凶眼と計画
冒険者組合からの依頼を達成した後もデミウルゴスは十分と思える期間をプラートでの情報収集に充てたがナザリックの情報に関しては成果を得る事が出来なかった。聖王国内で情報収集を行っているので当たり前だが聖王国の政情や内情、情勢にどんどん詳しくなってしまい、十分な手駒さえあれば簡単に手中に出来そうな気がしてきてしまったので目的を見失ってはいけないとデミウルゴスは思い直した。手中にしておいてモモンガ様に捧げるというのも悪い案ではなかったろうがセバスがいてはそれも出来ない。もし最初からその案を採用できていたなら亜人共もさぞいい手駒になったろうにと思うと惜しい気はするがないものねだりをしても仕方がない。
プラートにいてもこれ以上得るものはないと判断したデミウルゴスは聖王国首都ホバンスへの移動を決めた。セバスからも特に異論は出なかったので再び一週間程をかけて徒歩で移動する。
首都ホバンスはこれといった特徴のない中世の王都といった佇まいの都市だった。街の奥に建つ王城も壮麗や荘厳といった雰囲気は特になくデミウルゴスから見れば至極つまらない凡俗な城だった。
堕落の果実の名声は首都にまで既に届いているらしくアダマンタイトのプレートを見た門の衛兵からは最大級の敬意を払われる。今回は前回と同じ轍は踏まない、セバスとは後で待ち合わせる事にして門で別れてデミウルゴス一人で冒険者組合に顔を出してから宿をとる。今回も情報を直接探る者と情報屋を探す者それぞれの役目を割り当てた影の悪魔を送り出してしまえば差し当たっては今の所とりあえずする事がなくなる。
酒場で酒でも適当に飲みながら噂話を集めるというのも効率は悪いものの情報収集の一つの手段だが、人間共の飲んでいる酒の不味さときたら一口たりとも飲みたくないとデミウルゴスは思わされてしまう。しかしそれ以上にこの何も出来ない時間というものがデミウルゴスにとっては苦痛で仕方がない。本来ならばナザリックの為に寸暇を惜しまず働いているところなのにこんな風に時間が無駄に浪費されるのかと思うとただただ遣る瀬無い。故に、せめてナザリックに帰還する為に時間を使わねばという強烈な使命感のようなものからデミウルゴスは酒場に降り、飲みたくもない酒を頼んで他のテーブルの話に耳を傾ける事にした。
泊まっているのは冒険者向けの宿なので話題も冒険者が興味を持つモンスターの情報やマジックアイテムの相場の話、他の冒険者パーティや国内・他国の強者等の話になる。大抵はプラートまでで得られた情報と大差はない目新しさのない話が繰り返されていたのだが、一つ初耳の話があった。リ・エスティーゼ王国で三つ目のアダマンタイト級冒険者パーティが誕生したという。二人組で片方は絶世の美女、という噂話としか言い様のないあやふやな話だったが、情報屋が見つかったらもう少し詳細が分からないか探りを入れてみるかと頭に留め置く。今すぐ使える情報ではないが今後役に立つ事もあるだろうし強者の情報を把握しておく事は必要だ。
これから訪れる事になるかもしれないと他国の冒険者の情報もデミウルゴスは出来る限り頭に入れている。聖王国でナザリックが見付かればそれに越した事はないがその可能性は低いだろうと考えているから恐らくは各国を回ることになるだろう。その時冒険者が味方となるにせよ敵になるにせよ事前に情報が分かっているのとまるで分からないのでは対応が違ってくる。それにしても二人組とは、デミウルゴスの言えた事ではないが変わったパーティである。たった二人でアダマンタイトと認められる働きをしたという事は相当の実力者と考えられるから要注意だろう、と警戒度は高めに設定しておく。
