譲歩

 アダマンタイト級冒険者となるという当面の目的は達成したし、カリンシャで得られる情報もほぼ得たと思えた為、デミウルゴスは他の街への移動を考えていた。このままカリンシャに留まっても、十傑を一網打尽にした以上の武功を上げる事は出来ず名声も高まらないだろう。これ以上の名声の事はひとまず後回しにして、聖王国のどこかにナザリックが存在するかどうかを探す段階に来ているとデミウルゴスは考えた。
 もしナザリックが聖王国内に存在したとしても用心深いモモンガ様の事だ、そう簡単にデミウルゴスが尻尾を掴めるような迂闊な事をなさっているとはとても思われないが、それでも探さないという選択肢は端からないしだからこそ懸命に探さなければならない。
 となれば情報の集まる大きな街に向かった方がいいだろう。もしモモンガ様が外界の情報を得ようとするならばやはり大きな街で諜報にあたるだろうからナザリックの者と接触できる機会が生まれる可能性もあるし、この世界の脆弱な人間や亜人に比してナザリックの者達はかなりの強者であるから何かしらの噂も流れているかもしれない。カリンシャから西にはカリンシャよりも大きいプラートという都市があり、更にその西に首都ホバンスがあるという。まずは聖王国北部の街を巡り、十分に情報を収集して尚ナザリックが発見できなければ南部へ向かうか、と概ねの方針が定まる。
 方針を決めたのだからセバスに話をしなくてはならないが、宿にセバスは不在だった。昼はいつも街へ出て何某かのお節介を人間に焼いている。二人とも〈伝言メッセージ〉は使えないのだ、待機中に軽々に宿を空けられては不便なのだが、人々に優しい英雄という名声を高めるのには十分に役に立っていることだしデミウルゴスと顔を合わせていたくないのだろうと思えばあまり強く止める気にもなれなかった。顔を合わせていたくないのはデミウルゴスとて同じだからだ。
 十傑を討ち帰ってきて以降、セバスとデミウルゴスはまともに話らしい話をしていない。何も言って来ないのは予想外だったが、あの時最後にした質問がもしかしたらセバスには余程堪えているのかもしれない。
 ナザリックの仲間達の中で、どうしてお互いだけを許容できないのか。
 セバスも考えていないわけではなかったろう。だがもしデミウルゴスと同じ状況ならば、いくら考えようとも答えの出ない疑問だ。出口のない迷宮のような堂々巡りのその疑問に、そこまで深くセバスが足を踏み入れていたとは考えづらい。それを言葉ではっきり形にされた事で目の前に突き付けられ、デミウルゴスへの対応をどうするか迷っている、といったところか。
 亜人の軍勢へのあの命令はデミウルゴスとしてはこの先を見据えてセバスに思い知らせておく必要があると思ったからやった事だがどうにも気詰まりだ。セバスと二人にされて以降気詰まりでなかった事などないのだが。プラートへの旅程は普通の人間の足で十日程かかるそうで、召喚限界時間を考えると影の悪魔シャドウ・デーモンを先行させて情報を集めておく事は出来なさそうだった。
 面倒だが人間の振りをする上では必要な事の為、デミウルゴスは宿を出て冒険者組合に出向きこれから首都に向かう旨を告げておいた。こうしておけばもしモモンガ様やナザリックの者が噂を聞きつけカリンシャの冒険者組合に問い合わせても消息が分かるだろう。十傑という上位者が消えた亜人達の紛争は統制を失い激化する事も考えられるが、それは対外的な立場としては一介の冒険者に過ぎないデミウルゴスの知ったことではない。後はオルランドでも対処出来るような者しか亜人には残っていないのだから、人間がどうにかすればいい事だ。
 宿に戻りしばらくするとセバスも戻ってきた。ドアを開け中に入りデミウルゴスを見ると僅かに眉根を寄せた。見た目は小さいがセバスの感情の動きはすぐ顔に出る。馬鹿正直とも愚かともいえるその性質は、至高の御方に定められたものである筈なのにやはり許容出来ずにデミウルゴスの神経に障る。
「只今戻りました」
「話があるのだが、座ってもらってもいいかね」
「はい」
 デミウルゴスの言葉に従いセバスは椅子に掛けた。デミウルゴスを見据える無表情はそれでも不愉快さが十分に伝わってくるほど滲み出ている。デミウルゴスとてセバスの顔は見ていて愉快ではないが、こうもあからさまに態度に出されるとこちらも不愉快さが増すというものだった。
