セレストブルー05
キキョウの心の内は見えないまま時間だけが流れていく。カムイを出てレヴン、ウリロベ、テシカを経て現在はルエラニに再び戻ってまんぷくマルシェは営業していた。
夕暮れ時、リンドウに用事がありキッチンカーを訪れたランチは、そこで何かの作業をしているキキョウを見つけた。いつになく真剣な面差しで手元を見つめて一心に手を動かしている。なんとなく声をかけ辛く、一段落するまで待とうと思い少し距離を置いてその様子を見守った。
やがてキキョウが顔を上げた。その手の中には、桜を模った美しい練り菓子があった。
「すごい……綺麗……」
心の声をランチは思わず口に出してしまっていて、その声を聞いたキキョウがようやくランチの存在にも気付く。
「んだ、見せもんじゃねぇぞ、ジロジロ見んな」
「す、すいません……すごく集中してたみたいだったから声かけない方がいいかなーって思って……あのそれ、すごく綺麗ですね。とっても繊細で、本物の桜の花よりもずっと綺麗っていうか……」
素直な感想を述べると、キキョウは不機嫌さを隠そうともせずじろりとランチを睨め下ろした。出来栄えを褒めたのにどうしてこんな顔をされなくてはならないのか理不尽さは感じるけれどもいつもの事だと思い、なるべく平静を保ってランチはキキョウを見つめ返した。
「暇だったし材料が余ってたから暇潰しに作ってただけだ。やる」
「えっ」
すっと差し出されたキキョウの右手の中の練り菓子を、不意を突かれたランチはぽかんと眺めた。
「とっとと食え!」
「えっ、あっ、はい!」
怒鳴られてようやくランチはキキョウの掌から練り菓子を受け取り、慌てて口に放り込んだ。噛んでからあんな綺麗なお菓子を慌てて食べるのはちょっと勿体なかったなと思い至るが、時既に遅しだった。そして見た目だけでなく味もとてもいい。くどさがなくさらりとしていて後を引き、それでいて程良い甘さと満足感がある。お茶があったら何個でも食べられてしまいそうだった。
「すごくおいしい……」
「たりめぇだろうが、お前オレを誰だと思ってんだよ」
「すいません……」
あははと笑って誤魔化してみると、キキョウはつまらなさそうに鼻を鳴らして目線を下に戻した。これだけの腕前をリンドウの手伝いにだけ使わせてしまっているのは勿体無いし申し訳ない、何よりキキョウは自分の菓子を店に出したくはないのだろうか。不思議に思いランチは一つ提案をしてみることにした。
「あの、キキョウさん、もしキキョウさんが良ければなんですけど、キキョウさんもお店にお菓子を出しませんか? 手が足りないからリンドウの手伝いをしてくれてるだけでもすごく助かってるんですけど、キキョウさんのお菓子ももっと色んな人に食べてもらわないと勿体無いっていうか……」
「は? 何でオレが。面倒臭ぇし、第一ここで出すって事はお前のトンチキなレシピに付き合わなきゃならねぇって事だろ、ご免だね」
「……あはは」
練り菓子に梅干しと唐辛子を組み合わせるような自分のレシピがトンチキと言われても仕方ない事は分かっているので、ランチはただ苦笑するしかなかった。無論それで美味しくなるという自信を持って考案しているのだけれども、組み合わせの奇抜さから理解が得られにくいのは分かりきっている事実だ。
「あの……キキョウさん」
「あ? まだ何かあんのか」
「リンドウに……和菓子の事色々教えてあげてほしいんです。今のリンドウには必要な事だって思うから……無理に仲良くとは言いませんけど、リンドウも遠慮しちゃって言えてないかもしれないからキキョウさんから……」
「あんな奴に教えてやる義理はオレにゃねぇよ。もう独り立ちしてるんだし、てめぇの事ぐらいはてめぇでどうにかして貰わねぇと困るな。大体にしてそれをお前が言うのはいらぬお節介って奴じゃねぇのか?」
「それは……そうですけど……」
キキョウの言葉は正論で、それに反論するに足る言葉をランチは持ち合わせていなかった。筋違いな願いと言われてしまえば引き下がるしかないし、いくらランチがマルシェの責任者だとはいってもマルシェの仕事以上の事をキキョウに望むのもおかしな話だろう。キキョウとリンドウの関係が上手くいっていないように見えるのは確かだが、そういう領域に踏み込まれるのをキキョウは恐らくとても嫌うだろうから前のように不用意に踏み込む事は避けたかった。