基本的に冒険者は国家からは独立した存在で、国同士が対立しているからといって冒険者が徴兵され戦争に駆り出されるようなことはないらしい。冒険者が普通の兵に当たれば普通の兵の側がまず勝てずに次々に殺され被害が拡大しすぎる為だという。聖王国の冒険者組合はどうも立場が弱いらしく亜人との戦争となれば冒険者も徴用されるだろうことは誰でも推測が付く事実らしいが、さておき人間同士の戦争で冒険者同士が争うという事は原則はなく、冒険者のルールに則って行動している限りは敵対の可能性は限りなく低い。ワーカーという冒険者のドロップアウト組はこの限りではなく利害がぶつかり殺し合いなどに発展する事もあるらしいが、組合が依頼を調査して割り当てる冒険者同士では考えられない事だ。故に敵対の可能性はほとんど考慮する必要はないのだが、デミウルゴスとセバスは異形種であり完全に人に見える形態のセバスはともかく特にデミウルゴスは耳と尻尾を晒せば人でない事が一目瞭然という事を考えれば万が一の露見の可能性は考えておかねばならない。
冒険者組合で確認したがアダマンタイトに頼むような依頼は今の所ないようだから余程の事がない限りはしばらくは情報収集に専念できる。どうにかナザリックの情報の欠片だけでも掴めれば、とデミウルゴスは考えていたのだが。
***
ネイア・バラハはただひたすらに走っていた。宛てもなく闇雲に、遠くへ遠くへより遠くへと駆けていた。
どうしてこちらへ走ってきてしまったのか、今どこへ向かって走っているのか、そんな事すら考える余裕は今の彼女の頭にはなかった。それほどまでに偶然聞いてしまった話の内容は衝撃的すぎて、彼女の頭の中全てを占めてしまっていたのだ。立ち去る時に足音を消せたかどうか分からない、気付かれたかもしれない、そんないつもであればきちんと考えられるような事でさえ今の混乱しきった彼女の頭では考えられなかった。
人混みを掻き分け盲滅法に走り抜ける。本当は別の方向へ走るべきだった、聖騎士団の屯所へと行くべきだったというのにどうしてこんな街中へ来てしまったのか、ネイアがようやくそんな思考を浮かべるだけの余裕を得られた時だった。
道のど真ん中を我が物顔に歩く一団の先頭の男を避けきれずに正面からネイアはその男の胸板に衝突した。勢い余ってネイアは後ろに吹っ飛び尻餅をつく。
「すっ、すみません……」
「すみませんだぁ? 謝って済んだら警吏はいらねぇよなぁお姉ちゃん? ああ痛え、こりゃ神殿で治癒して貰わなきゃいけねえかもな?」
「うわっ……こいつ目付き悪すぎだろ……何人殺してんだこの女」
「目なんか目隠ししちまえばいいだろ、穴さえありゃあ俺は何でも構わねえよ」
「ほんとお前それしか考えてねえな、まあ俺もやるけど。ハハハハ」
下卑た笑い声を上げながらチンピラといった風体の男達はネイアを取り囲んだ。ネイアも見習いとはいえ聖騎士の端くれ、こんな街のチンピラ如きには負けはしないが五、六人に一度にかかられるとなると分が悪い。
「お姉ちゃん、詫びる気があるってんなら誠意を見せてもらわなきゃなぁ?」
「そうそう、金出せなんて言わねえからさ、その代わりしっかり体でな」
「ほら、来いよ」
「やめて下さい!」
腕を掴もうとしてきた男の腕をネイアが振り払うと、男達は苛立ちを露わにした。
「大人しくしろってんだよこのアマ!」
ネイアとぶつかった正面の男が頬を叩こうと腕を上げ振りかぶる。どうにか反撃してその隙に逃げ出せれば、でも他の奴等が動いたら対処出来ない、ネイアが考えても男の手はネイアの頬を叩こうと動かなかった。何者かの手が横合いから男の手首を押さえ込んでいた。
「先程から見ていれば女性一人に六人がかりで下劣な発言ばかり。女性は守るべきもの、というと少々時代錯誤でしょうが、あなた方はそれでも男として恥ずかしくはないのですか」
「痛痛痛、痛えよ! このっ、クソジジイっ!」
いつの間にそこに立っていたのだろう、綺麗に刈り込んだ髭を蓄え旅人用と思しきマントに身を包んだ白髪の紳士は涼しい顔で男の腕を捻じり上げた。痛みに耐え兼ねたのか男が後退り紳士がようやく手を離す。
「邪魔すんじゃねえよ爺い!」
「困りましたね、あまり派手な行動は慎むように言われているのですが……あなた方が殴りかかってくるなら正当防衛という事になるでしょうから仕方ありませんね」
腕を下ろし向き直った紳士を見てネイアを含めた全員が息を呑んだ。その胸に輝く冒険者プレートは最高位を示すアダマンタイトの輝きを放っていた。
「こっ、こいつ……アダマンタイト!?」
「じゃあ、もしかしてあの亜人十傑を全部やっちまったっていう……」
