目の前にいるのはアギト。確かにアギトだった。しかも、つい先程聞いたばかりの声で、芦河の名を呼んだ。
「お前、津上翔一か」
「はい、そうですよ」
「……何でお前がここにいるんだ」
「何で……って、それはちょっと説明が難しいっていうか、俺にもよく分かんないっていうか」
 あっけらかんとした緊張感のない声だった。津上の茫洋とした態度も勿論だが、銃を構えた警官達がアギトの一挙一動を見守る視線が、芦河を苛立たせた。
 四号じゃないのか、似ているが違う。新手の未確認か。未確認を殺したあのカマキリの化け物は何なんだ。カマキリの化け物を殺すんなら、あの四号もどきはやっぱり未確認か。
 拾う必要のない呟きを耳が捉えるのは、G3‐Xの集音機能が優秀というだけではないだろう。もしかしたら彼等は、口には出さず心の中で、思っているだけなのかもしれない。
「……かか」
「えっ? 何か言いました?」
「馬鹿か貴様はと言ってるんだ、黙ってろ!」
 力一杯に腹の底から芦河は叫んだ。こいつは馬鹿だ、そうとしか思えず腹が立った。よりにもよって、この衆目環視の中、アギトにならなくてもよさそうなものだった。未確認やアンノウンとはG3‐Xが、警察が戦うのだ、大きなお世話もいいところだ。
 叫んだ勢いのままに、芦河はガードチェイサーから降りてアギトに詰め寄り、突然の事に驚いた様子のアギトの手首をむんずと掴んで、丁度到着したGトレーラーへとアギトを引き摺って歩き出した。
「ち、ちょっ、痛いですよ、それに、いきなり馬鹿はないんじゃないですか」
「うるさい、ややこしくなるから貴様は黙っていろ!」
 二人の言い合う様を、警官達はぽかんと眺めていた。芦河は一度足を止め振り返った。
「この謎の生命体はG3ユニットが確保、連行し調査する。何か質問は!」
「ちょ、謎の生命体とか酷くないですか? アギトですよアギト」
「黙っていろと言っとろうが!」
 警官達は芦河の剣幕に押されたのか、はたまたアギトを自称する謎の生命体のあっけらかんとした様子に気が抜けたのか、とにかく異議を申し立てる者はいなかった。
 誰も文句を言わないのを確認すると、芦河は前に向き直って、再びアギトの手を半ば無理矢理引いていった。
 事情が分かる者も対応できる者もいない。警官達は銃を下ろし、ぎゃあぎゃあと罵り合いながら遠ざかるG3‐Xと謎の生命体を見送った。

***

 休憩所で瀬文は自動販売機から缶コーヒーを買い、ソファに腰掛けてプルタブを開けた。
 相変わらず、ニノマエの遺体を盗み出した何者かについては、一つの情報もない。不審なカメラ映像が残っていたが、遺体を持ち出したのは全身黒づくめの男二人組、という事しか分からない。
 目撃情報も何もない。スペックホルダーの仕業ならいとも容易い事かもしれない。瞬間移動、記憶を書き換える、通常よりずっと速い時の流れを進む、適切なSPECを駆使すれば、証拠を残さない事など造作もないだろう。
 もう四、五ヶ月ほど経つ、今から犯人の足取りを追う事は、不可能だろう。
 そして、ここ一ヶ月で急に増えた、不可能な状況での不審死についても、一向に調べは進んでいない。
 例えば人が水となる、灰になる、屋上から各階の床を擦り抜けて地上一階のロビーの床に叩きつけられる。SPECを用いたにしても説明を付けるのが困難そうな死亡事件が相次いでいる。
 不審死の現場付近では、奇妙な目撃情報が寄せられていた。
 ある者はそれを神の使いのようだと形容した。頭上に光輪を戴いた、螳螂やハリネズミ、亀、何かしらの動物にも見える人型の生命体。
 そのような目撃情報があるならば未確認生命体対策班の管轄ではないか、とも思ったが、目撃情報は不確かなもので、未確認は今まで拳や武器を用いて物理的に人間を殺害していた。新手の未確認と事態を処理する事は理屈が通らない。
 不可解な現象は見慣れたと思っていたが、いくらでも新手が控えているものだ。しみじみと思い、瀬文は不味そうに缶コーヒーを啜った。
「何こんな所で油売ってるんですか」
 顔を上げると、キャリーケースを引いた当麻が瀬文を見下ろしていた。