「いつまでこんな所で油売ってんだよ、仕事した方がいいんじゃねぇのか? なんか用があって来たんだろうが」
「あっ! そうでした……リンドウどこに行ったか分かりますか?」
「荷物運びを手伝いに行ったぜ」
「ありがとうございます、あのっ、和菓子ごちそうさまでした!」
忙しなくランチは駆け出していき、後に残されたキキョウは一つ息を吐くと目線を下に落とし手慰みに作った菓子を見つめた。
違う、これではない。それは分かっているのに正解がどうしても分からない。その答えをもう何年探し求め続けているだろう。こんなものは見てくれがいいだけの出来損ないだ、それが分かってしまうから忸怩たる思いに手を握りしめる。
あいつとオレの違いは何なんだ、あんな奴に負けはしないのに、オレの何がいけないってんだ。
一人でいくら考えようと答えなど出る筈もない問いが頭を巡り、答えが得られない事に苛つく。あんな才能も技術も己より遙かに劣っている相手に対して自分が嫉妬してしまっているという事実が既に面白くない。
どうして、オレじゃ駄目だったんだ。
やり場のない苛立ちと怒りがこみ上げてきてキキョウの心を支配してしまう。ぶつける相手を間違えている、その自覚はある。だが他に、一体誰にぶつければいいというのだろう。
羨ましくて妬ましくて仕方がない。屈託もなく真っ直ぐに和菓子への夢を語る所が許せない。だから支配して隷属させて、でもそれで何が変わるだろう。そんな事をいくらしたところでキキョウが本当に欲しいと望んでいるものが手に入るわけではないのに。
ふと、まだ余っている材料があるのが目に入る。そういえば今日は冷え込みがきつく、マルシェの面々もかじかむ手を擦り合わせ白い息を吐きかけながら仕事をしていた。どうせついでだと思い、キキョウは人数分の饅頭を少し大きめのサイズで拵え始めた。今から作り始めればマルシェが一段落した頃に丁度出来上がるだろう。
師匠の元で修行していた遠い日を思い出しなぞるように自然と手が動いていた。辺りがすっかり暗くなった頃に出来上がったのは、きらびやかで派手な美しさとは遠い、飾り気のない見た目の饅頭だった。皿に移して蓋をし、食事に使っているテーブルまで運んでメモを残し立ち去った。
これでも駄目なのだという事は分かっていた。模倣が本物を超えることはなく、そんなものは当然認められるわけがない。でもそれならキキョウは一体何を作れば良かったというのだろう。求められていると思うものを精一杯に作っていたつもりだったがそれは認められることはなかった。師匠の元を出されてからこれまではずっと出口のない迷路を彷徨い歩いているような時間だった。オレには何が足りない、そんな見えない答えを探し歩いてもう疲れ果てていた。
どうしてお前はオレの前に現れた。どうして見ないようにしていたものを眼前に突き付けて責め苛む。
襟を引っ掴んでそう喚き散らせたならどれだけ楽だったろう。そんな事を口に出したところで答えなど返ってはこないのだからキキョウは鬱屈とした気持ちを抱え続けなければならない。
そろそろ片付けを始める頃合いだろうとランチに頼まれた帳簿の整理を切り上げてキッチンカーの辺りへとやってきたリンドウは、メンバーの食事や休憩に使っているスペースに人だかりが出来ているのを見て何かあったのだろうかと歩いていった。リンドウが近付いてきたのに気付いたブーケガルニがリンドウを手招く。
「おーっリンドウ! これお前が作ってくれたのか? サンキューな!」
「えっ……? 作ったとは何をだ?」
「饅頭だよ! 出来たてホカホカの!」
「いや、知らないが……」
首を捻りながら近付くと、確かにテーブルの上に湯気を立てた饅頭が置かれていた。それを見てリンドウはそれとよく似た饅頭を毎日のように見ていたことを思い出した。
「んー、なら誰だろうなぁ? まぁいっか! 人数分あるからお前も食えよ」
「ああ……」
