セレストブルー14
朝の白い光が射し込みゆっくりと瞼が開く。傍らにはキキョウの端正な寝顔があった。
昨夜の事が夢だったと言われても何も驚きはしない、今でも信じられない気持ちで一杯だった。腕を伸ばしてキキョウの頬にそっと触れてみるが、暖かくすべらかだった。この感触は、どうやら夢や嘘の類ではないらしい。そうなってくると昨日己が必死になるあまり内容も顧みずに口に出した言葉や晒した痴態が恥ずかしくなってくる。今更という気もしないではないが、何故だかまるで昨日初めて今まで見せていなかった部分を見せてしまったような気持ちになっていた。昨日の事を思い起こすだけで身の置き所がないような心持ちになってしまい、とりあえず起きて汚れた身体を綺麗にして仕事をしようと首にかかったキキョウの腕をどかす為に手をかける。すると急にキキョウの腕に力が入りぐいと引き寄せられた。
「まだいいじゃねぇか……おめぇがいねぇと……寒い」
「そんな子供みたいな我儘を言わないでください、毛布を足しますから。仕事が始まるまでに身支度を整えなければいけないのでもう行かないと間に合わないんです」
「いいじゃねぇか……どうせ今日は移動の準備だろ……そんな早く起きなくたって」
「そういう訳にはいきません、皆働いているんですから。兄弟子はまだ寝ていてもいいですよ」
言いながらキキョウの腕を持ち上げどかそうとすると、キキョウはぱちりと目を開けじとりとリンドウを見据えた。
「……何か?」
「二人の時はその呼び方やめろっつったろ」
「あ……済みません、つい癖で」
謝りはするものの、今度こそ躊躇なくリンドウはキキョウの腕をどけ絡めた脚を外してベッドから起き上がった。立ち上がると、昨日の残滓が漏れ出てきて太腿を伝う。それをちり紙で拭いた後床に捨て置いてあった毛布を手に取ると、布団の上からキキョウにかけてやる。その後床に散乱した衣類を拾い集め、汚れ物は纏めて他は畳んで、寝間着を着て着替えと汚れ物を手に歩き出す。
「それではまた後で、あまり寝坊しすぎないようにしてくださいね、キキョウさん」
戸口の前でそう言い残すと、扉を開けてリンドウはさっさと出ていってしまった。引き止める暇もない。甘え甲斐のない奴、と一つ息をついて一人で横たわるのに丁度いい広さになったシングルベッドで身体を伸ばす。
昨夜の事は本当にあった事なのだろうか、都合のいい夢か妄想ではないのだろうか。そんな思いは払拭できないが、今まで共に眠る事を頑なに拒否してきたリンドウが一糸纏わぬ姿で隣で眠っていたのだからどうやら夢ではなさそうだった。昨夜の事を思い出すと不思議な気持ちになる。リンドウの考えていたことがあまりにも想定外で意外すぎたというのももちろんあるが、あんなに心まで一杯に満たしてしまうような深く強い快感をもたらす交わりは初めてだった。もう他の奴とはできない、そんな風に思ってしまうほどに深く充足していた。これはきっと、どちらかがどちらかを支配するとかそういった関係では味わえない種類の感覚なのだろう。心から求める相手に心底求められて、きっと初めて味わえるのだ。通りすがりの誰かに身を任せそのまま通り過ぎるだけの今までの生き方で体感できるはずもなかった。
いつか、全て無駄ではなかったのだと思える日は来るだろうか。荒れすさみ遊び呆けて無為に過ごした日々も、何某かの意味はあったのだと。思えなくてもそれは己の愚かさが招いた結果なので受け入れるしかないが、もしかしたらそんな風に無駄ではなかったと思える日が来るかもしれない、今のキキョウの胸にはそんな期待が満ちていた。
世界中のどこまで行っても独りである事に変わりはない、そんな日々はもう終わった。キキョウの胸に棲み着いたその人は、馬鹿みたいに愚直で正直で、傷付けられている最中にも自分を傷付ける事で相手もまた傷付いているのではないかと考えるほどのお人好しで、放っておけば和菓子のことばかり考えて作っているような和菓子馬鹿だった。妙な奴に惚れちまったなぁと苦笑いが漏れるが、悪い気はしなかった。そういう馬鹿は微笑ましいし嫌いではない。それに、嘘や偽りと無縁の善良さや和菓子に対する純粋な気持ちは眩しくて、どこか憧れてさえいた。
袖振り合うも他生の縁というが、妬ましく憎いだけだと思っていたはずのリンドウと自分は意外としっかりとした縁で結ばれていたらしい。いつの間にか心の中に棲み着いてしまった人、確かにこんな人がいるならばキキョウはもう独りではないだろう。
朝陽は眩しいがまだ気怠い。二度寝しようとキキョウは重い瞼を閉じ布団を頭から被った。
残りの街を周りゴーマンストアとの最後の勝負に挑み、まんぷくマルシェは勝利を収め続けた。一番最後に残ったオルナイでの勝負も接戦ながら勝利を収め、世界中全ての街や村で勝利を収められたことを皆が喜び合い勝利の清々しさに浸っていた。そこに慌てた様子で顔を見せたのは、世界樹で別れた世界樹の精霊・ジュリィだった。
「ランチ~~~!」
「あっ……ジュリィ、ちょうどよかった! 聞いて聞いて! 私達、とうとうゴーマン商事に……」
「そのゴーマン商事が大変ジュリィ! 世界樹のマルシェが大変ジュリィ~!」
「お、落ち着いて、ジュリィ! 何があったの!?」
ジュリィの慌てた様子にこれは只事ではないとランチやシェフ達も怪訝な顔をするが、新たに加入した六人にはジュリィの姿は見えていない。ランチは何を一人で騒いでいるのだろうと不思議そうな顔になる。
「……あの女何一人でギャアギャア喚いてんだ? とうとう頭おかしくなっちまったか?」
「あっ、兄弟子には見えていないんでしたね……今、世界樹の精霊が来ているんです」
「精霊だぁ? おめぇまでおかしくなっちまうのは勘弁してくれよ」
「本当にいるんです! ゴーマン商事が世界樹の広場で何かしたようで……」
その間にもジュリィの状況説明は続いていく。
「気が付いたら世界樹の広場はゴーマン商事一色で……ジュリィの寝床もないジュリィ~!」
「それって一体……どういう事?」
「ランチさん、とにかく世界樹の広場に行ってみましょう~!」
ユーカリの提案にそれもそうだとランチやシェフたちは頷き、移動の準備を始めながら先程リンドウがキキョウに行ったような説明を他の者にしていく。取る物も取り敢えず一行はオルナイから然程遠くない距離にある世界樹の広場へと車を走らせた。
遠くからでも目に入ってきたその光景に誰もが驚きを隠せなかった。巨大な世界樹の大木は黄色と黒のゴーマンストアカラーと巨大なシルクハットの看板でゴテゴテに装飾されている。あれでは確かに世界樹にジュリィの寝床は確保できないだろう。近づくにつれて、派手なリボンや電飾の飾りが世界樹の広場全体を覆っている様子が分かってくる。車を停め降りたランチは、辺り一帯を見回して呆然とした表情で呟いた。
