騒々しいほど賑やかなキャロルと

 年の暮れも迫り、クリスマスの季節がやってきた。まんぷくマルシェでもクリスマスに合わせた趣向を色々と凝らし、飾り付けを変えクリスマス向けの特別メニューとしてシュトーレンやパネットーネ、ブッシュ・ド・ノエルやクリスマスプディングやバノフィーパイ、七面鳥の丸焼きやフライドチキンやローストビーフ、紅白饅頭ならぬ食紅と蓬を使った紅緑饅頭などを売り出していた。
 現在まんぷくマルシェはテシカで営業中で、年の暮れと年明けはこの地で過ごすことになりそうだった。広場に設えたマルシェメンバーの休憩スペースでココアを飲みながら、ランチは一つ大きな溜息をついた。
 どうにもおかしい、最近皆に避けられているような気がしてならない。
 毎食後は全員さっと持ち場に散り、そこかしこでこそこそ何かを話しているがランチが近付いて来たのに気付くと慌てて誤魔化そうとする。ユーカリやフェンネルなどは顔色一つ変えないから分からないが、ブーケガルニやリンドウは分かりやすいほど態度に出る。新しいレシピについて話していたとかクリスマス用メニューを明日はどれだけ用意するか話していたとか何だかんだと誤魔化されてしまうのだが、そういう相談なら小声でひそひそとしなくてもいい筈なのに皆が皆ランチに隠れて何やら相談している様子だった。
「どうしたのランチ?」
 休憩スペースに紅茶のカップを持ったフェンネルがやって来た。テーブルに頬杖を突いて憂鬱そうに溜息をついたランチは恨めしそうな視線でフェンネルを見やった。
「……なんか最近、皆に避けられてるような気がするんだけど…………もしかして私嫌われちゃった?」
「バカだなぁ、そんな訳ないじゃないか」
「じゃあ皆で何をこそこそ話してるのか教えて」
「別に何も? こそこそなんてしてないよ。君の気のせいじゃない?」
 柔らかく微笑んだフェンネルにそう返されれば、聞く相手が悪かったというのはランチでも分かる。皆が隠し事をしているとしても相手がフェンネルではそう簡単に事情を詳らかにしてくれる筈などないのだ。それこそリンドウやブーケガルニ、ミツバやオレガノ、バジル辺りにでも聞けば何かヒントでも得られたかもしれないが、生憎今目の前にいるのは元スパイとして鉄壁のポーカーフェイスを備えたフェンネルだ。よりにもよって聞く相手がフェンネルだったのは間違いだし、運が悪かったとしか言いようがない。
「ちゃんと教えてくれないと気になって仕事が手につかないよ……報告書出すの遅れたらフェンネルのせいだからね」
「それは僕や皆は関係なく君はいつも遅れてるでしょ? 責任転嫁はよくないよ」
「うぅっ……、そ、それはそうだけど……ますます遅れちゃうから……」
「まぁそうなったとしてもサフランさんに怒られるのは君だからね。第一こっちは何も隠してる事なんかないんだから、ただの自業自得じゃない?」
 余裕たっぷりにそう言い放つと爽やかな笑みを見せてフェンネルは紅茶のカップに口を付けた。どうあっても何も話す気はないらしい。ブーケガルニやリンドウの狼狽ぶりから見ても何かを隠している事は確実なのにそれが何なのか分からない。キキョウなど「もう面倒臭ぇから話しちまえ」と話し始めかけたところで慌てたリンドウに口を塞がれた。いくらランチが鈍感とはいってもこれで何かを隠されているのに気付くなというのは無理な話だ。こうなったら意地でも皆が何を隠しているのか探り当てよう、そんな決意が胸に湧き上がり固まる。涼しい顔をして困惑するランチに微笑むフェンネルの鼻を明かしてやるのだ。
 そうと決まれば話は早い。カップの中で温くなった残りのココアをぐいっと一口で煽るとランチは席を立った。日常の業務もこなしつつ皆が隠している秘密を解明するとすれば何一つ明かさないであろうフェンネルにかまけている暇などないのだ。
「もう休憩終わりかい?」
「私忙しいから隠し事して教えてくれないフェンネルに構ってる暇なんてないんです、イーッだ!」
 思い切り歯をむいてみせるが、その様子にフェンネルは苦笑を漏らしただけだった。馬鹿にして、もう。そんな思いが募ってぷいとそっぽを向くとランチは早足で歩き出した。

 カップを片付けて広場に戻ると、掃除中のブーケガルニとマジョラムが顔を寄せて何やらひそひそ話している様子を早速見つけた。
「だからさ、蓄音機でもそれっぽい音楽かけたいんじゃん。レコード屋なんてあるのかなテシカって」
「うんうんだなだな、ムード作りは大事だからな。通販で取り寄せっか?」
「うーん、当日までに間に合うかなぁそれだと。魔法で転送してもらえばいっかな……?」
 耳をそばだてると、何やらパーティ蓄音機のレコードの話をしていた。今あるレコードでは足りないのだろうか。小声で話しているところを見ると、例のランチには秘密にしたい内容のようだった。
「お疲れ様、レコードがどうかしたの? 何か欲しい曲があるなら王都から送ってもらおうか?」
 声を掛けるとマジョラムはどうにか平静を装っているがブーケガルニは明らかに驚いた顔をしてばっとランチの方へと振り向いた。
「んー、ちょっとね。ま、あったらいいな程度だから今度何かのついでにお願いするかも。他の皆も欲しい曲あるかもだし聞いてみるわ」
「そっ、そうそうっ! ついで、何かのついでだ! それでいいぞ! 俺様はソウルフルなロックンロールが聞きたいな~! バンド名とか今度調べとくからよ! なっ!?」
 ちょっと何かを誤魔化しているかな? という程度の気配を感じさせるに留まっているマジョラムとは対照的に、ブーケガルニの慌てぶりは凄まじく、明らかに動揺して揺れた大音量の声色で返事を返してくる。とりあえず隠し事において音楽でのムード作りは欠かせないものらしいという事は分かった。とりあえずここは誤魔化された風を装い話を合わせることにする。
「そうなんだ。欲しいレコードあったらいつでも気軽に言ってね。報告書送るついでにレコードの注文も送っておくから」