ブーケガルニに誘われるまま一つ手に取り頬張る。色、形、食感、皮の薄さ、味、どれもがよく覚えのあるものだった。リンドウとキキョウの師匠、桃栗堂一号店の店主の作る饅頭と何もかもが同じだった。
懐かしさを覚えるその味に戸惑う。これを作ったのは恐らくキキョウなのだろうけれども、どうして師匠の味をこんなにも完璧に再現してみせたのだろう。噂に伝え聞いていたキキョウの作風との落差も気になった。そして熟練の技をこうも完璧に再現してしまえる技量の高さに改めて驚かされる。
今のリンドウなど足元にも及ばない凄い人なのだということが一口食べただけではっきりと分かってしまう。天才とはいえ若くしてこれだけのものを作れる人がいるというのに自分が極北の星に辿り着くことなど果たして出来るのだろうか。暗澹とした思いに包まれかけていけないと首を振る。歩みが遅くとも、一生をかけてでも目指す場所に辿り着ければそれでいいのだ。歩みの速さを人と競っているわけではない。
饅頭を囲んでの小休憩も終わりその日の営業を終えたマルシェの片付けが始まる。作業をこなしながらもリンドウの頭の中は先程食べた饅頭の事で占められていた。自分なりのセンスでアレンジしたものを作ることもできた筈なのに、なぜキキョウは師匠の饅頭の完璧な再現品を作ったのだろう。片付けが終わって夕食の時間になりキキョウが姿を見せたので聞こうかと思ったが、キキョウはリンドウと離れて座り夕食を食べ終えるとすぐに立ち去って行ってしまった。
後で聞けばいい。そう思い明日の仕込みにかかる。作業が終わる頃には街もすっかり静まり返り眠りの中のような穏やかな闇に包まれていた。
キキョウの元へ行くのが怖い。身体を求められ、流され溺れてしまうのが怖い。
約束だからという言い訳は最早、組み敷かれる屈辱や苦痛をやり過ごすためのものではなく、快楽に流され溺れる自分を正当化するためのものになっていた。身体が変わっていくのに引きずられるように心も変わっていく。毎夜のように抱かれることをどこかで期待し喜んでいる。優しい指先が気紛れに髪を梳き頬を撫でただけでどうしようもなく胸が熱くなる。見えなかった感情の正体は時間を経て次第に明らかになってきた。キキョウが自分の事などどうとも思っていないのは分かりきっているのに、心のどこかで愛されたいと望み始めている。
自分自身の心が分からなかった。リンドウが愛し生涯を共にしたいと心に決めているのはランチで、その気持ちは今も少しも変わっていない。それなのに、同時にキキョウに身体だけでなく心も愛されたがっている自分がいる。両立する筈のないものが並行して存在するなどあってはならない事なのに、リンドウの中で矛盾なく二つが今並び立ってしまっている。
ただ一人を誠実に愛したい。そうあるべきだと思うしそうしたいと望んでいる、それなのにどうして心はままならぬのだろう。これ以上身体を染められて心を変えられていくのが怖かった。
自分の知らないものに自分が変質していく。そうありたいと願う姿から離れていく。それがたまらなく怖い。
部屋のドアを開けるとベッドに腰掛けていたキキョウは立ち上がり、二三歩歩くとこちらに来いとリンドウを手招いた。ああ、今日も抱かれるのだ。期待と言い知れぬ不安が胸の中で混じり合って歩みを重くする。
「あの、兄弟子」
「んだ?」
「饅頭の差し入れ、ありがとうございました。皆喜んでいました」
「材料が余ってたから暇潰しに作っただけだ。礼を言われるほどのもんじゃねぇよ」
何でもない事のようにキキョウは返したが、リンドウは首を横に振って言葉を続けた。
「いえ、師匠の饅頭をあそこまで完璧に再現してみせたのが本当に素晴らしくて……常々聞いていた通りやはり兄弟子は凄い方なのだという事が改めてよく分かりました」
「別に凄かねぇよ。あれ位出来て当たり前だろうが」
「そんな事はありません。俺の腕が未熟なのだと言われてしまえばその通りですが……一日も早く自分も師匠や兄弟子に恥ずかしくない技量を身に着けたいです」
その言葉を聞いたキキョウは不愉快そうに眉を顰め目線を横に逸らした。何か気に障る事を言ってしまっただろうか、己の言葉を思い返してみるものの思い当たる節はなかった。
