セレストブルー03
夜にどれだけの事をされても、キキョウがマルシェに加わった以前よりも早い時間にリンドウは起床し身支度を整え開店の準備に入る。どろどろになった身体を洗い流すため短くても湯浴みする時間を取らなければならなくなったし、何より普段の自分ではなくなって他のメンバーに変に気取られたり気遣われたりするのが嫌だった。
キキョウの要求は気紛れで、気が遠くなるまで激しく何度も犯される日があると思えば、今日は気分じゃねぇと言われ何もされない日もあった。求められない日はほっと安心する気持ちが心の大半を占めるものの、めちゃくちゃに犯されて悦楽に浸りたいという願望が胸の奥に湧き上がるのも無視できず、安心はすぐ自己嫌悪にすり替わった。
何もしない日でもキキョウは別室の床で寝ようとするリンドウを呼び止めベッドに招き入れ、抱きしめて眠った。
抱きしめられて人肌の温もりを感じながら眠りに落ちる間際は、心底目の前の人の事が分からないと思い知らされる。優しさや慈しみなど欠片もなくても肌に感じる温度は胸に染み入る。何の故にかは分からないまま胸が詰まって苦しくなり、いっそ憎しみだけを抱けたならとそんな思いが過ぎる。蔑むような冷たい視線を向けられて、手酷く犯されてもなお憎み切れないのは何故なのだろう。あの師匠が才を認め育てた人なのだから、そんな思いはとうの昔に踏みにじられぼろぼろになっている筈なのにまだ捨てきれない。何より隣の温もりと安らかな寝息が、心を惑わし迷わせる。
どこにこの人の本当の心があるのだろう。知れるものならば知りたかった。
ある日の朝、気紛れなのか何なのかは分からないがリンドウより少し遅れて起きてきたキキョウは、特に何を言うこともなく朝の仕込みを手伝い始めた。何をすればいいかなど見ればすぐに分かってしまうのだろう、リンドウが何か頼む必要もなく次々に準備が進んでいく。どういう風の吹き回しだろうとリンドウは戸惑いつつ、キキョウの無駄のない動きに思わず見入ってしまっていた。
「ボーッとしてんじゃねぇぞ、とっとと手ぇ動かせ」
機嫌の悪そうな声に諭されて、はっとなり作業に戻る。相変わらずキキョウが何を考えているのか全く分からないし、先の読めない言動に振り回されてしまっているのを感じる。進んで仕事をしてくれるのは喜ばしい事だしキキョウの手際を見られるのは勉強になる。だが夜はきっとまた————
想像しそうになって慌てて頭を振り、作業を再開する。今は雑念に捕らわれている場合ではない、仕事中なのだ。だがそれでも、胸の中に収めておけない疑問をリンドウはぽつりと口に出した。
「今日はその……どうして、手伝ってくださるんですか……?」
「飯食った分は働けってあのへっぽこがうるせぇんだから仕方ねぇだろ。それに早起きした方がその分昼寝が気持ちいいからな」
ごく普通の調子で答えられて、逆にどう返せばいいのか分からなくなりリンドウは目線を手元に落とした。少し考えて、この場合はおそらく礼を言うのが一番適切だろうという結論に至る。
「ありがとうございます、助かります」
「……勘違いすんな、てめぇの腕が悪くて桃栗堂の看板に万一でも傷がついたら一大事ってだけだ」
目線を下に落としたまま静かな声でキキョウは答えた。憎しみをぶつけられる事もなく淡々と和菓子作りに打ち込む時間を共有する初めての体験を、素直に嬉しいとリンドウは感じていた。キキョウとの関係が、いつでもこんな穏やかなものであればどれだけいいだろうか、そうあってほしいと願わずにはいられなかった。
そんな毎日が過ぎある昼のこと、昼寝する場所を探しているのだろうか広場をうろうろしているキキョウを見つけたランチはこの機会を逃してはと早足でキキョウを追いかけた。ランチも日頃は雑務に追われてなかなか時間が取れないし、時間が空いてもキキョウは大抵寝ている。二人で話す機会をなかなか持てずにいた。
正直にありのままを話してはくれないだろうけれども、リンドウをどう思っているのか一度ちゃんと確認しなければ。あの日見たキキョウの眼差しの冷たさと鋭さはずっとランチの心に引っかかっていた。
「キキョウさん、待ってください!」
