セレストブルー06
開店準備が一段落したリンドウの元にランチがやってきた。今日は和菓子を店に置かないので裏方の仕事をこなそうと思っていたのだが何か頼みたい事でもあるのだろうか。尋ねようとすると先にランチが口を開いた。
「リンドウ、ちょっと二人で散歩でもしない?」
「散歩……? 何か見たいものでもあるのか?」
「うん、まだあんまりルエラニの街もゆっくり見られてないと思って、だから案内してほしいんだ! ほら、早く行こ!」
ランチに手を取られて引っ張られ、触れ合った手の温もりと柔らかさにどきりと胸が高鳴るのを感じてそれを振り払うように首を振る。
「わ、分かった、今行くからそんなに引っ張るな! おい、あまり急いで歩くと転ぶぞ!」
注意するとランチの歩みはゆっくりになったが手は解かれない。妙な居心地の悪さを抱えたまま自分から手を振り解くこともできずに隣に並んで歩き続ける。
「最近忙しかったからかな、二人で出かけるの久し振りだね」
「ああ……」
「リンドウって私がしなきゃいけないような仕事気が付いたらいつの間にかしてくれてるから、いつもすごく助かってるよ。ありがとう」
「それは……当然の事をしているだけだ。責任者とはいってもお前一人の負担が重すぎるのは良くないだろう……」
「そんな事ないよ、すっごく感謝してるよ、いつも」
「そうか……」
ランチの言葉に気のないような声の返事を返すのがやっとで、会話が途切れしばらく無言で歩き続ける。ランチには何ら責任のない後ろめたさがただでさえ口数の多くないリンドウの口を重くする。例えば王都のマルシェの時のように、ランチの言動に何の屈託もなく一喜一憂しては己はまだ未熟者だからと思い直すような、そんな気持ちに戻れたならどんなにいいだろう。型通りの発想しかできなかったリンドウに自由を教えてくれたのも、穏やかな笑顔を教えてくれたのもランチだ。その笑顔が自分の為だけに向けられたならどれだけ、今もそう思っているのに、そんな己の想いを裏切ってしまっているという後ろめたさがそんな願いを持つ資格などないのだと冷たい声音で告げてくる。
重なり合った肌の熱さを、肌を撫ぜる指先の感触を振り払うことができない。寂しげで何かを探し求めているような横顔が焼き付いて離れない。誠実ではない、最低だと思っても一度芽生えてしまった想いを消すことはできなかった。己の不甲斐なさに対する焦燥と苛立ちが募るのに、解決するためにどちらかを捨てることもできはしない。
「リンドウ……?」
心配げなランチの瞳に顔を覗き込まれ、またどきりと胸が高鳴ったのを誤魔化すように目を背ける。ランチと二人きりで歩く状況を仕事だからと割り切ってしまうにはリンドウは不器用すぎたし、罪悪感ばかりがこみ上げてきて胸を痛ませる。心配をかけてはいけない、いつも通りにしなければ、そう己に言い聞かせているのに顔には分かりやすく出てしまっているようだった。
「何でもない、少し、考え事をしていたんだ」
「そう……? それならいいけど……あっ、ドーナツ! みんなにお土産に買っていこうか!」
通りに面したショーウインドウに並ぶドーナツに目を留めてから振り返り、ランチは楽しそうに満面の笑顔を見せた。そうだな、と短く答えてリンドウは僅かに俯いた。
人目も憚らず思い切り抱きしめてしまいたい、だがその資格がない。戸惑っている内に繋いだ手が解かれ、ランチは店員にドーナツの注文を始めた。ランチの背中を見守りながらリンドウは目に見えるよりもっと遠い隔たりを感じていた。手を繋ぐこともできる、すぐ側にいるのに心がどうしようもないほどの距離に隔てられている。その原因は己の抱える秘密を話せないが故なのだろうとも分かっていたが、だからといって話す事など到底できはしない。もし知られてしまったらと想像するだけで恐ろしくてたまらなかった。
ドーナツを買って箱を手にしたランチはまたリンドウの手をとって歩き出し、思いつくままに道を辿っていく。二時間弱はあちこち歩き回っただろうか、帰る前に一休みしようというランチの提案で二人はカフェに入った。
注文を済ませてコーヒーが出てくるまで、ランチはバジルの靴が大きすぎてサイズが合っていないので体に合ったものに買い換えようと提案したけど断られてしまった話や、オレガノの魔法の凄さなどを取り留めもなく話した。距離の遠さに対する寂しさを抱えたままリンドウはランチの話を聞き相槌を打つ。コーヒーが運ばれてくる頃には二人の間には沈黙が落ちて、まだ熱いコーヒーを少しずつ啜る音だけが店内のざわめきに混ざって耳に流れ込む。
「あのね……リンドウ」
カップを置いて顔を上げリンドウの顔を見ると、ランチは口を開いた。
「どうした?」
「ずっと気になってたんだけど、リンドウ何か悩みがあるんじゃないかなって……」
リンドウの目をじっと覗き込んでランチはそう問いかけてきた。隠し事が苦手な自覚はあるし実際に隠し切れていなかったらしい、ランチの視線から逃れるようにリンドウは目を伏せた。
「もし良かったら話してくれないかな? 一緒に考えれば何かいい方法が見つかるかもしれないし」
いつものように、曇りのない善意だけでランチはそう聞いてくれている。それでもリンドウは、だからこそ伏せた目を上げることはできなかった。しばし考え込み、ようやく口を開く。
「……大した事じゃないんだ。兄弟子はああいう人だろう、うまく付き合えるようになればいいんだが俺はそういう気遣いが苦手だからなかなかうまくいかずに兄弟子を苛立たせる事が多くて、それでつい考え込んでしまう事が増えたんだと思う」
「それは……私も感じてたけど……どうしてキキョウさんはリンドウにだけあんなにきついのかなって」
「恐らく、俺が未熟で察するのも下手だからだと思う……すまない、ランチにまで心配をかけてしまって」