しばらくの沈黙の後、キキョウは思い直したようにリンドウに向き直ると服に手をかけ脱がせ始める。抵抗を試みるのは大分前にやめてしまった。抵抗したところで最終的には流されて犯されてしまうのだから無駄な足掻きだし、抱かれたいと心のどこかで期待しているのをそんな事はないと否定するのにも疲れてしまった。
今も、引き裂かれそうな痛みが心を襲っている。どれだけ優しく触れてきてもキキョウの心はリンドウには向いていない。身体だけを求められている、そんな事実がこんなにも辛い。愛されたいのだと訴えたらキキョウは鼻で笑って流すだろう、それ以前に何より自分自身を裏切るようなそんな不誠実な願いを口に出すことなどできはしない。だからリンドウはこうして毎夜痛みを抱えながらそれを忘れようと快楽に身を委ね流されるしかない。
甘く唇を啄まれながら作務衣が腕からするりと抜かれ床に滑り落ちる。優しく触れないでほしい、勘違いをしてしまうから。それなのに逆らうことを諦めたリンドウに対して絡め取り籠絡するように優しくキキョウは触れてくる。甘やかな口付けが繰り返されてそれだけで胸は熱く詰まり息苦しくなる。もっと欲しい、その願いが心を満たすけれども何が欲しいのだろう、身体を滾らせ高める快楽かそれとも心か。どちらも欲しいという叫びは口にされないままどこにも届かず消えていく。
口を離し肩を掴んだキキョウの手に促されるまま動くと、部屋の隅に置いた姿見の前に立たされる。鏡には潤んだ目を細め吐息を吐く己の姿が映し出されていた。
「しっかり鏡見とけよ、いつも自分がどんだけいやらしい顔して感じまくってるか見たことねぇだろ」
「やっ……は、恥ずかしいです……」
「恥ずかしい方が興奮するんだろ? もうこんなにしてんだからよ」
言いながらキキョウが後ろから手を伸ばした股間は衣服を押し上げ盛り上がって膨らんでいて、キキョウの指先が僅かに掠めただけで鋭い電流のような快感が身体を走り抜ける。
「あっ! あ……」
意図せず高い声が漏れ出てしまう。キキョウの指先は上に動いて腹筋を撫ぜ胸板を滑って既に上向いていた乳頭を摘み上げる。耳朶を柔く食まれて舌先が耳の軟骨をなぞり耳の穴を犯す。与えられる刺激に蕩かされていく己の表情が鏡には克明に映し出されていた。こんな緩み切っただらしない表情をいつも晒しているのかと思うと消えて無くなってしまいたい程の羞恥が湧き上がる。こんな顔をもう晒したくはない、そう思うのに鏡の中の自分の顔はますます切なげに眉根を寄せ、与えられる快感に堪え切れずに甘い声を漏らす。後ろから回されたキキョウの両腕は硬く勃ち上がった乳首を捏ね回して責め立て、耳の中を舐め回して抜き挿しを繰り返す舌先のぬめる唾液の水音が脳髄まで侵食していくようで、鏡に映し出された淫靡な光景はどこか他人事のようにも映るのに身体が受け取る感覚は紛れもなく現実のもので、頭の中で視覚と触覚が噛み合わずに混乱してしまう。
「ああっ、あ……や、は……んんっ……くぅっ……」
「もっと声出してもいいぜ……いつもより感じてんだろ?」
「ひっ、あ……ああぁっ……も、ああっ」
痛いほどに充血した両の乳首を間断なく責め立てるキキョウの手首に手をかけるけれども、悦楽に蕩け切った身体では引き剥がしうるほどの力が入る筈もなく指の動きを止める事も叶わない。身体を支える脚も引き攣れ力が入らず、腰が砕けてへたり込みそうになるのをどうにか支えるのがやっとだった。
「やっ、も……そこは……っ、ああっ、あ……ああぁっ!」
「イッちまいそうなんだろ? いいぜイッても。乳首いじられてるだけでイッちまうなんてほんとドスケベだよなぁ?」
「あっ、やっ、いやだ……っ、あっ、ああっ、うあぁっ、も……イクっ、イクっ……!」
耳元で低く囁きかけるキキョウの声が否応なしにリンドウを高みに追い詰めていく。霞みぼやける視界には息を荒げまるで耐え難い苦痛を耐え忍んででもいるような鏡の中の自分の顔が見えた。もう限界だ、耐え切れない。そう思ったのと限界まで張り詰めたものが爆ぜたのはどちらが先だろう。キキョウの腕の中でリンドウは身体を撓らせびくびくと震わせ、二度三度と続く吐精の開放感と快感に打ち震えた。大量に吐き出された白濁が下着を汚しじっとりと濡れた感触を感じる。
