セレストブルー07
書類仕事の手伝いを終えてリンドウがキッチンカーへ戻ると、キキョウが何か作業をしていた。近づいてくるリンドウにも気付かない様子で熱心に手元に集中している。中断させてしまっては悪いような気がして、少し距離を置いてリンドウはその様子を遠巻きに眺めた。
しばらく作業の様子を眺めていると、終わったようでキキョウは一つ息をつき顔を上げた。ふっと目線を巡らせて離れて見ていたリンドウの存在にようやく気付く。
「何してんだ?」
「あ……集中されていた様子だったので邪魔しては悪いかなと……」
「もう終わったぜ。これ、休憩の時間にでも他の奴らに食わせてやんな」
言われてリンドウはようやく歩き出し、キッチンカーに入って作業台の上に置かれたものを見た。皿の上に、桃色の花の練り菓子に飴細工の蝶が止まっているものが並んでいる。マルシェの人数分用意されたその菓子はどれも一分の違いもなく精巧で、触れれば割れそうなほど薄い飴細工の蝶は今にも動き出し飛び立っていきそうなほどの躍動感に溢れていた。キキョウが冷蔵庫から取り出してきた羊羹の流し型を隣に並んだ皿の上に逆さに置き、中身を取り出す。中から出てきたのは羊羹ではなく寒天で出来たいわゆる錦玉羹で、高い空を思わせる澄んだ蒼が美しいグラデーションを描いていた。
「……ちょうちょが踊ってるピカピカのやつと、お空を詰めたみたいにキラキラなやつ…………」
「あ? 何か言ったか?」
思わず出た呟きは、詳しい中身まではキキョウの耳に届かなかったようだった。
「あ、いえ。これは、兄弟子の店で出されていたものですか?」
「そうだよ。たまには作っておかねぇと勘が鈍るからな」
答えを聞くとリンドウは遠い憧れとも諦めともつかぬ曖昧な笑みを薄く浮かべて、眼下の皿に目を落とした。
「……以前、王都で店を出していた頃ですが、兄弟子の店で菓子を買った事があって桃栗堂の看板を見て兄弟子の店ではないかと期待して覗いてくださった親子連れがいて。期待していたような品物が置いていなくてひどく落胆させてしまったのですが……それ以来ずっと見たいと思っていたんです。あんなに人の心を捉えて離さないのはどれだけ美しい菓子なんだろうかと、何度も想像しました」
リンドウの言葉にキキョウは僅かに鼻白んだが、それには気付かず皿を見つめたままリンドウは言葉を続けた。
「ようやく見ることができましたが、本当に夢のように美しくて、それが嬉しいんです……それに、俺にはなんだか、この蒼の色が、兄弟子の心の色のように思えてならなくて」
そこまで言ったところでキキョウが長い溜息を吐き、ようやくリンドウは顔を上げキキョウを見た。不機嫌そうな不愉快そうな微妙な面持ちで目を細めリンドウを睨み付けている。
「何寝言抜かしてやがんだ。心の色だ? おめぇにオレの何が分かるんだよ」
「……それは、でも、菓子には作り手の心が表れるものではないですか」
「心ねぇ。オレぁただそういう綺麗なもんを自分の技術で表現するのが好きってだけだ。それ以上の意味なんかねぇよ」
「それでも……この美しい色を、作り出したのは、兄弟子ではないですか」
遥かに高く深い空の蒼。どこまでも彼方に広がるそれをぐっと凝縮したようなこの錦玉羹の色を作り出したのはキキョウの手であり、その手を動かしたのはその心だ。少なくともキキョウにはこんな美しさを愛し表現したいと願う心があるのだ。どんな菓子をどういう表現で作るかの自由がその手に委ねられているのならば、どんな形にせよその人の心はその菓子に表れる。良し悪しや清濁を超越したその人の本質というべきものがそこにあるはずだとリンドウは考えている。その事を伝えたかったのだが、上手く言葉を選べずに口ごもってしまう。
そんなリンドウをつまらなさそうにしばらくの間キキョウは眺めていたが、やがてぷいと視線を逸らすとどこかに歩いていってしまった。
言葉はいつも足りないか多すぎるかのどちらかで、上手く伝える事ができない。でもそれも当然かもしれなかった。この深い蒼を見て、これがキキョウの心の色なのだとどうして思ったのかは自分でも説明はできない。ただ、そうなのではないかと半ば確信に近い思いを直感的に抱いてしまっただけで、そこには最初から説明できるような理由などなかったのだ。
ただの願望なのかもしれないと自嘲めいた思いも過る。どれだけの辱めを受けても、それが本心からのものではなくリンドウには原因の分からない苛立ちや怒りから来ているもので、本当のキキョウの心はこんなにも高く広く自由で美しいのではないかと、自分がそう思いたいだけなのではないかとも思えた。
どちらにしろ、ここでいくら考えても答えの出る問題ではない。時間的にもそろそろ休憩の頃合いだろう、二つの皿をそっと持ち上げると食事や休憩に使うスペースへとリンドウは皿を運んでいった。菓子の素晴らしい出来栄えに皆がきっと顔を輝かせるだろうと想像して、どうして自分の菓子で皆が喜ぶ顔をキキョウは見ようとしないのだろうかと少し残念に思いながら。
休憩スペースでは折良く皆が集まっていて、クッキーをつまんでいるようだった。兄弟子からだと言い添えて皿を置くと案の定その美しさに誰もが瞠目し顔を輝かせ、食べてしまうのが勿体無いと嬉しげなやりとりが弾んだ。ミツバとシオンが緑茶を淹れに行き、その間にリンドウも椅子に座る。向かいに座ったランチが、ねっと弾んだ声でリンドウを呼んだ。
「これってもしかしてあれかな、前に王都のマルシェで女の子が言ってた」
「ああ、多分そうだと思う。こんなに美しい菓子の後では、俺のものが見劣りしてしまうのは仕方ないな」
「そんな事ないよ! これはほんとにうっとりしちゃうくらい綺麗だけど、リンドウの和菓子はリンドウにしか出せない良さがあるんだから。方向性が違うだけじゃないかな? あの子とお母さんだってちゃんとリンドウの和菓子も買っていってくれたじゃない」
強い語調でランチが言うので、そうだといいがという返事を口には出さないままリンドウは微笑んだ。実物を目にするとあまりにも力の差が開きすぎているのだということを実感させられる。それは恐らくは修行の期間の多寡といった問題ではない、その圧倒的な力の前に打ちのめされてしまうしかないような天賦の才の差だ。元来真面目だけが取り柄で師匠の菓子の奥床しい美しさともキキョウの菓子の華やかな美しさとも縁遠い勉学と鍛錬の日々を過ごし感性を磨くなどという発想すらなかったリンドウが遅れをとっているのは当然の事だが、この皿に感じる美しさへの強い執念のようなものを果たして持ちうる事ができるのだろうか。分からなかった。