「リンドウは自分の事未熟だって言うけれど、確かにキキョウさんほどのすごい才能はないかもしれないけど、でもリンドウにしか作れないリンドウだけの和菓子を作ってるって思うな。私はリンドウに自分の作る物にもっと自信を持ってほしいし、キキョウさんだってそれが分からない筈はないと思うんだけど……どうしてなのかな」
どうしてなのか、それはリンドウにも分からなかった。何を考え、何に苛立ち何に怒っているのか、何一つ語ってはくれないから分かる筈もない。時が経って変わったのは知りたいと思う理由の方だった。理不尽な扱いをされる理由を納得できないまでも知りたいという思いから次第にキキョウの心そのものを知りたいという思いに変わっていた。リンドウの身体を引き寄せて眠る腕の温もり、優しく髪を梳く指先、穏やかな声、そういったものが怒りの他にどうして向けられてくるのか、どうしてそんなリンドウの心を掻き乱すような事をするのかが知りたかった。何を思い、どうして、どんな小さな事でもいいから知りたかった。
「ありがとうランチ。だがこれは俺が自分でどうにかしなければならない事だ。これからも心配をかける事になってしまうかもしれないが……できれば、気長に見守っていてほしい」
「うん……それはいいけど、でも大丈夫? もし辛かったら言ってね、あんまり力にはなれないかもしれないけど」
「そんな事はない。お前には助けられてばかりだ」
自嘲気味な笑みが頬に浮かぶ。リンドウの不実さを知らず曇りのない善意を向けてくるランチに対して本当の事を言えない罪の意識と万が一もし知られてしまったらという不安がリンドウの心を覆う。二人でオーロラを見よう、そんな無邪気な約束を交わし胸を踊らせていた頃にはもう戻れない。リンドウはあまりに変わってしまった。ランチには絶対に知られたくなくてひた隠しにしているその部分もまた己の一部であると認めざるをえなくなっていて、そんな自分をランチの目にこれ以上晒したくないという思いが募る。
勿論一度引き受けた仕事を投げ出すなどという無責任な事はできないし、キッチンカーという販売形態を潰そうとするゴーマン商事のやり方は許容できるものではない、戦う必要があると思っている。だがそうでなければ居たたまれなさの余りに今すぐランチの前から消えてなくなってしまいたかった。
胸に渦巻く思いを誤魔化すように温くなったコーヒーを啜る。くっきりと舌に残る苦味が少しだけ心を楽にしてくれるような気がした。
リンドウがランチに連れ出されてこれはサボるにはいい環境になったと二人を見送ったキキョウは、昼寝にいい場所を探そうと立ち上がった。
「またサボりかい?」
後ろから声がかかり、振り向くとフェンネルが立っていた。こんな所に何の用かと幾分警戒しながら見据えると、フェンネルはふっと口の端を上げ笑ってみせた。
「君に話があるんだよ。リンドウを連れ出すようにランチに頼んだのも僕さ。彼がいると話しづらいからね」
「おめぇと話す事なんざ何もねぇよ」
「君がリンドウに何をしてるか、誰一人気付いてないと思ってる?」
ふいと顔を背け歩き去ろうとしたキキョウの背中にフェンネルがそう投げかけると、キキョウは立ち止まって振り向き不機嫌そうに眉を顰めフェンネルを睨め据えた。
「何をしてるかってどういうこった、妙な言いがかりつけてんじゃねぇぞ」
「言いがかりかどうかは君自身が一番良く知ってるだろう? 残念だけどリンドウの様子を見れば一目瞭然だよ。それが良い所でもあるけど良くも悪くもリンドウは顔にすぐ出てしまうしね」
「……万一言いがかりじゃねぇと仮定して、それがなんか問題あんのか。おめぇにゃ関係ねぇだろ」
吐き捨てるように告げても、フェンネルのまるで作り物のように精巧な美貌は表情を微動だにさせず静かにキキョウを見つめ続ける。能面のように無表情を極め込まれると何を考えているのか肚の底が読めない。キキョウにとってはやりづらい、苦手なタイプだった。
「そうだね、確かに関係がないから今まで黙ってたけど、そうも言ってられなくなってね」
「おめぇに関係がねぇのは何も変わってねぇだろ」
「君たちの事で困ってるんだよ、ランチが。勿論彼女は君がしてる事は知らないけど、リンドウが塞ぎ込みがちなのは気付いてるしそれが君とリンドウの関係がうまくいっていないのが原因だと思ってる。困るんだよ、ランチがそういう余計な心配事を抱え込んでしまうのは」
ランチの名を聞き、キキョウの口から長い溜息が漏れる。何故かは知らないがその名を聞いて先程はしゃいだ様子でリンドウの手をとって連れ出したランチの姿を思い出し、面白くないというもやもやした気持ちが湧き上がり、ただでさえ不愉快な気分でいたところに苛立ちを加える。
「あの女が困ろうがどうしようがそれこそ知ったこっちゃねぇよ。話はそれだけならもう行くぞ」
「リンドウを弄ぶのはやめてほしいんだ。そんな事を続けていたらリンドウはランチへの気持ちをますます抑え込んでしまうから」
言われてキキョウは怪訝そうに無表情のフェンネルの顔を眺めた。フェンネルはランチに想いを寄せあの女の為に命まで張っている、興味がなくともその位の事は察せる。ならばリンドウは恋敵だろう。何故そんな事を言われなくてはならないのか不思議でならなかった。
「その方がおめぇにとっちゃ好都合じゃねぇのか。感謝してほしいくらいだがな」
「君も大体の察しは付いてるだろうけど、僕は先がもう長くない。だからランチとどうこうなろうなんて気はないよ。でもリンドウになら、安心して彼女を任せられる。その邪魔をしないでほしい」
感情の読めない無表情のままフェンネルはそう告げたが、それを聞いたキキョウはややあってくっくと低く笑いを漏らした。
「それはおめぇが決める事じゃねぇだろ、どうすんのか選ぶのはあの女だ。違うか」
「それは、確かにそうだけど……」