「見ろよ、すげえ気持ちよさそうな顔してんぞ。そんなに良かったのか?」
「は……あぁっ……」
キキョウの手が顎にかかり顔を上向けられる。正面の鏡の中の己の顔はうっとりと快楽に浸りわなないている。目を背けたいけれども顎を掴むキキョウの手の力は強く顔を動かせない。
「てめぇの感じてる顔見て興奮しちまったんだろ? どうしようもねぇ淫乱だな」
「ふっ……く…………はぁっ……」
「おめぇのそういう所は好きだぜ」
笑みを含んだ声でキキョウはそう言ってリンドウの背中に口付けを落とした。背中に感じる温もり、ぐったりした身体を支える腕、そんなものに包まれただけでどうしようもなく胸が熱く締め付けられる。いいように嬲られ弄ばれているだけだ、そんな事は分かっているのにどこかで妙な勘違いをしてしまっている。
「まだ終わりじゃねぇぞ、おら、ちゃんと立て」
腰を持ち上げられて姿見の両脇の壁に手をついてどうにか立ったままの姿勢を維持し、キキョウの手はそのまま下衣の留め紐に伸びて解いていく。下衣と下着がずり下ろされ、先程下着の中で放ってしまった白濁に塗れた陰茎が鏡の中でてらてらとぬめっていた。帯を解く衣擦れの音が後ろで聞こえ、しばらく後に股下に熱い滾りが宛てがわれる。
「んっ……はぁっ……」
「脚閉じろ」
キキョウの言葉に戸惑いを感じながらもリンドウは脚を閉じた。会陰部から睾丸、内腿に感じる硬さと熱さに身体がぞくぞくと震える。挿入するならば脚を開くよう言われる筈なのに何故閉じさせたのだろうか。
「もっとぴっちり閉じんだよ……そうだ」
指示の通りに出来る限り脚をぴったりと閉じると、太腿の間に埋もれた肉茎がゆっくりと引き抜かれ、また押し入ってきた。そのまま太腿を犯すように激しい抽送が繰り返される。ただでさえ熱いものが擦り付けられる摩擦で内腿と会陰が焼け爛れるように熱い。その熱がじわりじわりと染み渡って身体の奥底の火を煽り火照らせ疼かせる。
「ああっ、あっ!? やぁっ、あっ……ああっ! あっ、あつ、い……っ、ああぁっ!」
「ここの具合もなかなかいいじゃねぇか。今日はここで済ましちまうかな」
「ああっ……そんな、のっ……いや、です……っ!」
「ここじゃご不満かよ。じゃあどうして欲しいってんだ?」
「うぁっ……あっ、中っ……挿れて……くださ……っ」
「そう急かすなよ、もうちょっとここで楽しませろ」
懇願は聞き届けられず内腿は熱いもので穿たれ続ける。後孔ではない場所を犯されているという事に対する妙な倒錯感のようなものがまるで体の隅々までキキョウに犯し尽くされてしまったように感じさせて強烈な屈辱感とそれと反比例するように増長する快感を同時に煽り立ててリンドウを再び高みへと追い立てていく。
身体が耐え切れないほど熱く疼く。後孔を無理矢理押し広げられ穿たれ目茶苦茶に犯されたい、内腿に感じる痛いほど熱く硬い感触がそんな欲望をひたすらに湧き立たせて漏れる吐息が甘い熱を帯びる。キキョウが欲しい、滾る熱を内側で感じたい、本当に欲しいものはそんなものではないのに身体が欲することを止められない。一時だけしか満たされない風が吹けば飛ぶような儚いものだと分かっているのに、どうしようもなく欲してしまう。感じれば感じるだけ本当に欲しいものが得られない虚しさが胸を埋めるだけだと分かっているのに。
「やっ、ああっ……あにでしっ……も、挿れてっ……挿れてくださ……っ!」
「ここでも充分感じてんだろ? いやらしい顔してるぜ?」
「ああ、あっ……ここじゃ……足りない……です……」
はしたない言葉を口にしながら目が合った鏡の中の自分は目にいっぱいの涙を溜めてとろんとさせ、物欲しげにしどけなく口を開き忙しない浅い呼吸を繰り返して肩を揺らしていた。ごりごりとした感触のものが押し入れられては引き抜かれる内腿は痛いほどの熱を持ち、頭は朦朧としてその感触と熱さを感じるだけで精一杯になってしまう。それが男根の硬さや太さを余計に意識させてしまい早くその質量で中を満たしてほしいという欲求が身体の疼きを強めていく。
