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玉座の間には各階層守護者とその配下、セバスとプレアデスなどナザリックの主なNPCが勢揃いし跪き頭を垂れ、眼前の玉座におわす至高の御君アインズ・ウール・ゴウンの言葉を待っていた。
「皆の者、顔を上げアインズ・ウール・ゴウン様の御威光に触れなさい」
アルベドの玲瓏な声が響き、その場の者は一斉に下げていた頭を上げた。玉座には、迸る死のオーラをその身に纏い圧倒的な威厳と威光を放つナザリック大墳墓のただ一人の主人にして魔導国の王、偉大なる主、アインズ・ウール・ゴウンその人が座っていた。
「皆の者、忙しい中よく集まってくれた。今回の聖王国の作戦に於いては、私の思い付きから私とデミウルゴスの死亡時を想定した対応の訓練を皆に行って貰ったわけだが、誠にご苦労だった。忘れないでほしいのは、これは決して有り得ない話ではない、という事だ。我がギルド最強の存在だったたっちさんを例に出すまでもないが……私を凌ぐ強者はユグドラシルにはいくらでもいた。それらの強者がこの世界に来ていないという保証はどこにもないし、これから来るかもしれない。それに未だ接触していない竜王など、この世界にもまだ見ぬ強者はいるかもしれない。私や他の者に万一の事があった場合にも冷静な対応が出来るよう、その事を常に心に留め置いてほしい」
「はっ!」
シモベ達はアインズの慢心や驕りと縁遠い深慮に深い敬意を抱き既にMAXの忠誠心メーターを更に上げていたのだが、そんな事は露知らず今回の訓練の結果にアインズは満足していた。
アインズの死という非常事態に際してのアルベドとデミウルゴスの意見の相違も(話し合いがどんな空気だったかは知らないが)妥協点が見つかったらしくきちんと対応案が纏められていた。情報を流した際の各国の反応も知ることが出来たしそれに対するナザリックひいては魔導国の対応もアルベドとデミウルゴスによって完璧なものが練り上げられていた。死んでいた設定のデミウルゴスが立案に関わっているのはいいのだろうかという気もしないでもないが、防衛戦の責任者はアルベドではなくデミウルゴスだし、そういった作戦立案に関してはデミウルゴスの方が秀でているのも事実なので適材適所というものだろう。
敵を知り己を知れば百戦殆からずとぷにっと萌えさんも言っていたが、極端に過ぎるアルベドの方針ではなくまずしっかりと敵の情報を収集するデミウルゴスの案が採用されているのもアインズからしてみれば満足の行く結果だ。敵が太刀打ち出来ない強大な力を持った相手で向こう見ずに突っ込んでいったナザリックが全滅、などという事態になってしまっては目も当てられない。ことアインズに関してアルベドが極端なのは己の設定改竄のせいなのであまり強くは責められないが出来れば冷静に対応してほしいというのが正直なところだ。
そういえば、とアインズは思い出した。今回の訓練に関しての報告書で一点気になった箇所があったのだった。
「ルプスレギナよ」
「はっ」
「報告書を読んで気にかかったのだが、カルネ村の様子はどうか。今は落ち着いているか?」
「は、アインズ様崩御の報を受けた際には村民は皆悲しみに沈んでおりましたが、ご無事を知り村も落ち着きを取り戻しております」
「そうか、ならばよいが。諸々の研究の進捗も気になるところではあるし、時間を作り一度顔を見せるのも悪くはないな」
軽い息抜きが出来るな程度の気分でそうアインズは口にしたのだが、それに不満げな顔を返したのはアルベドだった。
「恐れながらアインズ様、尊き至高の存在にして魔導王たる御身が自らあのような寒村にそう度々出向かれるというのは徒らに品位を落とされる行為かと存じます」
「寒村というがカルネ村は今や五千以上の兵団を抱えナザリックの為の様々な研究を行う重要な拠点、そして亜人と人間の共存が成功している大事なモデルケースでもある。その重要性が分からぬお前でもあるまい。訓練とはいえ騙してしまったわけだし謝罪の必要もあろう」
「アインズ様自らが人間如き下等生物に謝罪など! 王としての格というものもございます、お考え直しを!」
「控えよアルベド、これはもう決めた事だ。視察に一日時間を取るよう、スケジュールの調整は任せる」
「……はっ」