「大体にしてなんでオレがおめぇの希望を聞き入れなきゃなんねぇんだ? 何の得もねぇだろ。オレが邪魔ならオレが何してんのかてめぇの憶測を他の奴らに触れて回ってくれても一向に構わねぇぜ。でももしそうなったらリンドウの野郎はどうなることやらな。あいつのことだ、それこそここにはいられなくなるだろうな」
半笑いでそう言ってのけると、ようやくフェンネルの顔色に変化が見えた。僅かに眉根を寄せ、強い視線でキキョウを睨み付ける。だがそれも僅かな間の事で、フェンネルは睫毛を伏せ幾分悲しそうにふっと微笑んだ。
「何がおかしいんだよ」
意外にも返ってきた笑顔という反応が気に障り、今度はキキョウが眉根を寄せむっとした。そんなキキョウを見てフェンネルは微笑みを崩さずにくすりと息を漏らす。
「昔の僕も今の君のように他の人には見えていたのかと思ってさ。誰も何も愛さないで信じてなかった頃の僕は」
「あ?」
「人を信じたり愛したりするということは、信じて愛したその人を通して自分と向き合うということでもあるんだ」
「……何が言いてぇのか分からねぇな」
苛ついて睨み付けるがフェンネルはまっすぐキキョウを見据えたまま微笑みを崩さなかった。余裕綽々で説教のつもりかと面白くなさが募る。
「誰かを信じたり愛したりできないのは、自分と向き合うのが怖いからさ。君は自分が嫌いだろう? 本当は誰よりも好きになりたいのに」
「オレの事なんざ何も知りもしねぇ癖に当てずっぽうで適当に人を見透かしたような事抜かすな」
舌打ちを一つ残して今度こそキキョウは背を向けて歩き去り、フェンネルもそれを止めなかった。確かにフェンネルはキキョウの事などほぼ何も知らない。だが分かるのだ。愛になどなにも期待しなくなっていた、そんな自分にも愛想が尽きてしまっていた頃のフェンネルはきっと今のキキョウと似ている。
他人は利用するためのもので自分の事しか考えていない、それが生きづらい世の中を上手く渡っていく方法だ、そう思っていた。だけどそんな自分を誰よりも嫌っていたのは自分自身だ。どれだけ稼ぎが良くても誰と身体を重ねてもただ空虚で何も満たされない日々だった。そんなフェンネルに幾度も拒絶されながらへこたれることもなく向き合ってくれたランチの真っ直ぐさが眩しくて、しつこく聞かれるものだから少しずつ自分の事を話し始めて、気付けば彼女の全てが愛おしくなっていた。
フェンネルは幸運にも出会いに恵まれた。そんな人ばかりではないだろう、ついに出会えずに一生を終えてしまう人も多いだろう。心の扉を開けてくれるそんな人にキキョウは出会えるのだろうか。出会えればいいと不思議と素直な気持ちでフェンネルは思った。ランチとそして仲間達との出会いを今はただ感謝してやまないから。共に働き笑い時には涙し苦楽を分かち合った日々と、仲間と認められ居場所ができて固く閉ざされていた自分の心も次第に開いていき、優しさや労りに満ちた記憶。きっと友愛と呼ばれるであろうそんなものが何をしても満たされなかった渇きを癒やしてくれる事を知ったから。
昼寝する気が削がれたがフェンネルの顔を見ているのも癪でキキョウはその場を半ば勢いで離れたものの、仕事など元からする気はないし何をするあてもなくぶらぶらと広間を歩き回るだけになってしまった。徒労感が募り実に面白くないという心持ちのままそろそろ昼の賄いが出る頃合いだろうと戻ってきたが、丁度戻ってきたらしいランチとリンドウを見かける。
「ありがとうリンドウ、また一緒に行こうね!」
「……ち、近いぞ、もうちょっと離れろ」
「そうかな?」
リンドウの腕に腕を絡ませ顔を見上げたランチが腕は離さないまま少し距離を置く。耳まで肌を朱に染めたリンドウはランチが離れるとようやくほっと息をつく。こんな事は別に珍しい光景ではない、ランチという女はそういう所があって、オレガノやバジルといった子供はともかくとして、リンドウに限らずフェンネルやブーケガルニにディルといったあくまでマルシェで一緒に働く仲間であって恋人ではない男と手を繋ぐのもあまり気に留めず受け入れるし自分からのスキンシップも多い。どうやら男女の友達の区別が付いていないのではないかと疑われる節があった。目にしても今まではまたやってるなとしか思わなかったものが、今日は何故だかやけに癇に障る。
キキョウは無言で二人へと歩いていくと空いている方のリンドウの腕を掴み、引き摺って歩き始めた。
「来い」
「あ、兄弟子?」
「キキョウさん、ちょっと、どこ行くんですか!?」
ランチの呼びかけを無視して困惑するリンドウを無理矢理引っ張り進み、人通りのない袋小路の裏路地を見つけてそこに入っていく。
「あの、兄弟子、一体何が……」
「うるせぇ」
行き止まりの壁の前まで来ると力任せにリンドウを壁に向かって放り、何が何だか分からないといった様子のリンドウの顔の両脇の壁に手を付き睨み付ける。
「デレデレしてんじゃねぇよ」
「えっ……?」
キキョウの言葉に突然何を言われたのか分からなかったのかぽかんとした表情を見せたリンドウの口を勢いに任せて口で塞ぐ。緩く開いた唇へと舌を滑り込ませ逃げようとする舌を絡め取る。どちらのものとも分からなくなるほど互いの唾液を掻き混ぜ合い歯茎や口蓋をくまなく舐め回す。息苦しそうに鼻から短い呼吸を繰り返すリンドウは逃れようとキキョウの胸を押すが、大した抵抗にはなっていなかった。
ようやく解放された頃にはリンドウは息をするのもやっとで、そんなリンドウを一瞥するとキキョウは舌打ちを一つ残して大通りへと歩き去っていった。方向音痴のキキョウを一人にするのはただでさえ心配なのに更にこの訳の分からない状況が重なり、すぐにでも追いかけたかったが残念ながらリンドウの身体は人通りの多い道に出られる状態ではなかった。
しばらくその場で昂ぶりが治まるのを待ってリンドウは広場へと戻ったがキキョウの姿はなかった。キキョウが戻ってきたのは結局マルシェの営業時間が終わる頃で、どこに行ってたんですかというランチの詰問も無視してしれっとした顔で夕食を食べると寝ると言ってすぐに引っ込んでいった。