心が揺れてしまうことを情けなく弱いと思いはするものの、湧き上がった疑問は消えはしない。空をぎゅっと詰めたような蒼に対する憧憬と羨望がどうしようもなく胸を焼く。高い高い空にはどう背伸びをしたところで手が届かないように、決してこうはなれないのだというものに対する届かない思いを、どうする事もできずに胸の奥底に沈めていくしかなかった。
その日の仕事を終えてキッチンカーの居住スペースにリンドウが戻ると、床に見覚えのないクッションが置かれていた。平たい円形の何の変哲もないものだが、自分で買った覚えはないので恐らくキキョウが買ってきたのだろう。だがこの狭い居住スペースで床に座り込んで寛ぐようなシチュエーションはあまり考えづらいし、一体何の為に用意したのだろう。
「あの、兄弟子、このクッションは兄弟子が?」
「ああそれか。後で使うからそこ置いとけ」
気怠げにベッドに寝転んだキキョウは事もなげにそう答えた。一体何に使うのだろうという疑問は勿論湧いたがこの分ではまともな返答は返ってきそうにもない。着替えようと刀を置き上着を脱いだところで立ち上がり近づいてきたキキョウが後ろから腕を回してきて下腹部を撫で擦る。
「すぐに分かるぜ、どう使うのか」
甘く低く囁く声が耳にかかってぞくりと身体が震え胸が疼く。また今日も抱かれてしまう、その事実に対する鬱屈とした困惑と高まる期待が胸の内に同居していて、どちらに従えばいいのかが分からない。
「靴、脱げよ」
抵抗する気持ちも起きないまま命じられた通りに靴紐を解き靴を脱ぐ。素足になったところで後ろから回り込んできたままだったキキョウの手が動いて下衣の紐を解き下着をずり下ろす。促されるままに下半身に身に着けたものを脱ぎ去ったところで上衣の紐をキキョウの手が解いてはだけられ、素肌の胴体が露わになる。
「これはこのままにしといた方がエロいかもな」
「それはどういう……んんっ……!」
質問を遮られるように首筋を舐め上げられ、後ろから回った手が腹を滑って上がり乳首を弄ぶ。たったそれだけの愛撫にも身体は敏感に反応して呼吸が乱れ息が浅くなり肩が震える。与えられる快楽にあまりにも浅ましい反応を返す己の身体に対する憤りも、あっという間に血が集まり硬くしこった両の乳首を弄ばれ時折爪を立てられ首筋を吸われ甘く食まれる内に身体を侵食する悦楽に混ざり溶け消えていく。
「はっ、あ……ん、んんっ……あっ、あぁ……っ」
「もうそんなに腰振って、まるで躾のなってねぇ犬だな」
「そん、な……はっ、ああ……あっ」
「いや……躾は行き届いてんのか。ちょっといじりゃすぐ大人しくなっちまうもんな」
微笑混じりのキキョウの揶揄にも何も反論はできない。掌の熱さを素肌に感じただけで心も身体も期待に打ち震えてしまう、そんな浅ましい己に何が言えるだろう。完全に飼い慣らされてしまっていると言ってもよかった。
熱い指先と舌先に感じる場所を暴かれ息を荒くしていきながら、与えられているのは愛ではなく辱めなのだと幾度も確認を重ねる。でもその確認にもどんな意味があるのか今ではもう分からなかった。もうとうの昔に、この人になら何もかもを暴かれてしまっても構わないのだと思ってしまっているのに。
身体がどんどん熱を帯びて薄っすらと汗が滲む。浅ましく淫靡にも抱かれることを身体も心も求めて期待してしまっている。愛されたいという満たされぬ思いを求められるならばどんな形でもいいのだと誤魔化して埋めて、泡沫の快楽に身を委ねる。キキョウのリンドウを辱めようという目的は果たされなくなったし、愛されたいというリンドウの願いも叶うことはない。何の意味もない虚ろな行為だとどれだけ知っていても拒めないのは、たとえ錯覚でも与えられる熱が一時だけでも心を満たすから。
「あっ、ん……同じところ……ばっかり……」
「構わねぇだろ、どうせここだけでイけんだろ?」
「そんな……あっ、もっと……他の、ところも……」
「おめぇ何か勘違いしてやしねぇか? おめぇはオレが好きに抱いていい道具なんだぜ? 道具風情がどうされたいとか要求してくるのは分不相応ってやつじゃねぇか?」
「あぁっ! あ……っ」
肩口に強く噛みつかれ思わず高い声を上げてしまう。与えられるものは痛みでさえ甘やかで頭をじんと眩ませる。じんと熱を持った噛み跡を舌先が這い回り、ぴくぴくと身体が跳ねるのを脇の下から回り込んだキキョウの腕が押さえる。
「やっ、あ……痕っ……残ったら……あぁっ」
「しっかり襟合わせときゃ見えねぇよ、崩れねぇように気ぃつけろよ、いいか、他の奴には絶対見せるんじゃねぇぞ」
少し位置をずらしてもう一度肩口に軽く噛みつき、リンドウが甘ったるい声を上げて身体を震わせるのを満足気に眺めるとキキョウはリンドウの耳許に口を寄せて低く囁いた。
「おめぇはもうオレのもんなんだからな、逃げられるだなんて思うなよ」
熱い吐息が耳にかかる刺激すら堪らないほどの快感を与えてくる。逃げる気などないけれども、それをどう表現すれば伝わるだろう。このままではいけないという焦燥ともうこのままでもいいのだという諦観は互いに譲ることなく争い続け、胸をぐちゃぐちゃに引き裂いていく。このままでいい筈がない、間違っていることは分かっている、けれども。何も与えられなくなってしまうよりはいいのだと思ってしまって、今はただ縋り付くことしかできなかった。
縺れた足が床に置かれたクッションを踏み、予期せぬ感触の違いに危うくバランスを崩しかける。前に倒れ込もうとしたリンドウの身体をキキョウが左腕で支え、そのまま肩口の噛み痕に指先を這わせる。
「はっ……あ、あぁっ……」
「大していじられてもねぇのに随分物欲しそうな顔になってるじゃねぇか。これが欲しいんだよなぁ?」
「ひっ……あ、はっ……あ」
ひやりとした夜気を感じて冷え始めていた素肌の臀部に当たった硬く熱い感触に腰が跳ね上がる。背後にいるキキョウがなぜリンドウの表情を見ることができるかといえば、正面に姿見があるからだった。しどけなく口を開き荒い呼吸を繰り返して切なげに目を潤ませる己の姿が否応なしに目に入ってくる。