「当初の目的であるアダマンタイト級への昇進も達成したし、この街で集められる情報も概ね集め切ったと言っていいだろう。故に、そろそろ次の街へ移動しナザリックを探そうと思うのだが。具体的にはまず聖王国北部を巡ってナザリックを探し、見つからなければ南部へ行くつもりだが、何か異論は?」
「ございません。ですが、言っておきたい事はございます」
「ほう、何かね? 言ってみるといい」
 笑顔でデミウルゴスがそう応じると、セバスははっきりと眉根を寄せきつくデミウルゴスを睨み付けてきた。余程不愉快なのだろうがデミウルゴスとてそれは同じ事だ。それどころか、セバスの不愉快さはあの件一回かもしれないがデミウルゴスはセバスから齎される不愉快さに常に苛まれているのだ。
「今後もしまたあのような非道な事をなされるのであれば、あなたと一緒に行動はできません。いえ、例え後でモモンガ様からどんなご不興を買おうとも、あなたを殺してでも止めます」
「ほう、つまり君はこう言いたいのだね? 至高の御方であるウルベルト様にそうあれと望まれて創られた私の悪魔としての性質を許せない、と」
「……それは……しかし!」
「悪いが私はウルベルト様に創られた我が身をこの上なく誇りに思っている、君にとやかく言われたところで自分を枉げる気などないよ。ただ、今は状況が状況だから臨機応変な対応はしているがね。無論、至高の御方にそうあれと望まれ創られた自分を枉げる事を君にも私は望まない。事実、君が自分を枉げずに済むようにとうるさく口出しもしていないし手段についても出来る限り譲歩して最善のものを選んでいたつもりなのだが、どうだね?」
「……」
 デミウルゴスの言葉にセバスは目線を伏せ黙り込んだ。カルマ値マイナス五百の極悪の属性を持つ悪魔であるデミウルゴスの性質を思えば、相当譲歩している事はどんな馬鹿でも分かるだろう。セバスに対する配慮だけではなく、人間の中で穏便に情報を得る為に必要な事でもあったという理由もあるのだが、人間に手出しをして使い捨てていないのはセバスに対する配慮なのは確かだ。
「君は大きな勘違いをしているようだから知っておいてほしいのだがね、君とやっていく為に本来の性質を枉げるようなかなりの譲歩を私は常にしている。君の側に私に対する譲歩があるとはとても思えないのだが、譲歩をする気が君には元々ないのだろう? 自分が正しいから私が君に合わせるのは当然、そう考える君のそういう所が私は心底気に食わない。己が正しいと信じるのは大いに結構、好きにしてもらって構わないが、独善的なその正しさで自分だけならともかく他者まで規定するのはやめてほしいものだね」
 デミウルゴスの言葉をセバスは目線を伏せたまま黙って聞いていた。言いたいことをデミウルゴスは言ったのでそれ以上何か付け足す事はなく、しばしの間沈黙が流れてやがてセバスが顔を上げた。
「……あなたの言う事は一々もっとも、わたくしの方に気遣いが足りなかったのも事実でしょうからその点は謝ります、申し訳ありませんでした。ですが、それでもあのような所業はやはり許し難いですし二度としないでほしいと考えます。それをお約束して頂けないのであれば、わたくしはあなたとやっていく事は出来ません」
「言ったろう、今後は気を付けるとね。ただ君の方にも私に対する寛容さが少しは欲しいものだが」
「……十分に考慮いたします」
 そう答えたセバスのきつい目付きは譲歩を考えているようにはまるで見えなかったのだが、もしそうでもその時はもう一度思い知らせるまでだとデミウルゴスは考え、この件については一旦終わりにすることにした。どんな未知の危険が潜んでいるかも分からないこの世界ではセバスとの決裂による戦力分散は悪手だし、一人になったセバスに万一の事があればモモンガ様も悲しまれるだろう。そういう意味では今回取った手段も決して良い手ではなかったのだが、これ以上一方的に譲歩するのはデミウルゴスの精神衛生上耐え難かった。それにこうでもしなければデミウルゴスがどれだけ普段は自制しているのかをセバスは思い知らなかっただろうという確信がデミウルゴスの中にはある。