「ここが……世界樹の広場……?」
「世界樹がデコレーションされて居場所がないジュリィ……」
在りし日の世界樹の広場を知る者にとっては信じがたい光景がそこには広がっていた。素朴で清潔な憩いの場の雰囲気は全く失われ、出発前にはあれだけ広場を賑わせていた他のキッチンカーも今は一台も見当たらない。
「やあ、諸君。来ていたのか」
そこに姿を見せたのは、ゴーマン商事社長であり今回のファン争奪バトル提案者でもあるオニオンだった。まるで待ち受けていたようなタイミングで現れるものだと芝居がかった登場にキキョウは少々呆れる。
「あっ……オニオンさん! これって一体……」
「ふっ、ご覧の通りだ。諸君が留守にしている間に……ここ世界樹にもゴーマンストアを出店させてもらったよ。つまり……勝負はまだ終わっていないというわけだ」
「そんな……!」
約束が違うと言いたげなランチの声にもオニオンは眉一つ動かさない。
「ちょっと! なんなのよ、このダサい飾り付けは! せっかくの世界樹が台無しじゃん!」
「俺様たちがいた時と、だいぶ雰囲気変わっちまったな~!」
マジョラムがオニオンに向かってセンスの悪さへの不満をぶつけ怒鳴り、センスは大して気にしないであろうブーケガルニも辺りの雰囲気に苦い顔をしている。
「どうやら、新しい世界樹のマルシェはお気に召さないとみえる。ともかく……このマルシェはいわば世界の「食」の中心……ここの客の心をつかめば、他の場所もすぐに取り戻せるだろう」
オニオンの言う通り、この世界樹のマルシェは世界中の食の中心、腕自慢のキッチンカーが世界中から集まりそれぞれの味を競い高め合う場だった。ここを掌握すれば食の流行を掌握したも同然と考えるのはあながち間違いでもないだろう。だがかつて一度は寂れ果てユーカリのキッチンカー一台しか残っていなかったところから今の賑わいを取り戻したのはランチと六人のシェフだ、それを横合いから掠め取ろうとするやり口は、狡猾で利口とは言えるかもしれないがこのマルシェを甦らせたのは自分たちだという矜持が受け付けない。
「そうはさせません~っ!」
「ああ、必ずこのマルシェでも勝利してみせる!」
ミツバとリンドウが口々にあくまで抗戦を主張すると、オニオンは口の端をあげふっと笑った。できるものならやってみろ、そう言わんばかりの表情だった。
「クックック……それは見ものだな。では諸君、せいぜい私を楽しませてくれ」
愉快げにそう言い残すとオニオンは真新しい建物の方へと歩き去っていった。あれが新規出店したゴーマンストアなのだろう。
「みんなで盛り上げた世界樹のマルシェが……」
寂しげな声でランチは呟いた。レヴン島でブーケガルニが認めたように、ゴーマンストアはいつでも食料品や雑貨が手に入る便利な店だ。特にレヴン島のような僻地ではゴーマンストアが存在する事自体はとても便利でいい事なのだと思う。ただ、広場からキッチンカーを追い出し広場がゴーマン商事の所有物であるかのように私物化している現状は、到底許せるものではなかった。
「……ランチさん……ほら、皆さんの胸を見てください」
「うん、そうだね。僕たちにはこれがある」
「……胸? …………あっ! まんぷくマルシェのバッジ!」
ユーカリとフェンネルに言われ、ランチは皆の胸に輝くものの存在を思い出す。百台あればそれだけの数の様々な美味しさがある、そんなキッチンカーの素晴らしさを証明しようとする仲間の証を、皆その胸にしっかりと付けている。
「おーい! ワタシたちのことも忘れないでくれよ!」
「あいっす! ぼくたちも手伝うっすよ~~!」
「おれだって、アネキと一緒に頑張るよ!」
「ほっほ~! 腕が鳴るぞ! 吾輩もひと暴れするかの!」
「自分も、力の限り協力しますからね! チューベローズ様は、ほどほどにお願いします……」
「わたくしにも、お手伝いさせてください!」
「……ここまで来て、負けるのはシャクだからな」
シェフでもないし大抵の者は直接料理をするわけでもない、だが力強い新メンバー達も口々にランチを励ます。
「みんな……!」
「ランチ、ジュリィも応援するジュリィ」
「そうだね、みんながいれば……うん! きっと大丈夫!」
ジュリィにも勇気付けられ、ようやくランチに笑顔が戻る。その様子を見て、フェンネルがふっと微笑んだ。
「……それに、このマルシェの強みはシェフだけじゃないからね」
「え……?」
思い当たる節がないのか不思議そうな顔をしたランチに、ユーカリがにっこりと大きく笑ってみせる。
「そうですね~! だって、私たちには……最高の料理アドバイザーがいますもの~!」
「そうそう! ランチがいるからあたしたちは最強ってこと!」
「そうだな! ランチとならなんでもやれるよな!」
「はいっ! ランチさんと一緒に頑張りましょう!」
「ああ、ランチ、お前とならきっと俺たちは勝てる!」
次々にシェフたちの口から出てくる強い信頼のこもった言葉に、ランチはやや涙ぐみながら手で口を押さえ頷いた。
「うん……うん!」
「それじゃあ、皆さんともう一度、世界樹のマルシェを始めましょう~」
「うん! みんなと世界中で考えたこのレシピがあれば、きっと大丈夫! それじゃ、準備はいい? 行くよー!」
ランチの合図に他の全員が、キキョウでさえ気怠げにではあるが拳を握った片腕を振り上げ、応と強い決意のこもった掛け声を一斉に発した。
元来世界樹のマルシェはランチたちのホームグラウンドであり、知名度も人気も根強いものがある。久方ぶりのシェフたちの料理や菓子を喜んでくれる馴染み客も多い。ここでの勝負を挑んできたという事はゴーマン商事ひいてはオニオンにとってもこれ以上後には退けない最後の戦いであるという意気込みがあるだろう。
油断をしてはいけない、だが全力を出し切れればきっと勝利を掴める、全員にそんな自信が満ち溢れていた。
ルエラニでの最後のバトル以降リンドウとキキョウの間の妙な距離感がなくなり、それどころか自然に話し触れる事ができるようになった様子を見てフェンネルが察しないわけはないだろうと思っていたのだが、特に何かを言ってくることはなかった。フェンネルの希望には反してしまうことにはなるが、ランチが選んだのはフェンネルだしリンドウはキキョウを選んだ。なるべくしてなった事で、それはもうどうしようもないことだ。後はフェンネル自身がどうするかという問題だけが残っている。口を出すつもりはないが、ランチを受け入れてやってほしいとリンドウは思った。自分に残された時間の事を考えるとフェンネルはランチを突き放すかもしれない。だがランチはそう簡単に諦めはしないだろう、その様子が想像できるようだった。ランチならきっと思いも寄らない方法で、フェンネルの頑なな決意だって融かしてしまうだろう。そんな確信がある。