不承不承といった様子ながらもアルベドは引き下がった。今に始まったことではないがナザリックの者達のこの徹底的な人間蔑視は本当に困ったものだとアインズは改めて思った。相手が人間であろうと誰であろうとそれが自分にとって価値のある者ならば謝罪すべき時は謝罪しなくてはならない。アインズが死んだなどと聞かされてはエンリやネムを始めとするカルネ村の住民は大恩ある王を失いこの先の生活にどれ程の不安を抱いたか分からない。(無論冗談などではないのだが)冗談でした、で済まされるような嘘ではなかったのだ。きちんと詫びる必要があるとアインズは考えた。
それにしても、とアインズは眼下に視線を落とした。デミウルゴスならばカルネ村で行われている諸々の研究に興味を示しそうなものだが、同行を願い出るどころか俯きがちに跪いて何事かを真剣に考えている様子だった。正直デミウルゴスが何を考えているのかがアインズは恐ろしくてたまらない。下手なことを言うとまたとんでもない事態に発展しそうなのであまり迂闊な事は言いたくない、とは思うもののいつもそうなってしまうので諦めるしかないのかもしれない。
そういえばもう一つ気になっている事があったのだったと思い出し、アインズは目線を再びルプスレギナに戻した。
「ルプスレギナよ」
「はっ」
「お前は……その、普段は、何々っす、みたいな喋り方をしているのか?」
「えっ、あっ、はっ! はい! 左様でございます、どうしてそれを……」
「お前の表層意識を読み取った上位・二重の影がそのように喋っていたのだ。何なら私にも普段からその口調で話してくれて構わんのだぞ」
「とんでもない事でございます! そのような崩した言葉遣いで恐れ多くもアインズ様とお話することなどとても出来ません、何卒ご容赦下さいませ!」
「そうか……何か壁を作られているようでいささか寂しいが、致し方あるまい……」
少しばかりしょんぼりとしながらそれを気取られぬようアインズは頷き、その答えに当の本人のルプスレギナと、ルプスレギナ同様アインズの前では「ボク」という一人称をひた隠しにしているユリ・アルファがほっとする。
そう、このナザリック地下大墳墓においてアインズは絶対至高の支配者、シモベにとってアインズはいと高く仰ぎ見るべき造物主なのだ。対等の関係である友という存在はどう頑張っても得ることが出来ない。そもそもリアルでだって友達のいなかったアインズはどう友達を作ればいいのかなど分からないのだが。
寂しくないといえば嘘になってしまうだろう。だがNPC達はギルドメンバー達の遺してくれた子供達、守るべき存在なのだ。アインズが寂しいからといって友にと望むのも間違いかもしれない。至高の存在の為に働き尽くす事を至上の喜びとするシモベ達に対等になってくれと願うことは、至高の存在に傅き尽くすという喜びを奪うということに繋がるかもしれない。そんな事を喜びとするのはやめてくれ、他にもっと自分にとっての楽しみというものを持ってくれ、というのがアインズの本音だが、それはそれとしてNPCとはそういう存在であり、それを変える事は恐らくアインズには出来ない。
よし、とアインズは気持ちを切り替える。出来ない事をあれこれ考えても時間の無駄だ、今日話さねばならない本題は別にある。その為に各自の仕事で忙しい守護者始めNPC達を一同に集めたのだ。
「では本題に移ろう。今回の作戦でアベリオン丘陵が我が領土となり、聖王国も近い将来に魔導国の版図となるであろう運びとなった。デミウルゴス、皆に詳しい説明を」
「はっ」
アインズに呼ばれたデミウルゴスが立ち上がる。その頬にいつも浮かんでいる微笑みが今日はない。何か嫌な事か困った事でもあったのだろうか、相談してくれればいいものをデミウルゴスは真面目そうだから自分一人で抱え込んでしまう性質なのかもしれない、後で呼び出して聞いてみるか、とアインズは考えた。
流暢な語り口で滔々とデミウルゴスが聖王国での作戦の内容を語る。ネイア・バラハについてわざと殺し蘇生させる事によってより強い恩を刻み込み意のままとなる走狗とするアインズのやり口の鮮やかさについてデミウルゴスが絶賛するが、レメディオス・カストディオに恩を売る作戦が失敗したからせめてと思って苦し紛れにネイア・バラハを蘇生させただけで本当に偶然の結果なのでやめてほしいと心からアインズは思った。
「当然の結果とも言えるが、アインズ様のご威光に触れ信奉する者は聖王国内で勢力と数を増大させている。いずれはアインズ様を神と奉る事になるだろう。無論、至高の存在たるアインズ様を人間が神と崇めるのは至極当然の事。聖王国内のシンパをロールモデルとし、いずれは世界中に広げられれば、と考えている」
……何!? えっ何? は!? 神ってどういう事!?
