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その日、バルド・ロフーレは帝国から買い付ける予定の小麦を魔導国に買い上げてもらう交渉の為に行政府のセバスを訪ねていた。
「しかしセバスさん……こんなに小麦を集めて魔導王陛下は一体何をなさるおつもりなので? 魔導国の国土だけでもここまで小麦の生産力が上がるとこの先の値崩れも怖いところだし、私も商売替えを検討する潮時かね」
「申し訳ございませんロフーレ様、小麦の使い道については重要な国家機密となっておりまして、わたくしの口から申し上げることはできかねます。魔導王陛下は義理堅いお方、ここまで献身的にご協力いただいたロフーレ様に損をさせるような方ではございませんので、その点はご信頼いただければと思います」
にこりと笑みを見せるでもなく不快感や怒気を表すでもなく、一切の感情を見せずに答えるセバスを見てロフーレは短い息を一つついた。
「陛下の義理堅さは信頼しているよ。魔導国が出来る時にセバスさんの説得で他に移住しなかった私に今まで通りこの都市での小麦の取引を一任してくれて、帝国やドワーフの国との交易の窓口にもしてもらって、過分なほどの利益も上げさせてもらった」
「この先は、大量に生産した小麦を外へ売り捌いていくことを陛下はお考えのようです。それだけの生産力はこの魔導国の大きくはない国土だけでも既に十分に備わっております。これからもロフーレ様のお力添えが我が魔導国には必要なのでございます」
「大量生産した作物の輸出を主なる産業とする、ということかね」
「左様です。人間国家では小麦は主要な作物、各地には十分な生産力が備わっており飢饉でもなければ過剰な輸入は必要としませんが、その外はその限りではない、とお考えの様子」
セバスの言葉のあまりの内容に、ぎょっと驚いてロフーレは目を剥いた。
「まさかとは思うけど……外は亜人の領域だよ? 亜人は人間を生きたまま喰うような肉食、人間は基本的に食用の家畜で、良くて奴隷だと聞く。小麦は必要とされていないから買い手もないだろうし、私のような人間の商人が相手にされるとは思えないのだが」
「それが、その限りではないのでございます。確かに大陸中央部で勢力の強いトロールやビーストマンの国家では人間は食用のようですが、例えばトブの大森林の湖にはリザードマンが棲んでおりまして、彼らの主食は湖の魚で、その他に木の実や茸の類も森で採取して食するようですし、人間は一切食しません。亜人だからといって一律に肉しか食べないというわけではないようで、やり方や相手次第では小麦の食文化を広めることも不可能ではないかと」
セバスの語る魔導王の計画はあまりにスケールが大きすぎて、座っているというのに目眩がするような錯覚さえロフーレは覚えた。世界を相手に小麦食を広め商売する、夢のような話だがそんな大きな夢を思いつく発想など今までロフーレにも他の商人の誰にもなかっただろう。脆弱な人間種では亜人国家に対抗する術などなくこの大陸の隅に追いやられ逼塞する他はなかった。強大な魔力と武力を持つ存在である魔導王だからこそ考えることのできたことだ。
世界中を相手に今まで考えられなかった規模の商売をする、もしそんなことが実現したならどれだけ素晴らしいだろう。商人である以上利益のことを最優先で考えてはいるが、それに負けないほどに取り扱う品物を売り捌き良い品を買い付けること自体が楽しい、仕事を愛する気持ちもロフーレにはある。ともすれば何よりも利益を優先し、人が汗水垂らして作り上げた商品を売ることで人より良い暮らしを送る商人という仕事は心根の卑しい仕事と蔑む者も多いが、必要とする人へ必要な物を届ける仕事だという誇りもある。もし世界中を相手に商売ができたなら、そんな話を聞かされて胸躍らない商人などきっと存在しない。
「もちろん今すぐという話ではなく、実現の為には解決せねばならない諸問題もございますが、ロフーレ様にはこれからも活躍していただきたい、これはわたくしの個人的な思いというだけではなく、魔導王陛下の思し召しでもあるのです」
「一介の商人風情をそこまで気にかけていただけるとは、有り難いことだね」