美食を求めて世界中から人々が集まる場所、世界樹のマルシェ。その賑わいを取り戻したのがランチと自分たちであるということは大きな誇りだ。その誇りにかけて、キッチンカーを排斥しようとするオニオンにはどうしても負けられない。世界中には作る人の数だけの様々な料理があり、それぞれの味がある。一定の品質のものを安定して供給するゴーマンストアの方法が悪いわけではない、ただそれとは別に多様性は認められるべきだ。一方的に市場を寡占しようとするオニオンのやり方は傲岸不遜そのもので、まるで反発を受ける為にわざとやっているのではないかとふと思ってしまう時もあるほどだ。
だがオニオンの思惑がどうであれ、目の前の戦いに勝利する事だけをリンドウは今はただ考えればいい。オニオンの思惑など最早関係はない、多様で自由な美味しい料理を人々は求めているのだという事を世界中に向けてはっきりと証明する事が今の自分たちの使命だ。
そんな事を考えながらつらつらと手を動かしていると、突然耳に息が吹きかかった。思わずびくりと肩を跳ねさせてしまい、振り返るとにやにやと笑うキキョウがいた。
「なっ……な、何をするのですか兄弟子! 突然そういうことをするのはやめてください、手元が狂ってしまいます!」
「肩に力、入りすぎてんぞ。どうせまた何か七面倒臭ぇ事でも考えてたんだろ。力抜いてやったんだから感謝しろよ」
ぽんと肩を叩かれると、確かに強張っていた肩は適度に力が抜けて楽になったような気がする。それにしてもやり方というものがあるとは思ったが、それを言ったところでどうせ馬耳東風だろうと思うと苦笑いに変わる。
「……はい、ありがとうございます」
礼を言うとリンドウは再び手元に目線を落として作業を再開し、キキョウも隣で別の作業をする。確かに先程までの何が何でも負けられないという強烈な気負いは毒気を抜かれてすっかり薄まって、適度にリラックスして作業できている。どうも堅苦しく考えすぎて思い込みが強すぎるのが自分の欠点だが、キキョウはキキョウでいい加減すぎる。二人合わせて二で割れば丁度いい塩梅になるのかもしれない。
今はあまりにもまだリンドウは未熟で、キキョウと互いを高め合うようなレベルには到達していないからもっと見聞を広げ技術と感性を磨いて一日も早く一人前にならなければと思う。だがもしもいつか一人前になれたという自信が持てる日が来たなら、こうしてキキョウと再びまた二人並んで菓子を作ることができるようになれるだろうか、互いに影響を与え合い高め合い切磋琢磨できるようになるだろうか。そうしたい、それが心の奥底にそっと秘めた新しい目標であり願いだった。
その為にもまずは目の前の戦いに勝利する事が第一歩だ。妙な気負いではなく適度な緊張感と気合いで背筋が伸びる。リンドウは和菓子を作るのが何より好きで、作ったものを食べて喜んでくれる人の顔を見るのが何より嬉しい。これから先どんな事があったとしても、その事だけは忘れてはならないのだと思う。いつかは師匠やキキョウのような人の心を動かし揺さぶるような和菓子を、それは遠い夢かもしれない、だけど歩みは遅くとも一歩ずつ着実に近付いているのだと今なら思える。
決戦の日はもう明日に控えているが、目の前の戦いはこれまでの旅の終わりでもあると同時にこれから先の未来への始まりでもあるのだ。この先の道を力強く歩いていく為に気持ちいいスタートを迎えたい。巨大な資本力を持つゴーマンストアと個人経営のキッチンカーでは本来勝負になどならないかもしれないが、このメンバーなら本気を出して全力でこちらを潰しにかかってくるゴーマン商事ともきっと渡り合える、そんな自信があった。
次の日、とうとうゴーマンストアとの雌雄を決する為の最後の戦いの幕が切って落とされようとしていた。
「……いよいよ、最後の戦い!」
「ランチなら大丈夫ジュリィ!」
「うん、そうだね! 今まで作ってきたレシピとみんながいればきっと……!」
「ジュリィも応援しているジュリィ!」
「うん! ジュリィの応援も力になるよ!」
ジュリィが見えない者にとっては、精霊と話していると分かってはいてもランチが一人で盛り上がっているように見えてしまい不思議な光景が繰り広げられていた。
「ふっ……ついにキッチンカーが終わる日が来たな」
そこに姿を見せたのは、バトル前の挨拶のつもりかオニオンだった。オニオンの言葉にランチは怯まずきっとした表情でオニオンを見つめ返す。
「オニオンさん……キッチンカーは終わりません! これからも、世界中に美味しい料理を届けますから!」
「……ゴーマン商事と諸君らマルシェのキッチンカー、果たしてどちらが、本当に人々から必要とされているか……今日こそ、はっきりさせよう」
「……望むところです!」
その言葉が開始の合図となった。各々持ち場に散り、各自の作業に取り掛かる。
「マジョラム、お肉追加ね! ブーケガルニの方のホイル焼きもどんどん追加してって! ミツバちゃんとシオン、袋足りなくなってない? すぐ言ってね!」
忙しく駆け回りながらランチが指示を飛ばす。マジョラムの肉料理とブーケガルニの魚料理、お客さんの満腹度と満足度の高いこの二本柱で勝機を掴もうというのが今回の作戦だった。ミツバとシオンが注文を聞いて料理の袋詰めをしてキキョウとリンドウは会計を担当し、他の者たちも調理の手伝いや列整理、裏方の荷物運びや下拵えなどチューベローズ以外は皆休む間もなく忙しく働いていた。ゴーマン商事の宣伝の効果で今日の世界樹の広場はごった返すような人出で、いくら追加しても料理がすぐになくなってしまいそうな程の売れ行きだった。今までにない程のスピードで料理が売れていくのを会計として肌で体感しながら、これならいけるという確信が強まっていく。人の流れを見ても、明らかにこちらが優勢なのが見てとれた。
だが、それを黙って見ているようなオニオンではなかった。ゴーマンストアに設置されたスピーカーから、突然陽気な音楽が流れ出す。何事かと人々が注意を惹かれると、畳み掛けるようにアナウンスが入る。
「ゴーマンストアはこれより今だけのお得なタイムサービスを開催いたします! 割引率はなんと半額、食べたかったあの料理がお安い値段で食べられるチャンスです! 売り切れ次第終了となりますので、皆様どうぞお早めにお越しください!」
そのアナウンスが繰り返し流され、人の流れが明らかにゴーマンストアの方へと流れ出す。割引、半額、そう聞いて見ずにはいられないのが人というものだろう。このままでは今までの優勢はあっという間に覆され逆転されるのも時間の問題だった。