「うん、その時はヨロシク! ほら掃除の続きするわよ、ちゃんと丁寧に掃いてよ」
「俺様はいつだって全力で丁寧だぜ~!」
「そこら中に箒でゴミ撒き散らしてんのよあんたの掃除は! ねぇちょっとランチ、こいつ掃除当番から永久追放して!」
「あはは……当番は平等にだからそれはダメかな……ちゃんと丁寧に掃除してねブーケガルニ」
「任しとけ!」
 ランチの言葉に元気よく応じたブーケガルニは、早速元気よく乱雑に箒を振り回しそこらに塵を撒き散らしていく。苦い顔をしながらその後をマジョラムが掃き清め、塵を集めていく。苦笑しながらその様子をしばらく見守り、ランチはその場を後にした。
 報告書や伝票の起票に帳簿の整理、新しいレシピの開発など雑務は色々あるが、皆が隠している秘密を暴かない事には気になって仕事に身が入らない。まずは皆に話を聞いて回って秘密を探り出していく事にする。
 広場の外れまで来るとバジルとオレガノとシオンが三人寄り集まって何やら相談をしていた。恐らくランチへの秘密の件だろうと当たりをつけ、そっと近付いて耳を澄ます。
「だからさ、チューベローズ様に手伝ってもらって魔法でどーんと上げるんだ。テシカって地面がガラスだろ? だからきっとキラキラして綺麗になると思うんだよね」
「成程、それはいい案かもしれません。きっとびっくりして驚きますしね。湖の辺りで見たらもっと綺麗かもしれませんから提案してみましょうか」
「きっとキラキラのキレイになるっすね~! ぼくも早く見たいっす!」
 三人は楽しげに潜めた声で内緒話をしている。足音を立てないようにそっと近付いてバジルの背後に立つ。
「何がキラキラのキレイなの?」
「わっ! ら、ランチさんっ! びっくりさせないでくださいっす~!」
 背後から声をかけられたバジルはそれこそ飛び上がるほどびっくりして振り向いた。オレガノとシオンはやや気まずそうな顔でランチを見つめている。
 魔法で上げられて、地面がガラスだとキラキラになるもの。一体何なのかランチには皆目見当がつかなかったし、純粋に気になって仕方がなかった。
「ねえ、何の話してたの? 湖で魔法で何かするの?」
「……えっ、いやその、ほらオレ、チューベローズ様に魔法習ってるから、次は何を習おうかなって話をしててさ! 何かこう、キラキラ綺麗な光とか出せる魔法にしようかなって!」
「そ、そうなんです。わたくしたちも早く披露してほしいなという話をしてまして……」
「ふーん」
 にこりと微笑んだランチに三人は気まずそうな視線を向ける。さすがにこの年下組三人はあまり追及していじめても可哀想だし、程々にしておこうという気が働く。
「できるようになったら私にも見せてね、オレガノくん。じゃあ私行くから」
「う、うん、ランチさん、絶対見せるよ……また後でね」
 ランチがその場を後にする様子を見せたからかほっとした様子の声でオレガノが返事をする。蓄音機に魔法の光、何をするのかはまだ分からないが結構大掛かりなイベントのように思われた。
 そのまま広場を抜けて公園の周囲を囲むガラスの木立が林立した森に入ると、チューベローズとディルがいた。ディルの方は潜めた声だがチューベローズは誰も聞いていないと思っているのだろう、普段通りの声量で話している。
「わたくしも何か用意したいのですが、さすがに骨は喜んでもらえないでしょうし……何を用意すればいいのか皆目見当がつかず……お給金は頂いておりますから何か買いたいのですが、人間の女性というのは何を喜ぶのでしょう」
「そりゃあおヌシ、光り物じゃよ光り物! ダイヤにサファイアエメラルド、女といえば宝石に目がないと相場が決まっておるわい!」
「しかし……宝石というのはお値段が張るのでしょう? 自分の持ち合わせで足りるでしょうか……」
「宝石といってもピンキリじゃよ。王侯貴族が付けているような豪奢なものもあれば、そこらの子供が少し金を貯めれば手が出るようなつましいものまで種々様々あるわい。この村にアクセサリーを置いとる店があるとよいがのう」
「ふむ……探してみます」
 どうやらディルは女性に贈り物をしたい様子だが、一体誰に贈るのだろう。再び足音を立てないように忍び寄り、ディルの背後から声をかける。
「アクセサリー屋さんなら村に一件ありましたよ、ガラス細工の方が多いですけど宝石もちょっと取り扱ってました」
「うわっ! らっ、ランチ殿っ! 急に驚かさないでください……寿命が縮みます」
 分かりやすく大きくびくついてからディルが振り返り、困惑した顔をランチに向ける。
「アクセサリーを贈るって、もしかしてディルさん誰か好きな人でもできたんですか? 私応援しちゃいますよ?」
「あ、いや、その……それとはまた違って……なんというかその…………心配は無用ですので!」
「えっ、それじゃ余計気になりますよ、教えてくださいよー」
「ホッホ、それ以上の追及は無粋じゃろうて。ワシの顔に免じて許してやってくれんかの」
 ディルの背後にいたチューベローズから掛けられたその言葉に、明らかな違和感をランチは抱いた。いつものチューベローズならば、ディルの許可なく相手が誰なのかを言ってしまうくらいはする。それがこのしおらしい態度、これは何かある、そう確信せざるを得ない。
「チューベローズ様、何か隠してますね」
「何でワシに聞くんじゃ、聞くならディルの方じゃろ」
「チューベローズ様の方が態度がおかしかったからです。こういう時っていつもなら勝手にディルさんの好きな人の名前言ったりしますよね?」
「そんな事はないぞよ~? 吾輩は口が固いのが取柄じゃからの~」
「チューベローズ様はこう言ってますけどそうなんですか? ディルさん」
「それは違います……ですが出来ればその、これ以上は追及しないでいただけると助かります……どうしてもお話致しかねるので」
 弱りきった顔でディルにそう言われては、ランチもこれ以上しつこく聞くことはできなかった。ふうと溜息を一つつく。
「分かりました、好きな人の事なんて個人的な事ですしね……本人が嫌がってるのにそんな立ち入った事まで聞く権利ないですよね」