「ではこれからの話に移ろう。我々はこれから西へと向かう。途中にあるプラートという街を経由し、首都を目指そうと思う。プラートまでは普通の人間の足で十日ほど、我々ならば一週間もあれば着くだろう。プラートから首都までも同じ位の距離のようだ。冒険者組合には首都へ向かう事は既に報告済みだ。まずはプラートである程度の期間をかけ十分な情報収集を行う予定だが、何か質問は?」
「ございません。出発はいつにいたしますか」
「明日でいいだろう、準備は不要だし、この街でやり残した事も特にはないだろうしね。君が挨拶回りの時間が欲しいというなら明後日に延期しても構わないが」
「いえ、そのような事でナザリックを探すという本来の目的に支障をきたすことはできません。明日、出発いたしましょう」
「よろしい。話も纏まったところで、気は進まないが人間の振りをして夕食を食べるとするかね」
 苦笑交じりにそう言うとデミウルゴスは席を立ち部屋を出た。セバスもそれに続く。極めて口に合わない料理をセバスと一緒にという最悪の食事だが、パーティを組んでいるという名目上一緒に食事をしないのはおかしいし、人間の振りとして毎食食べる事も必須だ。これなら歩いている方が余程気楽だ、早く明日が来ないものかとデミウルゴスは深い溜息をついた。

***

 街道を歩き一週間程をかけ、デミウルゴスとセバスはプラートへと到着した。南部からの大きな街道が通っているこの街は南部からの商人も多く、賑わいのある大きな街だった。要塞都市であり亜人の脅威に対する防衛の最前線であったカリンシャとはまるで違う雰囲気で、街の規模も面積だけ見ても倍はあるだろう。
 検問でもアダマンタイトのプレートを見ただけで衛兵達は敬意を払った。目に見える印がないと相手の力量を把握することすらままならないとは人類とは本当に愚昧だと内心嘆息しながらデミウルゴスはそんな内心などまるで覗かせない穏やかな微笑みを浮かべ軽く礼をして門を潜る。
 とりあえず冒険者組合に顔を出す事にしたのだが、まるで歩みが進まなかった。セバスのお節介が次から次へと発揮されるのだ。重い荷物を運ぶ人があれば助け、殴られる人あれば止めに入り、迷子あれば親を探し、仕舞いには杖を突いた足の不自由な年寄りを背負って家まで送り始めた。これではいつまで経っても冒険者組合にすら辿り着けない。セバスのお節介は名声を高めるという意味ではプラスに働くのは十分に分かっている事なのでこのプラートでも好きにさせた方がいいだろうとデミウルゴスは判断したから止めないが、それにしても目的地へ辿り着けないのは困る、故に別行動を提案する事にした。セバスのお節介にデミウルゴスまで別に律儀に付き合ってやる必要はないのだ。
「すまないが君と一緒に歩いていてはいつまで経っても冒険者組合にすら辿り着けない。君は好きにしてくれて構わないから、私一人で行く事にするよ。宿もこちらでとっておく。夕方に中央広場で待ち合わせよう」
「承知いたしました」
 にこりともしないでセバスが返事をしたのでこれ見よがしな溜息をデミウルゴスはついて表通りへ向かい歩き出した。セバスの相手は本当に心から疲れる。デミウルゴスにとってはこれ以上ない苦行だ。
 冒険者組合は表通りの分かりやすい場所にあり、一人で歩くとすぐに辿り着くことが出来た。セバスと歩いていた時間がどれだけ無駄だったかがよく分かるというものである。中に入ると、依頼の相談やら情報交換やら雑談やらで賑やかだったホールはしんと静まり返った。アダマンタイトのプレートを付けた見知らぬ男が一人で入ってきたので何者かという好奇が向けられる視線に込められた感情の大半を占めているだろう。無論そんなものに応えてやる義理はデミウルゴスには一切ないので、真っ直ぐにカウンターへと進む。
「すみません、しばらくの間この街に逗留いたしますので一言ご挨拶を、と思い伺いました。わたくしアダマンタイト級冒険者チーム堕落の果実のデミウルゴスと申します。もし我々に見合う依頼があればご紹介頂けると嬉しいのですが」
「は、はい、あの、今はアダマンタイト級の方にお願いするような依頼がございません、申し訳ありません」
