いた。
「じゃあ、改めてちゃんと言うぞ。俺様はマジョラムの事が好きだ。だから、付き合ってくれ」
「……断ったら、諦めてくれる?」
「絶対諦めねぇ! 振り向いてくれるまで!」
 真っ直ぐ前を向ききっぱりと言い切ったブーケガルニをちらと横目で見て、はぁと深い溜息を一つつくとマジョラムは呆れたような諦めたような顔でブーケガルニに向き直った。
「いいわよ、じゃあ、まずはお付き合いから。いきなりセックスってのはナシだからね。アタシそんな軽い女じゃないから」
「おう、分かったぜ! その時が来るまでちゃんと待つしムードたっぷりのマジョラムがあっと驚くようなやつにしてやるぜ! 何たって俺様は魔王だからな、それくらいのでっかい器がねぇと務まらねぇぜ!」
「ハイハイ。じゃあそういう事でよろしく。仕事戻るわよ」
「おうっ!」
 マジョラムが立ち上がるとブーケガルニも立ち上がって歩き出し、上機嫌で鼻歌など歌いながら自分のキッチンカーの方へと戻っていった。なんとかいなせたもののこれからどうするか、それを考えると多少目の前が暗くなる。でも不思議と嫌ではなかったどころか、胸の奥がきゅっと締め付けられるような甘い感覚があった。もしかしてアタシ、もうアイツの事を。それ以上考えを進めるのをやめようと頭を何度か横に振り、マジョラムは中断していた作業へと戻っていった。

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