昼間のあれは何だったのだろう。未だに狐につままれたような気持ちだった。言われた内容からするとランチと一緒にいたリンドウの顔が余程緩んでいたのだろうが、リンドウがランチに想いを寄せていることはキキョウも最初から承知の上の事だし今までそんな事は関係ないような態度だったのに今になって言われるというのはあまりにも今更ではないかと思われた。
聞いたところで答えてもらえるとは思えないが、だからといっていくら考えてもキキョウの行動の理由など分かりそうになかった。キキョウの言動はリンドウにとってはいつも気紛れに見えて真意が読めない。
明日の準備を概ね終え寝室に戻るとキキョウはベッドに身体を横たえ頭の後ろで手を組んでぼんやりと天井を見ていた。枕元に見覚えのない紙袋が無造作に置いてある。
「兄弟子、その袋は?」
質問するとキキョウはようやく首を動かしてドアの前に立つリンドウの方を見て、薄っすらと笑みを見せた。
「これか。まぁ開けてみてのお楽しみってやつだ」
「はぁ……」
どうやらキキョウは袋の中身を教えるつもりはないらしい。気にはなるが無理に開けるわけにもいかない。昼間の様子からしてキキョウの機嫌が悪い事も予想していたがむしろ機嫌は良さそうなので少し安心して、着替えようと上着に手をかける。
「全部脱いどけよ」
後ろからキキョウの声がかかったので振り返ると、上機嫌そうな笑みを浮かべてリンドウを見ていた。その笑顔に何か引っかかるものはあるし裸体を自分から晒すのに未だに抵抗はあるが逆らえない事は分かっているので羞恥を抑えながら服を脱いでいく。眼鏡も外し全て脱ぎ終わったところで意を決し振り向こうとすると、キキョウがベッドから立ち上がった気配がした。後ろから近付いてきたキキョウはリンドウの両手をとって背中で手首を交差させ、いつ用意したのか縄で後ろ手に縛っていく。
「あの、兄弟子……どうして手を……」
「暴れられたら危ねぇから一応な」
「暴れる……? 一体何をするんですか?」
質問にキキョウは答えなかった。しっかりと手首を縛り終えるとリンドウの肩に手をかけて促しベッドに横たわらせる。眼鏡を外した視界がぼんやりとぼやける中でキキョウは一体何をする気なのかと息を詰めるリンドウの喉元をキキョウの指先がつぅっとなぞった。緊張し何をされるのかと張り詰めた身体にはたったそれだけの刺激も鮮明に捉えられ、ぴくりと肩を震わせてしまう。その反応が面白かったのかキキョウの指先は首筋から肩、胸にかけてをゆっくりとなぞり彷徨う。くすぐられているようなもどかしさが肌の下を駆け巡るが、キキョウの手を遮ろうにも後ろ手に縛られてしまっていてはそれも叶わない。肩を揺らし何とか逃れようとするものの、そんな行為は何の意味もなくキキョウの指先は肌を捉え逃さない。
もっと触れられたい、唇が、舌先が欲しい、そんな願いが胸に湧き上がるのなどお構いなしにキキョウの指先はそっと肩口を撫で首筋を辿る。眼鏡を外した目では表情を確と捉えられないが、きっとリンドウの反応を楽しんでいるのだろう。意地が悪い、確たる刺激をもっと早く与えられたい、そんな風に思ってしまう自分の存在を感じて嫌悪感が胸を締め付ける。愛されてなどいないのに与えられる快感を身体が貪欲に求めてしまう。隅々まで絡み合い体温を感じることを求めている。伸し掛かる重み、むっと立ち込める汗の匂い、与えられるそんなものが欲しくてたまらない、愛されていなくてもいいなどと心にもないことを思ってしまう。
「……っ、もっと……」
「もっと何だ?」
「もっと、ちゃんと……触って、ください……」
蟠るもどかしさが吐く息の温度を上げる。キキョウが堪えきれない笑いをくっと漏らした音が聞こえた。
「おめぇそんなにオレに抱かれてぇのか?」
「……はい」
「ふぅん、そうかよ。まあそういう素直な態度は嫌いじゃないぜ」
愉快げな声で言ってキキョウは身体を倒し唇を合わせてくる。求める心のまま口を緩く開けるとすぐに舌が滑り込んで来て、指先に外耳を弄ばれながらねっとりと互いの舌先を絡み合わせる。感じる感触と熱に胸が満たされていく。一時のものだと分かりきっているのに、それでもどうしようもなく欲してしまっている。くちゅくちゅと唾液が混ざり合う淫猥な水音と執拗に耳の骨をなぞり耳朶を弄ぶ指先に耳は犯され、長い口付けが意識を甘く蕩かしていく。頬を包むキキョウの左手が暖かい。愛していないのに、どうしてこんな優しい触れ方をするのだろうか。そんな疑問をよそに身体の奥から湧き出る熱がどんどん身体を火照らせる。もっと、何もかも、全てが欲しい、手がもし自由に動かせたなら首に縋り付いて懇願していたかもしれない。でもそれを口にしてしまえば何か取り返しのつかない事になってしまうような気がして恐ろしかった。
頬を包んでいた左手が首筋を撫で降りて鎖骨をなぞり胸板を辿る。触れられた箇所に次々火が灯るように熱が湧き上がる。
「んぁっ……んん…………んっ」
上擦った甘ったるい声が鼻から漏れる。キキョウの指先が皮膚の薄くなった箇所に辿り着き、その中心を爪で軽く引っ掻く。突然襲って来た痛み混じりの快感が背筋を撓らせ顎が上がる。ようやく口を離したキキョウは舌先でリンドウの唇をなぞった。
「ああっ……は……ぁ……」
「まだ物欲しそうな顔してんじゃねぇか、こんだけしてもまだ足りねぇのか?」
「は……もっと……してください……」
ままならない呼吸の間からねだるとキキョウは再び唇を合わせてくる。粘膜を擦り合わせ混ぜ合い溶け合う心地よさに溺れて流されていく。確かなものはこの感触と溢れるような快感だけで他には何もなく、今はただその確かさで満たされていたかった。