「堕落の果実の……」
「次そのパーティ名を口にしたら容赦なく殺しますよ」
ギン、と獲物を捉えた猛禽類のような鋭い視線と共にネイアにも分かる程の明確な殺気がパーティ名を口にした男に向けられた。ひっ、と怯えた声を上げてその男は尻餅をついた。
「……くそっ、やめだやめだ、こんな目付きの悪い女に拘る事ぁねえんだ!」
「いっ、行くぞ!」
捨て台詞を残しほうほうの体で男達は逃げ去っていく。事の成り行きに呆然とするネイアに紳士は優しげな笑みをにこりと向けてきた。
「お怪我はありませんか? 何かお急ぎの用事があったのでしょう、お時間は大丈夫ですか?」
「えっ……いえ、あの、その……怪我はありません、ありがとうございます。その……それから、別に用事があった訳じゃないんです……」
「ほう? 随分お急ぎの様子だったので何かご用があるのだとばかり思っておりましたが……何かご事情があるのでしょうか? 立ち入った事をお聞きすることになるかもしれませんが、もしかしたらお力になれるかもしれません。もしよろしければ何故あんなに急いで走っていたのか話してみませんか?」
紳士のその言葉にネイアは答えを迷って躊躇した。この紳士を巻き込んでしまってもいいものか、という思いと、アダマンタイト級の冒険者なら言葉の通りに力になってくれるのではないだろうか、という思いから。
「あの……でも、ご迷惑をおかけしては……」
「困っている女性のお力になる事は男の責務です、迷惑などとは考えませんよ」
「……ここでは、ちょっと。私の家なら……ああ、駄目、母さんを巻き込んじゃう……」
「余程込み入った事情がおありのようですね。それではわたくし共の宿でお聞きしましょう。といっても今日着いたばかりで宿の場所もまだ分からないのですが、……仲間、がもう宿の部屋をとっている筈ですから待ち合わせ場所まで参りましょう」
仲間、と言う時に少し嫌そうにしたのは何故なのだろうとネイアは少々疑問に思ったが今はそれどころではない。本当ならば冒険者に相談する前に聖騎士団の屯所に行くべきなのだろうがあの話をしていたのが誰なのかすらネイアには分からなかったし証拠も何もないから訴えようにも確たるものを何も示せない、だけどネイア一人で抱えたまま悶々とするにはあまりにも重大すぎる話だった。誰かに聞いてほしかった。
意を決してネイアが頷くとまるで安心させるように柔らかくにこりと紳士は笑んだ。
「失礼、まだ名乗っておりませんでしたね。わたくしセバス・チャンと申します、よろしくお願いいたします」
「ネイア・バラハです」
「わたくしの……仲間、は少々困った男なのですが…………頭だけはとにかく良いですから何かいい知恵を出してくれるかもしれません。まあ、狡賢いと言った方がより正確ですが……」
「あの、お仲間……ですよね?」
「はい、一応……そういう事になっております」
答えながらセバスは明らかに嫌そうな顔をした。仲間と思われるのは心外、とでも言いたげな顔である。一体どんな大変な人が待っているのだろうと思いながら待ち合わせ場所へと向かうセバスに従いネイアも歩き出したのだが。
***
「セバス。我々の宿は冒険者向けで連れ込み宿ではないし、そもそも私も一緒に過ごす部屋なのだがどういう訳で女性連れなのかね。止めはしないからそういう宿に行ってくれないかね、金はあるだろう?」
待ち合わせ場所でセバスとネイアを見るなり苦々しげな顔をして苦言を呈した男は、顔も声もとても良かった。頭だけって言ってたけど嘘つきましたねセバスさん、どこもかしこも完璧な人なんですけど、とネイアは若干騙されたような心持ちになった。そもそもセバスだってネイアのような小娘でさえちょっとときめいてしまうような素敵な紳士だ。どういう組み合わせなのだろうこの二人は、どうしてセバスは仲間と思われるのをあんなに嫌そうにするのだろう、話題のアダマンタイト級冒険者達に対する様々な疑問が好奇心から次々湧いてくる。
「誤解していただいては困ります。この方はネイア・バラハさん、大変お困りの様子だったのですが道端や家では話せない事情があるそうでそれならば我々の宿で事情を聞こうと思いこうして連れてきたのです。話も聞かずに決めつけるのは些か乱暴では?」