「お前こそどこ行ってた。行き先は分かるようにしておくのが社会人として最低限守るべきルールだろうが」
「調査ですよ調査。瀬文さんと違ってちゃんと働いてます」
 しれっと言い放ち、当麻は瀬文の右の椅子に腰掛けた。キャリーケースを空けて水の入ったペットボトルを取り出し、蓋を開けると一気に呷る。
「……調査って、何のだ」
「最近不審死を遂げた人達の共通点について。実にうち向きの案件でしたね、これは」
 勿体付けた当麻の口調に、瀬文は苛立ちを隠さず彼女を睨み付けた。瀬文も何度も資料を読み返したが、被害者達には目立った共通点などなかった。
「ふっふっふ、これ、何だと思います?」
 瀬文の鋭い視線に怯んだ様子など一切なく、当麻は楽しそうににやついた笑みを頬に浮かべて、キャリーケースの中から透明の袋でパッキングされた瓶を取り出した。瓶の底には、銀色の硬貨と思しき物が入っており、鈍く光を跳ね返した。
「……貯金箱、じゃないのか」
「違いますね。この瓶には、貯金箱代わりには使えない致命的な欠陥があります。口に百円玉を当ててみてください」
 怪訝そうな顔色を隠さないながら、言われるまま瀬文は小銭入れから百円玉を取り出し、受け取った瓶の口へと当てた。瓶の底に入っているのも、百円玉だ。
「……入らない、な」
「そうです。瓶の中に百円玉を入れるのは不可能。それは被害者の一人の部屋から見付けてきました」
「ちょっと待て、何が言いたい」
「不審死を遂げているのは、スペックホルダーとその家族、何者かに狙われてるんじゃないか、って事です」
「それは、論理が飛び過ぎだろう」
 確かにこの瓶の中に百円玉を入れるのは、普通では不可能だ。だからといって、不審死を遂げた全員がスペックホルダーという証左にはならない。この瓶の持ち主がたまたま(恐らくはほぼ無自覚な)スペックホルダーだった、という可能性の方が高い。
 だが当麻はごく真顔で首をゆっくり、数回横に振った。
「これは今のところ最後に殺害された佐々木さんの部屋から見付けました。その前に殺された井関さんの奥さんにも話を聞いてきました。所謂、ポルターガイスト現象がここ一月、多発してたそうです。他にもいます」
「……まだいるのか」
「その前に、水溜まりもないような公園で芝生の上で溺死した加藤さんの同僚によると、つい先日一緒に競馬に行って、見えたとか意味の分からない事を言って加藤さんが買ったメインレースの馬券が中穴でした」
「そういう事もあるだろ」
「ボックスで軸流しとかじゃありません、三連単でどんぴしゃです、奇跡と呼んでも良いような確率です。加藤さんが以前から応援していた馬もいたのにわざわざそれを外して、何か確信でもあるように薄い三連単をピンポイントで買っている。それまでは加藤さんはごく普通の競馬好きといったところで、特別に予想が巧かったわけじゃない、三連単なんか当てた事すら初めてです。二着の馬は中山競馬場での成績が悪いうえにここ数戦も着外続きで、どの予想紙を見ても無印でした。買ったのはメインと最終で、堅く終わった最終も当ててます、勿論三連単で。予想の巧くない人が三連単を連続的中なんて普通は考えられません」
 三連単で馬券を買う場合は、一着二着三着を順位通りに当てる必要がある。的中させるのが難しい代わりに配当の高い買い方だった。
 そうそう的中する買い方ではない。しかも二レース連続でとなれば尚更。競馬を知っている者ならば、不可能ではないにしても、非常に困難な事はすぐに理解できる。
 被害者達の身辺で悉く、理屈では説明できない現象が起こっていた。確かにそれは、三連単が二連続で的中するような、通常では有り得ない事だ。
「なあ、さっきのあれって、四号だろ四号」
「おい、声大きいって」
 休憩所に入ってきた二人の若い刑事が、やや落とした声で言い合っている。
 四号といえば、思い出すのは未確認生命体第四号。同じ未確認生命体と何故か敵対していたが、ある時忽然と姿を消してしまった存在だった。
「大体な、金色の四号なんて聞いた事ねえよ。大方新手の未確認だろ」