「あっあぁ……っ、おねがい、です……っ」
「そんなに欲しいなら何をどうして欲しいのかちゃんと言ってみな」
「はっ……あ、兄弟子の…………おちんちん……、おっ、お尻に……挿れて、ください……」
「ハッ、そこまでして欲しいのかよ。すっかりチンポ咥え込む事しか考えられねぇ淫乱になっちまったな」
キキョウの嘲笑も甘んじて受けるしかなかった。事実、耐え難い身体の疼きに負けてありえないほど浅ましい言葉を口に出してしまっている。そんな事をしてまで身体はキキョウを求めてやまない。こんなことは間違っている、この思いは間違っている。それは分かっているのにそんな簡単な理屈にすら身体はおろか心まで従えない。
「いいぜ、そんなに欲しいなら挿れてやるよ」
リンドウの耳許に口を寄せてキキョウは囁きかけ、腿の間から男根を引き抜いた。引き抜かれる感触にすら甘く声が漏れる。淫らな期待に打ち震えた鏡の中の己の顔は見るに堪えずに目線を下に俯けてしまう。今までずっとこんな人に見せられないような緩み切った顔を晒していたのかと思うと今すぐにここから消え去りたくなった。欲求を律せず身体の望むものに心すら今や引きずられてしまっている。そんな自分が許せないという気持ちが湧き上がるけれども、それも双丘のあわいに宛てがわれた熱く硬い感触にあっという間に消し飛ばされてしまう。
「はっ……あっ……」
「物欲しそうな声出してるじゃねぇか。そんなに待ち切れねぇか?」
「はぁっ……あ……はやく……ほしっ……」
誘うように勝手に腰が揺れてしまって、淫乱の謗りを免れない己の有様を情けないとは思うものの、もうそんな事には構っていられないほど高まる欲求が頭を満たし身体を急かしていた。やがて割り入ってきた待ち望んでいたものに後孔を押し広げられると、苛烈なまでの快感が背筋を走り抜けて意識を白く染めてしまう。肉茎が進み入ってくるのに合わせて肩が跳ね背筋がしなり、根元までずっぽりと埋まった頃にはリンドウは身体をびくびくと震わせながら射精の瞬間のような絶頂感を味あわされていた。
「あっ、ああぁ……っ!」
「なんだ、挿れただけでイッちまったのか? おら、チンポ咥え込んだだけでイッちまったてめぇの顔ちゃんと見とけ」
後ろから伸びたキキョウの手が顎を掴み、顔を上向かせられる。全身を包む強い快感に陶然としたまるで自分ではない自分のような鏡の中の己の顔が目に溜まった涙でぼやけて見える。羞恥と屈辱と陶酔と欲求が混ぜこぜになって胸を掻き乱し痛ませるのに身体は甘い疼きに満たされていく。キキョウの手は顎から離れたが根元まで埋められたものがゆっくり引き抜かれ次の刹那強引に押し入ってくると、襲い来る強烈な快感によって勝手に顎が上向いて快楽に悶える鏡の中の自分と向き合うことになってしまう。
「は……ああっ、あっ、ああっ、や、ああっ」
じわじわと追い立てるようにゆっくりとした速度で抽送が繰り返され、喉から溢れ出してしまいそうな悦楽が官能を高めて、もっと高みへと昇りつめたい、これでは足りないという欲求が抑えられなくなっていく。
身体が熱い。奥深くまで穿たれるキキョウの熱が愛欲の火をどんどん燃え盛らせていく。こんな事がしたいのではないと心が訴えるのにこれでいいではないかと身体が囁く。何もかも忘れてこの瞬間この悦楽に溺れてしまいたかった。この瞬間が全てでいいではないかと心すらどこかで信じたがっていた。地に足が着いている心地がせず今にも波に攫われてしまいそうで、それなのに腰をがっちりと掴んだ手から逃げることも叶わない。
「あっ、あにでしっ……もっと…………っ」
「んだよっ……もっと、何だ?」
「もっと……つよく、してくださ……ああっ!」
希望通りに強く突かれて高い声を上げてしまう。激しい抽送に何も考えられなくなるほど身体を揺さぶられ、霞む視界には善がり狂う己の悦楽に歪んだ顔が映る。
「あっ、ああっ、は、あっ、あ、ああっ、あっ!」
「いい声出してるじゃねぇか、そんなにいいのか?」