「好きなんだろ? てめぇの恥ずかしい格好見せられながらイくのがよ」
「すっ、好きじゃ……ないでっ……あぁっ……!」
辛うじて口にした反論の言葉も、尻のあわいに擦り付けられる硬い熱の感触に封じられてしまう。
「嘘つけよ、あんだけイキまくっといて好きじゃねぇわけねぇだろ」
「ほ、本当に……好きでは……あっ、や、も……ふっ……うぅっ……」
「好きじゃねぇならどうしてそこがそんなになってんだよ、おら、ちゃんと見ろ」
脇の下から胸元に回っていたキキョウの腕が肩にかけられて羽交い締めの体勢になり、はだけられた上着を身に着けただけのリンドウの裸身が姿見に映し出される。腹に付きそうなほど上に反り返ったものは時折ぴくぴくと跳ねながらはしたなく涎を垂らして、鏡の中でぬめった光が反射した。
「思い出したか? てめぇの感じてるいやらしい面見ながら何度もイキまくってたじゃねぇか。確か突っ込まれただけでイッてたよな?」
「やめて、くださ……あっ……や、もう……っ……ああっ!」
羽交い締めを解いて肩口から胸にかけてをなぞり降りてきたキキョウの指先が先程まで執拗にいじり回していた乳首を再び捉え、ぎゅっと強くつねる。快感を感じているのか痛いのかも最早判別が付けられない、ただ強い刺激に身体が跳ねて頭の芯が白く霞む。
「今日はもっと悦くしてやるよ、しゃがめ」
言いながらキキョウはリンドウから腕を離し、クッションを引き寄せ胡座をかいてそこに腰を降ろした。何をするつもりなのか分からない不安はあるが逆らうという選択肢はない、言われた通りにリンドウも膝を曲げ身を屈めると、腰を掴まれ引き寄せられる。
「自分で挿れてみな、できるよな?」
優しげな声で問い掛けられて、それに逆らうべくもなく小さく頷く。知らない内にキキョウは既に下帯を解いていたらしく、着物の裾を割るとすぐに上を向いた屹立が姿を現す。後ろ手にそれを軽く掴み、掌に感じる脈動と温度に脈拍を上げながらゆっくりと腰を落とす。
「あっ……あぁっ…………は、あぁ……」
慣らしてもいないのに貫かれる期待に打ち震えていた窄まりの襞を広げ巻き込んで待ち望んでいた熱さが内側に入り込んでくる。もっと奥まで貫かれたい、気持ちばかりが逸るが何の準備もしていない狭い孔はまだ固く、なかなか思うようには挿入できない。物欲しげに細かい襞はひくついて蠢き、孔を広げて穿つものをもっと奥に引き込もうとする。少しずつしか侵入してこない様子はまるで焦らされているようで、もっと奥まで欲しい、激しく突かれ犯されたいという欲求を自覚させられて身体を熱くする。
「くっ……は、あ……んんっ……」
正面の鏡には自分から剛直を咥え込もうとしている浅ましい己の姿と、肩越しに目を細めてその様子を眺めるキキョウの目線が映し出されている。その光景にすら興奮は高まり息が上がって甘い声が喉から漏れる。
時間をかけてどうにか根元まで全て呑み込むと、肩口にキキョウの荒く熱い息遣いがかかり、内側のものがびくりと跳ねる感触が伝わってくる。キキョウはリンドウの膝を掴んで脚を大きく広げさせると膝の裏を持ち脚を抱え上げた。股を大きく広げさせられ恥部を全て晒した己の姿が鏡に映し出され羞恥に顔が歪む。
「やめて、ください……こんな、格好……」
「ククッ、鏡の前で大股おっぴろげんのはさすがに恥ずかしいか? でもよ、こうすりゃそんな事もうどうでもよくなるだろ?」
おかしそうに低く笑うと唐突にキキョウが腰を動かし下から強く突き上げてくる。目の前の光景に対する羞恥と躊躇など言われた通りにあっという間に吹っ飛び、リンドウは背を撓らせて高く声を上げた。
「ああっ! あっ、はっ……や、ああっ」
「てめぇもちゃんと腰動かせよ、自分だけ楽しんでんじゃねぇぞ」
「はっ、あぁっ、そんな……ああっ、いっ、いいっ、んっ……ああぁっ!」
脚を抱えられ不安定で自由のきかない身体で言われるまま懸命に腰を上下に揺り動かすと、下からの突き上げの動きと微妙に合わないリズムが予測できない刺激をもたらし、絶え間ない激しい快感にリンドウはただ翻弄される。
身体が熱で満たされる。この一時は底に降り積もり溜まった黒い澱などなかったかのように熱に浮かされたようにふわりと心も浮き上がって、ただ快楽を貪るだけになる。後ろから犯される悦楽に己が喘ぎ必死に腰を振っている鏡が映し出すあられのない光景でさえ背徳感混じりの興奮を盛り上げる材料にしかならず、何の歯止めもありはしなかった。
「前、自分で触ってもいいぜ、イキてぇだろ?」
「あっ、あぁ……っ」
熱い息が耳にかかり低い囁き声が流れ込んでくるだけで達しそうになってしまう。顔を背けながらそれでも痛いほどに張り詰め袋まで汁を滴らせ淫猥にぬめった鏡に映る自分自身から視線を外せなかった。あまりに甘い誘惑に抵抗らしい抵抗も見せずに身体は従い、右手で軽く掴んだだけでぞくぞくと堪え切れぬ快感が全身を震わせる。そこからはもう何も考えられなくなり夢中で自身の猛りを扱き始めた。後ろから強く突き上げられながら自然に腰がうねり、前後二箇所からの強烈すぎるほどの快感が意識を呑み込んで思考を溶かしていく。
「あっ、ああっ、だめっ……も、出るっ……すぐ、出ちゃ……ああっ、イクっ、イク……っ!」
「随分早ぇな、でも、いいぜ、イけよ……!」
「ぐっ、う、ああぁ……っ!」
根元までキキョウを呑み込んだ身体ががくがくと震え、手の中のものが跳ねて吐き出し飛び散った白濁が鏡面と床を汚した。何度か放出は続き姿見から股の間まで精液があちこち床に白く斑を描き、鏡面に飛び散ったものはどろりと筋を作って下へと垂れ落ちていく。射精後の脱力感に浸る間もなく後ろを穿ったキキョウの肉茎が狭苦しい内壁の中で膨らみ爆ぜ、中に吐き出されたものの熱さが肩を震わす。
「ああっ、あ……あっ……」
「おら、まだ終わりじゃねぇぞ」
「ひっ……う、あぁっ……!」
硬さも太さも保ったままのものが再び動き出して内壁を抉り始め、放ちきったと思っていた熱がまた身体の奥底から湧き出してくる。許容量を超え与えられる快感は苦痛に等しく、だがその苦痛さえどこか甘やかな悦楽として受け止めている。中に放たれた精液が重力に従って垂れ落ち結合部を濡らして上下の運動の度に泡立ち卑猥な水音を立て、白く濡れた肉茎が己の内に出入りする様が鏡を通して視界に映る。
「グチュグチュいやらしい音してんなぁ、まるで女犯してる時みてぇな音してんぜ」
