夜桜

 久し振りの再会はリンドウがカムイの街に着く時間の関係で夜になり、人通りの少なくなった静かな街並みは見上げれば街灯に照らされた夜桜に一面埋められていた。一人で眺める夜桜は美しすぎて少々薄気味が悪い、待ち人が早く来ないものかとキキョウが辺りを見やると丁度道の向こうからリンドウが足早に駆け寄ってきたところだった。
「遅くなって済みません、お待たせしました」
 橋を渡ってキキョウの許に辿り着いたリンドウは、少し息を切らせて嬉しげに微笑みながらそう告げた。その様子を見てキキョウの頬にも自然と笑みが浮かぶ。
「大して待っちゃいねぇよ、夜はまだまだこれからだしな」
「その事なのですが……明日はちょっと朝早くから用事があるので、今日はあまり遅くまでお付き合いできないんです……明日の夜でしたら大丈夫ですから」
「……一丁前に焦らし方を覚えてきたってとこか? 誰に教わったんだよ」
「焦らしているわけではありませんし、習う人なんてキキョウさん以外にいません。行きましょう」
 リンドウに促され旅館までの道程を歩き出す。いつもは少し後ろを歩くリンドウが今日は並んで歩き、前ではなくずっとキキョウの方を向いている。そんなに熱烈に見つめられてはさすがのキキョウも居心地が悪くなり、何事かと眉を顰め横目でリンドウを睨み付ける。
「……んだよ、オレの顔に何か付いてんのか」
「いえ、ただ、夜桜の下のキキョウさんがあまりに美しいので……見惚れてしまって。そんな顔をしないで、どうか笑ってください」
 大真面目な顔ではっきりとリンドウはそう口にした。あまりといえばあまりに直截なリンドウの物言いに、さしものキキョウも面食らってしまい一瞬返す言葉に詰まり固まってしまう。
「……おめぇ、時々そういう糞恥ずかしい口説き文句を何の恥ずかしげもなく言うよな」
「そうでしょうか? ただ思ったままを言ったのですが……」
「まぁ……悪い気はしねぇけどよ。美しいだの綺麗だのは聞き飽きたが、お前に言われんのは悪くねぇ」
 リンドウの希望通りに頬に笑みを浮かべるとキキョウは立ち止まり、同じく立ち止まったリンドウの肩を軽く抱いて指先で顎を持ち上げる。
「人通りがまだあるんですよ」
「誰も気にしちゃいねぇよ、いいからさせろ」
「俺としてはそれよりもこのままキキョウさんと夜桜を眺めていたいのですが」
「せっかくのいい景色にいい雰囲気だってのに、ほんと風情のねぇ奴だな」
「それを言うならキキョウさんは夜桜を楽しむ情緒が足りないのでは?」
「言うようになったじゃねぇか、どこで覚えてきた」
「習う人なんてあなたの他には、いません……——」
 構わずに唇を合わせるとリンドウの喉から甘い吐息が低く漏れた。逃げられないように両肩を掴み道の端まで押していき、啄むように幾度も唇を合わせては離れ柔らかい感触と温度を楽しむ。人目を気にしているのかリンドウはキキョウの胸に手を当て押し返そうとはしているがまるで力が入っていないし口ほど嫌がってはいないようだった。しかし深く口付けたくなって舌先で唇をなぞると、無理矢理力をかけて顔を背ける。
「……それは、駄目です、こんな所で」
「しちまったら我慢できなくなっちまうもんなぁ?」
「分かっているなら、意地悪をしないでください……」
 余裕有りげに笑ってやるとリンドウは真っ赤な顔をしてじとりと目線だけを向けて睨み付けてきた。顔を背ければその分だけ白い首筋が露わになる。いかにも美味そうな肌に吸い付くと、さすがにやりすぎだったかリンドウの手がぴしゃりと頭頂部を張り飛ばす。
「こんな所で何てことをするんですか!」
「だって、久し振りに会ったんだぜ、我慢しろって方が酷じゃねぇか」
「……分かりました、旅館に着いたら一回だけ。だからこんな道端では勘弁してください」
 リンドウのその答えに満足し手を離すと、呆れ返った様子のリンドウが長い溜息を漏らす。
「あんなに美しい菓子を作られるというのに、こんなにも美しい風景を愛でるよりもそっちですか……」
「それだけオレにゃあ重要な事なんだよ、お前との時間は今のとこ限られてんだぜ」
 ごくごく大真面目にキキョウは答えたのだが、リンドウはやや寂しげな顔をして目線を下に向ける。
「俺は……もっと、風景や料理や色んな事を一緒に楽しんだり体験して味わいたいです。その……そういう事だけではなく」
「そんな事ぁ爺ぃになってからすりゃいいだろ、それとも何か? どこにも置いていかねぇってのは嘘か?」
「嘘では、ないです……」
「なら決まりだ」
 笑いかけキキョウは歩き出し、リンドウはその横に並んで夜桜の下のキキョウを眺めながら旅館への道を急いだ。

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