「陛下は並ぶ者のないほど慈悲深い方でございますし、働きには正当に報いるべしと普段から我々にも言い聞かせておられます。亜人国家にもし小麦食が広まれば、もしかしたら食料とされている彼の地の人々を救う道も拓けるやもしれません。完全な肉食である者たちに広めるのは難しいかもしれませんが、元々は肉食であった犬が家畜化され人と共に暮らす中で穀物を消化できるようになり雑食に適応していったように、長期的に見れば不可能とは言い切れないでしょう。ロフーレ様の代だけでは難しいとしても、その先の未来を見据えていただきたいのでございます」
その言葉にロフーレは再び瞠目する。魔導王は一体どれだけのスケールで物事を考えているのだろう。生物の食性が変わるほどの長い年月、そこまで先の事を見据えているのだろうか。セバスほどの人物が心酔し絶対の忠誠を誓うのも当然といえた。
魔導国の政治に参画する中枢メンバーで人を救いたいと考えているのはセバスただ一人だけであり、デミウルゴスの献策を受けて亜人国家との交易の可能性を考え始めたに過ぎないアインズは亜人の食性を変えるとかそんな事は当然一切考えていないのだが、ともあれセバスの個人的な希望が強く反映された推測はロフーレの心を動かすには十分だった。
遠大な視点で見果てぬ夢を描く智謀の王、(想像上の)アインズへの崇敬をアインズの与り知らぬ所で上限まで高める人間がまた一人増えたのだった。
***
そんな話を引き受けてたまるか、私は死ぬわけにはいかないのだ、何の為に憤死してもおかしくないほどの恥辱を忍び全ての信頼を裏切って魔導国に恭順を誓ったと思っているんだ、こんな無茶振りをされる為では決してない。絶対に死ぬわけにはいかないからだ。
理不尽に対する泣き出したいような憤りを目の前の存在から隠したくてレエブンは床に手をつき土下座の態勢をとった。気取られて叛意ありとでも思われたら死んでも死にきれない。死ぬわけにはいかないからこそ湧き上がってきた憤りだ、それが原因で死んでは笑い話にもならない。
「話を聞いた以上は引き受けていただけないというのは非常に困るのですが。どうやらあなた以上の適任もいないようですし」
「恐れながら、そのようなことはございません! わたくしは六大貴族とはいえ所詮貴族に過ぎず、この知識も個人的に市井で師を探し求め学んだもの! 帝王学をしっかりと体系立てて学んだ王族の方々に比するべくもございません!」
こちらを見下ろす悪魔のよく磨かれた艶のある革靴の先を眺めながら、身に過ぎた野心で簒奪を狙い個人的に師を探して帝王学など学んだ過去の己をレエブンは心から呪った。大貴族たるレエブン侯爵家においては当然帝王学も必修の科目だが、王族ほど本格的に学ぶわけではない。王になるつもりだったレエブンはだから更に多くの知識を求めてより深い内容を個人的に学んだ。
魔導王に帝王学を教授する、一体何の罰ゲームなのか。それほどの罰を受けなければならない何かをレエブンがしたというのか。死と隣り合わせどころではない、レエブンから見れば死が約束されているも同然だ。死を賜らない未来が見えない。
「国だけではなく忠誠を誓っていた王族をも売ろうとするとは、魔導国もどこぞに売り渡そうとしなければよいのですがね。そのようなことができると思っているならば、ですが」
「我が子の安全を保証していただける限り、わたくしが皆様方を裏切るようなことなど決してありえません! 本日伺ったお話も一切誰にも他言しないことを誓います! 現在王国の政治を実質的に取り仕切られているザナック殿下は極めて聡明な方、貴族たちの手前明確な態度は取れずにおりますが、必ずや魔導国との関係の改善を考えておられます! 魔導王陛下と直接お話しさせていただける機会を、無下に断る方では! 決して! ございません!」
「成程、話の持って行き方によってはザナック殿下にももしかしたら引き受けていただけそうだというのは確かなようですが、あなたが引き受けてくれるならばそんな手間をかける必要がそもそも生まれません」
「王たる者が学ばれるのであれば! わたくし如きの俄か知識などではなく! 正式に学んだ方から教えを受けられるべきかと! 愚考いたします!」
本当はザナックを売るべきではない、そんな事はレエブンも十分承知していた。本来ならば人に教える本職である学者を紹介する方がより適切だろう。だがレエブンが野心を抱き師を求めたのはもう数十年昔のこと、その時教えを受けた者は現在は大体が鬼籍に入っているし、常に学び続けていたわけでもないので今現在どのような学者が最も適切にあの魔導王に教授できるかなど全く知らない。適当な事を言えば後で困るのはレエブン自身なのだからそれは何としても避けたい。確実に帝王学に関して詳しく、魔導王と直接話すことに利益があり、かつその利益を理解して受け入れられる可能性があるのはザナックしかいなかった。