「あのカマキリも未確認かよ、何であいつら身内でやり合ってんだ?」
「知るかよそんな事」
 話の内容から考えると、また新手の未確認生命体が現れて、未確認同士での殺し合いがあったようだった。
 ミショウとSAULは、常識では考えられない事件に当たるという点では近いが、実際には全く接点がない。未確認についても、報道で知りうる事以上のものは伝わってこないが、時折迂闊な者がこうして漏らすのを耳に入れてしまう事はある。
「そういえばさ、あの、芦河だっけ? いつの間に戻ってきてたんだ?」
「一ヶ月位前だって聞いてる」
「任務中に行方不明って話だったろ、ケロっとして戻ってきてるとか訳分かんないよな。いなくなるちょっと前かな、側にあった物が勝手に空飛んだり折れ曲がったり壊れたりしたって。何があったのか知らないけど、いなくなったのってそれと関係あるんじゃねえの? 気味悪いよなぁ」
 若い刑事の潜めた声は、それでも陽気さを失っていない。彼にしてみればただの悪気のない噂話のつもりなのだろう。
 瀬文は顔を上げた。一ヶ月前、サイコキネシス。関係があるとは言い切れないが、無関係だと断じてしまう事もできない。
 当麻も同じ考えの様子だった。にっと笑うと立ち上がる。
「とりあえず行きましょうか。思わぬ拾い物かもしれません」
 答えないで瀬文が立ち上がると、当麻はキャリーケースを引き歩き始めた。缶コーヒーの中身を呷り空にすると、缶ゴミ入れに投げ入れて瀬文は当麻の後を追った。

***

「聞かせてもらおうか。お前は何者だ、どうしてアギトになった、何であそこに来た」
 Gトレーラーで壁際の椅子に座らされ、前を塞ぐように立ちはだかった芦河に恐ろしい剣幕で詰め寄られて、津上翔一は多少辟易した様子で口を曲げた。
「何者……って言われても。病院でお二人を待ってたら、アンノウンが来たって思ったから大急ぎであそこまで走ってったんです」
「アンノウンという呼称はまだ外部には明かしていない、俺と八代と上の連中の数人が知ってるだけの筈だ。何でお前がその呼び方を知っているんだ」
「……えっ? 警察の皆さんはあいつらの事、普通にアンノウンって呼んでるじゃないですか」
「だからどこの警察だそれは!」
「そんなの俺が聞きたいですよ、どこなんですかここ、一体」
 声がやや震えていた。はっとして、芦河は言葉を止めた。津上はやや俯いて床を見る。
「……俺、ずっとアギトとして、アンノウンと戦ってきました。警察はアギトの事知ってる筈だし、G3‐Xとだってずっと一緒に戦ってきたんです。それなのに、電話しても知らない家に繋がるし、警察はアギトの事知らないで未確認とか言われるし、G3‐Xは氷川さんじゃないし……。何だか俺、ここにいちゃいけないような気がして」
 急に落ち込んだ様子で、津上はぼそぼそと言葉を搾り出した。沈んだ声色から嘘は感じられない。
 頼る者のない、寄る辺ない寂しげな顔をちらりと見せて、津上は深く息を吐くと顔を上げ、怪訝そうな眼差しを芦河に向けた。
 後ろで成り行きを見守っていた八代が軽く肩を竦めて、口を開いた。
「津上くん、改めて聞くわ。海に落ちる前、あなたは何をしていたの、どうして海に落ちたの」
「俺は……戦ってたんです。アンノウンと、奴らを造り出した存在と」
「……何ですって?」
 八代も勿論芦河も、驚きを隠せずに津上を見つめた。津上は二人の強い視線にややたじろいだが、戸惑ったように言葉を継ぎ始めた。
「アンノウンは皆倒して、あいつが逃げようとしたから、逃がしちゃいけない、ここで終わらせなきゃと思って追っ掛けたんです。何ていうのかな、バリアみたいのがあって、俺のキックがそれとぶつかって、すごい光になって。気がついたら、さっきの病院のベッドでした。海からは大分離れた所にいたんだから、何で海にいたのかなんて分かりません」
「戦ってたっていうのは……G3‐Xと一緒にか」
「そうです。それと、葦原さんも」
 頷いて、津上が付け足した苗字はやはり芦河も八代も知らないものだった。
 八代は目線を津上から外すと、何かを考え込むように首をやや傾げ、黙りこくった。
「……どうした?」