「はっ、あ、やっ……いやだ……ぁっ!」
「そうかよ、とても嫌がってるようにゃ見えねぇがな。さっき出したばっかだってのにまたそんなに大きくしてよ。てめぇの面も鏡で見えんだろ、感じまくってトロットロじゃねぇか」
「ふっ……ん……ううっ……」
「おめぇのいやらしい穴にオレのが出たり入ったりしてんのもしっかり見えんだろ? てめぇから腰振ってるこんな恥ずかしい格好見せられてそんなに興奮してんだから大した淫乱だよな」
キキョウに何を言われ貶められても否定ができなかった。言葉の通りにリンドウは激しい快感に身を委ねきって物欲しげなだらしない表情を鏡の前で晒している。鏡に映る己が犯される姿に興奮しているし、もっと強い快感を欲して自ら腰を動かしてさえいる。もっと欲しい、この欲求に際限はあるのだろうか。全てを呑み込んでもまだ足りないような強い強い欲望が心を支配している。果てのない事が恐ろしくて目が眩む。どれだけ激しく深く交わろうとも決して満たされることはない、分かっているのに求める心は止まない。
これは拒絶の為の交わりなのだ。そんなものに縋るしかない、その事実が胸を痛ませ、目尻に熱い涙が滲む。
「おめぇこれだけされてもまだオレの心の色がどうとか馬鹿馬鹿しい事が言えんのか? おめぇがどう思ってんのか知らねぇが、オレぁそんな人間じゃねぇんだよ」
「ですが……あっ……、和菓子は、嘘は……あぁっ、つきま、せ……ぐぅっ!」
「まだそんな無駄口が叩けんのか。もっとしっかり身体に教えてやらねぇと分からねぇか?」
軽く舌打ちするとキキョウは抱え持っていたリンドウの脚を降ろして床に膝を付かせ、自身も膝立ちになるとリンドウの肩を前に向かい強く押さえ付けた。上半身が前のめりに倒れ、両肘が床に付く。後背位の体勢を取らされ、リンドウの腰骨を鷲掴んだキキョウは力任せの激しい抽送を開始する。
「はぁっ、あっ、ああっ、やっ、あっ、ひ、うぁっ、ああぁっ、あっ!」
「ああ、おめぇはひどくされる方が好きな変態だからよ、これじゃ逆効果かもなぁ?」
「やっ、ちがっ……あっ、ああっ、もっ、んんっ、はぁっ、あぁっ……」
先程床に飛び散った己の吐き出した精液が肘を付いた腕にべちゃりと纏わり付いて、ひやりとぬめる。その気持ち悪い感触も激しく中を掻き回される息の詰まる快楽の前には簡単に消し飛んでしまう。強く奥を突かれる度に脳を震わす痺れに似た快感と衝撃が駆け抜けていき、引いては寄せるその快感が休む間もなく与え続けられ全身の感覚を呑み込んでいく。
好きです、思わず口走りそうになるその言葉を必死に飲み込む。己を傷付ける為の手酷い扱いなのだと分かっているのに、実際受けているのは屈辱的な扱いばかりなのに、どうして必死に抑えなければならないほどそんな思いを抱えなければならないのか分からなかった。ただ胸がどうしようもなく締め付けられ痛む、好きだというその言葉がこんなにも辛い。身体がどんどん高みに追い詰められ理性の糸が切れてしまいそうになっても、その言葉だけは口にしてはいけないと半ば確信のような直感が働いて、ほとんど快感に飲み込まれる意識の中僅かに残った理性を掻き集めて総動員しそれだけは口にすまいと心の奥に必死に押し込める。
「やっ、ああっ、だめも……っ、ひっ、イクっ、イッちゃうっ、そんなっ、ああっ、イくから……ぁっ!」
「やっぱ乱暴にされる方が好きなんだろ、すげぇぞ中、絡みついてきて離さねぇ……」
「やっ、あっ、ああっ、だめっ、だめで……も、あ、イクっ、イク……っ!」
絶頂に達し跳ねる肩をキキョウの手が掴んで床に押し付ける。前のめりに頭を床に付ける姿勢になり床に飛び散っていた精液が頬にねちょりと張り付くが、まるで獣のように押さえ付けられながらまだ続く突き上げが達した筈の身体を絶頂に留め置いてもう快楽なのかも分からない気が遠くなるほどの感覚を与え続けてくる。
「やっ、やだもっ、ひっ、うあっ、あっ、ああぁっ!」
「まだまだ足りねぇだろ? そうじゃなくてもオレが満足するまで止めねぇけどな」
「あっ、やぁっ、また、またイクっ……そんなにっ、あぁっ、またっ、イクっ、ああぁっ!」
びくびくと身体が痙攣し跳ねるが両肩を強く押さえ付けられ逃れることが叶わない。そのまま何度も絶頂を味わわされ、ようやく中に精を受け解放され、冷たい床にぐったりと身体を横たえた頃には指先を動かすのも億劫になるほど疲弊しきり、視界も聴覚もどこか薄ぼんやりと定まらなくなっていた。荒い息を整えながら、途方もなく深い脱力感と虚しさだけが身体を包むのをゆっくりと感じる。
「こんなにされてもまだオレがお綺麗な心とやらを持ってるように見えんのか? これに懲りたら、下らねぇ妄想でオレがどういう人間かを決めつけんのはやめるんだな」
上からかかった声に、ようやくどうにか視線だけを巡らせてリンドウはキキョウを見上げた。跪いてリンドウを見下ろすキキョウの目線は冷たく、その視線は恐らく静かな怒りを孕んでいるのだろうけれども、ただ悲しいとしかリンドウには思えなかった。
「こんな……表面的な行動の、話ではないです……。あの蒼は……もっと深い所の、あなたの色だと……そう思えて……」
力の入らぬ舌と喉を叱咤して、ゆっくりと小さな声で、どうにかそれだけの言葉を口にする。それを聞いたキキョウは眉を顰め不愉快そうに舌打ちし、リンドウの前髪をぐいと引っ掴んで無理矢理顔を上げさせた。
「まだ痛めつけられ足りねえのか? あぁ?」
「何を、されても……この気持ちは、変わらないです……兄弟子が、真剣に作った菓子が……嘘をつく筈など、ないではないですか」
目を眇め不機嫌そうにリンドウを睨み付けていたキキョウは、その返事を聞いて前髪を掴んだ手を離し、床に頬を打ち付けたリンドウを見下ろしてもう一度舌打ちすると立ち上がり部屋を出て行った。
なぜこんなにも悲しいのだろう。いつも感じる虚しさだけではない、深い悲しみがまだ動けないリンドウの胸を覆っていった。
次の日の昼割り当てられた仕事は広場でのチラシ配りだった。口コミが広まりつつあるとはいえまんぷくマルシェのルエラニでの知名度はまだそう高くはない。世界各地に支店を持ち広告営業のノウハウも持つゴーマン商事との差は歴然だが、今いる人員で出来る事を地道にやっていくしかない。幸い広場の目立つ場所での営業を許可されているので後は少しでも多くの人に興味を持ってもらい、実際に食べてもらって味を知ってもらうだけだ。ペーストの栄養食が主食で食に対しては保守的なルエラニの人々も、少しずつではあるがまんぷくマルシェの料理の食欲をそそる匂いと楽しい見た目、そして味に惹き付けられているという実感はあった。