「君の大好きなお節介に私も巻き込む気かね。まあいつも巻き込まれているがね、迷惑極まりない話だ。君はいつもそうだ、こちらの事情など全くお構いなしに考えなしに行動するのだからね」
「何も考えていないということはございません。困っている方を見過ごせませんし、お力になる為にどうすればいいかを精一杯考えておりますが」
「我々にはもっと他に考えるべきことがあるのではないかね、そこのところをどうも君は分かっていないようだ」
「我々の目的の為にも有効な手段である事はあなたも認めた筈では?」
「君はお節介が第一になっているだろう、我々の目的を第一に考えてくれなければ困ると言っているんだ。大体にして君には好きにしていいとは言っているが私まで巻き込まないでほしい、自分自身で責任を持てる範囲でやってほしいのだがね」
「勿論の事責任はわたくしが全て請け負います。場所がないから宿を使いたいというだけの話」
「それなら連れ込み宿でも構わないだろう、君だけの問題なのにどうして私もいる部屋でする必要があるのか理解に苦しむね」
「そのようないかがわしい場所にバラハ嬢をお連れできません。たかだか部屋で話を聞くだけでそんなに小うるさく言うのは神経質を通り越して病的とさえ言えますね」
「それを言うなら君のお節介癖の方が余程病的だがね。助けてほしいと言われた訳でもないのに困っていると自分で決めつけたら助けて自己満足に浸るなど病気としか言いようがない。何か強迫観念にでも囚われているのではないかね」
流れるように繰り広げられる罵倒の応酬を呆然としてネイアは見守った。感想は唯一つ、この人達本当に仲間なの? だった。あまりにも棘棘しすぎるし険悪すぎる。冒険者といえば生死の境を共に乗り越えた強い絆で結ばれた仲間、というイメージがネイアにはあったのだがそのような固定観念など粉々に突き崩されてしまった。この人達が協力して戦っている姿があまりにも想像出来なさすぎる。
「――私がいる場所でどうしても話を聞く、というなら依頼ということになるがそれでいいのかね。バラハ嬢は私達に依頼が出来るほど裕福なのかね?」
いつの間にか矛先が自分に向いてきた事に気づきネイアは慌てた。アダマンタイト級の冒険者に依頼が出来るような金など聖騎士見習いの身分の小娘にある筈がない。
「デミウルゴス、わたくしはそのようなつもりで彼女をお連れしたのではないのです、バラハ嬢を困らせるような事を言うのはやめて下さい」
「すみません、アダマンタイト級の方に依頼が出来るようなお金はとても……それに政治絡みの話ですから本来であれば冒険者の方にお願いするのは筋違いですし……」
「ほう?」
デミウルゴス、とセバスに呼ばれたセバスの仲間の男の眼鏡の奥の眼がその時比喩ではなく本当にきらりと光った、ようにネイアには見えた。瞬きするとその光は消え失せていたから気のせいだったのかもしれないが。
「いいだろう、聞くだけ話を聞くことにしようじゃないか。高位冒険者にしか果たせない責務だったかね? そのような案件かもしれないしね」
「どのような風の吹き回しですか」
「文句があるのならこの件はここで終わりだが、セバス、君はそれでいいのかね?」
「……分かりました、参りましょう」
苦虫を噛み潰したような嫌そうな顔をしてセバスが了承を返し、デミウルゴスが先に立って宿へと歩き出したのでネイアもそれに続いた。先程のやかましさが嘘のように宿まではひたすらに無言だった。喧嘩するか黙っているかしかないのだろうかこの二人は、とネイアは再びこの二人が仲間であるという事実に疑問を抱いた。
高位冒険者向けの最高級の宿は豪華な造りで、手入れが行き届いているとはいえ古びた王宮よりも綺麗かもしれないと首都生まれ首都育ちの筈のネイアは田舎者のように建物の中をきょろきょろと見回しながら歩いた。こんな高級宿に入る機会などネイアにはない。九色の黒を頂いているとはいえ父はそう高給取りではないし、勿論自力で来る事も出来ない。部屋に入るとデミウルゴスは椅子に腰掛け、セバスが引いてくれた椅子にネイアも座る。