「あ? んだよおめぇか。悪ぃが忙しいんだよ」
「絶対嘘ですね、昼寝する場所探してたんですよね?」
声をかけるとキキョウは振り返り鬱陶しそうな表情をランチに向けた。思わず怯みそうになるのをぐっと堪えてランチは口を開く。
「あの、聞きたい事があるんですけど」
「何だよ、オレぁ眠ぃんだ、手短に済ませろよ」
「やっぱり昼寝する気だったんですね! あっ、それは今は置いておいて……あの、リンドウの事って、どう思ってます?」
「……は? 何だよ藪から棒に」
質問の仕方がまずかった事はランチもすぐに思い至ったが、かといってどう聞いたらいいのかは分からない。それならこのまま押し通すしかないと思い再度口を開く。
「いいから答えてください!」
「チッ、面倒臭ぇなぁ……あんな野郎の事ぁ反吐が出るほど嫌いだよ、これでいいか」
「えっ、なんでですか!?」
渋々といった調子で口にされたキキョウの答えにランチは心底驚いた。ランチの知る限り、リンドウは人に嫌われるような要素がない。真面目で勤勉で礼儀正しく向上心が強いし、かといって自身を律する規範を他人に押し付けるような人でもない。真面目すぎるのが災いしてか時折言葉がきつくなったり不測の事態が起こるとパニックに陥って動転しやすい欠点もあるが、それはかえって親しみやすさに通じている気がするし、優しさや気遣いも持ち合わせていて、尊敬する要素はあれど嫌う理由が全く見当たらなかった。
「なんでもへちまも、嫌いなもんに理由なんかいるかよ。答えたからいいだろ、もう行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください、どうしてあんな怖い目でリンドウの事見るんですか……?」
立ち去ろうとしたキキョウを再度呼び止めると、キキョウはゆっくりとランチに視線を向けた。冷たく鋭い、あの目線だった。
「それはおめぇには関係ないこった。もうオレに構うな」
静かだが明らかに拒絶の意志が感じられる硬い声でそうキキョウは告げて、何も答えられなくなったランチを置いて歩き出していった。
その夜、仕事を終えたリンドウが寝床まで戻るとキキョウは背を向けベッドに横たわっていた。
「兄弟子、もう眠ってらっしゃるのですか?」
そっと声をかけるが反応は返ってこなかった。起こさないようにと静かに着替え始めるが、ベッドが軋む音がして振り返るとすぐ後ろにキキョウが立っていた。怒っているともとれるような無表情で無言のままリンドウを見つめている。
「兄弟子……?」
呼びかけるが答えはない。腕が伸びてきて肩を掴まれて、そのまま勢い良く壁に身体を押し付けられる。
「ほんっと苛つくなてめぇはよ……どうしててめぇみたいな奴が……」
絞り出すような苦しげな低い声に応じられる答えをリンドウは持ち合わせていなかった。どうしてリンドウが、その後には何が続くのかが分からない。ただキキョウはどうすることもできない怒りに苦しんでいるのではないだろうかと、そんな推測ができる程度だった。だがその怒りの正体が分からない。
どう反応すべきかも分からず何もできずにいるとゆっくりと顔が近づいてきて唇が重なる。ちゅっちゅっと啄むように口付けが繰り返されて下唇を甘く食まれる。ぴくりと身震いすると、何の感情も映し出していないようなキキョウの冷たい視線と目が合う。
「めちゃくちゃにしてやるよ」
どういう事かと聞こうとした口はすぐに塞がれた。吸い付いてはすぐ離れるような口付けが繰り返されて体の奥がもどかしさで震え出す。キキョウは何に怒っていて自分はこれからどうなるのか、不安と恐怖が湧き上がって胸を覆うが、好きな時に抱かせるという約束がある以上は拒むことはできない。閉じた唇の割れ目を舌先がつぅっとなぞっていきその感触に思わず肩がびくつく。普段ならキキョウの舌が強引に割り入ってくるのに、どういう訳か今日は啄むような短い口付けが繰り返されるばかりだった。焦らすようなその口付けを繰り返されている内に息が段々荒くなっていって物欲しげに口が半開きになってしまう。もっと深く交わりたい、身体がそれを求めているのだという事が自覚されてたまらない気持ちになる。