優しく絡め取るような濃密な口付けを交わしながら、耳を弄んでいたキキョウの手が首筋を降りて肩から胸、腹へと降りてくすぐるような手付きでそっと肌を撫で回す。少しずつ高められていく感覚はもどかしくもあるがどこか安心する感覚もあった。意に反して身体だけが高みに登り詰めてしまうのは空恐ろしさがあるけれども、今は温もりが身体を満たして少しずつ温度を引き上げているように感じられて、身を任せ漂うような感覚を味わうのに恐ろしさは伴わない。いくら抑えてようとしても溢れ出してくる愛おしさが触れてくる唇、舌、手指の感触を甘やいだものにしていく。
時折息継ぎを挟みながら長い口付けは続き、意識をどろどろに溶かして代わりに鋭敏になった触覚が肌をなぞる指の感触を鮮明に捉える。どこに触れられても痺れに似た快感が肌を奥に駆け抜けて、触れられた箇所からもどかしさが腹の奥に蟠っていく。呼吸がままならないのも手伝って頭の中はぼうっとしてきて、触れられる事が気持ちいいというそれだけしか認識できなくなっていく。
ずっとこのまま温もりを感じながら溶かされていたい、そんな詮無い思いが湧き上がる。ただの錯覚がそれでも願いを強めていってしまう。抱きしめたいのに後ろ手に縛られた手は動かせなくて、でもそれで良かったのだとも思う。触れられる度に胸に熱いものがこみ上げて愛し始めてしまっているという事実を思い知らされ痛みが走る。この温もりを熱を知らなければこんな思いもせずに済んだのに、身体に刻み込まれたものは今更消えはしない。
脇腹を掠めなぞってキキョウの右手は腰に降りていき、内腿を散々指先で嬲った後に少し上へ戻って陰嚢をやや力をこめて揉みしだく。柔らかな袋に包まれた睾丸に力がかかり刺激される度に甘い疼きが腰を震わせ頭を痺れさせる。緩やかな刺激に徐々に蕩かされていた身体はどんどん昂ぶり、身体の奥の疼きは止められなくなっていく。
「もうトロットロじゃねぇか」
口を離したキキョウが言いながら痛いほど張り詰め上向いたものを指先で撫で上げる。溢れ出した先走りの蜜が滴り落ちて濡れた下腹部は知らぬ間にぬめっていて、なぞる指先のぬるついた感触が激しい羞恥を呼び起こす。抑えきれず零れ出した情欲の滴りを先に纏わせたキキョウの指が口に捩じ込まれて中を掻き回し、うっすらと苦味混じりの塩気が口の中に広がる。絡む指の感触は味に反して甘く、動き回る指に舌を絡ませ舐めずる。
「ふぁ……あ、んっ……うんっ……」
「そんなに感じてんのかよ」
いいように掻き回された口から指が引き抜かれ、キキョウの手は再び陰嚢へと戻り今度は焦らすようにやわりと揉みほぐしてくる。
「あっ、そこ……すごく……いいです……っ」
膜が一枚張ったものを触りたくても触れずにいるようなもどかしさが身体の奥の疼きをどんどん強めていく。矢も盾もたまらずに口を開こうとしたところでキキョウは啄むような口付けを幾度も落としてきて、ふっと息を吐いて笑った。
「次はどうされてぇんだ?」
「はっ、あ……ん…………後ろも、触って……ほしいです……」
「いいぜ」
いつものような嘲笑も揶揄もなくリンドウの言葉通りにキキョウは指先を下に滑らせ、会陰部を押しなぞる。その度に生まれる腹の底に響くような快感が身体を走って肩を震わせ、触れられることを期待し待ち受ける場所の疼きをどんどん強めていく。ようやくその箇所に到達したキキョウの指先は、襞を一本一本なぞって細かく這い回る。待ち切れずに後孔が小刻みにひくつき、甘ったるい声が喉から漏れ出してしまう。焦らしに焦らしてようやく指先がつぷりと挿し入れられ、穴を広げるように力をかけ動き回る。
「あっ! あ、ん……はぁっ……」
待ち望んでいた感触がいよいよ後孔を埋めその感覚に腹筋が引き攣れ肩が上がる。だが第一関節まで挿し入れられた指先はそれ以上奥には進んで来ようとはせずに留まって執拗に穴を押し広げ続ける。浅い所を責め続けられそこから生まれる快感を感じつづけるほどに、もっと奥を目茶苦茶に掻き回されたい、そんなふしだらな欲求がどんどん湧き出して溢れ出しそうになる。指をもっと奥に引き入れようと誘い込むように腰が揺れてしまうが、指先はその位置を動こうとはしなかった。
「あに、でし……っ、あぁっ……もっと、奥も……っ」
「そう急かすなよ、きちんと拡げとかねぇと後で泣き見んのはおめぇだぜ」
穏やかな声でキキョウがそう返す。その事に感じる違和感は、もっと前から感じてはいた。まるで労り奉仕するような優しい愛撫、いつもは慣らしもせず無理矢理押し入ってくるのが今日に限ってはそうではない。普段とは明らかに違う様子と後ろ手に縛られ身動きのとれない状況とが相俟って、一体何をされるのだろうかという不安が胸を覆う。だがその疑念も、挿し入れられた指が二本に増えたことであっという間に霧散してしまう。
「ああっ、あっ、や……はっ、うあっ、あ……っ」
「大して慣らさなくてもすぐに入っちまうな。もう一本いっとくか、どうせ二本じゃ足りねぇだろ?」
言い終わらぬ内にもう一本指が入り込んできて穴を押し広げる。三本の指先が自在に動き回って浅い所をひたすらに掻き回し、もっと深い場所を犯されたいという欲求ばかりがどんどん強まっていって他には何も考えられなくなる。
「ああっ……は、んっ、あにでし……っ、お願い、ですっ……もっと、奥も……してくださ……はぁっ」
「何をすりゃいいんだ?」
「奥っ……掻き回して……くださ……っ」
「しょうがねぇなぁ、堪え性がねぇ奴だ」
キキョウはそう答えるとくぐもった笑いを低く漏らして、三本の指を一気に根元まで突き入れてきた。
「ああぁっ! あっ、ああっ……あっ、いい……っ!」
奥深く侵入した三本の指が内壁を掻き回し蹂躙していく。感じる箇所は既に知り尽くされてしまっていて、そこを責め立てられる度に強すぎる快感に目が眩む。それでも足りなくて腰を揺らすと、心得ているようにキキョウの指は抜き挿しの動きを繰り返し始めた。