ラナー、というのも考えなかったわけではないのだが、王国では女子は通常帝王学を学ばない。ラナーならばザナックよりも詳しいかもしれないが、既に魔導国と通じているラナーが魔導王と今直接話す事に利益を感じるとは思えない。あの化け物のことだ、既に自分にとって十分な見返りを確保しているからこそ魔導国に協力している。そして完全に魔導国に所属しているわけではない現在のラナーはある意味不安定な立場であり、慎重に行動する筈だからこんな危険な話を意味もなく引き受ける道理がない。魔導王の勘気を被る可能性があるような危ない橋を渡る必要は恐らくないだろう。もしかしたら逆に魔導王の覚えがめでたくなるかもしれないが、それは何事もなくやり遂げられればだ。
紹介した者が断って話が差し戻されてきたなら今度こそレエブンは確実に進退窮まる。ザナックとて断る可能性は十二分にあるが、ラナーよりは受けてくれる可能性が見込める。
「今後の計画にも関わってきますし、ザナック殿下にこの話を提案することは私の一存では決められませんね……アインズ様を煩わせることになります。この意味が十分に分かった上で、あなたはそれでも尚ザナック殿下を推す、ということでよろしいですね?」
「はっ! 左様です!」
「アインズ様を煩わせた上でアインズ様が帝王学を学ばれたいという事情をザナック殿下に知られ、しかも断られて情報だけが相手側に渡る、という結果に終わった場合、どのような報いを自分が受けるかについては想像が付いているのですかね? 先の戦で戦死しておけばよかったと強く後悔する未来は確実に約束できますが」
「ザナック殿下にお話しされる際には是非わたくしもお連れください! そのような事にならぬよう! わたくしが確実に説き伏せてご覧にいれます!」
「我が子の為に国を売った売国の輩の話を聞いてくれるような度量がおありの方なのですかね、ザナック殿下は」
「どのような謗りも受ける覚悟はできております! 魔導国と王国の双方、そして魔導王陛下にとってこれこそが! 最良の選択であると確信するが故に! このレエブン己の全てを賭ける覚悟でございます!」
この提案とて失敗すれば身の破滅だが、引き受けたところで破滅の可能性が減るわけではなく、寧ろいつ炸裂するか分からない魔導王の勘気に怯えながら過ごさなければならない。人間の命など何十万が一気に消えても歯牙にもかけない化け物が何に苛立ち何に怒るのかなどレエブンに分かる筈がない。それならば決死の覚悟でザナックを説得する方がまだ確実だ。少なくともザナックはレエブンが理解することが可能な人間だ。
「あなたの覚悟は分かりましたが、あなたがこちらに通じていると今知られるのもあまり都合がよくありません。あなたの意志など関係なく引き受けさせるのはそう難しいことではないでしょうが、あなたには今後の使い道もありますからなるべく自発的に働いていただけるよう良好な関係を保ちたいですし、提案にも幾分かは理もあります。ですので先方との交渉に連れて行くようなことはありませんが、提案は一応アインズ様に申し上げるだけは申し上げてみましょう」
「はっ! ありがとうございます!」
「ですがもちろんアインズ様が提案を却下なさればその時点であなたの意志は関係なくなりますし、先方が断った場合どうなるかは繰り返し説明するまでもないでしょう。失敗した時のリスクを考えたらこの場で引き受けた方が賢明だと個人的には考えますがね」
「我が領民、そして王国の民のことを考えれば、極力犠牲を出さずに平和裏に併合できるよう、王国は魔導国と今よりも良好な関係を築く必要がございます。表立って魔導国に近付くことはできないザナック殿下が魔導王陛下と直接交流できる千載一遇の機会を得られるとあらば、身を賭す価値はあろうというものでございます」
本当はレエブンはあくまでこの選択が一番生き残れる可能性が高いから選んだだけなのだが、体面上の理由も一応筋は通っている筈だ。この悪魔やあの宰相のような恐ろしい存在から逃れられるとは思えないからどの道王国は滅ぶのだろうが、一度は共に国を変えることを誓い王として戴く決意をしたザナックをどうにか過酷な運命から引き上げるよすがを掴みたい気持ちもレエブンには実際にある。ザナックは善良な人間ではないかもしれないが、いい王にはなれる筈だった。魔導王と直接話すことで、本当に僅かな塵ほどの可能性でも、確実な死が待っている未来から何かを変えるきっかけを掴めるかも知れない。