「もうそんなに目ぇ潤ませて口開いて、もっと欲しくなったのかよこの淫乱」
「ちが……います……」
淫乱という言葉にかっと頬が熱くなる。断じてそんな事はない、そう思いたかった。淫乱ということは男に抱かれる事に悦びを感じる色狂いということだ、自分は決してそんな人間ではないと信じていたかった。
「へぇ、その割にゃあもうこんなになってんじゃねぇか」
「ああっ! ……は、ぁっ」
膝を割ったキキョウの脚が股間を押し上げ、もう硬くなり始めていたものを刺激する。強すぎる快感に甘い声が喉から自然に高く漏れてしまうが、キキョウの脚はすぐに離れていってしまってじんと熱を持ったような感覚と物足りなさだけが後に残る。自身の身体が与えられるのを今か今かと待ちわびているのを嫌というほど感じ取ってしまい、情けなさにリンドウの顔がくしゃりと歪んだ。
「いい面になったじゃねぇか、あぁ? もっとしてほしくて仕方がないんだろ、淫乱らしくいやらしくねだってみせろよ」
意地悪く口の端を歪めて笑うキキョウの言葉にリンドウはかぶりを振った。本音を言えば欲しくてたまらない、甘い吐息が短い間隔で漏れ出ている。だがそれを認めてしまうともう後には戻れないところに踏み出してしまうような気がして怖かった。毎夜淫蕩に耽り犯されて幾度も絶頂に導かれてしまうそんな自分を自分だと認めたくなかった。約束に従わされてやっていることだという逃げ道が今まではあったけれども、ここで欲していることを認めてしまえばその言い訳ももう使い物にならなくなってしまう。
だが顔を背けたリンドウの顎をキキョウは掴んで無理矢理前を向かせ、口が触れるか触れないかまで顔を近付けてくる。何をされるのかと身構えていると、鎖骨の窪みから首筋を通り顎までをキキョウの指先がそっと撫ぜた。
「ああっ……あ……」
ただそれだけの刺激で、熱を帯び始めた身体は容易く反応してしまう。指先はすっと顎から離れていき、触れそうで触れないキキョウの呼気が口の辺りに温くかかる。何もされたくないと思っていた筈なのに、何もされない事がこんなにつらいとは思っていなかった。中途半端に火を付けられた身体はもっと深く強い快感を求めてやまず、理性が擦り切れて弾け飛びそうになる。身体の奥が燃える疼きは収まるどころか火勢を強めてきてさえいた。いつものように手酷く乱暴に激しく犯されたい、頭のどこかでそんな風に考えてしまっているのはもう覆しようのない事実だった。足りない、もっと欲しい、いくら押さえ込もうとしても湧き上がり溢れ出す衝動が止めどない。いつしか半ば無意識の内に両腕が動き、手がキキョウの頬を包みおずおずと引き寄せる。
唇が合わさり、柔らかく温かい感触を感じると衝動が少しだけ満たされるが、満たされた分だけ同時に衝動が増していく。自分がそんな事に負けてしまう人間なのだと決して認めたくはなかったが、身体が動いてしまうのをどうしても止められない。辿々しくキキョウの唇を唇で食み、舌でなぞってみるが何の反応もない。尚も続けるが、それを遮るようにキキョウがリンドウの両の手首を掴んで壁に縫い付けた。
「誰がそんな事しろっつった。欲しいんだろ、ちゃんと口で言えよ」
低い声が残酷に響く。もうだめだ、耐えきれない、そんな衝動がどんどん膨らんで認めてはならないと叫ぶ理性を押し潰してしまう。何を考えているのかなど分からないキキョウの目線に捉えられて、もうなりふりなど構っていられないような切羽詰まった気持ちに追い詰められていく。
「……あ、お……俺を……抱いて、ください…………」
「ようやく素直になったじゃねぇか。犯しまくられて感じまくってすっかりハマっちまったんだろ、なぁ淫乱野郎」
「……っ」
罵られてどうしようもなく惨めな気持ちになりリンドウは歯噛みして目を伏せた。そんな事はないと否定できない、頭ではもう押さえきれないほどこんなにも身体が求めてしまっている。犯されるあの絶頂感とたまらない快楽をまた感じたいのだと期待で身体が打ち震えている。そんな自分が許せないのに、衝動のあまりの強さに逆らう事ができない。己のどうしようもない弱さを眼前に突きつけられて、悔しさと怒りと悲しみとやるせなさと苦しさがごちゃごちゃに混ざり合って頭をかき乱す。もう何も考えたくない、何もかも忘れてしまいたかった。