キキョウは昨日の事など素知らぬような顔で道行く人に気怠げにチラシを配っていた。少し離れた場所でリンドウもチラシを配る。他の仲間に要らぬ心配をかけたくはないからキキョウが来てからというものずっと平静を心掛けてはいるけれども、今日は昨晩胸を過ぎった悲しさの事をつい考えてしまい、仕事に身が入らない。
何がそんなに悲しかったのか、自分でもよくは分からなかった。嫌われるのも拒絶されるのも最初からの事だ、悲しくないとはいえないが今更あんなにも胸が締め付けられるようなことでもない。
ふっと目線を上げ空を見上げる。ルエラニの空はどこまでも高く澄んだ冬の空の蒼色で、でも昨日見たあの蒼とは違う色をしていた。すぐに目線を前に向けお願いしますと声を出しながら道行く人にチラシを差し出す作業に戻る。あの色はやはりキキョウの中にしかないキキョウの色なのではないだろうか、そんな確信が深まる。その事がどうしてこんなにも悲しいのだろう。
割り当てられたのが頭を使う作業でなかったのは幸いだったが、あまり身が入らないまま機械的にチラシを差し出したところでそう簡単には受け取ってもらえない。雑念を払って真面目に取り組もうと思い直した時だった。
「誰か! ひったくりよ!」
突然女性の叫び声が響いて、交通量の多い広場の人波がこちらに向かって割れてくるのが見える。隣で騒ぎの様子を伺っていた男に取るものも取りあえずこれをお願いしますと言い置いてリンドウは手にしたチラシの束を預け、人波の割れる先へと駆け出した。鞄を手にした男が全速力で駆けてくるのを視認すると正面に立ち待ち構える。
「どけ、邪魔だくそっ!」
ひったくり犯と思しき男が振り下ろした鞄を避けてタイミングを計って手首を掴み、素早く横に回って男の背中に掴んだ腕を捻り上げる。腕の関節を変な方向に曲げられる痛みに男が怯んだところで脚をかけ転ばせて腹這いで地面へと引き倒して男の背中に膝を乗せ動きを封じる。
「すいません、警吏を呼んでいただけますか」
首を動かして目に入った男にそう頼むと案外素直に男は頷き、程なくして警吏が駆けつけて来たので犯人を引き渡す。鞄を奪われた女性にたっぷりとお辞儀をされ礼を言われ、やがて行き交う人波が元の賑やかさを取り戻したので仕事に戻ろうと振り返ると、キキョウが立っていた。
「そこら辺の奴に預けんじゃねぇよ、困ってたぞ」
そう言いながらキキョウが差し出したのは自分が受け持っていた分のチラシの束だった。咄嗟の事だったのでつい手近な人に頼んでしまったが、言われてみればいい迷惑だっただろう。すいませんと素直に反省の意を言葉に出してチラシを受け取る。
「……おめぇ、なんか武術でもやってたのか」
「ええ、母の教育方針で、一通りのものは大体。最近鍛錬を怠っていたので少し不安でしたが、身体が覚えてくれていて助かりました」
「……何でだ」
「えっ?」
キキョウの疑問が何に対してのものなのか分からず、戸惑ってリンドウはキキョウを見た。身に付けた理由が母の教育方針である事は言ったので他の事なのだろうが、そもそもリンドウの人となりや来歴にキキョウが興味を持つかといえば否だった。
「嫌なら今みてぇにオレを伸せたんじゃねぇのか」
「あっ……」
「何今気付いたみたいな素っ頓狂な声出してんだ」
「その……そんな事、今まで考えた事もなかったので……」
正直に事実を口にすると、キキョウは眉を顰め、声こそ出さないものの、はぁ? と文句の声が聞こえてきそうな顔をした。
「あの……最初は、本当に何が何だか分からなくて……切羽詰まった時の咄嗟の判断が甘いというのは昔からよく注意されていたのですが、どうにも改善が難しくて……。二度目からは約束がありましたし……そもそも、考えてもみませんでした」
「……どうしようもねぇ馬鹿だなおめぇは。もしかしてオレ如きはいつでも伸せると思って舐められてんのかとか思って損したぜ」
「そんな事は、決して考えていません!」
「そうだろうな……ハァ、疲れた。後はおめぇやっとけ」
長く深い溜め息をつくとキキョウは自分の分のチラシの束をリンドウに渡して、どこかに歩いて行ってしまった。
言われてみれば確かに嫌なら今のように腕でも捻り上げればよかったのかもしれない。事実嫌だったのだからそうすべきだった。だが当時の事を思い返せば、不意打ちのように襲ってきたたった少しの口付けでリンドウはもう動けなくなってしまっていたしそんな余裕はどこにもなかった。当時は仮にも兄弟子なのだから失礼がないようにという意識もかなり強かったように思う。どちらにしろ過ぎ去ってしまった事なのだからもう取り返しはつきはしない。それに第一、キキョウを痛めつけて黙らせたいなどという気持ちは少しも湧いてはこなかった。
どうしてなのかは分からないけれども、リンドウを傷付けた分だけキキョウも痛みを受けているのではないかとどうしてもそう思えてしまって、何になのかは分からないけれども苛立ち怒り続けているのは辛いのではないかと思えてしまって、それをどうにかできるものならばしたいという気持ちはあれどキキョウの行動を止める気持ちにはなれなかった。
怒りや苛立ちから解き放たれて自由になってほしい。きっとそうリンドウは願っている。彼方までどこまでも広がる青空のように自由であってほしい。ああそうか、だから空の蒼なのだ。その考えが浮かぶと今まで落ち着く場所を見つけられず漂っていた考えがすとんと腑に落ちて、久々にすっきりとした心持ちになった。
今はまだその方法も道筋も全く見えないけれども、いつか解き放つ手助けができたなら。そう思うと希望のようなものが見えてきた気がして嬉しくなり、その後笑顔でリンドウはチラシを配り続ける事ができた。
広場まで帰り着いたところでお気に入りの扇子をどこかで失くしてしまった事に気付いて、そしてその事以上に心を揺さぶられる苛立ちを持て余してキキョウは舌打ちをした。
今更あんな言葉を聞いたからといってどうなるというのだろう。全ては自分が気付かずに空回っていただけなのだと知らされて、それで何がどうなるというのだろう。
