護衛と策謀
デミウルゴスに貴族の邸宅の大まかな場所を教えたネイアは、セバスと共に聖騎士団の屯所まで戻ってきていた。入り口でセバスが団長への面会を申し入れるとさすがアダマンタイト級冒険者の威光というべきか、面会の申し入れを聞いた聖騎士はすぐに話を通しに行ってくれた。
だが、ネイアは不安で一杯だ。あれからもう一つ追加の条件がデミウルゴスから出された。堕落の果実が王女暗殺の件に関して調査している事は内密にしてレメディオスにも話さない、というものだ。政治には関わらない冒険者の不文律からみればこんなドロドロの政治絡みの事件に関わると知られるのはあまり外聞もよろしくないだろうから当然といえば当然だが、彼の考えている事はそんな事ではないような気が何となくする。
セバスの面会の申し入れを伝えに行った聖騎士はすぐに戻ってきた。団長が会うという。その聖騎士の先導でセバスとネイアは聖騎士団の詰める建物の一階奥にある団長の部屋へと通された。
部屋の奥には聖騎士団団長レメディオス・カストディオが座り、横には副団長で九色の桃色を頂くイサンドロ・サンチェスと同じく副団長のグスターボ・モンタニェスが控えている。従者の身分のネイアでは普段は遠くからしか見る事のないような人達だ。
「貴殿が最近噂のだ……だら……?」
「堕落の果実です団長」
「それだイサンドロ、その冒険者だそうだな。今日は何用あって私に面会を求めてきたのか、用件を聞こう」
そのレメディオスの言葉にセバスは一歩進み出るとぴしりと美しい礼をした。
「お初にお目にかかります、わたくしセバス・チャンと申します。まずは面会を許可して頂いた事を感謝申し上げます。実は今日、聖騎士見習いをされているこちらのネイア・バラハ嬢と偶然街で出会いまして、恐ろしい企みが進行していると聞きましたので是非カストディオ様のお耳に入れたいと思いこうして参上した次第です」
「恐ろしい企みとは……?」
「王女暗殺の計画がどこかで密かに進んでいるらしいのです。バラハ嬢、あなたの聞いた事を団長殿にご説明差し上げて下さい」
セバスに促され、ネイアはごくりと唾を飲み込んでからゆっくり頷いた。団長と言葉を交わすなど初めての事だ、緊張しないわけはないのだが言わなくてはならない。
「あの……わたくしは本日城内の倉庫で備品の武器を磨いておりました。そこに誰かが入ってきて、建国記念式典で王女を暗殺する暗殺者に今日使者を送る手筈になっている、という話をしたのです。私が聞けたのはそれだけですので詳しい計画の内容までは分かりませんし、その者達はすぐに出ていったので誰なのかすら定かではありませんが……」
ネイアの言葉を聞くとレメディオスは眉を吊り上げ、どん、と強く机を叩いた。思わずネイアの肩が竦む。
「ネイア・バラハ、何故すぐに報告しなかった! 一大事ではないか、カルカ様の命を狙うなど何という不届き者、即刻成敗してくれる! イサンドロ、グスターボ、行くぞ!」
「団長、どこへ行かれるつもりですか。何者が企てているのかも定かではないのですよ?」
半ば呆れたような諦めたような声色のグスターボの言葉に、レメディオスは言葉をぐっと詰まらせた。
「……まっ、まずは、犯人探しだ!」
「どうやってですか……それにどう考えても我々の管轄ではありません。まずはケラルト様にご相談されては如何でしょう?」
「そうだな、ケラルトならば何かいい知恵を出してくれるやもしれん。さすがだなグスターボ!」
満面の笑顔で大きく頷いたレメディオスに、グスターボは長い息を吐いた。団長ってこんな人だったんだ、副団長のお二人は大変そうだな、という思いがネイアに湧き上がる。
「一つお願いがございます」
「うむ、セバスだったな、何だ? 言ってみろ」
「偶然にも重大な秘密を耳にしてしまったバラハ嬢の命を誰が狙うやも知れませんので、可能であればこの件が解決するまでわたくしが側近くで護衛に当たる事をご許可頂きたいのです。勿論聖騎士の皆様方の任務のお邪魔にならないようにさせて頂きます」