どうしても忘れたくないものがあるはずなのに、それでも今は。大切なものが霞んで溶け消えていく。
「いいぜ、望み通りにしてやるよ。おめぇのそのいやらしい身体が満足するまで付き合ってやるぜ?」
言いながらキキョウはリンドウの首筋を舐め上げ、舌先が顎から頬を伝って息を詰めたリンドウの緩く開いた唇に挿し込まれる。熱く滑った感触を粘膜で感じ取るだけで胸が満たされていくのを感じる。理性から遠く離れた極めて本能的な衝動だけでこんなにも満たされてしまう自分に嫌悪を覚えながら、舌を激しく絡み合わせひたすらに快楽を追い求める行為に没頭していってしまう。キキョウとの関係はもっと別の形であることを、兄弟子として先達として敬愛できる存在であることだけを望んでいた筈なのに、どうしてこの口付けはこんなにも甘美な陶酔に満ちているのか。今はもう何も分からなかったし考えたくもなかった。与えられれば与えられるだけもっと欲しいという欲望が湧いて溢れて、動き回るキキョウの舌先を逃さぬようにと必死に舌を絡ませ貪る。唾を飲み込むような余裕すらなく口中に溜まった唾が口の端から溢れて筋を作り伝い落ちる。身体も心も熱に浮かされたようにふわふわしてまるで現実味がない。確かに感じられるものは触れた箇所から伝わる体温と頭の芯を震わせる快楽だけだった。
長い口付けの後にようやく口を離したキキョウは荒い息を吐いては吸うのがやっとのリンドウを一瞥するとリンドウの耳朶に軽く歯を立てた。軟骨に沿って舌をなぞらせ耳の穴に舌先を突き入れる。
「はぁっ……あ、ああっ……」
思いもよらない場所を攻められ、出し入れされる舌先に耳の穴まで犯されているような倒錯感に甘い声が漏れる。壁にリンドウの手首を戒めていたキキョウの手はいつの間にか離れていて、作務衣の紐を解き裾をはだけさせて既に硬く立ち上がっていた乳首を探り当てる。指先で転がされ押し込まれたかと思えば急に強く引っ張られ強い刺激に背中がしなる。
「耳に出し入れされんのがそんなにいいかよ、耳の穴まで淫乱だなおめぇは」
「ああ……はっ、ちが……あっ……」
「ここだけじゃ満足できねぇってか? そうだよな、そのいやらしいケツの穴ほじられねぇと満足できねぇんだったな?」
「ううっ……ふ……ああっ!」
耳元で甘く囁きかけられる己を卑しめる言葉さえ、今はもう興奮を高める材料にしかならなかった。違う、ただそれだけの言葉がどうしても口から出てこない。間違いではなく確かにそう望んでしまっているのをリンドウは既に理解していて、違うそうではないというのは願望でしかないという事が完全に分かってしまった。認めたくはないが事実で、振り払えずに流されてしまう。己の弱さに歯噛みするのと同時に、流され身を任せるのに心地よさを感じてしまっている事が更に気持ちを沈ませ、こんな事はいけない感じてはならないと思うだけより深く行為に快感を得て心を蝕んでいく。
まさぐられ吸い付かれ舐められ時折軽く歯を立てられる、何もかもが身体を昂ぶらせ心を追い込む。与えられるのは快楽と屈辱で、下腹部に蟠り耐えきれぬ疼きを次々に生み出していく。約束に従って嫌々抱かれているわけではないという事を認めざるをえなくなって、心までもが屈服させられ踏み躙られたのだと思い知らされてしまう。己の卑しさにたまらない気持ちになりながら更に強い快感を求めて腰はうねり動く。
めちゃくちゃにしてやる、とキキョウは言った。それならもう目的は達せられている。リンドウの心はもうめちゃくちゃにされてしまって、執拗な愛撫で感じさせられれば感じさせられるほど身体の高揚に着いていけず絶望に落とされ引き裂かれていくのに、これ以上どうしようというのだろう。