「何というかその……ちょっと違うのですが……とにかく済みません」
「いいです、気にしないでください。こっちこそ興味本位で聞いちゃったりしてごめんなさい、じゃあ私広場に戻りますね」
「賄いが出来たら呼びに来るのじゃぞ~!」
 最早常套句と化したチューベローズの要求を聞き流して踵を返し広場に戻る。皆のキッチンカーを停めている辺りに行くと、作業スペースで和菓子を作りながらリンドウとキキョウが何やら話している様子だった。
「ったく、おめぇは女心ってやつが少しも分かってねぇな。そんな平々凡々なやり方で喜ぶ女なんざ今日日いねぇぞ」
「そう仰られましても……では例えば兄弟子ならどうなさるのですか?」
「そうだなぁ……いい料理屋の予約、はここの連中の料理の方がいいだろうからいらねぇが、舞台はきっちり整えねぇとな。おめぇあいつの好きな花でもこっそり……あぁすまねぇ、おめぇにこっそり聞くとかそういうのを期待しようとしたオレが馬鹿だったわ」
「……何か大変失礼な事を言われているような気がしますがとりあえず置いておきます。確かに飾り付けは好みに合わせた方がいいかもしれませんね。それならきっとオレンジだとか黄色の明るい色が……」
「あー、好きそうだな確かにそういう色。しかし季節が季節だからなぁ、温室栽培してる農家なんてこの辺にあるのかよ」
「花屋は確かあった筈ですから買い出しのついでにでも見てきます」
 二人とも手元の作業に集中しながら会話しているせいか、足音を忍ばせたランチが近付いているのにもまるで気付かない様子だった。花や飾り付けの相談のようだが、マルシェのクリスマス用の飾り付けは既に王都に発注して届いているし、それとは違う催し事でもあるというのだろうか。そもそも誰の好みの色の話をしているのだろう。オレンジや黄色といえば見ていると元気が出てくるのでランチも好きな色だが、マジョラムもきっと好きな色なのでマジョラムに関する事かもしれない。
「ねっ、飾り付けでオレンジとか黄色が好きってマジョラムに何かするの? 誕生日……はまだ先だよね?」
 声を掛けるとようやくランチの存在に気付いた二人は揃ってぎょっと驚いた顔でランチを見、慌てて平静を装う。
「おめぇから説明してやれ」
「はっ!? 何を仰っているのですか兄弟子! そんな事はできません!」
「もういいじゃねぇか面倒臭ぇ、そいつも大体何なのか大方感付いてんだろ」
「……そうなのか、ランチ?」
 リンドウの問い掛けにランチは首を横に振った。ランチに分かるのは自分以外の全員が何か隠し事をしているという事までで、具体的な内容まではまだ分からない。断片的な情報を元に考えるならば、音楽がかかっていて飾り付けがしてあり光でライトアップされて多分料理が振る舞われる、要するにパーティのような場が何かしら設けられようとしているのだろうという所までだが、何故自分を除け者にしてこそこそと相談しているのかまではまるで分からない。
 きょとんとした顔で首を横に振ったランチを見るとキキョウはぐったりと疲れた顔をしてがくりと肩を落とした。
「鈍感な女だとは思ってたがここまでたぁな……全くもって驚きだぜ、どんだけニブチンなんだよ」
「兄弟子! それ以上は!」
「へいへい」
 リンドウに窘められるとキキョウは苦い顔をして視線を手元に戻し、和菓子作りを再開する。隣のリンドウも既に作業を再開している。これ以上の邪魔は憚られる空気だが、どうしても一つ聞いておかなければならない。意を決してランチは口を開いた。
「ねぇリンドウ、何か私に隠し事してるんじゃない?」
「……何故、そう思う」
 しっかりと手は動いているし目線も手元に向けられたままだが、リンドウの声は明らかに上擦り動揺の色を隠せていなかった。キキョウの小さな舌打ちが聞こえてくる。
「皆私に内緒で色々相談してるよね? 何かパーティとかするなら、私も一緒にやらせてほしいんだけど、ダメかな……?」
「何の話だかさっぱり分からんな。ランチの気のせいではないか?」
「そんな事ないと思うけど……」
 声は相変わらず不自然に上擦って震えているがきっぱりと気のせいとリンドウは言い切った。梃子でもランチに話すつもりはないらしい。態度には出やすいが意志が強く口の固いリンドウから何かを聞き出すのはリンドウがうっかり口を滑らせない限り無理だろう。除け者にされている寂しさを引き摺りながらとぼとぼとその場をランチは後にした。
 売り場までやってくると、店番のユーカリとネリネがやはり小声で何かを話している。
「食パンとロールパン、どちらにするかまだ迷ってるんですよね~……プレーンで何とでも相性がいい食パンも捨てがたいんですけど、しっかりバターの風味を利かせたロールパンも他のお肉やお魚の料理の強い味に負けずに引き立て合いそうですし……」
「うーん、そうだね、難しいところだね……やっぱりさ、そういう時って本人の好みがどうかが一番大事じゃない? ユーカリは付き合いが一番長いんだからどっちの方が好みかとか分かるんじゃないか?」
「……それがですね~、多分どっちも物凄く美味しそうに食べてくれると思うんですよね。それぞれにそれぞれの良さがあるみたいな感じで~……」
「あっ、じゃあさ、いっそ思い切って両方用意しちゃえばどうだい? それなら二つの味を楽しめてお得だろ?」
「さすがネリネちゃん、名案です~! それでいきましょう~!」
 相談が纏まったようでそれは何よりなのだが、一体誰の話をしているのだろう。ユーカリと一番付き合いが長いといえばフェンネルだろうか? だけどフェンネルも何かを秘密にしている方の人間だ。ランチ一人だけが蚊帳の外に置かれている。
 確かにキキョウの言う通りランチは勘の良い方ではない、鈍いと言っていい。だが自分一人が除け者にされているのはいくら何でも分かる。ここまで徹底的に除け者にされていると段々いじけた気持ちになってきてしまう。まんぷくマルシェの皆の事は全員大切な仲間だと思っているし、ランチは出来る限り隠し事はしていない。それなのに皆してランチに何かを隠すのは信用されていないということなのだろうか。