「つ、強い……! これがゴーマン商事の本気なの? だ、だけど……! 私たちだって負けられない! みんな、行くよ!」
だが、ランチも他の皆も、誰一人勝負を諦めてはいなかった。ユーカリとフェンネルとキキョウは人の流れを呼び戻すため試食を用意して呼び込みに回り、ランチがキキョウの代わりに会計に入る。全体を見て的確な指示を出すランチがいなくてももう、皆己のすべき事を分かっていた。割引はしない、安売りなどしない。まんぷくマルシェの料理にそれだけの価値があるのだという事を、この世界樹の広場に集っている人々も分かっていると信じているから。
一口食べれば味の違いは分かる。食べ慣れたゴーマンストアの料理はいつどこででも食べられるがキッチンカーの料理は一期一会だ。その事に気付いた人々が、徐々にマルシェの方へと戻ってくる。規定の時間が終わる頃には流れは完全にマルシェのものとなっていた。
「人々の笑顔……活気……これがキッチンカーの力だというのか」
その様子を目にしたオニオンはどこか憧憬を滲ませた声色でそう呟いた。キッチンカーが村を訪れるのを何よりも楽しみにしていた遠い過去の記憶、出来たてほやほやの料理を口にするワクワク感。そういったものは、確かにゴーマンストアには欠けている。そして、そんな喜び楽しみを食に対して人は求めているのだ。分かっていたこととはいえ苦笑いが漏れ、オニオンは背中を向けてその場を後にした。
勝利祝いとお別れ会を兼ねたパーティも終わり、皆も寝静まった頃、どこまでも天高く聳える世界樹をリンドウは一人見上げていた。
どうしようもないほど寂れてしまったからと一度は離れたこの世界樹のマルシェにユーカリから連絡を貰い戻りランチと出会ってから、本当に様々な事があった。長いようでいてあっという間と感じるほどに短い、短かったようでいて濃密で長い、どちらともとれる不思議な時間だったけれども、あまりにも沢山のものを学び貰い知った。青春と呼べるものがあるとすれば、世界樹のマルシェから今までの仲間たちとの日々のことをきっとそう呼ぶのだろうと、面映いような考えが頭に浮かぶ。今までの人生の他の時間では感じられなかったほど毎日が忙しくまた楽しく、あっという間に過ぎていった。その日々も、今日で終わった。
明日からは皆それぞれの道に進んでいく。リンドウもまた一人に戻り新しい修行の旅を始める。この勝利が終わりではなく、これからも各自の味の探求、そしてそれぞれの人生は続いていく。不安もあるがそれよりも、何せ和菓子の世界はリンドウなどまだまだ把握しきれていないほど各地に様々な味があり知らない技術があるのだ、未知の事柄への好奇心の方が大きい。勝利の余韻もあるのだろうか、どことなく心が浮き立ってしまっている。
苦楽をともにしてきた仲間たちと離れ離れになり一人になる寂しさがないわけではないのだが、もう皆それぞれ立派に生きていけるだろうという信頼の方が強い。リンドウは自由の利く身だ、会おうと思えばいつでも皆に会いに行ける。まんぷくマルシェという小さなコミュニティ一箇所に固まり留まるよりも、それぞれの道をそれぞれの目標に向かって進んでいく方が皆にとってより良い未来が待っている筈だ、そんな確信があった。
離れてしまっても皆で過ごした日々とそこで培われた絆は失われはしない。再会の時にはすぐに気安い仲間の関係に戻れる筈だ。そんな得難い仲間たちとの出会いも、様々な思い出も、ランチが王宮から来なければなかっただろう。世界を見て、聞いて、知識を深め、そして沢山の人と出会う。師匠の教えは全てリンドウの血肉となって沢山の大切なものをもたらしてくれた。全ての始まりとなった世界樹を見上げながら、言い表し難い感情で胸が埋まる。ここに来て、皆に出会えて、本当に良かった。人生において間違いなく宝と呼べる出会いと経験をこの世界樹が与えてくれたような気がして、ありがとう、そっと心の中だけで告げると、世界樹の梢はそよ風にさわさわとざわめいた。
後ろから、草を踏み分ける音がする。振り返ると、フェンネルが歩いてきていた。
「どうしたフェンネル、眠れないのか?」
「君を探していたんだよ」
「俺を……? どうした、何か用か」
真っ直ぐにリンドウを見据え、フェンネルはこくりと一つ頷いた。
「前も言っただろ? 僕じゃ駄目なんだ……僕は、僕じゃ、ランチの足枷にしかなれない。だからリンドウ、君に……」
「ランチが選んだのはお前だ、フェンネル。ランチはお前を足枷だなどとは考えない、お前の傍でも出来る事を精一杯にやるだろう。そして俺は、お前の願いよりはランチの願いを尊重する……その方が、ランチにとっては幸せなのだと思うからだ」
「……こんな、明日をも知れない命の僕と一緒にいる事の一体どこが幸せなのさ! 僕なんかと一緒にいても、次の日には僕はランチを置いていってしまう事になるかもしれないのに……!」
珍しく激情し激昂した声をフェンネルが上げる。言い切った後に口にしたことを後悔するように目を伏せ顔を背ける。
「それでもだ、フェンネル。残された時間を、一秒でも長く共に過ごしたいときっとランチは願っている。愛する人の傍らに寄り添う幸せを味わいたい、その願いを叶えてやってほしい」
「……僕は…………」
「フェンネル、恐らくお前が思っているよりもお前の心はずっとランチに届いている。ランチの気持ちも、きちんと受け取ってやってほしい」
リンドウのその言葉にフェンネルは目を伏せたまま答えなかった。軽く一つ息をつくと、リンドウは言葉を続けた。
「どちらにしろお前はバジルとテシカに帰るんだ、考える時間はたっぷりあるだろう。心の準備をしておくんだな。お前が何を言ったところで、きっとお前が驚いて呆れて諦めてしまうような方法でランチはお前の傍にいようとするだろうからな」
「……ふふ、そうかもね。ランチは、いつだって思いも寄らない方法で僕たちをびっくりさせて色んな夢を実現させてしまったんだものね……僕ももう逃げられないのかもね」
「そうだとも、覚悟しておけ」
ようやくフェンネルは顔を上げて微笑み、リンドウも笑みを返す。ランチを巡る関係でいえばライバルということになるのだろうが、不思議とそんな意識をフェンネルに抱いたことはなかった。ランチの望む幸せを与えてやってほしい、リンドウの言うことはフェンネルにとっては酷なことかもしれない。だがそれでも、ランチが選んだのはフェンネルなのだ。リンドウとて、ランチを託せるのはフェンネルだからこそと思っているのだ。
「まあ、もしかしたら料理の事に夢中になっちゃって僕の事なんか忘れちゃうかもしれないし……あんまり期待しないで待つ事にするよ」
「そんな事はない、ランチは必ずお前の許へ行く、何なら賭けてもいいぞ」