 受付嬢が慌てて頭を下げようとするので、デミウルゴスは本来なら鼻で笑ってやりたいような侮蔑丸出しの内心などまるで窺わせずに穏やかに微笑み軽く首を横に振って受付嬢の動きを制した。
「いえいえ、何かあればお教え頂ければと思ったまでなので、どうかお気になさらず。それから、この街には初めて訪れたばかりで不案内なのですが、どこか適当な宿はございますか?」
「それでしたら、銀の鈴亭がこの街ではアダマンタイトの方には相応しいかと思います。ここから中央広場に進んでいくと途中にあります」
 デミウルゴスの質問に受付嬢は淀みなく答えてくれた。カリンシャの時もそうだったのだが、冒険者組合の受付嬢という仕事は普段扱っている知識や情報のせいか冒険者の事に関してはかなりの事情通で、支配の呪言でも使って情報を引き出せればとつい考えてしまう。しかし(セバスのせいで)使えない手段について考えても詮無い事だし竹頭木屑の冒険者共の情報など得ても役には立たない可能性は高い。それでも集められる情報は出来る限りとにかく集めてから有用性を吟味したいものだが、状況が許してくれないのをデミウルゴスは歯痒く思う。
「そうですか、ではそちらの宿に行ってみましょう、どうもありがとうございます。また伺います」
 軽く一礼して踵を返しデミウルゴスは冒険者組合を出た。教えられた通りに中央広場方向へ歩くと、銀の鈴亭と書かれた宿の看板がやがて見えてきた。人間の宿としては外観も立派な方なので恐らくこの街では最高級の宿なのだろう。人間にとってどれだけ高級であろうともナザリックの艶麗繊巧たる有様には遠く及ばないのだが。
 宿で二人部屋をとり、部屋で影の悪魔シャドウ・デーモンを召喚して情報収集に送り出す。(特にナザリックの)噂を探る者と情報屋を探す者に分かれ影の悪魔シャドウ・デーモン達は命令に従い街に散っていった。
 この二人部屋も人間にとっては高級なのだろうが、デミウルゴスにとっては日雇い労働者向けの粗末な宿と大差はない。ナザリック第七階層の赤熱神殿が恋しい。あそここそがウルベルト様が丹精込めて作り上げて下さったデミウルゴスの居るべき場所だ、一刻も早く帰り着きたい。だが焦りは思わぬ失態を招く元だ、そんな下らないものに支配されないように厳しく己を律していかなければならない。やはり歯痒さが強く滲んでデミウルゴスはまた溜息をついた。
 亜人十傑を全て討ち果たしたというだけでも堕落の果実の業績が他国に喧伝されるには十分だろうが、後もうひと押し目玉になるような業績が欲しいというのが正直なところだ。そしてこの名声を高めてナザリックに届くのを期待するという手段の問題点は時間がかかる事だ。交通手段は徒歩か馬、転移は〈次元の移動ディメンジョナル・ムーブ〉程度しか精々まともに使えない術者しかいないときている。噂が広まるのには今しばらくの時間がかかりそうだった。事実堕落の果実のアダマンタイト級昇格の話はまだプラートには広まっていないらしいのが冒険者組合での人々の反応からも分かった。
 あともう一手、となれば悪魔騒ぎを起こして解決してしまうのがやはり一番手っ取り早いのだが、セバスの強い反対があるだろう。どうにかセバスの譲歩を引き出す方法があればいいのだが、今の所は見つかりそうもない。機会を伺うとしてとりあえずは保留か、とデミウルゴスは案を頭の隅に追いやった。
 その内に陽が翳ってきたのが宿の窓から確認できたので宿を出て中央広場へとデミウルゴスは移動する。セバスは目立つのでナザリックのシモベしか持たない気配を辿るまでもなくいればすぐに分かるのだがまだ来ていないようだった。セバスの方からもデミウルゴスはすぐに確認出来る筈なので適当な場所で待つ事にする。
 それにしてもこの人の街の猥雑な在り様がデミウルゴスの目には酷く醜く映る。破壊と混乱と殺戮を齎して地獄と化せればどれだけ愉しいだろう、使える手駒がもっとあったなら本当にそうしてもいいのだが、そんな他愛もない空想を浮かべながら足早に過ぎゆく人々を眺める。この何の価値もないつまらない人間共も怨嗟と悲嘆の叫びでデミウルゴスを愉しませてくれるならば少しは価値が生まれるというものだ。蟻のように踏み潰すなど勿体ない事だ、蟻ならば瓶に閉じ込めてしまって出られないのも知らずに必死に惑いよじ登ろうとしてやがて弱って死んでいく様を眺める方が余程愉しい。
