王子様のキスでも戻らない(ブケマジョ)

 マジョラムの作業場の辺りを通りかかったブーケガルニは、火にかけた大鍋の前で何やら草を入れ鍋を掻き回すマジョラムとそれに指示を出しているらしきチューベローズを見かけた。何をしているのだろうと純粋な好奇心で近寄っていく。
「おー、何してんだ?」
「ホッホ、ちょっとした新薬の調合じゃよ。完成したらおヌシにも飲ませてやってもよいぞ」
「うげ、薬~……俺様苦いのはちょっとな~……」
「なんかアンタがいるとロクな事にならない気がするからあっち行って、作業の邪魔」
 しっしっ、とマジョラムが手を振り追い払うジェスチャーを見せながら言う。確かに薬草の事に関しては全くの門外漢だがそれにしてものっけから厄介者扱いは面白くはない。ぶぅと唇を尖らせブーケガルニは反論を試みる。
「そんな事はねーぞ、俺様だって手伝いくらい晩飯前だぞ!」
「それを言うなら朝飯前でしょ。ホント不安しかないから早くあっち行って……」
「ホッホ、まあそう言うでないマジョラム、ここまで言うのじゃから少しばかり手伝ってもらってもよいじゃろう。そこのナナフシ草を取ってもらってもよいかの?」
「おう! 任せとけ!」
 チューベローズに取りなされてすっかりその気になり張り切った様子でブーケガルニは傍に置かれた薬草の山を見る。だが勿論ナナフシ草なるものがどういう草なのかは知らない。
「うーん、これか? まあいいや、ほいっと!」
「ばっ、あんた! それナナフシ草じゃない……!」
 ブーケガルニが適当に掴んだ薬草を鍋に放り込み、マジョラムが投げ込まれた草を見て怒鳴った次の瞬間、ボンッっと派手な音を立てて鍋の中身が爆発を起こし周囲が真っ白な煙に包まれて視界が失われる。
「どうしたの!? マジョラム!?」
 音を聞きつけたランチを始めマルシェの面々が続々と集まってくるが何せ煙が濃くて鍋の周囲の様子は何がどうなっているのか全く分からない。ゲホゲホと咳き込みながらチューベローズが煙の中から飛び出てくる。
「チューベローズ様、一体何があったんですか?」
「ちと新薬の調合でアクシデントがあっての……とりあえずこの煙をどうにかせねばならんの……。ケフヨ・ゼカ!」
 チューベローズの魔法で強風が吹き起こり、濃い煙が吹き飛んでいく。するとその中から現れたのは、ランチの腰ほどの背丈の子供になって大きくなってしまった服が全てずり落ちポンチョを身体に巻き付けて涙目で必死に全身を隠すマジョラムと、同じく腰ほどの背丈の子供になって服が全てずり落ち真っ裸で呆然としているブーケガルニだった。
「キャー!! バッ、バカあんたっ!! その粗末なもんさっさと隠しなさいよ!!」
「あれっ? マジョラムなんでそんな小さくなってんだ?」
「あんたも小さくなってんのよ!! いいから早く隠して!!」
「うぇ? 何を隠すんだよ~?」
 マジョラムが怒っている理由を全く理解していない様子のブーケガルニを見かねてランチがブーケガルニのコートを持ち上げてブーケガルニの小さくなった身体を包みマジョラムが目にしたくないであろう部分を隠す。
「ふむぅ、吾輩は既に魔法によって梟になっておるから影響がなかったようじゃが、どうやら若返りの薬が偶然出来てしまったようじゃの。ブーケガルニよ、どの草を入れたか覚えておるか?」
「え~? え~っと……どれだったっけなぁ……その辺からバーっと掴んだからなぁ~……」
「チューベローズ様! 今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ! 早く元に戻して~っ!」
「ホッホ、幼いマジョラムの怒る姿は愛らしいのう~」
「チューベローズ様~っ!!」
 幼く愛らしくなったマジョラムの怒声が響き渡るがチューベローズには堪えた風は一切ないどころかむしろこの状況を明らかに面白がっていた。とりあえずこれ以上話がややこしくなるのを防ぐためディルがブーケガルニと服を回収しキッチンカーに連れ帰り、ランチは古着屋に子供服と下着を買いに走った。おかんむりのマジョラムはチューベローズ様と一緒に元に戻す方法をなるべく早く探すからとオレガノが宥め、一先ずユーカリとネリネに連れられてキッチンカーへと戻っていった。