大真面目な顔でそう言うと、フェンネルは毒気を抜かれたように力無い笑いを漏らした。
「ふふ……そうなったらさすがの僕も観念するよ。来ない事を願いながらテシカで大人しくしてることにするよ、君もたまには遊びに来てよ」
「ああ、バジルにも会いたいし近くを通った時は立ち寄る」
頷いてそう答えると、フェンネルは踵を返し歩き出す。
「僕はそろそろ寝るよ。君、キキョウと上手くいったんだろう? せいぜい仲良くね」
「……なっ! フェンネル、お前やっぱり気付いて……なのにどうしてランチの話を!」
「分からない訳ないでしょ? 君の顔を見れば一発さ。でもどうしても君にランチを任せたかった、これは僕の我儘だよ。じゃあおやすみ」
振り返って意味ありげに微笑み、すぐに前に向き直るとフェンネルは歩き去っていった。後には呆然としたリンドウが残される。
ふう、と深く息をつくとリンドウは再び世界樹に向き直り幹に額を乗せる。ごつごつとした感触の幹は温度などない筈なのに不思議とどこか優しげで暖かい温もりがあるような気がした。
「いつまで経っても戻ってこねぇと思ったら、こんな所で油売ってたのか」
先程フェンネルが去っていったのとは別の方向から今度はキキョウが歩いてきていた。そちらを見やったリンドウの頬に微笑みが浮かぶ。
「探しに来てくださったのですか?」
「さっきフェンネルがおめぇがいねぇか聞きに来て、そういや戻ってこねぇと思ったから、まぁ一応な。何してたんだ」
「これからの事を、色々考えていました。ここが、俺にとっては始まりの場所だったので」
そうか、と短く答えてキキョウも世界樹の高い梢を見上げた。
「兄弟子は、これからどうなさるのか決められたのですか?」
「そうだなぁ、コンテスト荒らしでもして賞金稼ぎまくってキッチンカー買い直す資金にでもするかなと思ってるよ」
「兄弟子が出られては優勝など決まりきっているではありませんか、本当に荒らしですね。出禁を食らってしまいますよ」
「別にそれくらいどうって事ぁねぇ、構わねぇよ。それに、そういうとこには金持ちも集まってんだ、オレの腕と才能を見込んでキッチンカーを買う費用を出してもいいっていうパトロンが見つかるかもしんねぇからな」
その言葉に成程とリンドウは納得した。コンテストの賞金だけではキッチンカーを買うだけの費用を貯めるのは大変かもしれないが、才能を見込んで費用を出すと言ってくれる人が現れるなら話は別だし、それだけの才能がキキョウには確かにある。
「一応言っとくけど枕なんかしねぇから余計な心配はすんなよ」
「は……? 枕、というのは?」
「……分かんねぇならそれでいい。あんま気にすんな」
「はぁ……」
言葉の意味が分からずぽかんとした表情のリンドウにキキョウは長い溜息を一つ吐くと、ぷっと噴き出し笑った。何をそんなに笑われているのかも分からないのでリンドウは少々むくれてしまう。
「悪かったよ、そんなむくれんなって」
「意味も分からず笑われているというのはその……面白くないです」
「パトロンになってくれそうなマダムや爺様に色仕掛けはしねぇって意味だよ、これでいいか?」
キキョウのその言葉を聞くとリンドウはようやく意味を理解して思わず想像してしまったのか顔を真赤にして口を手で塞いだ。色仕掛け、そもそもリンドウの頭の中にそういう発想自体がまるでなかったが、キキョウの容姿の美しさならば援助の見返りに身体を求められることも充分考えうる。それをしない、と約束してくれているのだ。
「もう、お前以外とはしねぇ。その代わりあんまり間空けると大変な事になっちまうかもしれねぇからマメに会うようにしろよ」
「……そう、ですね。あまり間は空けないようにします……」
大変な事になっちまう、その言葉にも様々な妄想が掻き立てられてしまって顔はもう耳や首まで赤いし驚きから口に当てた手を離すことができない。すると世界樹の幹を背にしたリンドウを追い詰めるようにキキョウが両肩の横に手を突き、リンドウを真正面から見つめて艶やかに笑う。
「とりあえず今日は最後の夜なんだ、当然、するよな?」
言いながら顔を近付けてくるキキョウを口を覆った手を外して額を押さえて制する。
「ま、待ってください、ここでですか?」
「外は嫌ってわけじゃねぇだろ? どうせもう誰も来ねぇよ」
「外は嫌ですしここにはジュリィがいるんです! 困ります!」
聞き慣れない名前を耳にしたキキョウが一瞬動きを止め考え込む。
「ジュリィ……? ああ、世界樹の精霊とかなんとかって奴か。どうせオレにゃあ見えねぇしオレぁ気にしねぇぜ、見せつけてやりゃあいいじゃねぇか」
「俺は気にするんです! 誰もしないとは言ってないでしょう、部屋でなら、その……したい、ですから」
恥じらって目線を横に逸らしたリンドウの言葉を聞き、キキョウは一つ深く息をついた。リンドウの両側を塞いだ腕を降ろし、左手でリンドウの右手を握る。
「わーったよ、じゃあさっさと戻んぞ」
「はい……」
早足のキキョウに手を引かれキッチンカーまでの道程を急ぐ。これから抱かれるのだという期待に浅ましく胸が高鳴り、明日からはいつでも毎日したい時にというわけにはいかなくなるのだという事も同時に意識される。掴んだキキョウの掌が、熱い。この熱をいつも身近に感じられなくなってしまうのは正直なところ寂しい。だが今のリンドウにはそれよりも大事な、どうしても成さなければならない事がある。いつか一人前の職人になれたと思える日が来たなら。その時になれば胸を張ってこの兄弟子の隣を歩んでいけるかもしれないから、それまでは。
キッチンカーに辿り着き居住スペースに入るとキキョウは乱暴にドアを閉め、待ちきれない様子で乱暴にリンドウの服を剥ぎ取っていく、
「キキョウさ……なにも、そんなに……急がなくても……」
「急がねぇと時間がもうねぇだろ、早くしてぇんだよ、それに、いっぱいしとかねぇと次会うまでに我慢できねぇだろ」
「な、何回するつもりなんですか! 明日は朝早いんですよ?」
「どうせおめぇが起きんだろ、起こせ」
言いながらキキョウは唇を合わせ性急に舌を絡ませてくる。その間にも下衣の留め紐は外されずり落ち、一旦口を離したキキョウが屈み込んでブーツの紐を緩めて脱がせ、下着まで下ろして脱がせたのでリンドウはあっという間に裸体を晒すことになってしまった。キキョウは屈み込んだまま脛に口付け段々登って内腿を舐め上げ、期待と興奮ですっかり上を向いて大きく形を成したものにふぅっと熱い息を吹きかける。
「んっ…………」
「何だかんだ言っておめぇも期待してんじゃねぇか」
「……だから、したくないと言ったわけではないです。急ぐならキキョウさんも早く脱いでください」