「あっ、ああっ、はっ、や、はげし……っ、ああっ、う、んんっ、はぁっ、ああ、もうっ、ああ……っ」
「そんなにいいのかよ、ここが」
「ああっ、いいっ、きもち、いいです……っ! もっとっ……ああっ!」
激しく犯されることにすっかり慣れ快感を受け入れてしまっている己への鬱屈とした感情も、次々襲い来て意識を白く灼く圧倒的な悦楽に呑まれ溶け混ざり、身体の全てが気が狂いそうなほどの快感に染められていく。指の動きは緩めないままキキョウは身体を倒して胸元に口を寄せ、乳輪をそろりと舐め回した後に膨らみ始めた乳頭を甘く噛んだ。
「や、ああっ! あっ、だっ……めで、そんな……あっ、ああっ!」
逃れたくても手は動かせず、必死に身体を捩るしかないがそんな事では逃れることは叶わない。抑えることのできない甘ったるい嬌声が耳の中に響き続け、力が篭って張り詰めた筋肉はびくびくと痙攣し、絶頂へ到達する瞬間が近いことを知らせる。
「やぁっ、あっ、も、ああっ、イキそっ……イクっ……ああっ!」
今まさに、その瞬間にキキョウの動きが止まった。絶頂を迎えようとしていた身体は幾度も震えるが後少しを押し上げる刺激が与えられない。激しいもどかしさが全身を包むが、キキョウは胸元から頭を上げ後孔に埋めていた指をゆっくりと引き抜いた。
「あ、ああっ……あ、どう、して……あにでしっ……」
「こんだけ慣らしゃもう充分だろ。指なんかよりもっといいモンでイかしてやるよ」
そう告げるとキキョウは枕元に置いてあった袋から何かを取り出した。眼鏡がないのでぼんやりとしか見えないが何かの小瓶と棒のようなものだった。小瓶の蓋を開け中身を手にとったキキョウは棒状のものに瓶の中身を塗り付けた。念入りに塗り付けると瓶の中身が残った手を伸ばし後孔の辺りに掌を擦り付ける。ぬるりと湿った感触がしたかと思うと指先は再び後孔に挿し込まれ、出入り口の辺りにもぬるついた液体が擦り付けられた。
「ぐっ、あ……なに、を……」
「ただの油だよ。別に変なモンは入っちゃいねぇぜ」
答えながらキキョウは淡々と油を秘所に塗り込む。指先が動き回る度に生まれる刺激が絶頂に達し解放されたいもどかしさをどんどん募らせていく。手前で留め置かれたまま与えられる緩やかな刺激はまるで拷問のように感じられた。
今までそんな事はした事がないのになぜ今日に限っては油など塗るのだろう。ぼんやりと薄ぼけた疑問が浮かぶが、キキョウが手にした棒状のものを臀部に添え当てたことでようやくこれから何が起こるのかという答えがくっきりとしてくる。
「あっ、あにでしっ……それで、何を……」
「何って挿れんに決まってんだろ」
「そんな……っ、無理、です……! そんなの、入らない……っ!」
「大きさはオレのとそう変わんねぇよ、たまにゃあこういうのもいいだろ?」
どこか楽しげな声のキキョウの言葉に危機感が募る。股を閉じ脚をばたつかせ必死に抵抗するが、一つ舌打ちしたキキョウが両の膝裏を纏めて腕で抑え付け体重をかけぐっと上体へと押し付ける。腰が浮いて見られたくない場所がキキョウの眼前に晒される体勢になってしまう。
「やっ、いやだっ、いやですっ……! やめっ……」
「やめろっつわれてやめる奴がいるかよ」
「やだ、あっ! が……ぐ、うっ……」
温度がなくただ固い無機質なものが油の滑りの力を借りて体内にめり込んでくる。ごつごつとした固いものに抉られる内壁は激しい痛みと異物感に苛まれ、吐き気にも似た嫌悪感が胸を焼く。
「ああっ、痛っ……いたい、ですっ……も、抜いて……くださ……っ」
「これでイくまで抜かねぇよ」
「そんな、の……むりで……っ、ひっ、ああぁっ!」
半ばまでめり込んだものが急に一気に奥まで押し込まれ、押し出されるように悲鳴が高く上がる。ただ固いだけのものが身体の内側を押し広げる圧迫感は不快でしかなく、早くこの状態から解放されたいとそればかりが頭を占める。
「あーあ、ずっぽり根元まで銜えこんでるぜ、ほんとやらしい穴だよなぁ?」
「あっ、ああ……っ、やっ、ぬいっ、ぬいて……くださっ……いやだぁっ……」
「これでイくまで抜かねぇっつったろうが。おら、その情けねぇ面見せろよ」
キキョウが膝裏を押さえ付けていた腕を外し、力の入らない脚がだらんとベッドに下りる。異物を体内に収めているのが苦しくて呼吸がままならない。浅く呼吸を繰り返していると、キキョウが顔を寄せてくる。
「いいぜその顔、最高に唆んな。もっと目茶苦茶にしてやりたくてたまんねぇよ」
低い声が甘く囁きかけてくる。腹の中に埋められたものが動かされたらと考えると恐ろしくてたまらなかった。必死に身体を捩るしか抵抗の手段がないが肩を上げたところにキキョウが手をかけ身体をひっくり返し、四つん這いの体勢を取らされる。
「はっ……あ、や……もうっ……やめ…………ひっ!」
腸を埋めていたものが半ばまでゆっくりと引き抜かれて、勢いをつけて再び挿しこまれる。どうやら単純な形の棒ではなく凹凸があるらしく、動かされる度に固い凹凸が内壁を抉り擦り痛みを生み出す。ゆっくりと抜き挿しが繰り返され、蹂躙された内側はじんと腫れたように熱を持って少しの刺激にも過敏なまでに反応する。
「いっ……ぐ、あぁっ…………やっ、も、やめ……ううっ……」
「そんな事言ってても段々善くなってきたんだろ? こんなに腰振ってんだからな」
「ちがっ、いや……だっ、あぁっ……」
キキョウの指摘通りに、幾度も動作を繰り返され慣らされ始めた内側は固い感触に抉られる度に痛みだけではなく痺れに似た甘い感覚も感じ始めていた。苦しさしか含んでいなかった呻き声には甘い吐息が混じり始め、尻穴に得体の知れないものを挿れられて快感を感じてしまっている己の賤しさ情けなさに胸が詰まり目尻に涙が滲む。
「張型で最初からそんなに感じちまうなんてとんだ淫乱だな、おめぇのこの穴は何挿れられても気持ち良くなっちまうんだなぁ?」