 ランチが調達してきてくれた下着と子供服を身につけたためようやく落ち着いたし外にも出歩けるようになったが、この幼い身体ではマルシェの仕事はままならない。そして今の今まですっかり忘れていたがランチのファッションセンスは話に聞いた通りに壊滅的で、これではサフランに私服を全部捨てられるのもむべなるかなという格好をマジョラムは今強いられている。クリスマスカラーの緑と赤を基調として前面にカムイの国技であるスモウのスモウレスラーが四股を踏んでいる上で寿司が舞い踊っている様子が何故か編まれたセーターと、寒い季節だからかキャメルのコーデュロイズボンの組み合わせだ。ランチに一人で服を買わせてはならない、その決意がマジョラムの中でより一層固くなる。
 外を出歩くのは正直恥ずかしいがキッチンカーの中で大人しくしている気にもなれず広場に出てみたものの出来る仕事はない。ベンチに座ってなるべく腕でスモウレスラーを隠しつつ大きな溜息をつくと、蛍光グリーンの長袖シャツに薄い水色のデニム地のオーバーオールを着た子供姿のブーケガルニが歩いて来るのが見えた。ブーケガルニは身に着けた服のセンスを意に介している様子が全く無いが、あっちも相当なもんだわとまた長い溜息が出る。普通に選べば無難な組み合わせになるはずなのにどうしてだかランチにはこういう素っ頓狂な服を膨大な数の無難な服の中から選び出す才能があるようで、いらない才能を天から与えられたものだと気の毒にすらなってくる。
「おっマジョラム、そのセーターかっこいいな~! スモウレスラーだろ!」
「放っといて……これしかないからしょうがなく着てんのよ……」
「似合ってるぜ!」
「……全然嬉しくないんですけど。ぶん殴るわよ」
 不機嫌なマジョラムなど意に介していない様子のブーケガルニはベンチのマジョラムの横にどかりと腰掛けた。普段どおりの上機嫌で鼻歌など軽く漏れ出ている。こんな異常事態だというのに全く動じていない様子なのがマジョラムには全く理解できなかった。
「アンタよく平気ね……こんな子供になっちゃって、仕事だって満足にできなくなっちゃったのに……」
「ん~? そうだな~、仕事ができないのは困るけどよ~、いきなり身体だけ子供になる経験なんてなかなかできねーだろ? なんかワクワクすんだよな~!」
 心からワクワクしている様子が伝わってくる満面の笑顔でブーケガルニにそう返され、マジョラムは返す言葉を選ぶのも阿呆らしくなってじっとりとブーケガルニを見つめたが相変わらずブーケガルニがそれを意に介する様子は全くない。また一つマジョラムの口から長い溜息が漏れる。
「……一生このままだったらどうしようかとか考えないわけ? そもそもアンタが薬草のやの字も分からないのに手を出して適当な草を放り込んだからこんな大事になってんですけど責任とか感じてないの?」
「チューベローズ様とオレガノが何とかしてくれんだろ? 心配はしてねぇな~!」
「完全に他人任せ……」
「違うだろ~!? 仲間を信頼してんだよ~!」
 呆れたマジョラムの言葉にブーケガルニは不満げに反論する。話している内容はいつも通りなのに声と見た目が子供だからなんだか他愛もない子供の喧嘩のようで(実際傍目から見れば他愛のない子供の喧嘩に見えるであろうし)何もかもが馬鹿馬鹿しくなってくる。何度目か分からない溜息をマジョラムがつくと、そうだ、とブーケガルニが何か思いついたような声を上げた。
「俺様は無理だけどよ、お前は元に戻れっかもしんね~ぞ?」
「は? なんでよ」
「ほら、こういう時はあるだろ、例のお約束の奴がよ~!」
 名案だとでも言いたげな誇らしげな笑みを浮かべたブーケガルニの顔が段々近付いてくる。何をするつもりなのか分からずマジョラムが戸惑っていると、ブーケガルニの唇がそっと頬に触れてすぐに離れた。
「王子様のキス! いけると思ったんだけどな~……俺様は魔王だからやっぱ駄目か……フェンネルならいけっかな~? それとも口にしないと効果ねえのかな~? ちょっと試してみっか!」
 好奇心で目をきらきらさせた表情に切り替わったブーケガルニの顔が今度は正面から近付いてくる。頭が真っ白になったマジョラムの身体は無意識の内に自然に動いていた。
「バカーッ!」
 近付いてきていたブーケガルニの顔面に美しい軌跡を描いた右ストレートがカウンター気味に正面から決まる。一発で綺麗にブーケガルニはノックアウトされ、ベンチに沈んだ。
 結局二人は三日ほど子供の姿のままだったのだが、あまりにも悪びれないブーケガルニの態度にマジョラムも怒り続けているのが段々馬鹿らしくなるやら疲れてくるやらで、許してあげる代わりに今度からは決して薬の調合には手出ししないことをブーケガルニに約束させたのだった。

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