「いっ、いいっ……あっ、きもちっ、きもち、いい……っ、ああっ! うぅっ、はっ……あっ、もっと、もっと……!」
ただ快感を追い求めることしかできなくなっていって恥ずかしげもなく甘えた声が喉から漏れる。こんなことは虚しいだけだと頭では分かっているのに、この激しさと熱さで身体を満たされるのがあまりに心地良くて抗えない。
「あ、ああ……っ、また……っ、イク、イクッ……!」
「何度でも、好きなだけイっていいぜ、おめぇみてぇな淫乱にゃ一遍じゃ足りねぇだろ」
そう言うとキキョウは叩き付けるように一層強く腰を打ち付け最奥を突いてきた。その激しさに目の奥がチカチカと明滅するように視界が定まらなくなり、息も吐き出すばかりで吸い込むことが困難になる。擦り上げられ強く突かれる内部の感覚にだけ意識は集中して、逐一捉えてしまう快感のうねる波がリンドウをどんどん追い詰めていく。
「あっ、あっ、ああっ、うぅっ——……! あ……はぁ……っ」
身体中に力が入り仰け反り脚が引き攣れる。射精を伴わずに絶頂の感覚だけが全身を覆う。だがその余韻に浸る間はなく、キキョウは動きを休めずにリンドウを責め苛み続けた。
「あぁっ、やっ、またっ、あっ……ああっ!」
もう達したのにまだ犯され続けて絶頂の感覚が引かずずっと留め置かれる。リンドウは涸れかけた声で痛切に喘ぎびくびくと身体を震わせるしかできなかった。
「すげぇな、イきっ放しじゃねぇか。でもまだ足りねぇんだろ?」
「うぁっ……も、ああっ、あたまっ、おかしく、なるっ……」
「いいぜ、おかしくなっちまえよ」
笑みを含んだ声でキキョウは告げて、尚も腰の動きを止めない。いつの間にか流れていた涙で頬をぐしょぐしょに濡らしたリンドウはもう意味のある言葉を発せられずに弱々しく喘ぎながら首を横に振った。高みに留め置かれる恍惚とあまりに快感が強すぎるための苦しさが呼吸を阻害しただでさえぐちゃぐちゃになった思考をますます働かなくさせ、もっと感じていたい、もう解放されたい、二つの相容れない欲求がせめぎ合って互いに叫ぶ。限界などとっくに超えていた。いつかは終わることは分かっているのに、時間の感覚ももうなくなってこの責め苦には果てがないように思えてくる。
「あ、はぁっ、も……やめっ……うぁっ、あっ……!」
「んだよ……もう音ぇ上げたのか? まあいいぜ、オレも、そろそろ、限界だ……っ」
息を荒げたキキョウは好き勝手に動き思うままにリンドウの中を抉り犯す。ただ耐え忍ぶしかないリンドウはもう息も絶え絶えになりながらただ揺さぶられ、身体の奥まで突き入れられた男根から熱い迸りが二度三度と放たれるとその熱さにまた身体を痙攣させた。
後孔を埋めていたものがあっさりと引き抜かれ、支えを失った身体はぐったりと崩折れ床に這い蹲る。疲労のせいか頭ははっきりせず、漏れ出し臀部を垂れ落ちていく粘液の感触だけがやけに生々しかった。
たとえ性欲を満たすためだけのただの道具なのだとしてもそれでもいい、抱かれたい。虚しさを抱えながらどこかでそう思っている。そんな考えは間違っているのに求める心は消え去らない。みじめだった。正しい事も為せず、身体の欲に流されて、それを肯定してしまっている自分がいることがどうしようもなくみじめだった。本当に為すべきことも本当に求めているものも違う筈なのに。
数日後の昼過ぎ、きょろきょろと辺りを見回しながら広場を歩いていたランチはキキョウの姿を見つけると小走りに駆け寄った。
「キキョウさん、あの、リンドウどこですか?」
「あ? 知るかよ。なんでオレに聞くんだよ」
「だってリンドウが何してるか大体知ってるじゃないですか」
ランチの言葉にキキョウは至極心外そうに眉を顰めランチを睨み付けるが、最早その程度ではランチは怯まないようだった。笑顔は崩れることはない。
「何言ってんだおめぇ……さっき買い物に出たがどこに行ったのかは知らねぇよ」
「ほらやっぱり知ってる!」
「何の用だ。気が向いたら伝えといてやるよ」
不機嫌そうに放たれたキキョウの言葉にランチはしばしきょとんと驚いたような顔をしていたが、すぐに気を取り直し口を開いた。