 ユーカリとネリネには声すら掛ける気持ちも萎え、しょんぼりと肩を落として宛てもなく歩き始める。そろそろ夕刻、いつもであれば売り場の方を手伝う時間だけれども、今日はとてもそんな気持ちにはなれない。事務仕事をこなそうとランチは自室へと戻っていった。

「おはようランチっ!」
「あ、マジョラム……おはよう……」
 翌日の朝、まんじりともせず朝を迎えてしまったランチは眠い目を擦り覇気のない弱々しい声でマジョラムの挨拶に応え、ふらふらと力なく歩き去っていった。ランチの後ろ姿をやっぱりなと納得したような顔でマジョラムは見送り、賄いを作っているフェンネルの元へと走っていく。調理場で賄いを作っていたフェンネルは駆け寄るマジョラムの足音にすぐ気付きおはようと声をかけた。
「おはよ、ねぇフェンネル、ランチ絶対なんか変な誤解してるよあれ……さっきすれ違ったんだけど明らかに寝不足でめちゃくちゃ落ち込んでた……まずいっしょあれは……」
「そんなに……? ちょっとやり過ぎちゃったかな……でもバラす訳にもいかないし困ったね」
「ブーケガルニのバカが全然隠しきれてないのが悪いのよ全く……すぐ態度に出るんだから」
「それに関してはリンドウとかバジル辺りもそうだからブーケガルニ一人を責められないけど……やっぱり完全に秘密っていうのは無理があったかな?」
 ふむ、と顎に手を添えてフェンネルが考え込む。どんなポーズを取らせても絵になる男ではあるが、今はそんな事を考えている場合ではない。本番まであと三日、なんとか隠し通したいがランチの精神状態も心配でマジョラムは気が気でない。
「まあ昨日の内に大体の内容と場所は決まったから、後決まってない料理とお菓子のメニューは各々で考える事にして完全にサプライズにしちゃおう。それならランチの見える所でコソコソ話す必要もないだろうし」
「オッケ、分かった。皆に伝えとく。そうと決まれば早く行かなくっちゃ、じゃあね!」
 力強く頷いたマジョラムはさっと踵を返すと足早に駆け出していく。いつも一番頑張っているランチを労う為のサプライズクリスマスパーティーをしよう、そう発案したのはフェンネルだった。皆と協力して今まで密かに準備を進め、必要な物は概ね揃えてある。ランチには秘密にとは言ったものの人(特にブーケガルニやリンドウ、子供たち辺り)の口には戸は立てられず、結局相談しているところをランチが度々目撃し自分だけに何か隠し事をされていると悩んでしまっているようだった。
 昼の休憩の時間を合わせて何かフォローをしておいた方がいいだろうな、と思いながら賄いを作る作業に戻る。今日の朝の賄いはユーカリの焼き立てパンを使ったフレンチトーストとスクランブルエッグにトマトとレタスのサラダ、コンソメスープだ。フェンネルは洋菓子作りが本職だからそう手の込んだ料理はできないが、故郷にいる頃から母の面倒を見る為母と自分の分の料理はしていたので手慣れてはいる。とはいっても病人用に優しい味の柔らかい料理ばかりだったけど。思い出してクスリと笑いが漏れる。あの頃の鬱屈とした気持ちは今はほとんどもう思い出す事はない。皆で働くこのまんぷくマルシェでの時間がとても忙しく充実していて、楽しくて仕方がない。
 ゴーマン商事のスパイとして特定の誰かと馴れ合うわけでもなく過ごしていくのだろうと思っていたフェンネルの心を開き迎え入れてくれたランチとそれから仲間たちには返しても返しきれない恩を感じていて、特にランチにはどんな形でもいいから何かを返したかった。なればこそのサプライズパーティ企画だったのだが、どうやら裏目に出てしまった様子だった。
「おはようございますフェンネルさん~、いい匂いがするっす!」
「おはようバジル、運ぶの手伝ってくれるかい?」
「もちろんっす!」
 起き出して顔を洗ってきたバジルが姿を見せたので、丁度出来上がった朝の賄いを皿に盛り付けバジルの持つトレイに乗せていく。トレイを手に取り自分のトレイにも同じように一人分の食事を乗せ、すぐ傍の休憩用スペースへと運んでいく。
 朝食の席でも午前中も、ずっとランチは肩を落とし溜息をつきしょぼくれた顔をしていた。ブーケガルニが何か元気ねぇぞ~? と声を掛けると顔を上げて大丈夫と笑って見せるものの、すぐに元の姿勢に戻ってしまって書類仕事をしに自室へ引き篭もった。
 今のランチは信頼していた仲間達から爪弾きにされているような気持ちになっているのだろうからこの落ち込み方も無理からぬ事とも言えたが、それにしても元気よく駆け回るランチの声と姿がないまんぷくマルシェはどこかうら寂しさというか物足りなさがある。
 やはり少し話をするべきだろうと思い、二人分用意した昼の賄いを乗せたトレイを手にフェンネルはランチの部屋の扉をノックした。
「……誰?」
 中から返ってきた返事は力ないものだった。やはり相当落ち込んでいるらしい。
「僕だよランチ。お昼一緒に食べないかい?」
「食欲ない……」
「食欲の権化みたいな君の口からそんな言葉が出るなんて、もしかして何か悪い病気なんじゃないの? とにかく入るよ」
 これ以上問答しても埒が明かないだろうと思いフェンネルは鍵のかかっていないドアを開けた。窓辺に置いた机の椅子に腰掛けたランチは今にも泣き出してしまいそうな目をして入り口のフェンネルを見つめている。
「なんて顔だい。まるで今にもぶえぇって子豚みたいな声で泣き出しそうな顔してるよ」
「……フェンネルなんて嫌い…………いっつもそうやって意地悪ばっかり言うんだもん……」
「一生懸命働いてる君の為にこうしてお昼ご飯を運んできてあげたのに?」
 微笑みかけるとランチは口を尖らせいじけたような顔をしてぷいとそっぽを向いた。しかしいくらそっぽを向こうが鼻がひくひくと動きフェンネルの運んできた料理の匂いを嗅ぎ取っているのを見逃すようなフェンネルではない。