「小野寺くんの事を思い出していたの。彼は、どこから来て、どこへ去って行った?」
「別の世界、とか、意味の分からない事を言っていたような気がするが……」
「そう、別の世界。彼が話してくれた事があるの。自分の世界にもグロンギがいたけど、G3‐Xはなかった、とね。そういう空想癖があるのかと思っていたけれども」
 八代が頷いてみせる。その意味をとれずに芦河は暫しきょとんと八代を見つめたが、ややあって、何かに気付いたように津上を見た。
「……別の、世界、か。例えば、よく似ているけれども全く違う、そんな」
「何の話ですか?」
 二人の話に入れない津上は首を捻りつつ呟いたが、突然あらぬ方向に首を向けて、目を見開いて宙を見上げた。
 どうしたのかと声をかけようとして、芦河もまた、何かに突然気付いたように同じ方向を見やった。
「何、二人とも、どうしたの?」
 今度は八代が一人取り残されて二人を交互に見るが、津上も芦河もその視線に応え言葉を返す事はなかった。
「行かないと……早くしないと、八代さん、芦河さん、連れてってくれませんか!」
「分かってる、お前がどこに行きたいのかも」
「えっ、どうして」
 芦河は答えを返さず、八代の隣に座りインカムを付けると、キーボードを叩きディスプレイに地図を出した。
「おい斉藤、今から俺が言う通り走ってくれ。未確認……いや、アンノウンがそこに出現する」
『えっ、何も通信入ってきてませんよね』
「いいから。おい、班長、それでいいか」
「……いいわ。斉藤くん、お願い」
『……了解』
 Gトレーラーが走りだす。津上は両膝の上に肘を置いて顎の下で手を組み、落ち着きなく足裏を床に軽く打ち付け、目線を動かしている。
 津上を発見した際に感じたあの不安の正体。あれは、アギトまたはアンノウンに関わるもののようだった。
 今度は芦河にもはっきりと見えた。誰かが、誰なのかは分からないが誰かが確かに、アンノウンに狙われている。
 気ばかりが焦る。焦った所で現場に早く辿り着けるわけではない事は十分に承知しているのに、意識はもう目的地にある。

***

 未確認生命体対策班の拠点・Gトレーラーは現在任務で警視庁を出、まだ帰投していないという。
 無線での定時連絡から現在地の情報を得て、瀬文と当麻は徒歩で目的地へと向かっていた。
 御苑周囲の通りは車の交通量は多いが、人通りはあまりない。二人は無言且つ早足でひたすらに進んでいた。
 ふと、瀬文が足を止めた。やや後ろを歩いていた当麻は背中にぶつかりかけて、文句を言おうと瀬文の刈り上がった後頭部を見上げた。
「ちょっと瀬文さ……きゃっ!」
 瀬文は物言わず、当麻の肩を抱えるとコンクリートのブロックで舗装された地面を転がった。当麻が手を離したキャリーバックの側に、鋭く微かな音と共に小さな穴が空き、摩擦熱だろうか、白い煙が細く上がった。
 当麻から手を離し素早く構えると、瀬文は手に持った紙袋から銃を取り出し道の先に向けた。道脇の植え込みががさりと動く。
 引鉄に手をかけたまま、瀬文はぽかんと口を開けた。当麻も驚愕に目を見開く。
 一番よく似ているものを挙げるならば、ソニック・ザ・ヘッジホッグ。鋭い針を身に纏った人型の何かが、ゆったりと道へと姿を現した。
「……未確認、か?」
 特殊部隊出身、歴戦を経た瀬文だが、今まで相手にしてきたのはあくまでも人間、未確認生命体のような人外を目前にするのは初めての経験だった。
 未確認らしきハリネズミが足を踏み出し、瀬文は足を摺り身構えたままで、当麻を庇うように体の位置を動かした。
 神経断裂弾でも何でもない、通常の三十八口径の弾丸だ。恐らく撃っても効果はないに違いない。
「おい、走れ」
「えっ、嫌ですよ、一人になって別なのが出たらどうしてくれるんですか。瀬文さんが何とかしてください」
「無茶言うなおい!」
 無情にも速度を落とさずにハリネズミは歩み寄ってくる。さすがに当麻もゆっくりと後退し、瀬文は当麻と距離が離れないよう、銃を構えたまま後ろに下がる。
 暫くして、一台のバイクが歩道に乗り上げてきて、そのままハリネズミと瀬文たちを目掛け突っ込んできた。
