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ナザリック外で働く全てのNPCに招集がかかっているその日、英雄モモンに扮したパンドラズ・アクターと冒険者ナーベを装うナーベラル・ガンマは連れ立って朝一番にアインズの邸宅入りした。
「今日はシバンムシどもの相手をしなくていいので気楽で素晴らしいです。毎月このような日が定期的に設けられるというお話ですので、いい息抜きになります」
涼しい顔で放たれたナーベラルの辛辣な言葉にパンドラズ・アクターは軽く肩を竦め答えた。
「毎日何かしら顔を合わせなくてはなりませんし、ナーベラル嬢には人間どもの相手が随分とご負担になっている様子ですからね。アインズ様のお心遣いに感謝しなくてはなりませんね」
「知性が低すぎてこちらの話が理解できないシンクイムシと話をしなければならないのは心底疲れます。アインズ様にお命じいただいた仕事ですので全力を尽くしてはおりますが、時々奴らの耳の穴から脳髄を掻き出してやりたくなります」
「お気持ちは分かりますが、彼らもアインズ・ウール・ゴウン魔導国の国民、謂わばアインズ様の所有物です。アインズ様の栄光を讃える為の存在を我々が自分の気持ち一つで台無しにしてはなりませんから」
「心得ております。あんなナミオトシブミどもでもアインズ様の事を考えれば何とかプチッと潰さずにぎりぎり許そうという心持ちになれます」
「そう考えると、アインズ様は我々に慈悲の何たるかを、取るに足らぬつまらない命一つ一つへの寛容さと優しさをお教えくださっているのかもしれないですね」
「成程、さすがはアインズ様手ずから創造なさった方、素晴らしいご賢察です」
廊下を進んでいくと、曲がり角の向こうから進んできたユリ・アルファとばったりと顔を合わせる。互いを見つけたユリとナーベラルはどちらも嬉しげな笑顔を浮かべた。
「あらナーベラル、それにパンドラズ・アクター様、お久し振りね」
「久し振り、ユリ姉。元気そうね」
「お久し振りですユリお嬢様、本日もまるで白木蓮の如き清らかさと麗しさでらっしゃいますね」
パンドラズ・アクターの大仰な身振りの歯の浮くような挨拶にユリは軽く溜息をついて冷たい視線を向けることで応えたが、気にした様子はパンドラズ・アクターにはない。
「最近は忙しくてなかなか伺えていませんが、孤児院の運営は順調でしょうか?」
「ええ、お陰様で。モモンが来ると子供たちがとても喜ぶので、多忙でしょうけど空いた時間がもしできたらいつでも顔を見せてください」
「喜んで……と言いたいところですが、ご推察通りなかなか暇ができませんで。ですがモモンが顔を見せてアインズ様の偉大さと慈悲深さを第三者視点で説く事は魔導国ひいてはナザリックへの子供らの忠誠を育てる為には非常に有効でしょうから、なるべく顔を出したいと考えております」
「そうしてくれるととても助かるわ」
談笑しつつそのまま廊下を進んでいき、ある部屋の前でユリ、ナーベラルとパンドラズ・アクターは別れそれぞれの部屋へと入っていく。今日はナザリック外で働く全てのNPCが集められ、アインズ様の御前で月例の報告会を開くことになっている。全員が集まるのは夕方以降になり、それまでは所属とナザリック内の階級に合わせてそれぞれの部屋で待機することになる。領域守護者が待機する部屋に入るとパンドラズ・アクターはモモンへの擬態を解き本来の姿へと戻る。
モモンに扮しアインズ様の代理を務める仕事はパンドラズ・アクターにしか務まらない誉れある仕事ではあるが、それよりも何よりもアインズ様に己の姿として定められた本来の姿こそ何よりも誇らしい。仕事に邁進する間もナザリックのシモベとしての誇りを失うことなどないが、やはり本来そうあるべきと定められたこの姿でいられる時が何よりも落ち着く。
アインズ様にそうあれと望まれた姿。その言葉にパンドラズ・アクターの脳裏を過ぎるものがあった。
アインズ様の真意は計り知れないが、アインズ様はアルベドに己を愛するように定められ、それなのにアルベドの愛に応える様子は一切ない。飢えた野獣のようにアインズ様のご寵愛を強引に狙うから受け入れてもらえないのだ、という気もするが、それにしてもアルベドがそうあるようにとご自分で定められたというのにアインズ様のなさりようはあまりにもつれない、というアルベドへの同情も幾許かはないわけではない。