「いい匂いするだろ? 今日の賄いはマジョラムが昨日から仕込んでたトロトロのビーフシチューとユーカリのバターたっぷりのロールパンだよ。食べないなんて勿体無いなぁ……仕方ないから物足りなさそうだったディルにでも食べてもらおうかなぁ?」
「…………待って、食べる」
 わざとらしい口調で勿体ぶって語尾を伸ばすと、ランチは椅子から立ち上がり歩いてきてフェンネルの袖を引いた。ようやく食べる気になってくれたらしい。机とは別に置かれたテーブルに料理を乗せ席に着くとランチは不承不承といった顔でフェンネルの向かいの椅子に腰掛けた。
「……いただきます」
「いただきます」
 しばしの間二人して無言で食事を口に運ぶ。マジョラムのシチューを口にすると美味しさにランチの顔が緩みほころんでいくのが手に取るように分かった。食事を進めつつ、タイミングを見計らって口を開く。
「実はねランチ、君に秘密にしてる事が一つあるんだ」
「……やっぱり」
「でも安心して、皆だって君を仲間外れにしたいわけじゃない。ただ君が思いっきり驚いて喜んだ顔が見たいだけなんだ。だからいつ何をするのかまでは話せないんだ、ごめんね」
 普通の人ならもう大体の見当は付くんだけどね、という言葉は胸の奥にそっと閉まってフェンネルはそうランチに告げた。顔を上げたランチはきょとんとした顔でそれを聞き、ふぅ、と一つ息を漏らした。
「それならいいけど……私、皆に嫌われちゃったのかなって思って……」
「お馬鹿さんだね、そんな事あるわけないだろ。君はこのマルシェに欠かせない料理アドバイザーで、それに何より君の事が皆大好きなんだから。もっと自信持って」
 フェンネルのその言葉に、ランチの目がみるみる潤んでいく。辺りを見回しティッシュの箱を見付けるとそれを取りランチに手渡す。
「鼻水がシチューに垂れたら大変だからね」
「もう! フェンネルのバカ! 嫌い!」
 悪態をつきながらもランチの目からは涙がぽろぽろ零れ落ちていく。早速渡されたティッシュの箱からティッシュを二三枚出し、ランチは涙を拭って鼻をかんだ。衝動的に少し流れただけの涙だったらしく、泣き止んだランチはティッシュをゴミ箱に捨てると席に戻り昼食を再開した。
「嫌いはひどくない? 僕はランチの事こんなに好きなのに」
「だって、意地悪ばっかり言うんだもん……フェンネルって、女の人にだったら誰にでも優しいのに私にだけ優しさが足りない気がするんだけど……」
「それは君が特別だからだよ」
「嘘ばっかり、からかって面白がってるんでしょ……」
「ふふ、実を言うとそれも少しあるかな」
「やっぱり……」
 軽口を叩き合い苦笑しながらシチューを口に運ぶ。寝不足の疲れはさすがに取れていないが、ランチの顔からは沈鬱とした重苦しさはようやく消えて軽く笑顔すら浮かんでいた。

 会場はテシカ湖畔と決めたので、ランチが休憩や事務仕事をしている間にブーケガルニとディルとリンドウが村の人から借りたテーブルや椅子、BGM用のパーティ蓄音機を運び込む。パーティに出す料理用の食材も皆で出し合ったお金を使ってランチに内緒でフェンネルが手配した。オレガノは花火を空に上げられるような魔法がないかをチューベローズに相談し、ディルは大きな身体を縮こまらせてアクセサリー屋に入り手頃な値段の天然石ネックレスをギフト包装してもらう。買い出しのついでに花屋に行ったリンドウは元気な出そうな色の花とりどりを見繕ってもらい当日湖畔に配達してもらうよう手配を済ませ、マルシェで必要なものの他にもパーティ用の飾り付け用品各種を買い揃えてきた。チューベローズの天候予想ではテシカに当分雨雲は来ないという。クリスマス当日は店が混み合い用意する時間がない事が予想されるので、飾り付けなどは残り二日の間に夕食を食べ解散した後でランチが部屋に戻った事を確認してから湖畔に集まり直し魔法で照明を焚き先に済ませておいた。当日は午後からサボってどこかにふらりと消えた風を装ったキキョウが湖畔で待機し配達される花を受け取って飾り付ける手筈になっている。最初は令嬢の嗜みとして生け花を習っていたミツバが飾り付ける事を申し出たのだが、ミツバが抜けては料理の供給ができなくなる。そこにキキョウがオレにもそれくらいはできらぁなと事もなげに言ってのけた。人一倍美意識の強いキキョウの飾り付けであれば間違いはないだろうし、生け花の心得もあるのだというからつくづく芸達者だと一同感心しきりだったが、リンドウや子供たちだけでなく他の面々からも素直に尊敬の眼差しをを向けられるとキキョウ当人は当惑して照れたのか面白くなさそうにぷいと顔を背けた。
 世界樹の国の慣例としてはクリスマスイブは午前中にミサに出かけ午後からは質素な食事で厳かに過ごし、翌日のクリスマスに家族や親戚が一同に会して豪華な料理を囲む。クリスマス当日はマルシェも混雑が予想され忙しい一日になりそうだが、通常の業務と並行してパーティ用の料理やデザートの準備もしなければならない。(ランチとキキョウ以外は)全員が気合いを入れ直し決意を新たに当日を迎えた。
 クリスマスのご馳走は勿論母や娘が各家庭で腕を振るうし観光客はホテルの三ツ星レストランでの食事を楽しむが、その他にまんぷくマルシェの格別の味も一品二品加えようと料理やデザートを買いに来る人の波は引きも切らぬ様子だった。目の回るような忙しさの中で、店に出す料理の他にも閉店後のパーティの料理の準備も少しずつ進めていく。昼の休憩を取るのにもタイミングを測るのが難しいような混雑具合の中で全体の状況を見ているランチの指示でどうにか順番に休憩を済ませ、午後もずっと店に出す品を作り続ける。そうして怒涛のようなクリスマスの一日はあっという間に過ぎ去っていった。だが、ランチ以外にとってはこれからようやくクリスマスの本番が始まる。閉店準備を進めるランチに気付かれないように順番に湖畔までパーティ用の料理を運び、ようやく閉店を迎える。