「城にいる間はそんな不届き者は入ってこられないと思うが……まあいいだろう。それにしてもアダマンタイト級冒険者の護衛とは随分豪勢だが、ネイア・バラハ、君の家はそんなに裕福なのか?」
「いえ、それは……その……」
「これは人助けの一環でして、金銭での報酬は頂きません。余人に話せぬ秘密を抱えてしまったバラハ嬢のお力になりたいというわたくしの勝手でございます。聖騎士の皆様方にはご迷惑をおかけするかとは思いますが快くご許可頂いた事誠に感謝申し上げます」
表情からみると純粋に好奇心から団長は聞いたようだったが、ネイアにとってはどうにも答えづらい問いだった。まさか報酬が「ケラルト・カストディオにこの件が確実に伝わる事」だなどとどう説明したらいいものやらさっぱり分からない、ネイアにだってよく分かっていないのだ。セバスの助け舟が心から有り難かった。
「ふむ、変わった冒険者もいるものだ」
「堕落の果実のセバス殿といえば各地での民衆への善行でも名を馳せておりますから」
「冒険者にしては見上げた心掛けだな、感心したぞ」
イサンドロの説明にレメディオスは納得し、セバスを見てうんうんと頷いた。
「さて、それでは私はこの件をケラルトに相談してくる。グスターボ、一緒に来てくれ。イサンドロはしばらくここを頼む。ネイア・バラハは持ち場に戻るように」
「はっ」
「了解しました」
レメディオスが立ち上がり、ネイアとセバスは一礼して部屋を後にしてネイアの持ち場へと戻ることにした。今日は一日中武器磨きの予定だったので件の秘密の相談を耳にした倉庫である。
倉庫に向かう途中でセバスはらしくもなく唇を歪めて眉根を寄せ、長く息を吐いた。
「どうされたんですか? セバスさん……大丈夫ですか?」
「いえ……申し訳ございません。パーティ名を連呼されたものですからつい……」
「そういえばゴロツキに言われた時にも怒ってましたけど、お嫌いなんですか? 自分達のパーティ名なのに」
「……この名前にするのをわたくしは反対したのです。それを、あの男が無理矢理決定して! 変更したいと言っても聞いて貰えず!」
紳士らしからぬ剣幕で鬱憤を晴らすようにセバスは捲し立てた。その勢いに呑まれてネイアはぽかんと呆気にとられてしまう。
「……これは失礼いたしました。大変な身の上のバラハ嬢に愚痴を零してしまうなどわたくしもまだまだ精進が足りません」
「いえ、それはいいんですけど、あの……仲、悪いですよね、デミウルゴスさんと……お仲間なのに」
「そうですね、あの男とわたくしとは水と油と言えます。行きがかり上仕方なく行動を共にしているだけです」
「そういえば目的があるようなお話をされていましたけど、どんな目的なんですか?」
「離れ離れになった同胞を探しているのです。名声を高めれば情報も様々集まりますし我々の名が同胞にまで届くかもしれないですから、こうして冒険者をしているという次第です。あの男も同胞の一人ではあるのですが……」
そう言うとはぁ、とセバスは深く溜息をついた。深い事情はネイアには分からないが、セバスとデミウルゴスはあれほど反りが合わないのに一緒に行動せざるを得ない状況なのだろう。売り言葉に買い言葉のあの様子を見れば恐らくはどちらが悪いというわけでもないだろうからデミウルゴスを気の毒だと思う気持ちがないわけではないのだが、何を考えているのかよく分からない彼よりも親切な紳士であるセバスの方につい肩入れして同情してしまうのは無理からぬ事なので許してほしいとネイアは思った。
非常事態だったとはいえサボってしまった分も夕方まで真面目にネイアは武器磨きをして、その後従者が集合し指導役の聖騎士から明日の訓練などの説明を受けて帰宅となる。セバスさんの事母さんに何て説明しよう……と考えると途端にネイアの気が重くなり足取りまで自然と重くなった。
母を巻き込みたくはないが護衛してもらう関係上セバスと離れる訳にはいかない。そしてセバスの護衛はデミウルゴスの言い出した事だ、彼の謎の計画の一端に恐らくは組み込まれているのだろう。それを母さんに言いづらいからなんて理由で崩していいものかという躊躇もある。いかにも物騒そうな彼の計画にネイアが協力しなければならない義理はないのだが、女王暗殺を未然に防ぐ計画ならば話は別だ。