臍の辺りを舌でゆるゆるとつつかれつつ硬くそそり立った膨らみを形を浮き立たせるように下衣の上から刺激される。自分が恥ずかしげもなく上げる甘ったるい声が耳をついて時折下から見上げてくるキキョウの目線が鋭く刺さる。だらしなく口を開けはしたない喘ぎ声を上げる恥ずかしい顔をその目線に晒しているということすら背筋を震わせ甘い疼きに変わる。力が入らず身体が重い、壁に背中を預けて立っているのがやっとだった。下衣を緩められ下着と共にずり下ろされてまだ脱いでいなかったブーツに引っ掛かかるが、気にかける様子もなくキキョウは手を脚の間に伸ばした。
「はっ……あ、何を……っ」
答えずにキキョウは会陰部に指を這わせ揉みほぐすようにくっと指先を押し込んでくる。もどかしいようなむず痒さが頭を痺れさせてすっかり上を向いて勃った屹立の先から先走りの蜜がとろとろと垂れ落ちた。しばらく会陰部を弄んでいたキキョウの指は更に奥に移動して、秘所の窄まりの襞を撫でる。
「ああっ、あ、あ……」
「ここいじられんのがそんなに好きかよ、ちょっと触ったくらいでこんなにグチョグチョにしちまってよ」
キキョウの空いた片手が幹を軽く握りしめ上下に扱いた。しとどに溢れた蜜で手がぬめり滑る感触が伝わってくる。
「うあ、あっ、ああっ、あっ、あっ……」
待ち望んでいた快感を与えられてはしたない喘ぎ声を上げてしまうが、キキョウの手はすぐに離れていって眼前に突き付けられる。
「今日はそう簡単にはイカせてやらねぇよ。おら汚れちまっただろ、きっちり舐めて綺麗にしろよ」
冷たい声に言われるがままにリンドウはキキョウの手を取りおずおずと舌を出し掌に這わせていった。塩味と生臭い苦味が口の中に広がるが、そんな事はお構いなしにリンドウは舌先で丹念にキキョウの掌を清めていった。まるで何か悪い熱に浮かされてしまったかのように止まらない。こんなものを舐めたくはないと思っている筈なのにこの行為にどこか陶酔さえ感じてしまっていた。
「もういい」
短く告げてキキョウは手を引きリンドウの手首を掴まえて、顔を寄せ物欲しげに薄く空いたリンドウの唇を塞いだ。ゆっくりとした動きで舌が絡まり合い唾液が混じり合う味わうような口付けにくらくらさせられるが、突然後孔を押し広げられる違和感を感じてひゅっと息が詰まる。
「ふぐっ、ん……んぁっ、は…………」
無理矢理窄まりを抉じ開け押し入ってきた指先はそのまま括約筋をほぐすようにうねうねと動き回る。異物に対する違和感とそれを遥かに上回るほど生み出されていく快感に鼻からの呼吸だけでは足りなくなりどんどん息苦しさが増していく。
掻き回されればそれだけ、もっと奥をという欲求が止めどなく湧いてくるのを感じる。指先の細さでは足りない、もっと太く硬く熱いもので抉じ開け押し広げられたい、そんなふしだらな願いが浮かぶのを止められも振り払えもしない。
「んんっ、ふ……、ふぁっ、あぁっ、あ……」
唐突にふっとキキョウが口を離しようやく解放された口からリンドウは大きく息を吐いて吸うが、キキョウの舌先はすぐに再度耳の穴の中に捩じ込まれ、激しく出し入れが繰り返される。それに合わせるように下の穴を解していた指の動きも抜いては挿し入れるのを繰り返す動きに変化する。二つの孔を同時に犯され耳の中に淫猥な水音がじゅぷじゅぷと響いて付きまとい無理矢理急激に高みに引き上げられる感覚にリンドウは激しく身悶え身体を捩るが責め苦から逃れる事は叶わなかった。
「やっ、あぁ、あっ、ああっ……ふ、んんっ、ああぁっ、あっ」
絶頂の一歩手前まで急激に引き上げられているのにそこから先にどうしても辿り着けず足踏みし続けている身体は、与えられる過剰な快感をどんどん溜め込んで今にも爆発してしまいそうだった。膝ががくがくと震え、身体を支え続けるのが困難になってくる。もう耐え切れないと思ったところでキキョウの舌が耳から離れる。空気に晒されて耳がじんと熱を持っているのを感じたのも束の間、今まで浅い所を行き来するだけだった指先が本数を増やしてずぷりと奥まで差し入れられる。
「ひあっ! あっ……ぐ、うあぁっ……」
「根元までずっぽり咥えこんでほんといやらしい穴だな、離したくねぇって必死に吸い付いてきてんぞ」
「はぁっ……あ、あぁっ……」