「みんなお疲れ様! 今日はほんと大変だったけど頑張ってくれてありがとう! ……って、そういえば今日の賄い当番ってマジョラムとオレガノだよね、用意してる暇なかったからこれから?」
「ふっふふー、ちょーっち見せたいモノがあるから、一緒に来てよランチ! ほら早く!」
 悪戯っぽくにかりと笑ったマジョラムに首を傾げて見せるが、うんとランチは頷いてマジョラムの後に続く。他の面々もその後に続いてキキョウの待つ湖畔へと向かった。十分程歩けば到着する湖畔では、硝子の湖の向こうで暮れゆく紅の空を椅子に腰掛けたキキョウの横顔が眺めていた。皆の足音に気付くとキキョウは立ち上がってランチ達を見やり、遅ぇぞと短く言った。
「キキョウさん、こんな所で何してたんですか? っていうか、このご馳走は何……?」
「ケツヨ・リカア」
 ランチの質問には答えず、予め用意してあった照明にマジョラムが魔法で明かりを灯す。テーブルの上で湯気を立てる料理の数々や美しいデザート、そして周囲を彩るオレンジと黄色を基調とした飾り付けや花々が眩く照らし出される。次にマジョラムはパーティ蓄音機へと歩いていき、楽しげで賑やかなクリスマスソングのレコードをセットする。次にオレガノが湖畔へと駆け出していく。
「レガアヨ=ビナハ!」
 呪文を唱えると幾筋かの光が空に登っていって、遥か上空で弾けて赤や緑、白や青色とりどりの花火が上がり、それが鏡面のようになった湖面に映し出され広大な花火のパノラマが眼前に広がる。。
「わぁ……すごい! ねえ、どうしたの? これ……」
 しばしの間花火や辺りの様子に見惚れている内にマジョラムとキキョウとオレガノの姿が消えていた。どこに行ったのかと振り向くと、全員がクラッカーを手に整列していた。
「メリー・クリスマス!」
 ぱん、ぱんとクラッカーの火薬の音が次々に鳴り、中から飛び出したリボンがランチに降りかかる。ぽかんとしたランチの顔を、皆満足げに眺めていた。
「どう、驚いた?」
「えっ? えっ……あの、驚いた、けど、どういう事? 何が起こってるの?」
「このパーティは、僕たちからの君へのクリスマスプレゼントだよ。いつもお疲れ様、ありがとうランチ」
 にっこりと微笑んだフェンネルに言われ、他の皆の顔を見回しても(オレには関係ないとばかりにそっぽを向いたキキョウ以外は)各々嬉しそうに微笑んでランチの言葉を待っている。
「プレゼントって、えっ、あの……でも……私何も用意してなくて……」
「これは皆の日頃の感謝の気持ちだから、そんなの気にしなくていいよ。それより君が早く納得してくれないと、折角の料理が冷めちゃうんだけど?」
「そっ、それは困るよ! ええと、あの……すごくビックリしてるけど、私の為に皆で用意してくれてありがとう……。最近皆でコソコソ話してたのって、もしかしてこれ?」
「うん、そう。除け者にしたみたいになっちゃってごめんね。でもどうしてもビックリさせたくってさ」
 そのフェンネルの言葉を聞いて、ランチは一度テーブルの上の料理に向き直り再度フェンネルを見た。微かに眉根が寄っている。
「……もしかしてサプライズって、フェンネルの案?」
「うん、そう」
「もー! フェンネルー! 私皆に嫌われちゃたんじゃないかってすごく悩んだんだからねーっ!」
 言いながらランチはフェンネルに駆け寄って胸や肩の辺りを拳でぽかぽかと叩く。一時は真剣に悩んだのだから、この程度では足りないくらいだ。だというのにフェンネルは笑顔のままで、くすくすと笑い声まで漏らしている。
「あはは、ごめんごめん。でも許してくれるでしょ?」
「今度から、サプライズはなしだよ」
「うん、約束する」
「じゃあ、許す……」
 フェンネルを叩いていた手を下ろして、ランチはやや不満げに唇を尖らせ俯いた。逆光でよく見えないが、微かに頬が色付いているように見えなくもなかった。
「おーし、じゃあメシにしようぜメシ! 俺様もう腹ペコペコで待ち切れぇねよ~!」
「そうですな、皆様で腕を振るった料理と菓子、ありがたく頂きましょう」
 ブーケガルニとディルの言葉にユーカリとマジョラムがワイン(子供たちには葡萄ジュース)をグラスに注いで回り、皆それぞれ席に着き、ランチも素直に喜ぶのが面映いような複雑な心境で席に座った。
「じゃあランチ、パーティの挨拶して。君が責任者なんだから」
「えっ!? 私の為のサプライズパーティなんだからそこはフェンネルじゃないの!?」
「僕そういうの無理なんだ。ほら責任者らしくしゃんとして」
 余りといえば余りな言葉にランチはじっとりとフェンネルを睨み付けたが、当のフェンネルは涼しい顔で微笑み軽く手を振ってみせる余裕すら湛えている。何を言っても無駄だろうと観念して立ち上がりランチは口を開いた。
「ええっと、皆、こんなに素敵なクリスマスプレゼントを貰うのが初めてだから、なんて言っていいのか分からないんだけど、こんな素敵なパーティを用意してくれて、本当にありがとう。でも、次がもしあったら、出来れば私も一緒に準備したりしたいな。私ね、このまんぷくマルシェっていう場所が大好きで、一緒に働いてくれてる皆の事が本当に大好きだから、どんな小さな喜びでも悲しみでも一緒に分かち合いたいって思ってるの。だから、今度から秘密とかナシだよ! 約束してね! じゃあ挨拶終わり、今日も一日お疲れ様でした、乾杯!」
「乾杯!」
 ランチの音頭に続いて皆がグラスを上げ乾杯を交わす。忙殺された一日だったが、風もなく波も立たない鏡のようなテシカ湖畔の夜はその忙しなさを忘れさせるような心地良い静寂に包まれていて、その中で皆が囲むテーブルのある一角だけが暖かい明かりに包まれている。皆それぞれ料理に舌鼓を打ち、マジョラムは隠す必要がなくなったのでここぞとばかりにブーケガルニの隠し事の下手さに文句を言い始め、そりゃこいつも同じだろうぜとキキョウが苦笑しながらリンドウを指差す。自覚のあるリンドウはやや憮然としながらも、俺とブーケガルニどちらの方が分かりやすかったのだとランチに質問を投げてきて返答に困らせられる。一日中ほぼ休みなく働いた皆は腹もよく減っていて、多めに用意した筈の料理は(主にディルとブーケガルニに)あっという間に平らげられていく。それを尻目に女の子たちは席を寄せ合い、ワインとデザートをお供にお喋りに興じ花を咲かせる。ここしばらくはずっと忙しかったから、こんな時間を過ごせるのはいつぶりだろう。マジョラムの話す母と息子の二人の客の息子の方がマジョラムをおばちゃんと呼んでしまった話をそれはないよねと相槌を打っていると、フェンネルが立ち上がり手を叩いた。