容姿に恵まれず皮肉屋のザナックはそもそもあまり人に好かれやすい人柄ではないのだが、何かの奇跡(あるいは間違い)が起こって魔導王がザナックを気に入る可能性とて、限りなくゼロに近いとはいえゼロではない。
レエブンの中では所詮己の息子の未来が一番優先されるのだし、ついでの理由付けに過ぎないのだから、レエブンはただ己の卑怯さを正当化しようとしているだけなのかもしれないが。それでもザナックにもできれば生きる望みを掴んでほしい気持ちも、レエブンの中で決して嘘ではなかった。
***
アウラを招聘しての会議は長時間に及んだ。アベリオン丘陵が魔導国の版図となるにあたり、エイヴァーシャー大森林を挟んで最警戒国家である法国や未知の領域である南の地域に対する広大な地域の広域警戒網をどう作っていくかをアインズはとりあえず担当者であるアウラと二人で協議していた。
「お前の配下の魔獣だけだとどう考えても頭数が足りんな……」
「そうですねえ」
「ユグドラシル金貨も補充できるようになったわけだし、索敵と探知に長けた傭兵モンスターを召喚してお前の指揮下に入れる、という方法もあるが……ううむ」
「出費は避けられるに越したことはないですよねえ」
「用意しなければならない数を考えると馬鹿にならん出費だからな」
「森の魔獣とかがもっと強ければ使えたんですけどね。ちょっと実用には堪えないですからね」
「こちらの世界の魔獣なら繁殖もできるわけだし数の心配をしなくていいのは魅力的なのだがな……ハムスケの番いを探すべきか?」
「ハムスケは強さはまあギリギリ使えないこともないかもしれませんが……警戒に使えるかという点では性格的に難がありません?」
「確かにすぐサボって寝そうだな、不向きだ……。他に使えそうなのはフロスト・ドラゴン……いや隠密での警戒には圧倒的に不向きだな。一応ドラゴンだからか数も殖えにくいようだしな」
「あんな弱っちい奴らでもドラゴンはドラゴンですからねえ」
できるだけ早く結論を出さなければならない議題ではあるのだが、今のところこれという解決策は二人とも思い付けずにいた。
「このままでは埒が明かんな……後日アルベドとデミウルゴスを交えて話し直すか。お前をまた呼びつけることになるのは申し訳ないのだが」
「全然いいですよ! アインズ様にお会いできるのは嬉しいですし!」
そう答えて満面の笑みを見せたアウラに、ふと湧いた疑問を問いかけるかどうかをアインズは躊躇した。大体の答えは想像できる、そんなことを確認して一体何になるというだろう。だがパンドラズ・アクターやデミウルゴスと話してみた結果、そんなことを考えているなどアインズが想像もしていなかった考えを彼らは持っていたわけだし、結局のところ実際に確認してみなければ相手が何を考えているのかなど何も分からないのかもしれない。自分が察していると思っている内容が当たっている保証は何もない、というのは当たり前といえば当たり前の話だ。
「これは全く関係のない雑談なのだが……この世界に来てすぐ、私が第六階層で守護者を集めて、集まるのを待つ間魔法の実験をしたことがあったろう。覚えているか?」
「はい、勿論です! アインズ様と初めて直接お話しできて嬉しかったですし、あたしとマーレにとても優しくしていただいて、すっごく感激しました」
「あの時お前に私はもっと怖いと思っていたが、今のように優しい方がいい、と言われたのをふと思い出したのだ。メイド達は厳しく接した方が嬉しいようなのだが……正直に感じていることを教えてくれ、厳しく威厳を持って接している私とあの時のように親しく接する私となら、お前はどちらの方がいい?」
質問を投げかけると、アウラは非常に悩ましい顔をして、しばらくするとうんうん唸りながら頭を抱えて悩み始めた。
「す、すまんなアウラ、お前がそこまで悩むとは……」
「もっ、申し訳ございませんアインズ様、どちらという答えをお返しすることが、あたしにはできないです! あたしはお優しいアインズ様が大好きですし、気さくに話しかけてくださるお優しいお姿の方があたしは嬉しいです。でも支配者らしいアインズ様もかっこいいですし、偉大な支配者としてのアインズ様が嫌だというわけではなくて……だから、アインズ様がなさりたいように過ごされていれば、どんなアインズ様でもあたしは大好きですから、上手く言えないんですけど、アインズ様がなさりたいようにできないのが一番良くないっていうか……! あたしがそうしてほしいから、っていう理由でアインズ様がどうされるかを決めるのは、良くないって思うんです!」