「さて、それではお聞きしたいのですが、バラハ嬢、あなたはどうしてあんなにも急いで走っておられたのですか?」
「急いで走っていた程度の事で人助けかね、それは本当に助けが必要な事だったのかね。〈早足〉が使える魔法詠唱者なら助けになれるかもしれないが」
「あまりにも慌てて走っておられた為に性質の悪い連中にぶつかり連れていかれそうになっていたのでお助けしたのです。余計な茶々を入れられてはバラハ嬢が話しづらいでしょうから黙って聞いていて頂けますか」
「話が進まないのは私も望むところではないしまあいい、黙るとしよう」
肩を竦めてデミウルゴスは口を閉ざしたが、ネイアは未だ胸の内に秘めたこの件を話すべきなのかを迷っていた。冒険者は政治には非介入という不文律があるのは誰だって知っている、アダマンタイト級ならばある程度自由がきくとはいえこの二人を巻き込んでしまうのが本当に正しいのかがネイアには判断がつかなかった。
「お一人で抱えているのにはあまりにも重い問題だからあんなにも無我夢中で走られていたのではないですか? お力になれるかはまだ分かりませんがとにかく話してみるだけでも話してみれば少しは胸の支えも下りるかもしれませんよ」
不安を見透かしたように穏やかな声でセバスが促してくれる。それでもしばし躊躇して、それからようやくやっと意を決してネイアは口を開いた。
「今日、私は王宮の外れにある倉庫で備品の武器を磨いていました。集中している時に声を掛けられると煩わしいので気配を殺す癖があるので私がいる事に気付かなかったのかもしれないんですが……後から入ってきた何者かが相談を始めたんです。建国記念の式典で、女王を暗殺する暗殺者に連絡を取る相談でした。でも誰が話していたのかも分かりませんし何も証拠はありませんから上役に報告しようにもどう報告していいか分かりませんし、それより何よりその時は気が動転してしまって……それで逃げていたんです」
「女王を暗殺……それは一大事ですね。一刻も早く誰かに伝えた方がよろしいのでは」
「でも……何をどう説明すればいいのか……私が聞いたのは、今夜暗殺者に使者を送る手筈になっている、という事だけなんです」
困り果ててネイアは目線を伏せ、いい考えが浮かばないのかセバスもかける言葉がないようだった。ただ一人、デミウルゴスだけが満足気に微笑んだ。
「成程成程。バラハ嬢、簡単な話だよ。君は聞いたそのままを上役に伝えればいい、それだけだ。なるべく上の者にね。装備品から見るに、君は兵士なのだろう?」
「聖騎士見習いです」
「それならば聖騎士のトップ、レメディオス・カストディオに伝えられれば重畳。彼女は女王の側近というから彼女に伝えられれば女王の警護も万全の体制が敷かれるのではないかね?」
「確かにそうですが……でも証拠がないですし誰がどんな手段で女王を狙うのかも分かりませんし」
「その調査を我々に依頼したまえ。依頼料は……そうだね、ケラルト・カストディオにこの件が確実に伝わればそれで十分。それさえ確約出来れば調査もするしセバスを君の護衛に付けようじゃないか」
唐突なデミウルゴスの申し出にネイアは目を白黒させた。レメディオスに伝えればその妹で女王のブレーンたるケラルトにも確実に伝わるだろう。だがそれを何故冒険者が望むのか、その狙いがネイアには全く分からなかった。
「但し、一つ条件がある。これから私が行う計画にセバスが一切口出しをせず従う事。それが出来るなら普段からのセバスの不寛容さも私への譲歩のなさもこの際水に流そうじゃないか。だがこの条件が呑めないならば我々は冒険者の不文律に従い政治絡みのこの件からは一切手を引く」
「……何を企んでいるのですかデミウルゴス」
「企むとは人聞きが悪いね。女王、ケラルト・カストディオ、馬鹿な貴族、盤上に駒が揃い舞台が整ったという事さ」
「犯人の目星が付いているのですか」
「当然だ。三人程には絞れているから今夜の動向を探れば自ずと知れるだろう。何せ今夜動く事は分かっているのだからね。首謀者が知れれば後は放っておいてもケラルト・カストディオが芋蔓式に引っこ抜いてくれるだろうさ。目星をつけた人間の屋敷の場所を知りたいのでその点はバラハ嬢にご協力頂きたい」