キキョウは今日は朝から暇を持て余してゴロゴロしていた。それを見兼ねたのかランチが買い出しに付き合うように誘ってきたが面倒だったので断った。だがどうせ暇なのだし、荷物が重いようなら荷物運びでもして飯を食わせてもらっているだけの働きはしてもいいかと思い立ちランチの後を追った。買い出しが概ね終わり、両手に提げた荷物が重そうになった頃合いでそろそろ出ていって荷物を持ち恩でも売っておくかと思ったところでランチが立ち止まったのは、忘れもしない懐かしいキッチンカーの前だった。
どれだけ真意を確かめたいと思い続けただろう、でも二度と顔は合わせられないと思っていたその人は、ランチの素直さと人柄を一目で見抜いたのだろう、訥々と胸の内を語って聞かせた。
そうだ、確かにキキョウはあの修行時代、師匠に認めてもらえるものを作ろうとそればかりを考えていた。それは事実だ。だがそれ以上の飛躍を師匠が望んだが故に言葉もなく放り出されたキキョウの気持ちはどこに行けばいい。何を作っても結局認めてはもらえないのだと鬱屈とした気持ちを抱え続けながら、それでも結局己にはそれしかないから桃栗堂の看板を捨てる事もできず和菓子を作り続けていた年月を何で埋めればいい。
「くそっ……」
我知らず苛立ちが声に出ていた。広場の人混みとざわめきが忌々しく思えて、脇道に入り人の少ない公園へと足を向ける。今は誰とも顔を合わせたくない気分だった。適当なベンチに腰掛け、ただ漫然と時を過ごす。
結局キキョウは破門同然に師匠の元を出されてから今まで、何も成長できていなかったのだ。和菓子は作り続けたし勉強も続けていた、自分なりの創意工夫も加えてきたから技術は上がっただろう、だがそういう事ではない、心はあの頃に置き去りにされたままだった。
何をどう頑張っても認めてはもらえないと今にも泣き出しそうな痛みを抱えながら師匠の元を離れたあの頃から、何も変われていない。
リンドウの事にしても、料理アドバイザーだか何だか知らないが素っ頓狂なアイディアばかり出す女の言いなりに桃栗堂の看板で妙な和菓子を出している事に苛立ったのもあるが、結局はただの嫉妬だった。自分を捨てた師匠が新しい弟子をとっていたという事実が腹に据えかねたという、そんな子供じみた理由だった。
八つ当たりに過ぎない手酷い扱いを唯々諾々と受け入れ、次の日には何事もなかったように仕事をするリンドウを見て更に苛立ちを募らせる、そんな事の繰り返しだった。やめてほしい許してくださいと泣いて縋られれば少しは気が晴れるかと思ったが、どれだけ許しを乞われても怒りは強まるばかりで、増々痛めつけてやらなければ気が済まないようになっていって、止め所が自分でももう分からなくなっていた。
リンドウには何の責任もない事など分かっている。だがどうしても許せなかった。自分が居るべきだった、どうしても居たかった場所を、他にも居場所を持っていた彼に奪われたような気がしてならなくて、抑えきれない怒りに突き動かされていた。
何で、どうして。長年問い続けたその答えは単なる気持ちの行き違いだった。そんな事実を知ったからといってすぐに簡単に納得できるほどキキョウの負った年月は軽くはなかった。あの頃のキキョウにとっては、「桃栗堂の和菓子」を完璧に作り継ぐ事が全てだったのだ。それをいきなり否定され放り出されて、どれだけの絶望を味わっただろう。今もその傷は生傷のままじくじくと痛み続けている。
桃栗堂という名は同じでも、作り手の数だけ表現がある。その一言をもっと前に聞けていたなら、何か違う道があったのかもしれない。だが全てはもう過ぎ去った過去で、今更取り返しようなどない。
そんな自分に比べリンドウは、ランチの助けを得ながらも自分なりの表現というものを確立しつつあるのは確かだった。愛らしく目にすれば思わず笑みほころぶような、そんな和菓子。それはきっとリンドウが師匠の教えを正しく受け止め模索し辿り着いた答えなのだ。才能も技術も遥かに劣っている筈の弟弟子に根本の部分で負けていた。その事実が増々心を曇らせる。
今にも雪が舞い落ちてきそうな暗く曇った空を見ているのに耐えきれなくなり、膝の上に肘を付き、組んだ両手で額を支え俯く。いくら考えを巡らせたところで納得できる答えになどそう簡単に辿り着けない事は分かり切っていたが、それでも考えずにはいられなかった。そして考えれば考えるだけ思考は深みに嵌っていき、底なし沼に足を取られたように沈み込んで抜け出せなくなっていく。
いつものように横になって昼寝をする気にもなれずまんじりとせぬまま時を過ごし、マルシェへと戻ったのは夜が更けて大分経ってからだった。食事や休憩に使うスペースにはまだ灯りが灯っており、リンドウが椅子に座って肘を付き何事かを考えている様子だった。
「何してんだ」
「兄弟子、どこへ行ってらっしゃったのですか、もう少し戻るのが遅ければ探しに出ようかと思っていたところでした」
「オレを待ってたのか?」
「はいそうです、夕飯はもう済まされましたか? まだなら今温めますので……」
「いらねぇ」
短く答えるとぷいと顔を背けてキキョウはまた歩き出した。リンドウが慌てて灯りを落とし後を追ってくる気配が伝わってくる。その様子もささくれだった心に一々引っ掛かり苛立ちを募らせる。煩わしくて仕方がない、放っておいてほしかった。纏わり付いてくるのがよりにもよって今一番顔を見たくない相手だという事も強い苛立ちの原因だった。
どうしてお前なんだ。答えがないことが分かり切っている問いが胸の内を巡り支配する。溢れてくる感情が胸の内を一杯に埋め尽くしていくのに耐えきれなくなって立ち止まり、振り返って後を追ってきていたリンドウの腕を鷲掴んだ。
「兄弟子……? どうされたのですか?」
不思議そうな顔をしてリンドウはキキョウの顔をきょとんと見つめている。どうしてなのだろう、この男は嫌だと思うなら撥ね付けるだけの力を持っているのにその力を使わず、今まで散々な目に合わされてきたというのに、まだこんな少しの疑いも抱かないような善良で呑気な顔をしてキキョウを見る。ちゃんとした家庭、勉学の環境、友人、将来の夢、何もかもを持っていたのに恵まれたその環境をわざわざ捨て、よりにもよってどうしてあの人に弟子入りをしたのだろう。何故この道に割って入ってきたのだろう。