ただ単にお互いに顔を見ないで済む口実ができたから利用されただけとはネイアは露程も思っていない。そしてデミウルゴスにはついでとはいえ(かかる公算は低いが)もう一つの目論見がある。
「どうなさいましたか?」
黙思したネイアの様子を気にしてかセバスが気遣わしげな声をかけてくる。
「いえ、あの、セバスさんの事を母にどう話そうかと思って……女王様の事まで話してしまうと心配をかけてしまうので……」
「それでしたらわたくしにお任せ下さい、上手く説明しておきましょう」
「そんな、悪いです、母への説明まで任せてしまっては全部セバスさんにやって頂く事になってしまいます」
「お気になさらず、それも今回の私の役目の一つです。それにバラハ嬢に安心して頂く事こそ護衛の最も大事な仕事でございますよ」
そう言ってネイアを安堵させるように微笑んだセバスの表情に、ネイアの心はすっかり緩んでしまう。任せていれば全部大丈夫、そんな安心感をこの紳士は与えてくれる。いけないしっかりしなくちゃ、とは思うものの自分で母を上手く説得できる妙案はない。こんな自分はだらしないと思うし不甲斐なくもあるがセバスに任せる他ないようだった。
「……分かりました、それじゃ……お願い、します」
「承りました。どうぞ大船に乗った気持ちでお任せ下さい」
にっこりと笑ってセバスは前に向き直った。そして次の瞬間、駆け出した。
何が起こったのかがネイアには分からなかった。セバスは何故走り出したのだろうか、どこへ行くのだろう、護衛はどうしたのか? 何一つ分からない。
行く手には車輪が溝に嵌った馬車があった。駆け寄ったセバスが何か声を掛け、あれよあれよという間に馬車の車体を持ち上げ溝から道へと戻す。
……まさか、あれを助けに? 護衛対象のネイアを放って?
デミウルゴスがあれだけ苦々しげに嫌味を言っていた理由がようやくネイアにも分かった。困った人を見ると恐らく今のように反射的にセバスは助けに行くのだ。一緒に歩く方はたまったものではないだろう、その度に待たされるのだ。ネイアはまだいい、セバスさんという人は困った人を助けずにはいられないから自分も助けて貰えたのだ、と思える。だが嫌いな相手となれば大目に見る心のゆとりもないだろう。だからといって嫌味を言っていいという事にはならないがデミウルゴスがセバスに困らされているのは確実な事と思われた。
その調子でそこかしこにいる困っている人にセバスが手を貸し時にはネイアも手助けをしながら帰路を辿り、家に帰り着いたのは普段よりもずっと遅い時間だった。
普段からこれをやってるのセバスさん……とネイアは思わずにはいられなかった。それは名声も上がる筈である。少しうんざりしている自分にネイアは気付くが、本来ならばこれは見習うべき行動なのだ。規範となるべきだが誰もが実行出来る訳ではない理想をセバスは実際に行動に移しているに過ぎない。本当はそうした方がいいと誰もが思いながら忙しさや力の無さを言い訳にして我が身可愛さについ身を引いてしまうものを、理想通りに実行出来る立派な心の正しさと強さをセバスは持っているのだ。
ただ、帰りはいいが行きにこれをやられると大変困る。遅刻する。後でセバスに言っておかなければ、とネイアは決意する。
娘が連れ帰ってきた初老の男性を見て母は首を傾げたが、不逞の輩にネイアが狙われているところを助け、今後も狙われる危険があるのでしばらく護衛をさせてほしいとセバスが頼む。全部が全部嘘ではないが本当という訳でもない。だがアダマンタイトのプレートの信頼度は抜群で、アダマンタイトの方がそう仰るなら、と半信半疑ながら母も納得したようだった。
それなら客室を用意します、と母が歩き出そうとするのをセバスが止める。
「わたくしはお嬢様の部屋のドアの前で護衛に当たりますので寝室は結構です。毛布だけ貸して頂けますか」
「それではお客様に対してあまりに失礼ですので……」
「わたくしは客ではなく護衛として参りましたのでお気遣いは無用です、お気持ちだけ有り難く頂いておきます」