己に対する辱めの言葉すらも既にリンドウにとっては快感を高める材料にしかならなかった。感じたくない乱れたくないと思えば思うだけ身体の内側に感じる蠢く指先の感触を意識してはっきりと感じ取ってしまい追い立てられていく。出し入れを繰り返しながら内側を掻き回す指先がある一点を捉えた時、びくりと肩が跳ね今まで感じた事のないようなあまりに強すぎ鋭すぎる快感が霞む意識に刺さる。
「ひぁっ! あっ、あ……」
「ここで最初っからそんなに感じる奴ぁ初めて見たぜ、どんだけいやらしい身体してんだよおめぇはよ」
「あっ、そこ……っ、も、やめ……っ! ひぐっ、はっ、あっ、ああっ」
弱い所と知るやキキョウはそこばかりを執拗に責め立ててくる。もう快感なのかすら分からない許容量の限界を超えた刺激にぐちゃぐちゃに翻弄され意思とは切り離された身体の反応だけで情けない喘ぎ声を上げ続けるだけのものに成り下がってしまう。脚に力など入る筈もなくずるずると身体がずり下がって床に脚を投げ出して座り込むが、後ろからキキョウの指が抜かれることはなく、絶頂感が絶え間なく続いている感覚に頭の中が白んで何もかもが無くなっていく。いつ流れ出したのかも分からない涙が頬を濡らし、肩から胸にかけてが痙攣を繰り返す。
「ククッ、すげぇな……見てみろよ、こんなにだらしなく垂れ流してトロトロになってんぞ」
キキョウの空いた片手が陰茎を掴み、息も絶え絶えに首を巡らせて見ると、先端から白いものがとろとろと流れ出して幹を汚していた。自分の体に何が起こっているのか分からずにただでさえ何も考えられない頭が驚きと困惑で動揺し、ただ呆然と眺めるしかできなかった。
「指だけでこんだけ感じまくったんならもう充分満足したろ、ここらでやめとくか?」
「あ……っ」
唐突にキキョウは指を引き抜き、それ以上は何もせず楽しげな笑みを浮かべてリンドウを見下ろした。もうやめてほしいと思っていた筈なのにいざ抜かれてしまうと、身体の奥がじんじんと熱く疼いてたまらなくなってくる。もっと硬く太く熱いもので貫かれ掻き乱されたい、そんな淫らな欲望が身体の隅々まで染み渡って侵していく。
「は……っ、いや、です……」
「嫌? 何が嫌なんだよ」
にやついたキキョウの楽しげな声が聞き返してくる。どうしようもなくみっともない姿を晒しているのは分かっているが、この止まない疼きをどうにかできるのならばなりふりなど構っていられなかった。
「……入れて、くださ……」
「あ? 何をだよ、ちゃんと言わねぇと分かんねぇぞ」
「っ…………お、ちんちん、を……入れて、くださ…………」
「そのいやらしい穴にブチ込まれねぇと満足できねぇ身体になっちまったのかよ、ほんっと淫乱だなおめぇはよ」
愉快げなキキョウの嘲りが耳にこびりつく。どれだけ悪意のこもった嘲りでもそれを否定できない、そしてそれより今は一刻も早くこのどうしようもない疼きを鎮める熱を与えてほしかった。
キキョウに手を添えられ身体をひっくり返して四つん這いで尻を突き出す格好をとらされる。こんなあられもない格好をさせられる事も厭わないほど欲しくてたまらなかった。腰を掴まれ引き寄せられて、無遠慮にずぷりと剛直が入り込んでくる。
「あああっ! ……ああ、はっ……んぁっ……」
身体の内側にめり込んでくる質量の存在感と熱に胸が満たされていくのを感じる。更に深く受け入れようと勝手に腰が動いてしまうのを止められず、それどころか甘い陶酔さえ覚えて吐息が喉から漏れる。
根元まで挿し入れられたものが緩やかな抽送を繰り返し始める。キキョウはリンドウのプライドをへし折る為にわざとそうして焦らしている、それをきちんと理解はしているのにもっと激しく突かれ快楽を貪りたい欲求が止められずに誘い込むように腰がうねり動く。いけないと思えば思うほど身体が勝手に動いてしまうのを止められず内壁が擦れ生まれる快感が強まっていく。まるで蟻地獄に落ち込んでしまった蟻のようにずぶずぶと沈んでいくのをどうにもできない。口に出せば何もかもが壊れてしまうだろうことが分かっているのに、もう口に出さなければどうしようもないところまで追い込まれていく。
「んぁっ……あ……もっと……」
「もっと何だよ、どうしてほしいんだ? ちゃんと言わねぇと分かんねぇぞ」