アインズ様は、どのようにお考えなのでしょうね。その深遠なるお考えはわたくし如きでは計り知れませんが。
嘗てアインズ様に、創造主の想定を超えて成長していくことこそ親孝行であると説かれたことがある。アルベドにも同様のことをきっとアインズ様は望んでおられる、というのがパンドラズ・アクターの推測だった。青は藍より出て藍より青し、その境地を目指せということだろう。アインズ様始め至高の御方々の神をも超越した偉大さを思えば藍より出た青となれる日など来る気はしないが、それがアインズ様の望みであるならば例え届かなくてもより高みを目指さなければならない。至高の御方々が蒼穹の青でありあんなにも美しい青は他に存在しないのだとしても、より高みを。
それにしてもだ。アルベドの在り方へのその規定が何を生み出してしまっているのかを、きっとアインズ様はご存知ではない。知られてしまえば身も世もなく嘆き悲しまれるだろう。アインズ様の嘆きを少しでも軽くする為、最悪の結果をどうにかして回避する道をパンドラズ・アクターは探さなくてはならない。
他の至高の御方々が去り一人残られてから、モモンガ様はずっとナザリックに毎日訪れてはすぐに外にお出かけになり、戻って来ると宝物殿に直行してナザリックの運転資金を投げ入れる、という日々を繰り返しておられた。円卓と宝物殿以外の場所には滅多に立ち寄っていないようだったから、その間モモンガ様のお姿を目にしていたのはほぼパンドラズ・アクターだけ、ということになる。モモンガ様は資金を納めると大体はすぐにりあるに帰還されたが、時折愚痴のような独り言を零されることもあった。その中には確かに他の至高の御方々への恨み言もあったのだが、戻ってきてほしいから、慕わしいからこそあまりに寂しくて八つ当たりのように出てしまった本心とは裏腹の言葉なのだ、ということは簡単に推測が付いた。
アルベドの考えるように、本当は憎んでいるからではない。
モモンガ様は確かに一人取り残されたことに傷付かれていたけれども、その姿はおいたわしかったけれども、他の至高の方々を恨んでいたわけではなく、ナザリックを去った事情をどうにか理解し納得されようとしていた。もしその時モモンガ様に言葉をかける力がパンドラズ・アクターにあったなら、わたくしがおります、御身は一人きりではございません、と言いたかったけれども、その言葉にはきっと何の意味もなかっただろう。モモンガ様が求めていたのは対等に語り合える相手でありシモベではない。被造物の分際でモモンガ様や至高の御方々と対等の立場に立てるなどという思い上がりはとても持てない。
お前のセンスのない埴輪顔を見るのもこれで最後か、今まで楽しかったなぁ。モモンガさんが付けようとしてたお前の名前は本当にとんでもなかった。一体何なんだよな『びっくりボックス』ってさ。どうにかまともな名前を付けてやれてよかったよ。せっかく顔以外はかっこいいんだから、お前もあんなしょうもない名前嫌だろ? ネーミングセンスが壊滅的なのもモモンガさんの面白いとこだけどな。それにしてもデザイン凝ってるのにキャラクターで一番大事な顔が素体のままって、まあモモンガさんらしいといえばらしいけど。折角なら顔もかっこいいの作ってもらえれば良かったのにな。策士っぽく銀髪の美形で眼帯とかさ。
ナザリックを去る日にそう語られていた方の記憶が過ぎる。至高の御方々のほとんどは去り際には持っている資産を宝物殿に全て預けて行かれ、その際にパンドラズ・アクターにいくつか言葉をかけてくださる方も多かった。皆、モモンガ様を案じておられた。誘っても共に去ろうとしないモモンガ様が衰退するユグドラシルに残ることを案じ、お前に言ってもしょうがないけど、と前置きしつつもモモンガさんを頼むよとパンドラズ・アクターに仰ってくださる方も多かった。
そこにはアルベドが考えるようなことは何もなかった。皆モモンガ様を信頼し案じ、モモンガ様も誰も恨んでなどいなかった。心の底に恨みつらみは欠片もないのか、というのはモモンガ様本人にしか分からないことではあるけれども、持っていたとしてもそれを表に出される方ではないし、戻ってきてほしいから、側にいてほしいから、好きだからこそ側にいないという事実に零れてしまう愚痴のようなものだというのは明らかだ。アルベドが考えるようなことは、何もなかったのだ。