「やっ、あ、ああっ、ちが、ちがっ……あっ、は……ああぁっ!」
口でどれだけ違うと言ってみたところで、じんと熱を帯びた内壁の善い所がごりごりと擦り上げられる度に甘く疼いて、喉から漏れるのは最早甘ったるい嬌声になっていた。もっと激しく突かれたがる身体が勝手に腰を振らせて、その望み通りにキキョウの手の動きも速まって出し入れの反復運動は激しさを増し、身体を昂ぶらせていく代償に心を追い詰めていく。
「ああっ、あ、や、いやだっ、あぁっ、やっ、もう……っ、やめ、て……くださっ……」
「そんなに腰振って善がって言う台詞かよそれが、もうイキそうなんだろ?」
「いやだっ……ああっ、ふっ、く……うぁっ、あっ、やっ、いやだぁっ……」
絶頂の快感に浸りたい欲求と淫具で達するような淫らな自分を否定したい理性がせめぎ合う。だがどれだけ抑えようとしても与え続けられる快感は否応なくリンドウを高みへと押し上げていく。
「やぁっ、やっ、イキたくな……やだっ、あっ、いやだぁっ、も、イっちゃ……やっ、イキたくっ、ない……っ」
「イキたいならイっちまえよ、楽になれるぜ」
「やだっ、やっああっ、あっ、ああっ、いやっ、やだぁっ、イクのっ……イキたくなっ……ああっ、ああぁっ!」
絶頂の快感に体中が強張り幾度も激しく震える。達した瞬間に真っ白に灼け切れた意識が少しずつぼんやり現実に引き戻されてくると、道具で絶頂させられた己の淫らさと惨めさが胸に染み入ってきていつの間にか濡れていた頬に新たに涙の筋が流れた。
「あぁっ……あっ」
差し込まれていたものをゆっくり引き抜かれ、その感触に感極まったような声が漏れてしまう。
「すげぇな、広がっちまって穴の中まで丸見えだぜ」
臀部の肉を両手で脇に押し広げて楽しげな声でキキョウが呟くが、身体の内側まで覗き見られていることに激しい羞恥を覚えるもののもう答える気力もなかった。膝で身体を支えることもままならなくなり横向きにベッドに倒れ込むと、キキョウが身体を倒し耳許に口を寄せてきた。
「どうだよ、もう満足しちまったか?」
「んっ……ふ……」
息がかかるほどの耳許で囁かれ、甘やいだ感覚がぞくりと背筋を走る。恐らく何もかも分かっているのにそんな事をキキョウは聞いている。キキョウの熱に身体を貫かれなければ満足などできなくなってしまっている事を知っていてわざわざそんな質問をしている。それは分かっているのに、身体が求めるのを抑えることができない。
「あっ……兄弟子のが…………欲しい、です……」
「本物のチンポじゃねぇと満足できねぇのかよ、いやらしい身体だな」
「っ……」
違うと否定したくても事実身体はまだ満足していないし、はしたない願いを口に出してしまってもいる。熱を内側に感じ昇りつめたい、どうしようもなく欲しい、もう身体が求めているのか心が求めているのかの判別すらつかない。
「いいぜ、そんなに欲しいなら挿れてやるよ。欲しくてたまんねぇんだろ?」
「欲しいです……」
待ちきれない気持ちを抑えられず答えると、漏れる吐息をキキョウの唇が塞ぐ。ねっとりと熱を帯びた舌が絡み合い、まるで愛されているかのような錯覚が生まれてしまってそんな事はありえないと知る心がずきりと痛む。こんな優しい口付けをされればされるだけ苦しくなってしまうのに、どうしてこんな事をするのだろう。帯を解く衣擦れの音が微かに耳を震わせ、優しく口内を舐り回した舌が抜かれる頃にはキキョウは身に着けた衣服を全て脱ぎ去っていた。
腿の裏を掴まれ脚を持ち上げられて腰が少し浮く。既に拡げられた後孔に大した抵抗もなく先端が入り込んできて、感じる肉の感触と温度に胸が切なく疼いて短い声が小刻みに漏れる。浅い所に留まった先端が円を描くように内側を掻き回して、震えるような快感ともどかしさが体の奥から指の先まで走り抜ける。縛られている腕は動かせず必死に腰をくねらせるが、浅い所を責め立てるものはそれより先には進もうとしない。
「あにでしっ……もっと、奥まで……挿れて、くださ……っ」
「そう焦るこたねぇだろ? ゆっくり楽しもうや」
「も……がまん……っ……できません……っ!」
「ほんとに堪え性のねぇ奴だな」
くくっと低く笑うとキキョウはぐっと腰を押し付け、一気に奥まで押し入ってくる。
「あ、ああぁっ、あっ!」
待ち望んでいた熱さに奥深くを抉られて、強すぎる快感が全身を蕩かし支配して高い嬌声が上がる。
「そんなにいいのかよ、オレのチンポは」
「ああっ……は……ぁっ、いいっ……きもちっ……いい、です……っ」
「こんなにキュウキュウ吸い付いてきやがって、挿れられんのがそんな嬉しいのかよ。どんだけ淫乱なんだよおめぇは」
楽しげに言いながらキキョウはゆっくりと腰を動かし始めた。固い淫具に抉られ続けた内壁は過敏になっていて、ゆるりと引いては押し込まれる肉茎の感触をいつもよりくっきりと感じ取ってしまう。
「は、あっ、ああっ……そん、なっ……やっ……あぁ……っ」
「どうした? こんなんでもうそんなに感じちまってんのか?」
「あぁっ、中っ……おかしくてっ……んんっ、あ……あぁっ、そんな……ゆっくり、されたらぁっ……」
「この方がオレの形しっかり覚えられんだろ? これじゃねぇとイけねぇ身体にしてやるよ」
緩やかな抽送を繰り返しながら愉快げな声でキキョウが告げる。真綿で首を締められるようにじわじわと与えられる気が触れそうなほどの快感が全身を侵してただ悦楽を追い求めあられもない喘ぎ声を上げるだけの肉の塊のようにリンドウを変えていってしまう。特に強い快感を感じてしまう一点を嫌になるほど何回も責め立てられ、脳が焼き切れてしまいそうなほどの悦楽が絶え間なく襲い来る。
「はっ、あ、あぁっ、あっ……も、だめです……んんっ……おかしく、なる……っ」
「ふぅん。ならよ、もっと激しくしてみたらどうなっちまうかな」