「……計画とやらが受け入れ難いものであれば従えません」
「私としては不本意だが、君が希望するだろう通り罪のない市民には極力被害が出ないよう万全の注意を払う事を約束しよう」
「どういう計画か聞かせて下さいますか」
「いいだろう、こちらへ」
そう告げるとデミウルゴスは立ち上がり部屋の隅へと移動した。セバスもそれに続き、部屋の隅でネイアに聞こえない小声でデミウルゴスが何やら説明を始める。それを聞いていたセバスの顔は驚愕の色から怒りに変わった。
「何を考えているのですかあなたは! そのような事許せる筈がございません!」
「死人は極力出さないようにするし、怪我人も……努力しよう。さて、これが呑めないというならこの件からは君にも手を引いてもらうがどうするかね? 本来であれば冒険者は手出しをしてはいけない案件だ、それを目こぼしするばかりか私も協力するのだから君も少しは譲歩の姿勢を見せてほしいものだが」
「ですが! あまりといえばあまりな!」
「ふむ、では君は女王が誰に狙われているのかが分からないまま放置する事を良しとするのだね。ケラルトでも調べられるだろうが、あの女は今まで得た情報を総合すると恐らくは正確に調べるよりは自分達に都合の悪い者に罪を擦り付けるタイプだろう。そうなると建国式典での女王襲撃は行われてしまうという事になるが、それも私の計画を採用すれば防げるのだよ? そして一切合切の責任は首謀者の貴族に負わされる事になる。我々の名声は揺るぎないものになり益々喧伝される。一体誰が損をするのかね?」
「……」
まさに苦渋といった苦しげな表情を浮かべてセバスは黙り込んだ。デミウルゴスの言う計画とは一体どんなものなのか、死人とか怪我人とか物騒な事を言っていたが一体何をするつもりなのか、分からない事が多すぎてネイアは何も言う事が出来なかった。先程セバスが何を企んでいるのかと言っていたがデミウルゴスはまさに何かを企んでいるのだろう。一体建国記念式典で何をやらかすつもりなのだろう、それをネイアは見過ごしていいのだろうか、そもそもネイアがこんな相談事を持ち込んだからこんな事になってしまっているのではないか、見えない企みへの恐ろしさやセバスへの申し訳無さがない交ぜになってしまってネイアは混乱の極みで今にも泣き出したい気持ちになった。
「……分かりました。わたくしにも譲歩が必要なのは確かですし、女王暗殺は阻止しなければなりません。但し、死人や怪我人は必要最小限に抑える事だけは必ず約束して下さい」
「君の了承を得られて嬉しいよ、約束は守ろう。ではバラハ嬢、貴族の邸宅の位置を三軒ほど教えてほしいのだが。その後君はセバスと共にレメディオス・カストディオに会いに行くといい。アダマンタイト級冒険者の面会とあれば彼女も無碍にはすまい。セバスはそのままバラハ嬢の護衛に就いて構わない。こちらから用事がある時は使いを送ろう」
「承知いたしました」
肚を括ったのかセバスは素直に頷いたが、ネイアは未だに混乱の中にいた。どんどん話が進んでいくがこのままでいいのだろうか。何か大変な事が起きてしまったらそれはネイアが引き起こした事だ、そんな事を許していいのだろうか。
「あ、あの……一体、何をするつもりなんでしょう……?」
「バラハ嬢、悪いが君は部外者なのでね、計画の全容を話す事はできない。引き受ける条件に一つ追加しなければならないね、君は私が何かを計画している事を決して口外してはならない。心配しなくても先程セバスに約束した通り被害は最小限に留めるし、全て綺麗に解決される予定だから安心してくれていいとも」
にこりと穏やかで優しげな笑みをデミウルゴスは浮かべたが、それがまるで悪魔の微笑のように見えてしまって、悪魔ってもしかしたらこんな風に優しげな表情と声で人間を誑かすのかもしれないと失礼とは思いつつもネイアは感じてしまったのだった。
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