そのように正面から説いて聞いてくれる相手ならとうにそうしているが、アルベドは誰の言葉も聞かないだろうし、たとえアインズ様御本人に諭されたとしても聞き入れないだろう。彼女の中ではどこから出てきたのか分からない推測こそ違えようのない真実になってしまっている。事実と真実は必ずしも一致せず、真実は人の数だけある、というのはよく言われることだろうが、ここまで乖離しているといっそ清々しくすらある。結局人は自分が見たいものだけを見て信じたいものを信じる。事実など大抵は二の次だ。パンドラズ・アクターとて実際に見聞きしたことではあるが記憶はパンドラズ・アクターの主観によって構成されているし、覚えていたいことだけを思い出しているだろう。
勿論相手を求めるあまりの寂しさが反転し強い憎しみとなる例も世間には枚挙に暇がないだろうが、ナザリックの運転資金を宝物殿に投げ入れて愚痴を零されるモモンガ様の言葉から相手を害してもいいというほどの恨みや憎しみを感じたことはパンドラズ・アクターには一度たりともない。
NPCは金貨を使えば蘇生できるがアインズ様を含む至高の御方々が蘇生できるかどうかは未知数、取り返しのつかない事態だけはどうにか回避しなくてはならない。過去に転移してきたプレイヤーと目される八欲王が竜王との戦いで何度も倒されたがその度に蘇り、蘇る度に弱くなっていたという伝承が残っているからレベルダウンしつつ蘇生していた、と考えることはできるが、その八欲王に滅ぼされたという、やはり過去に転移してきたプレイヤーと思しき六大神の闇の神スルシャーナが蘇った伝承がないのはよく分からないところだ。他の六大神は寿命を全うしたというが、どうして蘇生しなかったのかはやはりよく分からない。なにせ五、六百年前の話だ、あまりに昔の事すぎて情報も少ないし事実を確かめようもない。
アルベドの思惑を報告しないままでいるパンドラズ・アクターの今の行動は褒められたものではない、アインズ様の知るところとなれば厳しく叱責されるだろう。だがそれでも、至高の御方々が害されアルベドが許されざる罪を犯すという最悪を避け禍根を断つための根本的な方策が見つからない内は中途半端なところでアルベドを止めるのは愚策だ、とパンドラズ・アクターは考えた。中途半端に阻止したところで繰り返される可能性があるからだ。今この状態で事態がアインズ様の知るところとなったとして、アルベドは何らかの処罰を受けるだろうが恐らくはなぁなぁで許され短期間で復帰することになる。アルベドの能力はナザリックには必要だし、被造物が傷付くことを嫌うアインズ様は厳しい処罰をきっと望まれない。根本的な問題は恐らく一切解決せず、同じことが繰り返される可能性が非常に高い。それでは告発する意味が何もない。
アルベドの考える愛とは一体何なのだろう。異性への特別な愛情をパンドラズ・アクターは感じたことはないけれども、創造主であるアインズ様が幸せであると思ってもらえるよう考え行動し全てを捧げる己の覚悟もある種の愛と呼べるとすれば、それとは明らかに異質だ。
大切な仲間をたとえ一時の気の迷いからでも傷付ければその者は最終的に己を己で傷付けたと言えるダメージを心に負うことになる、というのはまともな理性があれば誰にでも分かる。そんな愚かしいことをアインズ様が望んでいるとアルベドは考えているのだろうか。万一他の至高の御方々が帰還されたとしてもアインズ様がアインズ・ウール・ゴウンの至高の御方々のまとめ役であるという事実は何も変わりがない。自らの創造主が最も強い忠誠を捧げる相手であるのはナザリックの全てのシモベに共通しているが、だからといってアインズ様に捧げている忠誠を即座に反故にするわけでもない。ただ一人アルベドのみが他の至高の御方々に頭を垂れることを拒否しているだけだ。
アインズ様が望まないことをアインズ様の本当の望みと称して実行しようとする、そんなことにパンドラズ・アクターが本心から協力していると、アルベドは本当に思っているのだろうか。