「もっと…………強く、して、くださ……」
耐えかねて口に出してしまい、かあっと身体が熱くなるのを感じる。淫乱と嘲られ罵られるその通りの姿を晒してしまっていることが今すぐ消えてしまいたいほど恥ずかしく嫌でたまらないのに、悦楽に敗北した身体は身動きもままならずにひたすら快感を貪っている。今すぐこの屈辱的な責め苦から解放されたい気持ちともっと快感を貪っていたい欲求がぐちゃぐちゃに混ざり合って胸を掻き乱す。
「そんなにここ犯されんのがよくなっちまったのかよ、可哀想になぁ、もう女抱いただけじゃ満足できねぇ身体になっちまったかも知んねぇな」
「はっ、あ……いや、だ……あっ!」
「……っく、そんなに締めんな、動けねぇだろ、あぁっ?」
「っあ、ああっ、あっ、あっ、やっ、ああっ、やだっ、ああぁっ!」
キキョウの言葉で自分の身体が知らない何かになっていってしまうような恐怖に襲われ、始まった激しい突き入れに喘ぎ悶えながらリンドウは何に対してなのか訳も分からずに首を振った。強く激しく奥まで突かれる快感は得体の知れない恐怖に変わって心を蝕んでいく。これ以上感じたくないと思っているのに快感は止めどなく与えられ、与えられれば与えられるだけ恐怖と絶望が心を包む。
もう変わってしまっていて前には戻れない、腹の中に注ぎ込まれるものの熱さに身震いした時にその事実をはっきりと悟ってしまって、快楽の余韻さえもがリンドウをさらに追い詰めていった。
次の日になっても昨夜の余韻が身体から抜け切らず、帳簿を付けていても全く集中できずにリンドウはぐちゃぐちゃに混乱した思考を整理することもままならず溜息をつくばかりだった。
仕事に支障が出てしまっているのは明らかに問題だしどうにかしなければならない。だがそう考える事はまだ鮮明な昨夜の記憶を呼び覚ます呼び水にもなって、ますます思考を混乱させるばかりだった。
何が間違っていたのだろう、どうすれば良かったのだろう。何一つ分からなかった。キキョウが何に苛立ち何を怒っているのかも分からない状況で原因が何かなど考えたところで分かる筈もない。それでもどうにかこの問題を解決しなければならない。マルシェの為でもあるし最近は幾分態度が軟化してきたと思っていたキキョウとどうにか分かり合うことはできないだろうかという己の願望もあった。だが、誰であろうとあんな恥ずかしい己の姿を晒したくはない、話す事さえ憚られる。自分一人でどうにか解決する他はない。
かといって、解決の手段など容易には浮かばない。他者とのコミュニケーションがあまり得手とはいえないリンドウにとっては難問過ぎた。昨日は何があったのかは分からないがそれでも最近徐々に僅かにではあるがキキョウの態度が軟化してきていたのは感じていたから、結局のところ普段通りに過ごして少しずつ信頼を勝ち得るしかないのではないかという結論に至る。
これまで通り普通に過ごすといってもどこまで自分を保てるのか、リンドウの自信は揺らいでいた。
色欲に溺れていく自分を確かに感じている。夜の事を少し思い出すだけで身体が熱くなってくる。こんな感覚など知る由もなかった頃に心底戻りたかったが、もう戻る事は叶わない。
俯いて何度目かの溜息を吐いた時、足音が近付いて来るのが聞こえた。顔を上げると、ランチが小走りに駆け寄って来るところだった。
「リンドウお疲れ様、そろそろお昼の休憩にしない?」
自分に向けられたランチの笑顔を目にした刹那、たまらない気持ちになりリンドウは唇を噛んで目を逸らし俯いてしまった。目を合わせてはいけない、視界に入りたくない、そんな思いに胸が覆い尽くされる。
「リンドウ……? どうかしたの?」
「……悪いが、まだ帳簿があまり進んでいないんだ。後にするから先に済ませていてくれ」
「具合とか悪くない? 顔色良くないよ……?」
「大丈夫だ。すまないが……一人にしてくれないか」
口をついて突き放すような言葉が飛び出てしまうが、とにかく今はこんな惨めな姿を見られるのが耐えられなかった。無理しないでね、と心配そうな声色で言い残してランチの足音が遠ざかっていく。それだけランチとの距離も遠ざかってしまったような思いが湧き上がり、目頭が熱くなるのを必死に堪える。