「そ、そんなに大変な相手でしたら私も武装した方がいいかしら?」
「母さんやめて……セバスさんがいて下さるのは念の為だから」
本当は念の為ではなく、あの話を聞いていた事が相手にばれれば確実にネイアは命を狙われる。だがそんな事を母に言う訳にはいかないし巻き込みたくもない。相手に気付かれていない、とはネイアには断言出来なかった。動転して倉庫を立ち去る時の記憶があやふやだからだ。
食事、風呂、トイレ、いつでもどこでもセバスはネイアの側を離れなかった。さすがに風呂とトイレはドアの前で待っていたが。それでも、自宅だというのにこうも張り付かれると気の休まる時間がない。仕方ないとはいえもう少し寛ぎたい、と自室でようやく一人になったネイアはベッドの上でクッションを抱き溜息をついた。今もセバスはネイアの部屋のドアの横で警戒に当たっている。
セバスさんって真面目過ぎる位真面目。そこが素敵なんだけど。
ふとそんな思いが浮かんで、その内容を反芻してぼっと顔に火が付いたように血が上り熱くなり、ネイアはクッションに顔を埋めた。と、歳の差ありすぎだよね……? とかどこかズレた事を尚も考えてしまう。
だって仕方がないではないか、ダンディでハンサムで礼儀正しくて正義感が強くて親切で優しくて、しかもアダマンタイト級の強さなのだ。ネイアのような小娘が相手にされないであろう事は分かり切っているが、少し位憧れたっていいではないか。
連れ込み宿……デミウルゴスの言葉を思い出してしまってますます顔が熱くなる。雑念を払おうと深呼吸してみるがまるで効果はなかった。母に事情を説明するのに困るので宿をとろうかとも考えたのだがそうしなくて良かった、と心からネイアは思った。セバスと同じ部屋で寝るなど平常心をとても保てる気がしない。
恋に恋しているような少女の憧れの気持ち、こんなものだって目付きの悪いネイアには今まで縁遠いものだった。ネイアの人並み外れた目付きの悪さだってセバスはまるで気にせず接してくれるし触れてもこない。それもまたネイアにとっては嬉しい事だった。
ちなみにセバスはネイアの目付きの悪さなどまるで意にも介していないというかそもそもネイアの外見に興味がないだけなのだが、それをネイアが知る由はない。
これからしばらくセバスさんとずっと一緒、少し困るけどとっても嬉しい。仄かな憧れが甘く胸を締め付ける感覚のくすぐったさを感じながらネイアは明日に備え眠ることにした。
***
セバスの所から戻ってきた影の悪魔の報告を聞き、ふむ、と唸ってデミウルゴスは顎に手を添えた。
あれから三日が過ぎた。想定通りといえばそうだが、陽動としてセバスを付け目立つようにしたネイア・バラハの方には動きはなし。相手が陽動にかかってくれればセバスの特殊技能・傀儡掌で新しい情報が手に入るかもしれない、というついでの作戦だったが当てが外れたようだ。
当たりをつけた三人の貴族の内一人が目算通りに動き、暗殺者へと使者を送った。暗殺者の棲家ももう把握しているし、暗殺者の留守中に密書も拝借している。確認したがご丁寧にというか魯鈍にもというか貴族の名前が入っていたので、祭りの当日に然るべき場所に置いておけばケラルト・カストディオに対するいい餌になるだろう。彼女にそれが渡れば全責任は(していない事まで)首謀者の貴族に伸し掛かる事は間違いない。
女王暗殺などという後ろ暗い企みの連絡に後に残る書状を使いそれに名前を入れているというのも、それをすぐ燃やしもせずにご丁寧に残しておくというのもどちらもデミウルゴスにとっては解せない行動だし間抜けしかいないのかとしか思えないのだが、間抜け揃いなのは大いに助かる。書状を捏造する手間が省けたというものである。貴族はただの間抜けだろうが暗殺者はもしかしたら後々強請りたかりにでも使おうとでも考えているのかもしれない。欲をかいた愚か者にせよただの間抜けにせよ、どちらにしろこの先の彼の運命はもう決まっているのだが。
後は舞台の選定を残すのみ。王城に程近く、人目に付かない寂れた場所を探すだけだ。