命じられずとも御方々の望みを察知し前もって動くことはシモベとしての責務だけれども、察知した内容が本当に御方々のお心を正確に推し量れているのかどうかは結局確認しなければ何も分からない。ましてやアインズ様が何があっても絶対に口にされないであろう内容を推し量り、真偽も分からぬまま本心を察していると無邪気に信じられるのは何故なのか。アインズ様のお心の推察に自信があるのはアルベドだけではなく、その点にかけてパンドラズ・アクターは余人に譲らない自負があるが、それでも全てを察しているなどとは到底考えていないし、大凡そうだろうと目安が付いたとしてもそれが正解かどうかなど確信は持てない。
我々創造された者はそれぞれ御方々に完璧な存在として創造していただいたけれども、それでもより成長し更に優れた存在を目指す必要がある。少なくともアインズ様は己の想定を超えて我々に成長してほしいと、そう望んでおられる。それがパンドラズ・アクターの認識で、アルベドの思惑は確かにアインズ様の想定を超えてはいるだろうけれども、よりよく在ろうとする成長の結果ではないだろう。
アインズ様に幸せであってほしい、それこそがパンドラズ・アクターの総てだ。何がアインズ様の幸せであるのかがはっきりと分からないのだから、パンドラズ・アクターとて手前勝手な推測で動いているに過ぎないのは同様だが、それでも。至高の御方々が害されるようなことをアインズ様は一切望んでいない、ということだけははっきりと分かる。あれだけ切実に仲間たちに戻ってきてほしいと願い戻って来る場所としてナザリックを一人で守り続けた方が、そんな事を望まれる筈がないのはどう考えても明らかだ。
アインズ様に全てを捧げることでもしアインズ様が僅かでも感謝を向けてくれたならパンドラズ・アクターにとっては最高の幸せだろうが、そうならないとしてもアインズ様さえ幸せならばそれだけでいい、とパンドラズ・アクターは思う。アルベドはそうではないのだろうか。ただただアインズ様のご寵愛が自分一人だけに向くことを求めてばかりいる。ご寵愛を争う他の女性と張り合うのはまだ分かるが、パンドラズ・アクターにも嫉妬を向けているのは態度から明らかだし、男性守護者がアインズ様に風呂に誘われた際にも一悶着起こしたと聞いている。どうしてそうなる、パンドラズ・アクター含め男性はアルベドの望む寵愛を争う相手ではありえないのに。一切合切何もかもを独占しなければ気が済まないのだろうか。
アインズ様のみが永遠に君臨するナザリックを作ろうと他の至高の御方々を排除したところで、アインズ様は対等に語り合える相手を失い永遠に孤独になってしまうだけではないか。
至高の御方々が財の全てを宝物殿に納めてナザリックを去り、ただ一人残られたモモンガ様が毎日宝物殿に維持費用を納めて時折愚痴を零される繰り返しの毎日の中で、物言えなかったパンドラズ・アクターは思い知ってしまった。己はモモンガ様の孤独を埋められる存在ではないのだ、と。
それでもいい、と思う。
創造していただいたこと、こうして今ここにある事こそがアインズ様の大いなる恩寵であり祝福で、それ以上をパンドラズ・アクターが望むのは貪婪というものだろう。欲には際限も果てもなく、貪ったとしても満たされることなどない。そのような益体もない繰り返しに使う余裕があるなら、創造していただいたご恩をパンドラズ・アクターは幾許かでも返したい。
どうしたら僅かばかりでもお役に立てるのか、どうしたら幸せだと、ここにいて良かったと思っていただけるのか。そればかりを、パンドラズ・アクターはずっと考え続けている。
***
アインズの思い付きから開催が決まった、外で働くNPCたちを集めての月例報告会は順調に進行していた。第一回目の開催ということもあり、現在ネイア・バラハを迎えに聖王国に赴いているシズを除いて全てのナザリック外で活動しているNPCが集められている。
「アインズ様に命じられている、冒険者ダンジョンの、モンスターの配置が完了しましたので、試運転に向けての準備も、えっと、これで全て完了したと思います。ご命令通りナザリックで自動で補充されるモンスターだけを配置して、ええと、配置場所についてもアルベドさんとデミウルゴスさんにご相談した通りに置きましたから、成長効率や難易度の調整についても現時点では完了したと思います」
「ご苦労マーレ。他の仕事もこなしながらだから、長期間に渡っての仕事になったが無事勤め上げてくれたこと感謝しよう」
「もっ、もったいないお言葉ですアインズ様!」