憎くて仕方がなかった。何もかも持っていたのにそれを擲って、どうして和菓子の道以外には何も持たないキキョウの大切なものをこんな真っ直ぐな眼で何の悪意もなく奪うのだろう。あまりにも残酷で、どこにも怒りをぶつけられないようなやり方で。
リンドウの腕を強く掴んだまま道を横に逸れて生け垣を越え枯れた芝生が広がる辺りを進んでいき、大きな檜の木の根元辺りにリンドウの身体を力任せに放る。根元に座り込んでキキョウを見上げたリンドウは、何が起こっているのかよく分かっていない様子で戸惑った表情でキキョウを見ていた。その表情にまた苛立ちを募らされ眉を顰めて軽く舌打ちし、着流しの裾を割ると下帯をずらしまだ柔らかいものを取り出す。
「しゃぶれ」
「えっ……あの、ここで、ですか?」
「そうだ。もう仕事は終わってんだ、問題ねぇだろ」
「しかし……こんな所では……」
「こんな時間にこんな所誰も来やしねぇよ。四の五の言ってねぇでさっさとしろ」
「ちょっと、待ってください……一体何があったのですか? その、今日の兄弟子は様子が少しおかしくはないですか?」
問いかけてくるリンドウの眼には気遣わしげな色が浮かんでいて、それも煩わしかった。一々説明などする義理はどこにもないしその気もない。
「おめぇに話すような事は何もねぇよ」
「それでは、俺は何も分からないではないですか……俺は、知りたいんです、兄弟子の事を、もっと……」
「そんな事、おめぇが知る必要はねぇ」
「それでも、知りたいんです……どんな些細なことでもいいから……俺は……」
縋り付くような視線がいい加減煩わしくなり、キキョウは左手でリンドウの後頭部を鷲掴むと右手で軽く支え持った男根をリンドウの緩く開いた口の中に捩じ込んだ。甘ったるい喘ぎ声以外の言葉など今は聞きたくもない。口の中に捩じ込まれたものをリンドウは案外あっさりと受け入れ、辿々しいながらも舌を這わせ舐め回してくる。
こんな事をしても気分は少しも高揚せず鬱々としたままで、相変わらず強い苛立ちが胸を覆っている。だがそんな気分のままでも身体は反応し始めていて、萎えていたものに血が流れ込み大きさと硬さが増していく。
両手でリンドウの頭を抱え、苛立ちのままに強く腰を打ち付ける。喉奥に先端が当たり嘔吐反応が出たのか口の端から飲み込み切れない涎を溢し咳き込みながらもリンドウは懸命に舌を動かし、キキョウを高めようとしていた。
何故甘んじて受け入れるのだろう、やめてくださいとみっともなく泣いて縋られたかった。だがきっと今はその反応が返ってきたところでどの道苛立ちを募らせるだけだっただろう。どれだけ屈服させたところで気持ちが晴れることなどないのだと、心のどこかで理解していた。たがだからといって他に何をすればいいというだろう。忘れられる筈などないのに全てを忘れようとでもいうように、キキョウは一心不乱に腰を打ち付け続け、口の粘膜と絡む舌が擦り付けられて生み出される快感と、いいように口内を犯すことによる征服欲の充足に身を任せようと足掻いた。
「うぅっ……ふ……うぐっ…………」
苦しげに目尻に涙を滲ませながらもリンドウは逆らおうとしなかった。どうして、何で。快感によって高揚する身体と鬱屈としたままの心はまるで乖離してしまっていて、身体が高まるだけ胸を掻き毟りたくなるような息苦しさが増していった。
「もういい、やめろ」
息苦しさに耐え兼ねてそう口にしリンドウの口腔内ですっかり成長した肉茎を引き抜くと、あ、とリンドウは名残惜しげな甘い声を短く上げた。荒い息をつきとろんと潤んだ眼でキキョウを見上げる。知りたい、その懸命さが瞳の光には宿っていて、見透かされるような不愉快な気持ちが湧き上がる。
「おめぇなんかにゃ所詮オレの事は分かりっこねぇよ、何があっても絶対にな」
リンドウが背にする木に手を付き顔を近付け正面から睨め付け、冷え切った心のままキキョウはそう告げた。だがリンドウは、その瞳の光を消す事はなくただ懸命に内側を覗き込もうとするようにキキョウを見つめる。
「そうかもしれません……でも俺は、それでも知りたい……」
黙らせたい、心からそう思った。リンドウの言葉を聞いていると頭がおかしくなってしまいそうだった。知りたい、一体何を? 成長がなくどうしようもなく矮小でリンドウを格下と侮りながら嫉妬してやまないこんなにも醜いキキョウの何を知りたいというのだろう? 暴き立てて嘲笑おうとでもいうのだろうか? そんな事を考えるような男でない事は知っている、だが縋るようなその目線が言い様もなく不愉快で仕方なく、滅茶苦茶にしてしまいたいという狂暴な欲求が頭をもたげる。
——誰かを信じたり愛したりできないのは、自分と向き合うのが怖いからさ——
黙れ、お前に一体オレの何が分かるってんだ。
——君は自分が嫌いだろう? 本当は誰よりも好きになりたいのに——
嫌いだ、大嫌いだ、だからどうしたっていうんだ。これがオレなんだから、このまま生きていく以外に他にどうしろっていうんだ。
何も言わずにキキョウは目線を下に落とし、リンドウの下衣の留め紐を解くと下着と一緒にブーツに引っ掛かる膝の辺りまで無理矢理ずり下ろし下半身を露出させ、脹脛の辺りを持ち腿が胸に付くほど押さえ付けて無理くりにリンドウの身体を二つに折った。
「少なくともこれで、おめぇをオレがどう思ってんのかは分かんだろ?」
「っく……は……」
無理な体勢を取らされたリンドウは、呼吸をするのもやっとで苦しげに眉根を寄せ浅い呼吸を繰り返している。
「目障りだし大嫌いだし滅茶苦茶にしてやりてぇと思ってるよ、これで満足か?」
「それでも……構いません……俺は…………っ」
「これ以上喋んな、耳障りでしょうがねぇんだよ」
不愉快げに目を眇めキキョウは右手をリンドウの脹脛から離すと腿を肘で押さえ付け、柔らかくなりかけていた肉茎を扱いて程良くなったところで手を添えて角度を調整し、眼前に晒されたつぼまりに先端を無理矢理押し込んでいく。
「ぐっ、ううっ……がっ……あ、んんっ……っ!」
苦しげな呻き声に構わず、狭い口を抉じ開け推し進む。手前のきつい締め付けと裏腹の内側の肉壁の包み込み絡みつくような柔らかさが敏感な部分を刺激し、心と身体の天秤は快感を感じる身体の方へと傾いていく。例え壊してしまっても構わない、根元まで押し込むと右手で脹脛を抱え直し、キキョウはただ自分の快楽を貪るためだけに力任せに腰を動かし始めた。