 亜人を手駒にしてアベリオン丘陵を足掛かりに聖王国を呑み込んで勢力を拡大するという方策も考えなかった訳ではないのだが、どう考えてもセバスが反対するためその案は破棄せざるを得なかった。よくよくセバスの意向に足を引っ張られていると我ながら思うものの、無視する訳にもいかないので自分でも言った通りにデミウルゴスは相当譲歩している。心底嫌いな男にこんなにも気を遣わなければならない現状がほとほと嫌になるのだが打開策は今の所まだ見つからない為、この状況はこれからも続いていきそうだった。
 夕闇が濃くなる頃、ようやくセバスが姿を現した。結構な時間をデミウルゴスは待たされたのだがその理由が下らない人間へのお節介かと思うと嫌味の一つも言いたくなるというものである。だが言ったところでセバスには暖簾に腕押しなのは分かり切っているし、こんなどうでもいい事でまた押し問答にでもなったら面倒だ。故にデミウルゴスは行こうとだけ手短に口にして宿へと戻る事にした。
 宿に戻って夕食を済ませ、情報収集から戻ってきた影の悪魔シャドウ・デーモン達の報告を聞いた後は朝までする事のない時間になる。最高級の宿とはいっても食事の味はやはり酷いものだし、それにこの世界に来てからというもののする事のないこの時間が来るのがデミウルゴスは嫌だった。現状で選べる方策が人間からの情報収集と人間の間での名声を高めるという方法の為否応なく人間に合わせた活動時間で動かなければならなくなる。この無駄な時間も本来ならばナザリックの為に働いていた時間だというのに、と思うと口惜しくなるが考えても仕方ない事だろう。
「聞きたい事があるのですが」
 珍しくセバスの方から口を開いた。デミウルゴスはセバスを見やるが、特段の表情は浮かんでいない、いつもの仏頂面だ。
「何だね?」
「あなたは私に対して譲歩しているといいましたが、もし譲歩していなかったとしたらどのような方法でナザリックを探すつもりだったのか聞いてもよろしいでしょうか」
「そんな事を聞いてどうするのだね? 君にとっては不愉快極まりない話になるだろうし、そんな仮定に過ぎない下らない話で君と押し問答したくもないのだが」
「わたくしの方もあなたに気を遣い譲歩する必要があるのだという事は分かりましたが、どのように何を譲歩すればいいのかが分かりませんので、それを探る手掛かりになればと思っての質問です」
「ふむ、いいだろう。まず情報を集めるという基本姿勢は変わらないが、手段は変わるだろうね。支配の呪言を使って知っている事を全て吐き出させてから消す、という方法になるだろう」
 ぴくり、とセバスの頬が強張った。だからやめておけと言ったのに言わない事ではない、とは思ったが本人が希望した事なので構わずにデミウルゴスは続けることにした。
「そして名声、これも必ずしも冒険者としての名声に拘る必要はない。例えばアベリオン丘陵の亜人を倒すのではなく支配下に置いて手駒を増やし聖王国を併呑して国として動く、という方法もあった。この場合国として動く事での情報収集力の大きさにも見るべき点はあるだろう。ただこれはまだ見ぬ強者に目を付けられる危険もあるから他国の情報も集め十分に検討してから取り掛かる必要があったろうがね。その危険も亜人を表に立てて我々は影からの支配に徹する、という形にすれば差し当たっては回避できないではないし亜人を贄にして強者の力を見る事も出来たろうが……まあ今更言っても詮無い案だ。それに冒険者としての名声を高めるにしてももっと方法はある、例えば亜人に聖王国を支配させてから街を解放していって亜人を打ち倒し……」
「分かりました、もう結構です」
 これ以上出来ないという程にセバスは渋い顔をしてデミウルゴスが言葉を続けるのを制止した。だからやめておけと言ったのに、と再びデミウルゴスは思ったしこれでセバスが譲歩をする気になるかというとならないだろうという気がした。聞くだけ無駄な話を聞いてセバスは何をしようというのだろう、気が知れない。馬鹿正直というか生真面目だから話し合って妥協点を探ろうという結論に至ったのかもしれないが、話し合って妥協できるような間柄ならばデミウルゴスはセバスに対してこんなにもストレスを溜めずに済んでいる。考えが甘いとしか言いようがない。