焦れたのか犯人はまだ見つからないのかとセバスが聞いてきたので、懇切丁寧な答えをちゃんと影の悪魔に持たせてやった。ケラルト・カストディオはまず間違いなく犯人を泳がせ現行犯で確保しそこから首謀者を辿ろうとする。その動きを邪魔しては肝心要の計画に支障が出る。犯人自体は既に見つけてあるし監視も常に付けてあるから安心しろ、と。
そもそもの計画を渋々了承しただけのセバスは不満かもしれないが、セバスの不満などデミウルゴスの知ったことではない。気にかけてほしいならデミウルゴスの不満にももう少し気を配ってほしいものだ。
並行してナザリックに関する情報収集も始めているが、やはりというべきか成果は今のところない。リ・エスティーゼ王国で誕生したという三番目のアダマンタイト級冒険者についても直近の出来事故か詳しい情報が遠い聖王国まではまだ届いておらず、漆黒というパーティ名が判明したのみだった。更に詳細な情報の調査は複数の情報屋に既に依頼してある。聖王国から北方にあるエ・ランテルなるリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国とスレイン法国の三カ国の国境付近に位置する都市でアンデッド数千を倒したというがどこまで本当なのかは定かではない。
建国記念式典まではあと数日ある。ローブル聖王国の建国記念式典はその名の通り建国記念日を祝う祝典で、一般市民が王城への入場を許可され王族が平民の前に姿を見せる数少ない機会だ。全国から貴族も集まりこの時期の首都ホバンスは普段以上の活況を見せる。
観客が多ければ多いほどプロモーション効果は高くなるというもの、建国記念式典という晴れがましい舞台が用意されたのは好都合とばかりにデミウルゴスの口元は緩んだ。セバスの意向さえなければ晴れの式典を惨憺たる地獄に変えることも出来るというのに、と思うと残念さが湧き上がるが考えても詮無い事だ。あのセバスにこの計画を了承させただけでも良しとせねばならない。
予定されている暗殺の手口も判明したが、原始的としか言い様がなかった。超遠距離からの毒矢での狙撃だった。情報屋の話では暗殺者の男は裏の界隈では名の通った長弓の使い手で、彼に狙撃されれば方角から犯行場所を推定されてもそもそも距離が遠すぎて犯行場所を正確に当てられないだろうし、よしんば犯行場所が判明しても縛吏が到着する前に逃げ切れるだろうという話だった。ローブルの至宝と名高い顔を国民に見せる為に目立つ場所に立つ女王はいい的だろう。
もっとも、弓矢による暗殺など最初から起こらない為これは大した問題にはならない。
これだけ穴のある暗殺計画だ、ケラルトならば首謀者の貴族と暗殺者に行き着き事前に犯行場所を推定してそこに兵を配置しているかもしれないが、それも問題にはならない。何故なら暗殺者は当日そこに出向くことはないからだ。私達に相談せずともケラルトにさえこの話が伝わっていれば解決していただろうに、ネイア・バラハは随分と都合のいい働きをしてくれたしセバスのお節介もたまには役に立つ、とデミウルゴスは機嫌良くほくそ笑んだ。
出来ればレメディオス・カストディオの強さをこの目で確認出来れば万全だったが会う口実もないことだし、オルランド・カンパーノよりは確実に強いが亜人十傑とはいい勝負、というセバスの報告を信じるしかない。それにそんな些細な違いではデミウルゴスにはよく分からなかった可能性もある、セバスにレメディオスと会わせたのは正解と思われた。オルランドと亜人十傑の強さの差などデミウルゴスにはミリ程の違いとしか感じられない。相手の強さを計る事にかけてはセバスの目の方がより正確だ。
王宮の広場からよく見通せて、人気のない最適の場所を探さなければならない。高さがあればパフォーマンスとしては尚良い。高さのある建造物がそもそもそれ程ないので、探す作業には然程の時間はかからないだろう。
苦痛に呻く声が聞けないのは心から残念だが、私の用意した舞台で役者達が踊る様を思うと今から実に愉快だ。