他の事なんてどうでもいい、こんな奴は欲求を満足させる為の道具に過ぎない。まるで自分に言い聞かせるようにそんな言葉を浮かべなければならない事への違和感はあったが、それもこんな情けない姿で犯して屈服させる優越感と快感の前では些細な事だった。
「ぐっ、あ、はっ、ああっ、んっ、ふ、はぁっ、ああぁっ……」
「こんな格好で外で犯られても感じてんのかよ、どうしようもねぇ淫乱だな。でもよ、あんまりでかい声出すとそこらに響くぜ」
「っ……、うぅっ……は、あぁっ……!」
抑えても抑えきれない甘く高い喘ぎ声がリンドウの喉から漏れ、内壁は剛直を奥に引き込むように蠢いて包み込んでくる。色事など少しも知らぬような涼しい顔をしながら、まるで男に抱かれる為にあるような身体だった。次はどう辱めようかと考え試す内に知らぬ間にこの身体に溺れてしまっているのかもしれない。そんな考えが頭を過ぎるが、惜しいとは思うかもしれないが捨てられないほどのものではないだろう。時が来たら無残に捨て去ってやれば、きっとさぞせいせいするだろう。
「っく、あっ……あぁっ、は、ああっ……あっ、兄弟子……っ」
切なげな声で呼び掛けられ、今まで感じた事のない感情が胸に湧き上がる。これは一体何なのだろう、分からなかった。だがじわりとした熱のようなその感情はどんどん胸の内に広がっていく。
こんな感情などキキョウは知らない。知っているのは身体を一時通り過ぎていく悦楽のもたらす熱さだけだ。身体の欲が満たされればそれで良かった。こんな胸を詰まらせるような思いなど知りはしない。目の前の相手に感じているのは憎悪と嫉妬とやっかみで、こんな訳の分からない感情など生まれる筈はないのに。
「……兄弟子……どうして……」
動きを止めたキキョウをリンドウは不思議そうに見上げたが、続きの言葉は口にしなかった。その代わりにそっと両腕を上げ、キキョウの頬を手で包んで親指で頬を拭う。そこで初めてキキョウは自身が涙を流していたのだという事を知った。
リンドウは何も尋ねようとしなかった。ただ切なげな眼でキキョウを見上げ、次から溢れてくるキキョウの涙を拭い続ける。
「……やめろ!」
惨めな気持ちになって堪らなくなり叫ぶと、その言葉に従ってリンドウは腕を降ろした。
「何故……こんなやり方なのか、どうして泣いているのか……俺は、知りたいです…………でも、話してもらえなければ分からない」
「そんな事ぁ……おめぇが知る必要は、ねぇんだよ……!」
「ぐっ……う、うぁっ……は、ああぁっ!」
止まらない涙がリンドウの胸元にぽたぽたと零れ落ちる。腿の裏を押さえ付けがむしゃらに腰を突き入れると、息苦しさの勝った呻き声がリンドウの喉から漏れた。欲していたのはこういう反応だ、辱められて苦しんで打ちのめされればいい、二度と立ち上がれないほど傷付いてしまえばいい。心からそう願っているのに、どうして涙は止まらないのだろう。
「く、はっ……あっ、兄弟子……っ、兄弟子ぃっ……ああ、あっ!」
苦しげに喉から絞り出される呼び掛けを、もう耳に入れたくなかった。訳もなく息苦しくなり、胸が掻き乱される。耳にこびり付く声を振り払うように抜き差しの速度と強さを増していく。苦しい息の中から兄弟子と呼び掛けるリンドウの声はそれでも止まない。どうすれば止まる、この涙は、この声は。止めようと激しく責め立ててもどちらも留まるところを知らない。切なげな甘い声で呼ばれる度に胸が詰まり、涙が溢れて零れる。今日は今までどれだけ知りたくても知ることができなかった師匠の胸の内を図らずも聞いてしまったから、だから心を乱されて動揺して、だからこんなにもらしくもなく無様に涙を流しているだけなのだ。そう思おうとして、思い込もうとしている行為自体が違うという事を示していると知らされる。
「くそっ、くそっ……!」
なるだけ意識を身体の感じる快感へと向ける。そうすれば余計な事など考えずに済む。だがそうすればしたで解放を求める欲求はすぐに目一杯まで高まって、堪えきれずにキキョウは低く呻きながら熱をリンドウの内側へと放った。
「ああっ……あっ、ああぁっ……!」
感極まったような声がリンドウの喉から漏れ、びくびくと全身を震わせる。男の精を受けて達するようになってしまった淫らな身体にされるなど、屈辱以外の何物でもないだろう。その快楽をじっくりと教え込み賤しめたことによる支配欲の充足が胸を満たしてもいい筈だった。
それなのにどうしてだろう、涙が止まらない。喉からみっともない嗚咽が漏れる。いくら止めようとしても止まらなかった。溢れる涙は勢いを増すばかりで、顔をぐしゃぐしゃに濡らしていく。
「もし分かれないのだとしても……俺は、知りたい……受け止めたい、そう思っているんです」
「憐れみのつもりかよ……」
「……違います、俺はただ……」
何かを言いかけてリンドウは言い淀み、そのまま黙り込んだ。苛立ちが抑え切れなくてリンドウの頭のすぐ横の木の幹を力任せに殴りつけた。手指に感じる痛みだけがキキョウを現実に繋ぎ止めてくれているような気がした。
「どうしてお前なんだ……どうしてオレは気付けなかった? どうしてお前はオレの前に現れたんだ。オレが馬鹿だったから見えなかったものを、見たくなかったものを目の前に突き出して、お前には他のもんがいくらでもあっただろ、オレには和菓子だけしかねぇんだ……これしか能がねぇんだ……どうしてお前は……横から割り込んできてオレの欲しかったものを全部持っていくんだ?」
「……どうして、そう思われるのですか。兄弟子こそ、俺がどれだけ欲しくても手にできないものを沢山持っているのに」
質問を返すリンドウの声は穏やかだった。この態度、どんな非道を重ねられてもこちらを非難する様子をおくびにも出さないその態度、それすらも憐れまれているようで惨めだった。涙に濡れたままの顔を上げ、リンドウの襟首を掴み上げる。
「嫌いだ……お前なんか、大嫌いだ……!」
「分かっているつもりです……でもそれでも、俺はあなたを……」
先程同様語尾を濁して言い淀み、リンドウはそれきり何も言わなかった。キキョウは襟首を掴む手に込める力を失って、再び項垂れてしばらくの間嗚咽を漏らし続けた。
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