「見事な働きをした者を称えるのは当然の事なのだから素直に受け取ってもらえなくては困るな。これからも実際に運用して結果を見ての改良が必要になるだろうから今後もよろしく頼む。さて、実際の試運転だが……知名度向上の為の宣伝の意味も兼ねてイベントとして大々的に行うのはどうかと考えているが。確か王国から我が魔導国に統治者が変わるにあたって他国に逃げなかったミスリル級の冒険者が一チーム残っているんだったな、差し当たってその者達を使おうかと考えている」
今回もアインズは何となくの思い付きを提案しているが、現段階で漆黒を除けば実力が一番上のミスリル級冒険者に挑戦させる試運転をイベントとして開催し宣伝する、というのはなかなかの名案ではないかと我ながら自画自賛している。宣伝効果だけでいえば漆黒に挑戦させるのが最も効果が高いだろうが、現時点では現地の冒険者たちの力量に合わせてレベル30以下の自動POPモンスターしか配置していないのだからパンドラズ・アクターとナーベラルが苦戦する要素は一切ない。簡単に踏破できるわけだから難易度について冒険者たちに知らしめる、という目的では使えない。宣伝効果を高めて人を集めるために漆黒も挑戦させるとしてもどちらにしろ他パーティーの挑戦も必要にはなる。
現時点でPOPモンスターしか使っていないのは、以前ナザリックに侵入した不愉快な盗賊まがいのワーカーどもが出費を抑えるためにPOPモンスターのみで構成された防衛網で容易に壊滅した事例を参考にしている。彼らは冒険者でいえばミスリル級相当の実力であったが、配置の仕方によってはレベル30以下のモンスター相手でも簡単に壊滅する。今回のダンジョンは訓練に最適なようにアルベドとデミウルゴスに配置を考えさせたのだからそんなに簡単に壊滅してしまうような配置にはなっていないだろうが、実際にどうかというのはまだ分からないのだしミスリル級の冒険者に挑戦してもらえば指標としては最適だろう。
以前アインザックに発言した通りに組合からの報告書に全て目を通し冒険者組合の現状について把握済みなのであろうデミウルゴスがアインズの提案に応えて口を開く。
「確か『虹』とかいうパーティー名の者たちでしたか。殺害は厳禁としておりますので冒険者が死亡する危険はないとはいえ、どのようなダンジョンなのか海のものとも山のものとも見当が付いていない冒険者どもにダンジョンの難易度を知らしめるという意味では最適なお考えではないでしょうか」
「ふむ……あまりぬるくしすぎても成長の効率は悪くなってしまうだろうが……セバス」
「はっ」
「配置モンスターの詳細について確認の上で冒険者チーム『虹』のメンバーと顔合わせし力量を見極め、どの程度までダンジョンを進めそうか予測し報告に纏めよ。踏破できるようになる為に鍛えるのが育成ダンジョンの目的であるから現段階で踏破できる必要はないが、簡単すぎても難しすぎても意味がないからな。ある程度までは進めそうかどうかなどこれから当該ダンジョンで鍛える者たちであるという前提のもと総合的に判断した所見を述べるようにな」
「かしこまりました」
「イベントの具体的な時期などについてはセバスの報告を見てからまた検討しよう。モンスターの配置など再度見直しが必要になる可能性もあるしな。できれば他国のアダマンタイト級冒険者を招待して挑戦してもらえれば外への宣伝効果も更に高まるだろうが……一応招待してみるだけはしてみるか?」
「それでしたら、まずは魔導国内である程度運営実績を積んでからの方がよろしいのではないでしょうか。同じ冒険者から成長の手応えや所感を述べさせた方が他国のアダマンタイト級冒険者にとっても説得力がございましょう」
「成程、確かにな。それではそのように進めよう。この件について他に何か提案のある者、または質問したい者はいるか?」
アインズの問いかけに応じて元気よく手が上がる。
「はいはいはい、質問したいでありんす」
「質問を許可しようシャルティア、何が聞きたいのだ?」
「その育成ダンジョン? とやらについてわらわは詳しく存じ上げておりんせんが、アインズ様はどうして脆弱な人間ごときを鍛えようとしているでありんすか?」