しどろもどろになりながらも、必死にアウラは言葉を継ぎ続けた。やはり、実際に聞いてみなくては何も分からないのだな、とアインズは改めて思った。
その方がNPCが喜んでいるようだから。それがアインズが今に至るまで支配者ロールをやめない理由の一つだ。他にも理由はあるが、それもまた理由の一つである事は確かだ。確かに喜んではいるかもしれないが、だからといってそれを望んでいるわけではない、少なくともアウラは。
「もし、もしもだぞ……私が、偉大な支配者ではないのだとしたら、お前たちはがっかりしてしまうのではないか?」
「アインズ様が偉大じゃないなんてありえないです!」
「もしもの話だ。お前たちが蔑む人間のように私が愚かで何の力もない存在であったとしたなら、お前たちをがっかりさせてしまうだろう」
「人間は確かにつまらない存在ですけど……もしアインズ様が人間くらい弱っちくても、あたしがしっかりお守りしますし! がっかりなんてしませんし、アインズ様をお守りするのはやり甲斐ありそうだしお役にも立てそうだから、それはそれで嬉しいです!」
「いやそうではなくな? そんな弱っちい存在は偉大ではないだろう?」
「人間だったらそうですけど、アインズ様は別ですよ。アインズ様はアインズ様じゃないですか」
「そ……そうか?」
「そうです」
アウラは当然のように受け答えしているが、正直アウラの答えた内容がアインズにはよく分からなかった。だがアインズがNPCたちはこう考えているだろうと思っていた内容とは全く違うのは確かだ。弱かったら偉大ではないのかそれでも偉大なのか、とかその辺りはアウラの答えた内容からは全く読み取れなかったが。
「妙な事を聞いてすまなかったな」
「いえ、全然いいんですけど、何かあったんですか?」
「何もない。少し思い出したので聞きたくなっただけだ」
答えながらもアインズの思考は内へと沈んでいく。多くの場合、相手が喜ぶように行動しようとするのは好かれたいからだ。威厳を見せて上位者であれば叛意を防げるだろうという狙いも当初はあったが、今に至るまで続けているのは喜んでほしかったからだろう。だがもしそんな風に喜ぶことをそもそもNPCたちが望んでいないのだとすれば、アインズの行動はただの空回り、ということになるのではないだろうか。NPCたちが望んでいるからやっている、という己の中の理由は全くの的外れだったということにはならないだろうか。
勿論アウラの答えた内容はアウラの考えに過ぎないのだから、アウラが例外なだけで他のNPCはアインズが偉大な支配者として振る舞うことを望んでいる、という可能性だってあるが、少なくともそれはアウラの望みではなかった。どのようなアインズでも大好きだという健気な訴えが、頭の中を木霊する。
アウラが望んでいるのは、アインズがNPCが望むようにではなく、アインズ自身が望むようにあることなのではないか。
だがそれでは、アインズがNPCたちの為にしてやれることなど、なくなってしまうではないか。
どうすればお前たちを幸せにしてやれるのだろう、本当に聞きたかったのはその質問だ。NPCたちが何を望んでいるのか、どうすれば自分自身の為に生きられるようになるのか。それも実際に聞いてみなければ、本当はどう考えているのかなど何も分からないのだろう。
アインズの望みを叶えることがNPCたちの望みだが、アインズの本当の望みは決して叶わない。それならばこのナザリックを守っていくという行為の全てがただただ空虚なのではないか。叶わないアインズの望みのためにNPCたちを働かせ続けても、誰の望みも叶うことはないのだ。
デミウルゴスは、どのような望みを持ったのだろう。どのようにして望みを見つけたのだろう。それが分かったなら打開策も少しは浮かんだかもしれないが、アインズの質問に即座に的確に答えるのが生き甲斐のようなあの悪魔が答えを渋ったものを無理に答えさせるのはどうも気が引けて聞けなかった。
いずれ聞く機会もあるだろう。答えの出ない問題を考え続けても仕方がない、気持ちを切り替えてアインズは残りの政務に取り掛かることにした。
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