ここ数日セバスの辛気臭い顔を見ていないのも手伝って、計画の準備が思った通りに推移しているデミウルゴスの機嫌は至極良い。後は舞台を選定し必要な物品を用意し想定外の事が起きてもすぐに対処出来るよう抜かりなく監視を行うだけである。記念式典まではセバスと顔を合わせなくてもいいと思うと実に爽快な気分だった。
早くナザリックに戻りたい、心からそうデミウルゴスは思った。ナザリックにいれば持ち場の違うデミウルゴスとセバスは基本的には顔を合わせることがない。セバスが側にいることで常に胸を苛む不愉快さにも悩まされなくて済む。あの不愉快さの正体を結局のところデミウルゴスは未だに知ることが出来ずにいる。セバスのお節介が役に立つ事もあると分かってもそれすらも不愉快だった。
そんなもので何が救えるだろう、一人の手で救おうとするには人の世の不幸はあまりにも数多く世界に満ちすぎているのに。
セバスのお節介が不愉快なのは自己満足の欺瞞に過ぎないから、と結論付けようとした事もあった。だがどうもそれだけではないものを己の心の中にデミウルゴスは感じ取っていた。そもそもセバスのお節介がどれだけ自己満足の欺瞞であってもそうあれとセバスは至高の御方に定められたのだ、それが受け入れられないのには別の理由がある筈だった。
モモンガ様ならばこの正体の分からないものについて何かお分かりになるのだろうか。今は会えぬ主人への思いが募る。慈悲深く叡智に溢れるあの方ならば非才なるこの身に教えを垂れて下さる筈だ。
何はともあれセバスがいない今は制御できない感情に振り回されることもなく至極快適だ。あと数日だがこの自由を謳歌しようとデミウルゴスは心に決め、場所の選定の為の影の悪魔を召喚した。
***
食事の時間なのでドアを開け自室から出てきたネイアは、ドアの横に立っていたセバスが何やら難しい顔をしているのを不審に思った。
「どうしたんですかセバスさん」
「……いえ、デミウルゴスが、犯人は判明しているがこのまま泳がせると。わたくしとしてはバラハ嬢の身の安全を第一に考えてほしいのですがあの男にも困ったものです」
「いつも思うんですけど、デミウルゴスさんとどうやって連絡しているんですか?」
「あの男の……魔法で、です」
デミウルゴスは魔法詠唱者なのだろうから魔法を使って連絡を取っているのは別段おかしくないのだが、何故セバスは少し答えに迷ったのかをネイアは不思議に思った。
「犯人を泳がせるのって、計画の為ですか?」
「そうですね……何を考えているのかは知りませんがあの男によれば、ケラルト・カストディオは恐らく犯人を泳がせ現行犯で捕まえようとするだろうからその動きを阻害しないようにと」
「確かに、証拠もなく捕まえる訳にもいきませんしね……その判断は間違いじゃないと思いますよ」
そうは答えたもののデミウルゴスの行動には謎が多いのも事実だとネイアは思った。ケラルトに犯人を捕まえさせるつもりならば最初から堕落の果実が調査を行っている事を明かし犯人の情報も流せばもっと効率的だ。それをしないのは何か別の目的があるからなのだろうか。
セバスに計画への協力を約束させたあの時デミウルゴスは、我々の名声も確固たるものとなる、と言っていた。つまり今回の事件の解決に何らかの形で堕落の果実が貢献する予定なのだろうが、情報提供という形でなければ他にどういう方法で貢献するのだろう。自分達だけで女王暗殺を阻止するならばケラルトに情報を流す必要はない。考えていると頭の中が段々こんがらがってくるのをネイアは感じた。
頭を使ったら余計お腹が空いてしまった。とりあえずご飯を食べてからまた考えることにしよう、と思いネイアはセバスを見上げた。
「私の事はセバスさんが守って下さるから大丈夫だという考えなんでしょうきっと、それよりまずはご飯です、食べに行きましょう」
「そうですね、今日もご馳走になります」
柔らかく笑んでセバスは返事を返し、二人は連れ立ってキッチンへと歩き出した。お腹が一杯になったネイアが眠くなり考えるのは明日でいいか、と思ったのは余談である。
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