ランチを密かに想う資格すらなくなってしまった、そんな気がした。大切に大切に守ってきた輝きがいつの間にか掌から零れ落ちて無くしてしまっていたような気がした。身を切られるようなつらさをどれだけ抱えようとも、己がランチに釣り合うような価値のない卑しい人間であることは変えようがなかった。
どうすればいいのか分からない。俯いて頭を抱え髪を掻き乱しても思考はますます抜け出せない袋小路に嵌っていくばかりだった。
その数日後、まんぷくマルシェ一行はミツバの故郷であるカムイに営業場所を移していた。
極寒のルエラニから一転、春が訪れたばかりのカムイは道に沿って植えられた桃色の桜の色彩に染まっていた。
陽気も程よく日中は過ごしやすい。昼寝にはうってつけと気持ちのいい寝場所を求めてキキョウはふらふらと歩き回っていた。広場からほど近くにある遊歩道として整備された道も一面桜に埋め尽くされていて、ちらちらと花びらが舞い散り春の匂いが風に乗って運ばれていく。進んでいくと、道の脇に誰かが倒れ込んでいたのが見えたので早足に駆け寄ると、よく見知った相手だった。
「おい、大丈夫か、返事できるか」
声をかけ肩を揺すると倒れていた男は薄っすらと目を開け僅かに首を動かしてこちらを見た。フェンネル、まんぷくマルシェの一員でケーキなどの洋菓子を作るパティシエ。気障ですかしたいけすかない野郎と思いなるべく関わらないようにしてきたが、相手が倒れていたとなれば放っておくわけにもいかない。
「立てるか」
「放って……おいて、くれ…………少し、休めば……大丈夫だから」
「そういうわけにゃいかねぇだろ、てめぇの真っ青な顔色をてめぇ自身に見せてやりてぇよ」
言いながらキキョウはフェンネルの腕と腰を持ち抱え上げ、道の脇に置かれているベンチに横たわらせた。
「ちょっと待ってろ、医術の心得があるのはマジョラムって女だったな、呼んでくる」
「いら、ない……本当に、少し休めば、大丈夫……なんだ」
「とてもそうは見えねぇがな。病人は大人しくしてろ、とにかく今……」
身体を起こそうとするフェンネルを肩を押さえて制止すると、フェンネルが咳き込み始めた。咳はかなり長いこと続き、途中から見ていられなくなったキキョウは屈み込んでフェンネルの背をさすり咳が止むのを待った。咳が止んでも口に当てた手を離そうとしないフェンネルを見て、キキョウは目を眇めると口を押さえた手を無理矢理引き剥がした。フェンネルの口の周りにも掌にもべっとりと血糊が赤く広がっていた。
「こういうのは少し休めば大丈夫とは言わねぇだろ、何の病気だか知らねぇがきちんと治療しろ」
「……病気じゃないし、治らない。何をしても……無駄なのは、もう……分かってるんだ」
「だからって何もしないでおめぇ……」
文句を言いかけて横たわったままのフェンネルの真っ直ぐな視線に捉えられて、キキョウはそれから先の言葉を言えなくなった。何故だかは知らないが、言ってはいけないような気分になったとしか言いようがなかった。
「僕は、僕の大切なものの為に命を使う、そう、決めたんだ。君が……そんなに、心配してくれるような、人だとは……思わなかったから……ちょっと、意外だったけど、でも……ありがとう」
「ぶっ倒れて血ぃ吐いてるようなのを心配しねぇ奴がいるなら面拝んでみてぇもんだな、全くよ」
立ち上がったキキョウがどこかへ歩いて行こうとするのを見てフェンネルが軽く咳き込みながら声をかける。
「待ってくれ……この事は誰にも……」
「言わねぇよ。その血だらけの面で戻るつもりか? 拭くものと水持ってくるからちょっと待ってろ」
言い残してキキョウは歩き出した。フェンネルの気配が消えた辺りで押さえきれなかった舌打ちが出てしまう。
全く、どいつもこいつも。
命まで賭けるような事か。フェンネルの目線を前にそう言えなかった自分にも歯痒さを感じてキキョウはもう一つ舌打ちをした。
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