「さて皆、盛り上がってるところ悪いけどクリスマスといえば例のやつでしょう? ちゃんと用意してきたよね?」
「勿論だぜ!」
 フェンネルの問い掛けにブーケガルニが元気よく応じ他の皆も勿論と言わんばかりに頷いているが、一人だけ話を聞かされていないランチには何が何やら分からない。これから一体何が始まるというのだろう。やや緊張しながらフェンネルの次の言葉を待っていると、ブーケガルニがランチの方へと歩いてきた。
「ほらこれ、俺様からのクリスマスプレゼントだ! レヴン島の螺鈿細工で作ったバレッタ? って奴だぜ!」
「……私に?」
「おう! 今日はランチが主役のクリスマスパーティだからな! 皆でランチにプレゼントを用意したんだぜ!」
 そのブーケガルニの言葉を聞いて、この間ディルが贈り物に悩んでいた事を思い出す。どうやらランチは知らぬ内に自分へのプレゼントのアドバイスを自分でするという何とも間抜けな事をしてしまっていたらしい。恥ずかしさに思わず頬が熱くなるが、まずはブーケガルニのプレゼントだ。差し出されたリボンのかかった箱をそっと受け取る。
「でも私、お返し何も用意してないよ……」
「そんなのいらねぇよ! 俺様達からの日頃の感謝の印ってやつだからよ! 返すって言っても受け取らねぇぜ!」
「……うん、じゃあ遠慮なく貰っておく。ありがとう、大事に使うね!」
「おうっ!」
 それから次々に皆からプレゼントがランチに手渡される。ユーカリからは髪を結ぶ可愛らしいピンクのフリルのリボン、ネリネからは基本の工具セット、バジルからは綺麗なピンクと紫の押し花の栞、マジョラムからは基礎化粧品から下地、ファンデにマスカラ、アイシャドウやアイライナーにアイブロウなど一通りの物が全て揃った基本のコスメセット、オレガノからは風邪薬や腹痛の薬などが詰め合わされた救急セット、ディルからは(ランチのアドバイス通りに)アパタイトという青い石のネックレス、ミツバからは恐らく一針一針思いを込めたお手製であろう見事な花の刺繍が入ったハンカチ、シオンからは香りのいいポプリの袋、リンドウからは以前借りたままになっていたマフラーと揃いの色柄の手編みの手袋が渡された。兄弟子、とリンドウに促され、やる、とぶっきら棒に言いながら渋々といった顔でキキョウが差し出したのは、どこに隠し持っていたのか一輪の橙色の薔薇だった。それぞれに礼を言いながら受け取るが、やはり返す物がないのが心苦しくなりランチはつい俯いて考え込んでしまう。
「んだよ、オレから貰う花はそんなに有難迷惑か」
「えっ、あっ、違うんです! ただ……やっぱりパーティの事教えて貰ってたら私もお返し用意できたのになって思って……」
「うん、そだね……サプライズしたら喜んでくれるかなって思ったんだけど、やっぱりランチとは準備でも何でも一緒に何かするのが一番楽しいかもって今日思った。だから今度から秘密はナシにするから、またパーティしようね!」
「うん!」
 マジョラムの言葉に、ランチは大きく笑んで深く頷き返す。それじゃパーティ再開だ、というブーケガルニの言葉に残り少ない料理やまだたっぷり用意されているデザートに皆の手が伸び、ワインと葡萄ジュースの瓶が空いていく。暗闇と静寂が包む湖畔を暖かく照らす黄橙色の照明の雰囲気通りに和やかで優しいパーティは、それから夜半まで続いた。

 クリスマス当日は忙しく次の日は客足も落ちるだろうという事が予測されていたので、次の日は元々休みの予定になっていた。片付けは店の営業もなく時間の空いている明日に回そうという事になり空になった皿やグラスを簡単に纏めて一同は縦に長く列になり寝床となるキッチンカーを停めている広場の辺りへ戻っていく。村と湖を結ぶ道の脇にはクリスタル状の硝子の柱が林立し、月と星の光を照り返して冷たく幻想的な光を放っていた。最後尾を歩いていたランチの所に、歩みを遅めてフェンネルがやって来る。
「フェンネル? どうしたの?」
「君、何か忘れていないかい? 僕だけ渡してないでしょ、君へのプレゼント」
「あっ……」
 言われてみればそうだったとランチはプレゼントを受け取った時の事を思い返していた。音頭を取ったフェンネルは立ち上がったままその場を動かず、皆がプレゼントを渡すのをずっと眺めていたのだ。
「どうしても二人きりで渡したかったんだ。皆には内緒だよ。はい、これ」
 そう言いながらフェンネルが差し出してきたのは、小振りな正方形のプレゼントボックスだった。
「ありがとう……開けてみていい?」
「勿論」
 口の両端を微かに上げて、フェンネルは美しく微笑んでみせる。その表情に思わずどきりと胸を高鳴らせてしまい慌てて箱に向き直りリボンを解いて包装紙を剥がし、箱を開ける。中に入っていたのは黒い台座に硝子のボールが取り付けてあり、透明な液体で満たされた硝子の中で小さな天使が祈りを捧げ動かすたびに白い雪が舞う、所謂スノードームという置物だった。
「わぁ……綺麗。ありがとうフェンネル、大事にするね」
「喜んでもらえたなら嬉しいよ」
「でも……フェンネルって天使が好きなの? 前にもらった硝子の置物も飾り付けのステンドグラスの柄も天使だよね? んっ? でもフェンネルが好きだからってなんで私へのプレゼントが天使なの……?」
 純粋に疑問に思い質問してみるが、フェンネルは静かに微笑んだままで答えを返してくれようとはしなかった。むぅ、とちょっとむくれてみせるとフェンネルはさもおかしげにくすりと笑い声を漏らした。