えっそこから……? とアインズはシャルティアの質問内容に脱力を覚えた。だが遠慮せず自由に発言してもらう為に愚にもつかない質問でも一切咎めないというルールを決めたのはアインズ自身だし、今まで把握する機会がなかった他の仲間の仕事内容について把握する機会としてもこの報告会を開くことを決めたのだから、シャルティアの質問内容は目的には完全に合致している。ナザリックの活動の全貌を把握しておらず他の仲間の仕事内容に大して興味がない、その意味ではシャルティアはアインズの想定に完全に合致した理想的な質問者ですらある。質問すること自体にも物怖じがないし、ナザリックの活動を把握し、アインズの認識とNPCの認識をすり合わせるという報告会の趣旨から見て最適な参加者といえるだろう。
「シャルティアよ、我らの最大の目的はアインズ・ウール・ゴウンの名を世界中に轟かせることである、というのはまず認識しているな?」
「はい、アインズ様のご威光を遍く世界の隅々まで行き渡らせる為にナザリックの全ての者が活動しておりんす」
「活動範囲を更に拡大するに当たって、ナザリックの者が動けば色々と角が立つことが予想される。お前たちにとってこの世界の人間や亜人は取るに足りないつまらない存在であろう、未知の国に赴きそこに住む者と対等な取引相手として交渉することができるか? 不可能ではないにしても難しいのではないかと私は考えている。勿論以前王国に派遣したセバスとソリュシャンのように上手にこなせる者もいることは認識しているが、他にも仕事はいくらでもあるのだ。特にセバスに今エ・ランテルから離れてもらうわけにはいかぬ。外はまだまだ未知なのだ、どのような危険が潜んでいるとも限らないし無闇に敵を増やすような行いは愚策であろう。それに我々の目的は虐殺ではないのだからまずは友好的な関係を築くよう努めるべきだ。お前たちに下らぬ存在と対等に付き合え、というのも難しいだろうから、そこで冒険者だ。冒険者ならば現地の勢力と友好的に接触して情報を収集することが可能だろうし、もっと言えば冒険者がどれだけ外で死んでもナザリックに損害は一切出ないという点でも利がある。現段階で冒険者たちはあまりにも弱く、人間を食料と見做す亜人の領域を踏破することなど到底不可能、故に最低限育成する必要があるのだ」
「な、成程……よく分かりんした。アインズ様自ら丁寧にご説明いただき誠に感謝いたしますえ」
「いや、分からないことについて積極的に知ろうとするお前の姿勢自体は素晴らしい、そこは全ての者に見習ってほしいところだな。ナザリックの活動についてお前たちが正確な認識を持つ為であれば、私が回答することに遠慮を持つ必要はない。お前たちが曖昧な認識のまま行動し目的を違える方が結果としてナザリックの不利益となる、この事は全ての者にしっかりと認識してほしいと考えている。全ての情報を全員に開示できるわけではないが、全てのナザリックの活動はナザリックの維持強化の為に行われており直接関係がないように見えても全体としての目的は繋がっているのだ。例えば今の質問でいうと、冒険者の育成はシャルティアには一見直接関係はないように思えるだろうが、最終的な目的としては魔導国の勢力を外に広げる為に行っており、将来的にはシャルティアが担当する輸送部門も更に遠い国まで行き来し業務を行うようになる、その為の情報集めの準備段階が今である、ということだ。故にだ、どのような業務であれ自分に関係がないというものは一つとしてない、全てはただ一つの目的の為に相互に関連しているのだということを知ってほしい」
「先の先まで見据えたアインズ様の深いお考え、まっこと感服いたしんした。わらわも認識を改め、これからは他の者の仕事にももっと関心を持つよう努めますえ」
「よい返事だ、その自らを改めるのに躊躇のない素直さはお前の美点であろうな。そのような姿勢こそ私の望むお前たちの成長に一番不可欠のものだ、これからもそれを忘れないようにな」
「かしこまりました、アインズ様に相応しき配下となれるよう、今後も一層励みんす!」
褒められたシャルティアは分かりやすく満面の笑みで元気よく答えた。こういう素直なところは本当に可愛らしいけど、あのエロゲマスターのせいで妙な設定を盛りに盛られてとんでもない変態なんだよなぁ……と言いようのない残念さを抱えつつアインズはシャルティアの答えに深い満足を覚えた。