聞き逃してはいけない発言を耳にしてアインズはもし今お茶でも飲んでいたなら思いっきり噴き出していただろうな、と思った。飲食は出来ないのだが。
とうとう神である。ここまで来てしまったか、という諦めにも似た思いが去来する。ただの貧困層のサラリーマンが支配者どころかいつの間にやら神である。心から勘弁してほしい。世界に広めるのとか本当にやめてほしい。
説明を終えたデミウルゴスがアインズの言葉を待っているが、やはりどうもおかしいとアインズは感じた。いつものデミウルゴスならば、どうですか褒めてください、みたいな得意気な感じをもっと出している筈である。今日の雰囲気はまるで裁きを待つ罪人だ。沈痛な面持ちで無礼にはならない程度に目線を落としている。これまで長期間に渡った一連の聖王国についての仕事は大手柄だし間違いなくナザリック第一の勲功を上げているというのにどうしてこんなに悲愴な雰囲気を纏っているのか訳が分からない。
「さて、これで皆にも情報が共有されたことと思う。まだ作戦が終了したわけではないが、デミウルゴスの働きについてはさすがナザリック一の智者、見事と言う他ないだろう。その働きを称え、まずはこれを与えるとしよう」
そう告げるとアインズは玉座を立ちデミウルゴスの前まで歩き、アイテムボックスからリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを一つ取り出して手渡した。
「勲功第一のお前にこれが渡っていないのは理に適わぬであろう、受け取るがいい」
「……はっ、身に余る栄誉、このデミウルゴス感激の余り言葉もございません」
言葉の割にはデミウルゴスは依然浮かぬ顔をしていた。受け取ったリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを左の薬指にデミウルゴスは嵌めたので、お前もそこに着けるのかよ、と心の中だけでアインズはツッコみつつ玉座へと戻った。
「これまでの長きに渡る働きに報いるには、その指輪だけでは足りぬとわたしは考えている。デミウルゴスよ、望みの褒美を言ってみるがいい。可能な限り叶えよう」
「恐れながらこのデミウルゴス、アインズ様の為に働ける事こそ何よりの喜びでございますれば、その上褒美など……」
「セバスにも言った事があったな、配下の無欲は時に主人を不快にするぞ。お前にそれが分からぬとは思わないがどうだ?」
「は……仰せの通りにございます。でしたら……」
そこで言葉を一度切り、デミウルゴスは躊躇を見せた。無垢な人間、とか言われたらさすがに却下するがデミウルゴスの働きは多大なので可能な限りの望みは本当に叶えたいとアインズは考えている。褒美はいつも辞退するし確かにアインズに対しては無欲な男ではあるのだがここまで遠慮するようなキャラだったっけ、と思いつつデミウルゴスの言葉の続きをアインズは待った。
「一つ、お願いがございます。魔導国の首都たるエ・ランテルをわたくしはまだ詳しく見て回っておりません。アインズ様は冒険者モモンとしてかの都市にて活動されていた事もありお詳しいかと……アインズ様のご多忙は重々承知しておりますが、お時間を割いて頂きわたくしにエ・ランテルをご案内頂けないでしょうか」
恐る恐るといった様子でゆっくりとデミウルゴスはそう願い出てきた。それを聞いたアインズの感想は、困ったものだ、である。NPC達はどうして揃いも揃ってこういう事を言うのか。思わず溜息が漏れた。あとアインズは全然多忙ではない。内政担当のアルベドと死者の大魔法使い達が有能なので割と暇である。
「デミウルゴスよ、それでは褒美にならん。信賞必罰の言葉の意味が分からぬお前ではあるまい。いい機会だから他の者にも言っておくが、今後褒美を聞かれて私と何かしたい、と答える事は禁止とする。他の褒美をきちんと考えるように。ただ、そうだな、お前にエ・ランテルを案内して見せておくことは必要だろう。モモンのスケジュールを調整してエ・ランテルを案内する日を作る。ついでにパンドラズ・アクターに丸一日休暇も与えられるからあいつも喜ぶであろうしな。だがいいな、これは褒美ではないぞ、魔導国ひいてはナザリックの為に必要な事だ。褒美については他に考えておくように」
「かしこまりました、無理なお願いを聞いて頂き感謝の極みにございます」
深い礼をしてデミウルゴスは下がり、再び跪いた。本当にちゃんと褒美について考えてくれるのか疑わしいものだ、と思いつつデミウルゴスと一日中一緒に過ごさなければならないエ・ランテル案内についてかなりのプレッシャーをアインズは既に感じていた。頭の中はどうすればボロが出ないか一色に染められてしまっている。
であるからして、デミウルゴスの様子がどうもおかしいので後で呼び出して悩み相談に乗ってやろうと考えていた事などアインズがすっかり忘れてしまったことをあながち責められもしないだろう。
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