 あのバイクは警視庁・未確認生命体対策班所有のガードチェイサー、乗っているのはG3‐X。今から会いに行こうとしていた芦河ショウイチ、その人の筈だった。そして後ろに、ヘルメットを被った誰かが乗っている。
 ガードチェイサーはハリネズミの背中にぶつかり跳ね飛ばすと、やや進んでから停止した。G3‐Xと後ろの男はそれぞれに降車し、男がヘルメットを外す。
 G3‐Xがガードチェイサー後部にアタッチされたアタッシュケース状の箱に解除番号を入力して大型の銃へと変形させ、構える。
 立ち上がったハリネズミが宙空に手を翳すと、頭上に光の円が浮かんだ。そこからハリネズミは、曲刀を引きずり出す。
「津上、お前はそいつらをGトレーラーに」
 G3‐Xが告げると、追いついてきたGトレーラーが歩道に寄せて停車した。青年は頷いて、瀬文と当麻へと駆け寄ってくる。
「とりあえず、あれに乗ってください」
「G3‐Xは分かるが……お前は誰だ? 刑事って感じじゃないが」
「俺は……ああもう、そんな事今はどっちだっていいじゃないですか」
 瀬文が戸惑いを見せて足を止めていると、青年は何かに気付いたようにはっと空を見上げた。
 何だ? と瀬文が口にする前に、青年が口を開いて瀬文と当麻を突き飛ばした。
「伏せてっ!」
 すぐに自身も地面に転がる。その上を、白い鳥のようなものが、恐ろしいスピードで飛び去っていった。
 白い鳥のような人型のそれは、そのままの勢いでG3‐Xの背中へと頭突きを浴びせる。不意打ちを食らい、たまらずにG3‐Xは地面に転がり、ケルベロスが幾度も円を描きながらアスファルトの上を滑っていった。
 すぐに立ち上がるが、G3‐Xを囲むように二体の未確認らしきものが立ちはだかって、じりじりと距離を詰める。
「芦河さん、一人じゃ無理です!」
「いいからそいつらを早く保護しろ!」
 G3‐Xががなった。瀬文は立ち上がると当麻の手を引き、Gトレーラーへと歩き出した。
「あれに乗ればいいんだな」
「そうです、早く!」
 瀬文と当麻がGトレーラーに乗り込むのを見届けると、青年は厳しい顔つきで前に向き直った。ちらと横目でその顔を見ると、瀬文はトレーラーのタラップを登り中へと入った。
 内部はオペレーションが行われるための機材があり、女性がインカムをつけて腰掛け、食い入るようにモニタを見つめていた。
「怪我はない? 大丈夫ならそこに座ってて」
 言われるままに二人は壁に沿って設置された椅子に腰掛けた。女は確か、名は八代淘子。未確認生命体対策班の班長で、G3‐Xの開発者だった。
 彼女の背中の向こうに見えるモニタでは、G3‐Xは既に囲まれておらず、ハリネズミと格闘戦を繰り広げている。
 鳥の方は、見た事もないものと揉み合っていた。
 それは確かに、四号とよく似ていた。但し色は金色。鳥の打ち込む拳は、狙いは的確なのに不思議な程綺麗に外れ、その度にカウンター気味に金色の拳や蹴りが浴びせられる。
 先程の青年はカメラには捉えられていなかった。物陰に隠れているのかもしれない。しかし金色はいつの間に現れたのか。
 やがて腹に重い一撃を食らった鳥は、ふらふらと後退ると身を仰け反らせ、震え、爆ぜた。
 それを見届けると金色は、後ろからハリネズミへと駆け寄り、脇腹に蹴りを入れる。その隙にG3‐Xは転がったGX‐05を拾い構え直し、引鉄を引いた。
 マイク越しにも耳を覆いたくなるような轟音が響き、崩れた態勢を立て直した所に全弾食らったハリネズミは、暫し震えて苦しむ様子を見せた後に、やはり爆散した。
 実際に目の前にしても全く現実味が沸かない光景だった。未確認生命体問題は大きく報道され、社会問題にもなっていたが、遭遇する事さえなければ全くの他人事だった。
 がたん、と車両後部で大きな音がした。後方のドアから、先程の青年が当麻と瀬文の手荷物を手に入ってきて、壁際に座った二人を見つけると、にこりと笑いかけた。

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