それもそうか、と返しキキョウは帯を解いて着物を脱ぎ捨て、立ち上がって下帯もするりと解いてしまう。キキョウに肩を掴まれて促されベッドに横たわると、上に伸し掛かってきたキキョウが荒い息を吐く唇を再び合わせてきて、同時に盛んに硬く張り詰めた陰部同士をこすり合わせてくる。そこから生じる快感にあっという間に息が上がり塞がれた口から吐き出せない喘ぎ声が鼻にかかって漏れる。熱い滾りの感触はキキョウの興奮を否が応にも伝えてきて、奥底を穿たれるえも言われぬ快感を想起させてくる。口の中をいいように舐り回され硬く太い熱に自らの滾りも高められていく。あっという間に欲しくてたまらない状態まで登りつめさせられてしまう。
「はっ……あっ、あぁっ、んんっ、んぅ……あ、あぁっ……」
「ちょっといじられただけでそんなトロットロのいやらしい顔になっちまうなんて、ほんとドスケベだよなぁ」
「そんな意地悪を……言わないでください……」
「フン……ま、実を言うとよ、オレももう辛抱できねぇんだよ……だから、な?」
言いながらキキョウはリンドウの右手をとって己の昂ぶりを握らせ、代わりにキキョウの右手もリンドウの滾りを緩く握る。
「お互い先に一回、出しちまおうぜ……でねぇと……耐えらんねぇ」
「わかり……ました……」
切羽詰まった様子のキキョウの声に頷く。ゆるゆると手を動かしキキョウのものを扱き始めると、手の中で昂りがびくりと跳ねる。だが意識はキキョウの手に包まれた自分のものの方へどうしても向いてしまい、すべらかで熱い手と細く長い指先の感触に包まれただけでもたまらないのに、更に手を動かされては耐えきれないほどの快感がこみ上げてきて思わず自分の手を止めてしまう。
「おら、休んでんじゃねぇよ……オレにばっかりさせる気か」
「は、はい……すみません……」
気を取り直し、下腹部から全身を侵す溶けてしまいそうな快楽の波にどうにか抗いながら必死に手を動かす。あの信じ難い技術を持った美しい手に高められているのだと思うとそれを己のものが汚してしまっているような妙な背徳感が湧き上がってきて興奮を掻き立てられる。腰が前後に揺れてしまい早く解き放たれたいという強い欲求がもう抑え切れないものになっていく。もう耐え切れない、浅い呼吸は息を肺に取り込む用を既に成していない。
「キキョ……さっ……! だめ、です……もう、もうっ……限界っ……ですから……っ!」
「いくらなんでも、早すぎやしねぇか? まぁ、いいぜ……おら、もうイけよ」
「は、あぁっ……イクっ、も……イク、イクっ……! うっ……く、んん……っ」
追い立てるようにキキョウの手の動きが速まり、あっという間にリンドウは臨界点を突破して解放を待ちわびていた欲望を吐き出した。飛び散った白濁は腹や胸にぱたぱたと落ちどろりと肌を汚す。
「ああ……いいぜ、おめぇのそのイく顔、最高に、やらしくてよ……オレも、イきそうだから…………ちゃんと、イかせろよ?」
うっすらと笑むキキョウの息は荒く弾み、ぎらつき粘った光を宿した瞳がリンドウを見下ろしている。目を合わせるだけでぞくぞくと背筋を快感に似た何かが走り抜け、息を整えながらリンドウは懸命に手を動かした。幹を扱き、時折亀頭をやわやわと揉んでは先端の凹みを指先でくるくると弄る。手の動きに合わせてキキョウの呼吸が乱れ手の中のものがびくびくと跳ねて反応を返してくるのにたまらない気持ちにさせられ、ますます夢中で手を動かす。
「……っ、く…………そろそろ、出す、ぞ……っ」
「はい……っ、出して、出してください……っ」
「……んんっ、く…………ああぁっ……は……っ!」
手の中のものが幾度も大きく跳ね、跳ねる度に熱い迸りをリンドウの腹の上にぶちまけていく。
「あぁっ……あ…………」
射精が止むまでの間シーツに飛び散らないようにと肉茎を支えていた手を離し、キキョウから与えられた熱に身震いしていると、楽しげにリンドウを見下ろしたキキョウがふっと笑う。
「好みとしちゃぁ中にぶちまける方が好きだけどよ、たまにはこういう眺めも悪くねぇな……こんなにやらしい汁まみれになって感じまくってる顔して、ほんっと、やらしいなおめぇはよ」
「そういう事を言うのは……やめて……ください…………」
「何でだよ、褒めてんだぜ? 何回抱いても全然飽きねぇ……もっと、欲しい……」
そう呟くとキキョウは引き寄せられるように顔を近付けてきて、リンドウの腹や胸を汚した精液が付着するのも構わずに肌を合わせ唇を合わせてくる。受け入れようと唇を緩く開けばすぐに舌先が滑り込んできて、体中を汗と精液でどろどろにしながら激しく互いを貪り合う。
こまめに連絡を、とは思っているが次会えるのが実際にいつになるかなど分からない。本当は一日たりとも離れたくなどなかった。だがお互いの目指すものの為には、それでは駄目なのだ。いつか対等に隣に並べる日が来たなら、その時には心だけではなく身体も離さずにいよう。今はそれぞれの道へと踏み出していかなければならない時だから。だけど、今日だけは、今だけは、身も心も深く深く繋がっていたい。
キキョウの手が膝から内腿を撫で、会陰に至りその奥底を探り当てる。円を描き軽く撫でられただけでたまらない快感が走り小刻みに後孔をひくつかせてしまう己の身体の淫猥さに強い羞恥心が湧き起こるが、欲しいという気持ちの方がそれ以上に強く胸を占めていた。
「んあっ……ぁ…………ううっ、ん…………」
「欲しくてたまんねぇって顔してるぜ? そういうとこ可愛いよなぁ」
「はぁっ、あ……あっ、ほっ……ほしい、です……早く、欲しい……っ」
「そんなに急かすなよ、逃げやしねぇから」
「でも、明日から、しばらく…………会えない、ですから……時間が、惜しくて……」
低い声で呟いたリンドウの頬や口元に幾度かそっと口付けを落とすとキキョウは立ち上がり、潤滑油を取り出しすぐに戻ってきた。片時も離れていたくない、身体の上に伸し掛かる重みと温度が戻ってきた事に心底安堵する。
蓋を開けた瓶からとろりと掌に垂れ落ちた油は、足の間に滑り込んだ指を伝い会陰から後孔をぬらりと濡らす。この油が伝う感触の気持ち悪さにはどうも慣れないが、キキョウのぬめる指先が孔を解し始めるとそんな気持ち悪さは霧散してしまい、肩を震わせる快感だけが感じられるようになる。油でぬめった指先はいとも容易く狭い孔の中に入り込み、敏感な箇所を掻き回し押し拡げるように動き回る。
「あ、あぁっ、は……そこっ……そんなに、したら……っ! や、あ、ああぁっ……」
「早く欲しいんだろ? おら、もう一本増やすぞ」
時間が惜しいのはキキョウも同様なのだろう、若干焦れている様子で薬指を挿し入れてくる。油のお陰で抵抗は少ないものの、押し拡げられる圧迫感が増し、ばらばらに動く二本の指先は神経の集まる敏感な部分を絶え間なく刺激して腹の底に強い疼きを蟠らせていく。