変態でさえなければ素直で可愛らしいシャルティアをもしかしたらアインズは異性として好きになれただろうか、と考えてみたことはあるのだが、正直よく分からなかった。考えが足りない部分があるのは守護者としては困るが女性としてみればそれも必ずしも欠点とはいえないだろう。痘痕も笑窪、愛嬌さえあれば些細な欠点はかえって可愛らしく見えるのだし、その点シャルティアの愛嬌は申し分ない。ドジっ子萌えというのは古代より強大な勢力を誇っていた。変態の部分に圧倒的にドン引きしてしまい恋心を抱けてはいないのだが、それでもシャルティアは非常に魅力的なのだとは思う。
そもそも自分がNPCにそのような感情を抱かないのは、アインズの側に原因があるのではないか、ということも最近朧気に見え始めていた。仲間意識もそうだが、恋愛感情も基本は対等以上の存在と考える相手に抱くものだ。見下している相手に尊敬をベースとした恋愛感情など抱ける筈がない。NPCたちを見下しているつもりなど一切なかったけれども、所詮元はプログラムなのだから対等に接し語ることができる相手ではないのだとアインズはきっとどこかで無意識の内に認識していた。設定に縛られ従って動いているだけの存在だから、元人間の自分とは違うのだと。その姿勢は、ナザリック外の存在を偉大な創造主に創造されなかった哀れな存在と無条件に見下すNPCたちと何の違いがあるだろう。違うつもりで同じ穴の狢だし、自覚がないだけ更に性質が悪いかもしれない。
恋愛感情が生まれない要因として性欲が無いことを理由にしていたが、それならば小学生の淡い恋心の話など人の間で生まれはしない。性欲が生まれようのない子供だってある意味本能から解放されている故に純粋な、憧れと区別の難しいような強い恋心は抱く。性欲の有無が無関係というわけではないだろうが、それだけが要因とは言い切れなかった。
その後も報告は続き、シャルティアやアウラを中心に積極的な質問が飛びそれに主にアインズが答えてデミウルゴスやアルベドが時折補足を加える。こうやってナザリックの活動について認識を合わせておけばこの前のセバスのようなとんでもない勘違いも生まれないだろうし、生まれたとしても修正されるだろう。
お前たちと対等になりたいとアインズが言ったと仮定して、NPCたちはきっと驚き恐縮し遠慮するだろう。それは確かなのだが、対等になれないのはNPCたちが原因ではない、NPCはアインズを見上げるしかしないかもしれないが、アインズが見下ろすしかないのはNPCのせいではない。腰をかがめて目線の高さを合わせることはいくらでも可能なのにそうしていないだけだ。自分に合わせることをNPCに望むだけで、アインズ自身の考えを変えることなど何も考えてはいなかった。
こんなに皆優れた能力を持ち尊敬すべきところがそれぞれにあるのに、それをアインズはきちんと見ようとはしていなかった。難しいことはよく分からないと言いつつアウラはいつも冷静で道理が分かっており、自分が理解している事と理解していない事の区別もきちんと付いているから話の飲み込みが早い。地頭がいいというのはこういう理解力の高さを言うのだろうなと思わされる。確かにこんがらがった難解な事象を考えるのは不得手なのだろうが、それは得意なアルベドやデミウルゴスに任せればいい。あまりに極端な為に問題も多いとはいえその善性から無闇にナザリック外の者を見下さないでいい部分を評価しようとするセバスの姿勢はもう少し皆に見習ってほしいし、その点は相手がどれだけ弱くても戦士として敬意を払える相手であれば適切に評価しようとするコキュートスも同様だ。先程思ったように自らの過ちを受け止め改めるシャルティアの素直な姿勢は誰もが簡単に真似できるものではないし、アルベドとデミウルゴスとパンドラズ・アクターの智力については言うまでもなくアインズは遥か遠く及ばない。ペストーニャの人柄は仲間から尊敬され一目置かれているから、対象を区別しない慈悲深さも本来ならばそのような意見が通らない筈の悪性の極めて高いナザリックにおいて行き過ぎない為の抑止力としてある程度は機能している。
尊敬できるところなどこんなにも簡単に見つけられるのに、知っていた筈なのにどうして尊敬すべき点だと認識しようとしなかっただろう。それぞれの優れた点には、小卒の平凡なサラリーマンに過ぎなかったアインズは遠く及ばないのだから、見上げるべきだった。たとえNPCたちがそれを望まないのだとしても、対等になれたならと少しでもアインズが感じたならば。