「何がおかしいの、分かんないよもうー!」
「分からなくてもいいよ。僕は天使が好きなわけじゃなくて、その天使が誰か知ってる人に似てるような気がしたからつい選んじゃったんだ。それがたまたま天使だっただけ。ステンドグラスの時と同じだよ」
 言われてみれば、飾り付けのステンドグラスについて話した時も同じような事を言っていたような気がする。ステンドグラスの光の下に立つフェンネルは幻想的で美しいけれどもその光景にはどこか現実味がなく、スノードームを動かす度舞い上がる雪が降り積もる天使の姿は美しいけれどもどこか寒々しい。いつもは気にしないようにしているけれども折りに触れ胸に湧き上がる良くない予感がまた胸を覆っていく。
「ねぇフェンネル……フェンネルはどこにも行かないよね?」
「なんだい急に、どうしたのさ」
「天使とか神様とか、そういうのはフェンネルの方がよく似合うから……なんだか、連れて行かれちゃいそうな気がして……」
「ぷっ、何それ。急に何を言い出すかと思えば随分素っ頓狂だね」
 可笑しさを抑えきれなかったのかフェンネルは忍び笑いを漏らすが、冗談ではなく真剣に言ったのだからその反応がランチは面白くない。気付いていないと思っているのだろうか、王都のマルシェの頃から傷の治りが遅かった事、世界を周るようになってから時折激しく咳き込みしばらく戻ってこない事。それくらいはいくら鈍感なランチだって気付く。素っ頓狂どころか根拠は充分にあるのにと思うとますます面白くない。
 むすりと膨れて横に目線を逸らすと、やがてふっとフェンネルの忍び笑いが止んだ。フェンネルの方に向き直ると、フェンネルはまっすぐにランチの眼を見つめてきた。
「僕はどこにも行ったりしないよ、このマルシェで皆と一緒に最後まで働くって決めたんだ」
「本当……?」
「本当だよ、約束する。もう二度と君に嘘はつかないから」
 安心させようというのか優しげに薄くフェンネルは微笑んで、軽く頷いた。きっとこの微笑みは半分は本気で半分は嘘。直感めいた思いがランチの胸に浮かぶ。誰に似ているのかは分からないけれどももし天使がいるなら、このいかにも神に愛され連れ去られそうな美しい人を今はまだ連れて行かないでほしい、心からそう願った。目を伏せて手元に目線を移し指先でスノードームを揺らし弄ぶと、中の雪が激しく舞い神に祈る天使を覆い隠す。中の天使は女性の姿をしているけれども、なかなか本当の気持ちを見せてはくれないフェンネルにこそむしろ似ているような気持ちになる。いつも美しい微笑みで覆い隠して誤魔化してしまう。
 今はゴーマン商事とのファン争奪バトルがある、その戦いをまず第一に考えなければならない。けれども、それがもし終わったなら。フェンネルの包み隠さない本当の気持ちを聞いてみたい、いつしかランチはそう願うようになっていた。
 自分の事を本当はどうフェンネルが思っているのか。向けられている気持ちが勘違いではないのだと、いつかその時が来たなら確かめてみたい。向けられる想いに応えたいという気持ちがいつしかランチの中で芽生え育っていた。
「ほら、夜は冷えるんだから、早く戻ろう?」
 言いながらフェンネルはランチの手からプレゼントの入った袋を取り去って右手に持ち、左手でランチの右手を握った。
 フェンネルに合わせた歩調よりも心臓の鼓動の刻むリズムの方が速い。パーティの間は気付かなかったけれども山の頂上にあるテシカは寒さが厳しい。ワインで温まった体も冷えかけていた。ふっと空を見上げると、ちらちらと白いものが舞い落ち始めていた。
「あっ、雪……ねぇフェンネル、雪が降ってきたよ」
「本当だ。ふふ、なんだかロマンティックだね。ホワイトクリスマスの夜に手を繋いで歩くなんて、まるで恋人同士だ」
「またそうやって茶化すんだから」
「茶化してないよ、本気さ」
 その言葉に、ランチは再びフェンネルを見た。どこまでが本当でどこからが嘘や冗談なのか分からないフェンネルの言葉。いつもどう受け止めていいのか迷ってしまい、冗談ばっかりとついつい言ってしまうけれども、どれだけの真実と事実がフェンネルの言葉には含まれているのだろう。いくら考えても当人にしか(もしかしたら当人にすら)分からない事だけれども、その答えをとても知りたいと今願っている。
 こんなにフェンネルの事を考えるようになってしまったのは、多分王都のマルシェの頃辺りから。テシカへの客船を見ながら今この船に乗ろうといったら着いて来てくれる? とランチに尋ねた儚げで寂しげな表情のフェンネルは今にも消えてなくなってしまいそうで、崩れた荷物からフェンネルを庇って膝を少し怪我した事に突然怒ってマルシェを飛び出して行ってしまったフェンネルがもう戻って来てくれないのではないかと不安になって、そして別れ際に短いキスをされた。意識するなというのが無理というものだ。だけど、真意を確かめる時は今ではない。その時が訪れるまで、この気持はそっと胸に仕舞っておこうと思い直す。
 雪の舞い散り始めた夜の空気は肌を切るように冷たいけれども、だからこそより一層繋いだ手の温かさを意識してしまう。
 フェンネルは女の子と手を繋ぐなんて慣れっこだからきっと平気だよね、私ばっかりこんなにドキドキしてるんだろうな、ずるいな。そんな思いも今は口には出せない。空いた左手の先が寒さでかじかんできたのではぁっと息を吹きかけ暖めて自分を誤魔化す。
 ゴーマンストアとのファン争奪バトルの旅はまだまだ道半ばで終わりは見えていないけれども、その内終わる事が決まっている旅だ。旅が終わった時、ランチとフェンネルは何をどう想い何を選び取るのだろう。それはまだ分からないけれども、今はただこの澄み渡る聖夜の空気に浸ってフェンネルの隣を歩いていようと思った。これから先もずっと一緒に歩きたいと思いながら。

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