「あぁっ! あっ、あ、ああぁ……そん、な……っ、グチャグチャに……したら……っ、おかしく……なる、から……っ!」
「でも好きなんだろ? ここをこうされんの……そんなに感じまくってやらしい声上げっぱなしだもんな」
「あっ、んんっ……ふ、はぁっ……あ、すきっ……すきです…………きもち……いいっ…………でも、もう、キキョウさんの……ほしい、です……っ!」
「だから、そんな急かすなって……な? そんな事言われたら、オレの抑えがきかなくなっちまわぁ」
言いながらキキョウは荒い吐息を吐き続ける口を重ねてきて、同時に挿し込む指も三本に増やす。潤滑剤なしの交合にも慣れ切った後孔は三本の指程度なら容易く呑み込んでしまい、口内を舐り味わい尽くされる甘さとうねうねと動き回る三本の指が後孔をいいように掻き回し産み出される疼きがリンドウの身も心も蕩かしていってしまう。
「ん、んんっ……んっ、ん、んんんっ……」
鼻から息と共に漏れ出してしまう甘ったるい喘ぎ声も止めようがない。背中に回した腕も、絡み合った脚も、全身がキキョウを感じ取る事に集中し切っていて他の事など気にする余裕がない。この体温を重みを甘さを、腹の底から全身を蝕み支配してしまう強い衝動と疼きを、何もかも鮮明に脳裏に刻み付けたい。痛みを与えぬようにと蠢き回る優しい指先の動きを忘れたくない。まるで暖かい心が流れ込んでくるかのようなこの交わりを。
頭を上げて唇を離し指を引き抜くと、整わぬ荒い息を吐きながらキキョウは切なげな瞳でリンドウを見下ろした。
「駄目だ……もう、我慢できねぇ……手加減できなくなっちまうかもしれねぇけど、許せよ」
「……好きなように、抱いて、ください。あなたの好きに、されたい……」
薄く笑んで答えると、キキョウは苦しげに短く一つ息を吐いた。小瓶から掌に油を少量取り、やや焦れったそうな動きで自身の昂ぶりに塗りつける。
「ほんとに、知らねぇぞ、どうなっても……」
「大丈夫です、そんなに柔ではありませんよ。全部、受け止めてみせます」
「……それもそうだな、心配するようなタマじゃねぇやな。じゃあ……挿れんぞ」
リンドウが静かに頷いたのを確認するとキキョウは下を向き、手で支え持った肉茎の先端を出入り口に宛てがう。よく解され柔らかくなった後孔に潤滑油の力を借りて見る間にずぷりと先端が呑み込まれ、もう幾度も味わい慣れている筈の硬く太い質量が身体の内側を押し拡げる感覚に相変わらずの強い快感を強く覚えて胸を反らして震わせてしまう。
「ほんとに……駄目だ……っ! もう、たまんねぇ……!」
そう苦しげに呻くとキキョウはリンドウの両肩の下から手を回して固定し、そこを支点に腰を進めて一気に根元まで肉茎を埋める。一気に奥底まで犯される強すぎる感覚にリンドウの顔が苦しげに歪んだ。だがそれを気にかけつつも気遣う余裕もなくキキョウは激しく腰を使い始める。
「ひっ、ああっ、あっ、あっ、うあっ、ああぁっ……ああっ、はげ、し……っ、はぁっ、あうっ……んっ、ふ、あぁっ、おくっ……おく、いっぱい……っ、あたって……っ!」
「止まんねぇんだ……優しく、してぇのに……我慢、できねぇ……」
「うぅっ、あ、あっ、いたく……いたくっ、ないです……、だいじょうぶ、だから……、もっと、もっとして……くださ……っ!」
「そんな事言うと、ほんとに、加減できなく……なっちまうぞ……」
「もっと、いっぱい……ほしい、です……っ、ください、もっと……!」
キキョウの背中に回した腕に力を込めると、応えるようにキキョウも律動を強める。内壁を抉られ掻き回され穿たれる強烈な快感が短い間隔で次々に押し寄せてきて喜悦の波がリンドウを呑み込んでしまう。ただ本能のままに更に奥へと肉茎を誘い込もうと内側を蠢かせ腰を揺り動かし、真っ白い只中を宙に浮いてしまったような心地の意識はただ溢れるような快楽で埋め尽くされ包まれる温もりの心地よさと激しく求められる事への充足しか感じていない。
「あっ、ああっ、キキョ、さっ……、はっ、あ、キキョ、さぁっ……あぁっ、あっ、あっ、いいっ……すごく、いい…………っ、キキョウ、さっ……!」
「駄目だ……もうっ…………中、熱くて、絡み付いてきやがって……溶けちまう……っ」
「はっ、あっ、あぁっ、イって……中で、イって、くださ……っ! おくに……っ、いっぱい、ほしい……ください…………っ!」
随意に動く出入り口の辺りに力を込め緩めを繰り返し射精を促す。身体の奥を穿つ楔が質量を増し、より奥深くを突き上げる。
「もっ、イクっ、イク……リンドウっ……リンドウ……っ!」
「あぁっ、きてっ……きてくださ……っ、キキョウさっ……あっ、すきです、すき……っ、キキョウさぁ……っ!」
がっちりと腰と腰が密着し、感極まったようなキキョウの呻き声と共に中のものが震え跳ね爆ぜる。身体の内側を灼く吐き出された欲望の熱さに、リンドウも少し遅れて絶頂に至り張り詰めた身体を震わせる。内側を埋め尽くさんとするばかりに射精は続き、ようやく落ち着くとさすがのキキョウも脱力したのかぐったりと身体をリンドウの上に横たえる。
「まだ……足りねぇ……」
「もうお疲れでしょう? 俺は、こうしているだけでも満足ですから」
「ただでさえこれからしばらくお預けだってのに、一回きりじゃ収まんねぇよ……分かんだろ?」
確かに身体の内側に収められたままのキキョウの肉茎は硬さも太さも失ってはいない。すぐにでも再開できそうな状態だった。だがあれだけ吐精した直後なのだ、脱力感もかなりあるだろう。
「分かりました、ただ、少し休んでから……キキョウさんが満足するまで、ちゃんと付き合います」
「そんな事言っちまっていいのか? 寝かせねぇぞ?」
「いいですよ。俺も、もっとキキョウさんと、したい……」
力の入らない声でそっと呟くと、キキョウは優しげな笑みを浮かべて口元に幾度も口付けてくる。今日の夜は長いものになりそうだった。だがきっと終わってしまえばあっという間に過ぎ去ってしまったように感じるのだろう。この優しげな瞳を、そっと触れるだけの口付けを、心に刻みつけておきたい、そう思った。
次の日の朝、起きようとしないキキョウをどうにか引き摺り起こしてリンドウも寝不足の目を擦りながら、これで最後となる皆での朝食が始まった。
語りたい事はいくらでもある筈なのに誰も言葉にできないのか、沈黙のままに食事は進んでいった。
「……ランチさんは、これからどうするんですか~? 王子様が仰っていたように世界中を回るんですか?」
「ううん、とりあえず王宮に帰ろうと思ってるよ。王都にもまだまだ知らない料理はいっぱいある筈だし、まずは王都の料理を極めようと思って!」