「全ての者の報告が完了いたしましたが、アインズ様、本日はこれで終了とさせていただいてよろしいでしょうか」
アルベドからかけられた言葉にアインズは軽く頷いて全員に向き直る。
「うむ、そうだな。最後に、今日の報告に関して他に何か疑問や質問、気になった点がある者がいれば今の内に申し出よ。私の意向とお前たちの認識の摺り合わせがこの報告会の目的なのだから、何か違う点があるのではないかと思い当たる者は是非ともこの場で確認してほしい」
しばらく待つとすっと手が上がった。黒いスーツに白手袋の腕。
「セバス、発言を許可する」
「はっ、ありがとうございます。一点確認させていただきたいのですが、現在設立準備中の情報機関についてです」
「何だ? 現時点で特に問題はないと思うが、何か気付いた事があったのか?」
「アインズ様はデミウルゴス様に運用もお任せになるおつもりと存じますが、その結果過度に残虐かつ悪辣な手段を取り万一露見した場合魔導国の対外的な立場が極度に悪化する恐れがございます。無論完全に合法的な手段のみで集まらぬ情報を集める必要があるからこその情報機関であることは弁えておりますが、デミウルゴス様の性質を考えるとやり過ぎてしまう危険性が高いのではないかと危惧しております。もう少し穏便に物事を進められる方にお任せになった方がよろしいのではないでしょうか」
ほんとに仲悪いなこの二人、というのがまず最初のアインズの感想だった。多分デミウルゴスは誰がやったのか露見しなければ問題ないという考えなのだろうが、セバスにしてみればそういう問題ではないだろう。聖王国で見たもののことを考えれば確かにやり過ぎてしまえば露見した場合とんでもないことになる。だが同様に聖王国のことを考えれば露見するようなへまはデミウルゴスはしない。お互いの言い分はそれぞれ分からないでもないが、うまいこと中間で着地してくれないものだろうか。
「……セバス、お前の危惧は分からなくもないが、却下だ。デミウルゴスが欲望を優先してやり過ぎなければいいだけの話ではないか? さすがに情報源の皮を剥いで拷問するとかそんな事はすまい」
「左様でございますね、そんなことをする必要がございませんので。聖王国でアインズ様がご覧になったものはあくまで聖王国を襲った悪魔の残虐さを演出し人間に見せつけるための行為でございます」
「……だ、そうだが、これで納得できたかセバス」
アインズに言葉をかけられたセバスは明らかに納得していないことが丸分かりの厳しい目線をデミウルゴスに向けたが、一つ息をつくと目線を伏せた。
「かしこまりました、愚にもつかぬ杞憂を申し上げ申し訳ございませんでした」
「いや、気になる点は何にせよ口にすることをこの場では咎めぬという決まりだ。それが原因で無用な争いをしない限りは何を言っても構わん」
「寛大なお言葉に心より感謝いたします」
「改めて確認するまでもないとは思うが、デミウルゴスもこの件に関しては、くれぐれも私に知られなければいいなどとは考えないようにな。魔導国の一機関として行動する以上、セバスの言うように露見すれば立場が悪くなるのは魔導国だ。お前であればそのような事は起こらないとは思うが、何があるかは分からんのだ」
「かしこまりました、お言葉を深く胸に刻み戒めといたします」
お互い完全に納得したわけではないだろうがそれで一旦決着となり、報告会は散会した。NPCたちに尊敬できる部分が多いのは事実だが、手がかかる部分が多いのも事実。だがそれは余程能力の高い人格者でもない限り誰でも変わらないだろう。誰だって何かしらの問題は抱えているものだ。
対等な、フラットな目線でもう一度彼らを見つめ直したい。ギルドメンバーを神を超えた至高の創造主と崇め傅くことを至上の喜びとするNPCたちの在り方を変えることは不可能と思えるほどに困難極まるだろうが、アインズが変わることはできる筈だった。まずそうしなくては、対等になってくれなどととても口にする資格がないだろう。
もし対等になれたとして、それをお前たちは傅くことができないと悲しむのだろうか。それは神ならぬ身のアインズにはまだ見当も付かないことだった。
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