言い終わらぬ内にキキョウはリンドウの脚を掴んでいた腕を離して腰を鷲掴み、力任せに腰を打ち付け始めた。
「やっ! うあっ、あ、ああっ、ひっ、はぁっ、あっ、ああぁっ!」
「こうされんの好きなんだろ? 奥まで突かねぇとイけねぇドスケベな身体してんだからよ……っ!」
「そんなっ、はげし……っ、あ、も……イっちゃ、イクっ、だめっ、あぁっ、もうっ、イクっ……!」
背が撓りひゅっと息が詰まる。脳天まで突き抜ける絶頂の感覚を噛みしめる間もなく、力強く最奥を突くキキョウの動きは止まない。
「ひぁっ、やだっ、あっ、あぁっ、も、イってる……のにっ……ああっ、は、ああぁっ、またっ、また……っ」
「すっかり空イキ覚えちまったなぁ、手前でするのよりイイだろ?」
「はっ、あっ、よすぎて……っ、へんにっ……なっちゃ……ああっ!」
奥を突き上げられる度に絶頂の感覚が全身を走り抜け、頂点から下がることなく留め置かれる。飽くことなく突き上げ責め立てられ続けて、視覚も聴覚ももう用をなしていなかった。明確に感じられるのは体内を掻き回す男根の熱さ硬さと突かれることにより絶え間なく生み出されていく度を過ぎた快感だけだった。
「オレに犯されんのがよっぽどいいみてぇだな」
「うっ、は……いっ、いい、きもちっ……よすぎて……っ、もうっ……」
「そのトロットロになった顔、あの女に見せつけてやりてぇな……ククッ、おめぇがこんなんなってんの見たらあいつどんな顔するだろうな」
あの女。その言葉を聞いた瞬間に熱に浮かされていたリンドウの頭がすっと冷えた。あの女という言葉が指し示すのはランチ以外には考えられない。
「やっ、それだけはっ、やめっ、ああっ! やめて、くださ……絶対っ、そんな……っ、は、うぁっ!」
「そんなに嫌かよ、そんな事言われたらますます見せつけてやりたくなるじゃねぇか」
「やだっ、いやだぁっ、やめっ、お願い、ですからぁ……っ、やめ、て……ひ、あぁっ!」
「だからよ、それはさんざっぱら腰振って善がって言う台詞じゃねぇだろ。もっと欲しいんだろ?」
キキョウの言う通り身体は更なる悦楽を貪ろうと盛んに腰を揺らしていた。だがもう脳を灼く快感はただ苦痛でしかなかった。誰にも知られたくはないが、他の誰よりもランチにだけは絶対に知られたくない。こんな卑しくて惨めで淫らな自分を知られてしまったらもう生きてはいけない、ランチの記憶から己の存在を抹消したくなる。己の身体が快楽に溺れ貪り続けるのがただただ恐ろしくて、それを止められない己がどうしようもなく情けなくて、悔しさからなのか憤りからなのか何の故かも分からない涙が零れる。
「いいぜ、その顔、最高だな。もっと泣けよ」
「おねがっ……です……っ、ああっ、はっ……も、やめっ……ゆるして……っ、くださ……」
「やめるわけねぇだろ、オレぁまだ満足してねぇんだぜ? おめぇをもっと目茶苦茶にしてやりたくてたまんねぇんだよ」
嘲笑混じりにキキョウは言い、リンドウの腰を掴んでいた手を離して身体を倒し腕の下から手を潜らせてがっちりと両肩を掴んだ。その体勢で再び深く強く腰を打ち付け始め、肩を押さえられ身体を逃がす術のなくなったリンドウはより深くなった結合部が擦れ合って発する快感にただ翻弄されるばかりだった。
「やっ、やだっ、ああっ、あぅっ、んんっ、やっ、ああぁっ、やめっ、やっ、おねが……ひぁっ!」
「すげぇな、さっきより締まってきてるぜ、あの女に見られてんの想像しちまったか?」
「ちが、ああっ、いやっ、やだっ、も、イキたくな……っ、やだぁっ、またっ、あっ、イっちゃ……イクっ、イクぅっ……!」
「っ……すげえ、締まるなっ……いいぜ、もっと締めろよ……っ」
リンドウの心など関係なく身体は絶頂に留め置かれたまま淫楽に染められ続け、もっともっとと果てもなく快感を貪ろうとする。身体に与えられる悦楽と恍惚などどれだけ与えられても満ち足りることはないのに、心とは切り離されてしまった身体が求めてしまうのを止められない。心はこんなにも激しく拒絶しているのに、それをものともせず淫らに腰がうねって肉茎をより深くまで誘い込もうと動き回る。
「やだ、ああっ、も……イキたくな……あっ、ああっ! ひ、うっ、やだっ、いやだぁ……っ!」
「嘘つけよ、イキたくてしょうがねぇんだろ? おら、イかせてやるよっ……!」
最奥を幾度も突かれ、理性など跡形もなく消し飛んでしまう。後に残ったのは肉欲の恍惚に溺れる身体と誰にかも分からぬまま許しを請う胸の痛みだけだった。
「あっ、ああっ、はっ、ひあぁっ、やっ、また……またっ、イクっ、だめ、もっ……イクっ、ああぁっ!」
びくびくと弓なりに身体が跳ね、意識が消し飛んでしまいそうな果ての見えない快感が全身を激しく揺さぶる。意識せずともきつく収縮させてしまった後孔に締め付けられたキキョウの男根が膨れ太さを増す。
「すげぇイったじゃねぇか……出してやるからもう一回イっとけよ……っ!」
まだ打ち震えるリンドウの身体にキキョウが腰を強く打ち付け、根元まで欲望を深く穿つ。内側で膨らんだものが大きく爆ぜ、二度三度と焼けるように熱い迸りを注ぎ込んでいく。
「はっ……ああっ……や、ああっ……!」
身体の内側に感じる熱さにリンドウは大きく胸を反らせ、感極まったような喘ぎを弱々しく発した。あまりにも強すぎる快感に翻弄され続けた身体にはもう力は入らず、ただ絶頂の余韻が全身を震わせるだけだった。はっきりしない視界に、キキョウの顔が近付いてくるのがぼんやりと映る。キキョウはリンドウの頬の涙をぺろりと一舐めすると、耳許に口を寄せた。
「もうオレなしじゃいらんねぇだろ? おめぇはもうオレのもんなんだよ」
答えを返す気力も言葉の意味を汲み取る気力も残されていないリンドウは、耳の中に低く響き残るその言葉をただ脳裏に刻み込まれた。
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