「何故あなたは周囲に与える被害を度外視するのか理解に苦しみます」
「こちらこそ聞きたいのだが、何故そんな事を気にかけなければならないんだね? 最も有効でリターンの大きい方法を最も最小の手間で、これが理想的だと思うのだが」
「それでは敵を作りすぎてしまうでしょう」
「その点は勿論考慮する。要は我々がやっていると分からなければいいのだよ、簡単な話だ」
「我々、という言い方はやめて頂けませんか、わたくしを巻き込まないで下さい。それに周囲への被害を考えてほしいという事を申し上げているのです」
「私に対する君の配慮の話だったと思っていたのだが、いつの間に論点がずれたんだね」
「そのつもりでしたがあなたのやり方にはついていけそうもありません、人々に大きな被害を出すような事を臆面もなく平気で仰る。あなたに合わせるという事は人々が悲しむという事です、許容できかねます」
「被害被害と言うが、人間共の悲嘆と怨嗟は私にとっては愉快この上ない。今話した案は全て破棄したものだからどれも実行する気はないが、私だって楽しみは欲しい、人間共の悲鳴も多少は聞かせてくれると嬉しいのだがね。譲歩というのはその程度でいいのだよ」
「……罪もない善良な人々を傷付ける、という事は承服できかねます」
「例えば君は今日酔っぱらいに殴られていた人を助けただろう。あの殴っていた方を好きにさせてくれるとかその程度の小さなもので構わないよ」
「あなたに預けてはどのような目に合うか分かりません、酔っ払って人を殴った程度でそれ程の地獄を見なければならないような悪事をしたとは到底思えませんので出来かねます」
「残念ながら拷問の悪魔トーチャーのような治癒魔法を使える者もいないしその手段もない、無限に苦しめる事は無理だからそんなに苦しまない内に出血で死ぬ事になると思うから心配は不要だと思うがね」
「そういう事を言っているのではありません、要らざる苦しみを与えてそれを楽しむような非道に加担しろとわたくしに仰るのですか」
「君にとって人助けが喜びであるように、私にとっては非道が喜びなのだが、どうも君はやはり譲歩という言葉の意味を分かっていないようだ」
「言葉の意味は十分存じ上げております、ただその点は許容できない、と申し上げているのです」
「とことん狭量なのだね君は、寛容さというものをどこかに置き忘れて来てしまったのかね。自分が正しいと信じて疑わない者はこれだから救い難い、少しでも己の正義から外れるとすぐこれだ」
「正しくない事を正しくないと言う事が間違っているとは思いませんね。譲歩はいたします、ですが人に被害を出すような事は許せない、そう申し上げているだけです。何一つ譲らないなどと言っているつもりはございません」
「私が譲ってほしいのはまさにその点なのだが、少しの犠牲にも目を瞑る事が出来ないのだから狭量としか言いようがないだろう。何も何万と殺そうと言っているわけではないのだよ? 私としてはこの国全体を地獄に変えられれば至福だが、最大限譲歩して少々回してくれればいい、と言っているんだ。それすらも許せないというなら君は一体何を譲るというのかね」
「人に被害を出さないような形で考えて頂きたいものです、ナザリック一の知恵者なのですからその程度容易でしょう」
「君が何を譲歩するかは君自身が考えるべき事なのだから私に考えさせるのは筋違いではないかと思うのだがその点はどう考えているのかね。大体にして私の智は本来ナザリックの為に使うべきもの、そんな事に浪費する為に与えられた訳ではない」
「二人揃ってナザリックに帰還する為の方策なのですからナザリックの為に智を用いているといえるのでは? あなた程の知恵者であれば人に被害を出さずに済ますよう考える事など容易な筈、大体にして――」
 結局その夜は朝まで互いに一歩も譲らず無為な押し問答が続き、無駄な時間が潰れていったのだった。いつものように手持ち無沙汰な時間も困りものだが、終着点の見えない無意味な言い合いも困りものだとデミウルゴスは精神的な疲労を覚えながら思った。

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