「そうですか~……王都に行く事があったら、会いに行きますね~!」
「うん、もちろん待ってるよ。他の皆も、王都に寄る事があったら気軽に会いに来てね!」
ユーカリの質問に答えたランチの言葉にも、皆言葉なく頷くだけだった。言葉にならない想いはいくらでもある。それが胸を詰まらせて言葉が何も出てこない。こんな時には一番元気に場を盛り上げそうなブーケガルニが、何やら神妙な顔をして俯いている。
「そっか……ランチは、王宮に帰っちまうのか……俺様はこれからずっと海の上で暮らすことになるから、そうそう簡単には会えなくなっちまうな……」
「あのね、ブーケガルニ! 私、レヴンのことが本当に大好きになったんだ! だからいつか、お金を貯めてブーケガルニの船に乗るよ! そうしたらディルさんやブーケガルニの家族の皆とも会えるし!」
「おう……そん時までに腕を磨いて待ってるぜ!」
「私も、島の皆さんと一緒にランチ殿のご来訪をお待ちしております」
ようやくブーケガルニは顔を上げにかりと笑い、むしゃりとパンにかぶりつく。
「ミツバちゃんは金光寺家のお手伝いをするんだよね? それならきっと、ちょくちょく会えると思うよ。王宮のパーティによく呼ぶお客様だし」
「はい、ミツバお父様のお手伝いを頑張って、ランチさんにパーティでお会いしても恥ずかしくないレディになります!」
「私も、美味しいメニュー一杯考えておくね! 楽しみだね」
ランチの言葉に嬉しそうに頷くミツバは、もうすっかり個を確立し自立した立派な一人のレディだった。
「アタシとオレガノも里帰りする時には絶対会いに行くから、ショッピングとかしよーね!」
「うん、楽しみだなぁ! 王都のマルシェの時の事思い出すね」
「今度こそアタシがめちゃカワコーディネートしてあげるから、それまでには彼氏の一人も作っておいてよね!」
「あはは……それは、どうかなぁ……」
マジョラムはいつもと変わらない調子で軽口を叩く。胸を締め付けているであろう寂しさは見せない、マジョラムは本当に強い女の子だなぁとマジョラムのそんなところをランチは眩しく思った。
「リンドウも、王都に来たら気軽に会いに来てね?」
「ああ……そうだな。お前も王宮での仕事があるだろうしあまり気軽にというわけにもいかないだろうが」
「そんな事ないよ、いつでも大歓迎だから! キキョウさんもたまには顔見せてくださいね?」
「酒の一杯も奢ってくれるってんなら考えねぇでもねぇぜ」
「ふふっ、美味しいお酒探しておきます」
すっかりキキョウの扱いも手慣れた様子のランチは軽くキキョウをいなし、最後にフェンネルを見た。
「フェンネルにはね、テシカに帰る前に一つお願いがあるの」
「なんだい?」
「バジルくんと一緒に、バジルくんの家族にご挨拶に行ってほしいの。本当は私も一緒に行くべきだとは思うんだけど……」
「いや、これからバジルを預かるのは僕だからね、それは僕の役目さ。ちゃんと今までの事もこれからの事も、できるだけバジルの希望通りになるように話してくるよ」
「うん、お願いね」
そんなの悪いっすよと恐縮するバジルを、ちゃんと挨拶しないと駄目だろうとフェンネルが嗜める。バジルが家族に消息を知らせないまま世界を周っていたのは、ランチにとって相当気掛かりな事だった。だからその問題はまず解決させたい。それから。それから先の事は、これから考える。
どこかしめやかながらも和やかな雰囲気で朝食とその後片付けは終わり、皆それぞれに出立の準備を済ませた。世界樹の前に皆集まり、笑顔を交わし合う。
「レヴンに来たくなったら俺様の船に乗れよ! そんじゃ、またな!」
「皆様、本当にお世話になりました、このマルシェの事は生涯忘れません。またお会いしましょう」
まずブーケガルニとブーケガルニに島まで送られていくディルが先頭を切って皆に背を向け歩き出していく。
「超イケてる女になって工業の国から帰ってくるから! またね、みんな!」
「皆ありがとう、またどこかで」
「ホッホ、何かあれば吾輩を頼るがよいぞ~! 美味い料理と引き換えじゃがの~!」
マジョラムとオレガノ、そしてチューベローズが工業の国へ向かう為にキッチンカーへと歩き出す。
「それじゃ、ミツバたちも行きます……カムイに来た時には是非金光寺家に遊びにいらしてくださいね」
「皆様……特にランチさんには大変お世話になりました。このご恩は一生忘れません……では、参りましょうミツバ様」
ミツバとシオンも名残惜しそういに一礼して去っていく。
「わたしは、しばらく世界樹のマルシェで営業しようと思います~。王都に行ったら会いに行きますね、ランチさん!」
「うん、待ってるよユーカリ、手紙書くから! ネリネは王都に行くんだよね? 私と一緒に行こう」
「ああ、よろしく頼むよランチ。皆と働くの、楽しかったよ」
世界樹に残るユーカリとランチと共に王都に戻るネリネはひとまず広場に留まる。さて、と次に声を上げ動き出したのはフェンネルだった。
「僕たちも行こうか、バジル。ランチ、昨日言った事忘れないでね」
「うん、フェンネル、私は私の決めた道を行くよ」
ランチが行くと決めた道、それがどこへ通じている道なのかはリンドウにはもう分かっていたが、フェンネルはきっと分かっていないだろう。その時になって初めてせいぜいびっくりすればいいのだ、今はただフェンネルがランチの決断を受け入れる事を願うだけだった。
「では、俺もそろそろ行くとしよう。兄弟子、良ければ近くの街までお送りしますが」
「いや、いい。いい天気だからよ、空でも眺めながらのんびり歩きてぇ気分なんだよ」
「そうですか……では。皆、世話になった。またいつか、どこかで」
一礼して歩き去っていくリンドウの背中を見送り、ランチとネリネも最後の挨拶をして王宮のキッチンカーへと向かう。最後に残ったユーカリに背を向けながら手を振り、キキョウもどこかに続く道を歩き出した。
この道は、どこに続いているだろう。鬱蒼と茂る木々の遥か彼方上空、雲の流れるまたその先に、どこまでも高く澄み渡った蒼い空が広がっている。あいつはこの空の蒼も、オレの色とは違うと言うのだろうか。ならオレは、オレの心の色を型に流し込み固め、形にしていこう。作り手の想いを表現し、それが誰かの心を何らかの形で動かすというのならば、その為の翼がキキョウには備わっていてこの空をどこまでも高く高く飛んでいけるというのならば。どこまでも高く遠く見たことのない景色を見たい、いつかあいつと二人で。とりとめのない感傷めいた思考に我ながらおかしさを覚えて苦笑しながら、キキョウは近くの村へと通じる道を振り返らずに歩いていった。
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