「ちょっと会議に出す和菓子のこと相談しようと思ってたんです。時間がある時に来てくれるように伝えてくれますか? それから……よかったらキキョウさんも手伝ってくれませんか?」
ランチの言葉にキキョウは急に真顔になってすっと目を細めた。
「オレには関係ねぇな。あの野郎が引き受けた仕事だろ」
「それは、そうなんですけど……でも」
「でももへちまもあるかよ。そこまでする義理はねぇよ。他に用がないならもう行くぜ」
頑ななキキョウの態度にそれ以上無理に誘う事もできず、何も言えずにランチはキキョウの背中を見送った。
キッチンカーへと戻るため歩きながらも、ランチの頭の中からキキョウの強硬な態度についての疑問は消えなかった。口の悪さほど悪い人ではないし他のメンバーへは時間が経つにつれそれなりに少しずつではあるが態度も柔らかくなってきたのに、リンドウの事になるとキキョウは頑なで不機嫌になる。二人はルエラニで偶然出会うまで顔を合わせた事もなくキキョウはリンドウという弟弟子がいる事さえ知らなかった様子だったのに何故そんなに毛嫌いするのだろう。
ランチが一人でいくら考えても分からないのは自明の理だったが、人間関係が円滑でないのは問題だし何より一度湧き上がった疑問は消えない。悩んでいるのが顔に出てしまったらしく、店番をしていたフェンネルがランチを見て首を傾げた。
「どうしたのランチ、何か問題でも起こった? また報告書書き忘れてたとか?」
「えっ、報告書じゃなくて……そんな大した事じゃないんだけど……いや大した事なんだけど……」
「何だいそれ、変なランチ」
悩みのあまり困り顔のランチが混乱した様子にフェンネルは小さく吹き出すけれども、すぐに表情を戻して気遣わしげにランチを見つめた。
「あのね……キキョウさんのことでちょっと……」
「仕事をサボってる……のはいつもの事だね。それ以外で何かあったの?」
「うん……なんでキキョウさんは、リンドウの事あんなに嫌うのかなって……マルシェの仲間なのに、そういうのがあるの良くないと思うんだけど、聞いても何も教えてくれなくて……」
俯きがちにしょんぼりと小さな声で話すランチを見て、フェンネルは一つ息をついた。
「話したくない事情があるんじゃないの? 話してくれないなら僕らにはどうしようもないよ」
「そうだけど、でも……」
「君のそういう所も僕は好きだけど、誰だって踏み込まれたくない事はあるよ。話してくれる気になるまで待つしかないんじゃない?」
「……うん、そうだね、ありがとうフェンネル。私ちょっと焦ってたのかも」
ようやく顔を上げて微笑んだランチにフェンネルも笑顔になる。ランチの笑顔が曇るようなことがあってはならない、そのフェンネルの願いからすると困った事態だった。どういう事情があるのかは知らないし結局は当人がどうにかするしかない事ではあるが、それがただでさえ忙しいランチの心を煩わせ憂いの影を落としてしまうのは許容できない。
「あっ、ごめんね店番中にこんな話しちゃって」
「いいよ、ちょうどお客さんも引けてたし君の悩み相談ならいつでも歓迎だよ。もちろん愛の告白もいつでもしてくれていいんだよ?」
「そうやって冗談ばっかり、もう! 知らない!」
ぷいと顔を背けそのまま歩いて行ってしまうランチの姿を見送って、冗談じゃないんだけどな、とフェンネルは心の中でだけ浮かべた。いつもの事だけれども、もう少しシチュエーションを選び真剣に言ったとしてもフェンネルの愛の言葉は全て冗談ととられてしまう。
そういう所も含めて好きだけど。そう思ってしまうから敵わない。鈍感と言ってしまうと少し違うけれども、そういった事には疎いのだろう。フェンネルの目には明らかなリンドウの変化にも気付いていない。
当人同士の問題だし立ち入る気はなかったけれども、少し釘を刺しておく必要があるかもしれない。気難しいキキョウが臍を曲げないよう、なるだけ刺激しないような穏やかな、だけれどもはっきりとした言葉で。
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